2、逃げるか、戦うか
第666特別大隊の臨時司令部として使われている駐屯地の一室には、淡いランタンの明かりが揺らめいている。
室内に集った少女たちの顔に笑みはない。迫る反政府軍三万の影が、その全てを押し潰していた。
「隊長は、それで良いの……?」
沈黙がしばらく続いた後、口を開いたのはマリー・ホーネット。冷静な偵察隊長が、珍しくその声を震わせていた。
「……俺だって悔しいよ」
スカイは静かに答える。彼の視線は地図の上に落ちている。そこにはカーク周辺の地形図が描かれている。
「だが、より多くを生かすなら、それが最適解だ」
口を尖らせるのは、整備兵隊長のアリス・アリゲーターだった。
「まーたスカイがヘタレ始めた。ま、そういう所も可愛いと思うけど」
「アリス、ちょっと黙ってろ。この全肯定ヤンデレ」
マリーがすかさず鋭く返す。アリスは肩をすくめた。
「はいはい。……ただね、スカイ。ここで逃げたら、もう二度と祖国を奪還するチャンスは巡ってこないよ」
その瞳は、いつになく真剣だった。
「そりゃ、この国はお偉いさんは腐敗してて、軍隊も一部を除き、ちん◯ついてるのか?ってくらいヘタレ揃いだし、世界からも見捨てられてるひっでぇ国だけど……反政府軍の連中はもっと酷いじゃないか」
「確かに、彼らには壊すことは出来ても、首吊り死体以外を作る力があるには思えませんね」
眼鏡を押し上げたエリザベスが淡々と告げた。
「典型的な暴徒だわね。美しさの欠片もない。上層部も国の運営より、自分達の権力争いに夢中って感じだし」
砲兵隊のヴィクトリアも小さく吐き捨てた。
「ディストピアのクソ独裁国家が倒れたら、代わりに出てきたのが、それ以下のヒャッハー共でしたとさ」
マリーが吐き捨てるように言い、隣のオリヴィアが驚いた顔で振り返った。
「……今日の貴女、ずいぶん言いますわね」
「そりゃ私だって思うところありますよ。軍学校時代、貴族出の同期から妬まれて、随分嫌な思いしたんでね」
「……貴女も苦労してきたのね」
珍しくオリヴィアが素直に返す。その横で、メアリーがぽつりとつぶやいた。
「……もし、クラリーチェ様が倒れたら……」
「そんなヒャッハー共から祖国を取り戻す手立ても、復興の可能性も、極めて低くなるな」
狙撃隊長ジュリアの冷静な分析が、室内の空気をさらに重くする。
「今更、家を再興しようなんて思わないけど、それでもあんな奴らに国を明け渡すのは腹立つわね……」
シャーロットは小さく笑いながら、でもどこか悔しそうに言った。
「……個人的には、皆で逃げ延びるのも、悪くはないと思うんですけど」
口を開いたのは、機関銃隊のクリスティーナ。どこか諦めを含んだその声に、アリスが重ねる。
「でも亡命したって、そこが安住の地になるとは限らないよ? むしろ、異国で生活基盤作るとか……下手すりゃ戦争より大変」
「つまり、どっちにしろ苦労は避けられない、と」
クリスティーナはため息をついた。
「……ま、最終的に決めるのはスカイだけどね」
アリスは微笑んだ。だが、その瞳は本気だった。
「私は、どういう結末になろうが、死ぬまでスカイについてくつもりだけどさ」
「だから重いんだよ。アリスは」
ジュリアがぼやいた。
「はっ! こちとらヤンデレ四天王筆頭にして、スカイの第二夫人様だよ?」
そして、皆の視線がスカイに集まる。
「……隊長、決断は? 逃げるつもりなら、あまり時間はありませんが」
エリザベスの問いに、スカイはしばし沈黙した。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……ひとまず、クラリーチェ姉上の方針を聞いてから決める」
少女たちが少し目を見開く。
「ある意味、これは我々下っ端からの、姉上への試験でもある。果たして……命を、未来を預けるに値するかのな」
その声には、重責を背負う者の決意が宿っていた。
そして、少女たちは無言で頷いた。
静かに、確かに。――彼を信じているという意思表示だった。




