3、会議の時間
ランタンの灯がちらつく作戦室に、ノックの音が響いた。
「スカイ。クラリーチェ様から通達。作戦会議を始めるから、すぐに出頭してほしいって」
扉を開けて現れたのは、軍服姿のレベッカ・シューティングスター。凛とした声音の奥に、かすかな不安が滲んでいる。
「来たか」
スカイは椅子から立ち上がると、傍らに立つ副官へと目を向けた。
「エリザベス、ついてこい」
「ははっ!」
エリザベスが即座に敬礼して頷いた。彼女は軍学校主席の才媛、冷静な判断力と事務処理能力は、こういう場でこそ本領を発揮する。
「レベッカ。護衛としてキャサリンを呼んできてくれ。……この四人で行く」
「了解。すぐに連れてくる」
静かに、だが緊張感を伴って部屋を後にするレベッカの背中を見送りながら、スカイは重い息を吐いた。
クラリーチェの手腕が、試されようとしている。
* * *
迎えに来た軍用車は、カークの街を抜け、やがて市庁舎の前に停車した。
臨時の司令部として接収されたその建物は、かつては地方行政の中枢だったはずだが、入り口には第8機甲師団の隊旗と国旗が掲げられていて、現在は政府軍最後の司令部になっている。
銃を持った衛兵に敬礼されながら中へと入ると、冷たい石造りの階段を登った先、古びた会議室の扉が見えた。
「よく来たわね」
扉の向こうには、クラリーチェ・ヴァレンティア少将。スカイの姉であり、軍部の中でも数少ない「まともな上層部」として信頼を置ける存在だ。
だが、問題はそこではない。
――部屋の奥、半ば玉座のような肘掛け椅子に座る男。
(……あー、この人……生きてたのか)
その姿を見た瞬間、スカイの脳内に警報が鳴り響いた。
金の刺繍が豪奢な軍服、整えすぎて逆に不自然な髪型。そして、子犬の様な怯え切った眼差し。
チャンプ・ヴァレンティア。
ヴァレンティア王家の本家筋で、王族という立場でここまで偉くなった典型的な「無能な上官」だ。内戦初期に王都から逃げて、どこぞの地下壕で指揮をとっていたと噂されていたが、まさかカークまで逃げ延びていたとは。
この人がまだ生きてここにいるだけで、スカイの目は残念なものを見るような目になる。
「……おやおや、これはこれは。噂の悪魔の鳥閣下ではありませんか。生き残っておられたとは、王家としても誇らしい限りですな」
口ぶりは丁寧でも、あからさまなスカイへの怯えが滲んでいる。
彼は、それこそ領地から幼女を攫っては慰みものにしていたクヴァル公やダーター候の様な典型的な『悪党貴族』ではない。
むしろ、積極的に慈善団体に多額の寄付をするなど、個人としては、善人に分類出来る。
……が、戦時中の王族としては失格レベルで、ただただ無能で臆病すぎる。そのせいで現場の兵士がどれだけ苦労したかは聞くな。
「……は、恐縮です。生き残ったのは、隊の皆のおかげです」
表情を殺して頭を下げる。スカイは嫌味の一つでも言ってやりたかったが、無礼者扱いされて追い出されては、元も子もない。
エリザベスが背後で囁く。
「生き残りの貴族や政治家たちも集まってますね。第八機甲師団の幹部も確認……おそらく、作戦統合の提案が目的でしょう」
その通りだった。生き残りの貴族や政治家達はどいつもこいつも血筋だけ立派な、無能、怠惰、臆病、そのどれか、あるいは全てに当てはまる人々だった。
もう少し骨のある人間はいないのかと思ったが、こういうタイプの連中が国を少しずつ腐らせた結果が今なのだと思えば、お察しである。
ある意味、血筋だけで分不相応な地位につけられたという意味では、彼らもこの国のシステムと腐敗の被害者かもしれない。実際、666大隊では、アイラなんかは臆病な王族なりに自分の仕事をこなしてるし。
「適材適所が出来ない組織はダメだな」
誰にも聞こいない様な小さい声で吐き捨てたスカイは、自分の席へとついた。脇にはエリザベス。後ろには護衛のレベッカとキャサリンが立つ。
まだ、2人とも10代だが、戦場をくぐり抜けてきたその視線はそれぞれカラスとハヤブサの様で、彼女達を見た一部の政治家達は明らかに萎縮していた。
さて、地図を囲んだ会議の冒頭、クラリーチェ姉上が要点を述べた。
「状況は切迫しています。カークに向かっている反政府軍は三万。こちらの兵力は一万――まともにぶつかれば三対一。選択肢は多くありません」
それを受けて、チャンプが口を開く。
「……ならば我ら王家の名のもと、全軍による突撃を行うべきでしょうな! 逃げるなどもってのほか。先頭に立って敵を粉砕すれば、民心も戻る!」
会議室に沈黙が走る。
その場にいたほとんどが、チャンプの言葉を「現実離れした妄言」と認識していた。しかし誰も、王族である彼に面と向かってそれを言える立場にはなかった。
スカイが、そっとエリザベスにだけ聞こえる声で呟いた。
「……で、誰が行くんだよ。その決死の突撃隊にあんたは入らないんだろう?」
「ま、典型的な現場軽視のお偉いさんですね」
「孤児院の子供に与える優しさの半分でも、前線の兵士に分けて欲しいもんだがな」
吐き気がするほどの無責任さと現状認識の甘さ。これが、この国をここまで腐らせた貴族たちの典型だった。
そんな中、クラリーチェの声が場を静かに断ち切った。
「スカイ。あなたの意見は?」
急に場の注目が彼に集まる。目を向ければ、姉上の瞳は真剣だった。
答えるべき時が来た。スカイは一つ、息を吸って、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……俺は正規戦は苦手なゲリラ屋です。しかし、負けない戦以外はしません。そして、これ以上無駄に部下を死なせる気はありません」
誰もが一瞬、言葉を失った。
だがその直後、クラリーチェがふっと笑った。
「……いいわ。その意志、しかと受け取った。具体的な作戦案はある?」




