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死ねない雨の日、進めない晴れの日。

 2150年、人類は圧倒的科学力と異能力を手に入れ大いに発展していた。

 異能力や科学技術が発展するに連れ、世界は徐々に妖精、怪異、魔法は人類にとって身近な存在へと変わって行った。

 そして神もその例外では無く、古来から伝わる世界中の神話に存在した神々は実在する存在になった。やがて人間以外も街を歩いている事は珍しくも何ともなくなり、それらを総じてヒトと呼ぶようになった。

 そして人類は表向きな完全平和を成し遂げていた。

 しかしヒトとは欲深いもので、神以外を滅ぼそうとする神、そして逆に人間以外を滅ぼそうとする人間、怪異以外を滅ぼそうとする怪異、妖精以外を滅ぼそうとする妖精、それぞれの思惑が水面下で蠢く中、人類が神に仇なすための計画、ハルマゲドン計画を進めていた。

 それは炎の精霊イフリートを使い、あえて違う人格、違う身体能のフリートのクローンをイフリート自身にぶつける事で成長や戦闘力の強化を測り、最終的には神をも超える精霊を作る上げると言った非人道的な計画だった。

 そんな計画の最中、ハルマゲドン計画の中心である1人の少女は、ある1人の少年と出会う。

 これはそんな密かに歴史が変わった瞬間の物語。


「はぁ、はぁ…ッ!」


 黒い帽子を被った赤毛の少女は誰も居ない細々とした道を、焦げた腕を抱えながら走る。


「往生際が悪い…さっさと死ねッ!」


 その少女と瓜二つの少女はそれを焼き払おうと豪炎を放ち、アスファルトを溶かす程の熱で道を埋め尽くす。


「ちっ、逃がした…」


 その道に残ったのは溶解したアスファルトと、その道に落ちて蒸発する雨の音だった。


「今日も…死に損なった」


 そう言って少女は電柱にもたれ掛かり、膝をゆっくり抱えて座り込んだ。

 思い出すのは黒焦げになった自身と同じ顔の誰かとヒトが焼けた匂い。少女は水滴と泥に塗れた自分の顔を水溜まりに写す。

 その目は何処までも暗く、無気力だった。


「お姉さん、大丈夫かい?」


 そう言ってとある少年が私に話しかけると同時に、少女に降りかかるはずの雨は遮られた。


「……」


 少女は何も答えなかった。


「はぁ…俺の家が近くにあるから、来るかい?」


 少年はそっと少女に問いかけて手を差し伸べた。

 少女は自暴自棄になったのか、それともその少年に希望を抱いたのか、その少年の手を黙って取った。


「小さい家だけど我慢してくれな」


 気が付けば少女は風呂に案内され、服も洗濯済み、そして温かい食事が目の前に用意されていた。


「これは?」


「ん?苦手な物でも入ってたかい?」


「いや、そうじゃなくて…頂きます」


 何か不純な事をされると思い込んでいた少女は少年の純粋な目を見て疑う事を辞めた、そして目の前に用意された食事を口に運ぶ。


「美味しい…」


「なら良かった」


 少年の用意した食事はどれも少女の口にこの上なく合った。

 無心で食事を口に運ぶ少女に少年は暖かい目を向けた。


「君…名前は?」


「え?俺の名前?」


 少女はその少年の事を記憶に刻んでおこうと、そう無意識に思った。


「俺は」


 少年が名前を言いかけたその時、玄関のドアが勢い良く蹴破られ、3人の黒服が部屋に押しかける。


「え?何何?」


「ミッション完了、この男を始末し次第被検体を連れ戻します」


 黒服の男達は懐から拳銃を取り出し、さも既に少年を殺す事が完了したかの様に誰かに連絡をしていた。


「あーあ…こんなに派手に登場しちゃって…修理代あんたらが払ってくれるのかい?」


 驚き、怯える少女とは裏腹に少年は酷く落ち着いていた。まるでそれが当たり前かの様にゆっくりと蹴破られたドアの前に座る。


「必要無い」


「やめてッ!」


 すると少女は黒服と少年の間に立ち塞がり、怯えきっていた表情とは裏腹に勇気ある声でそう叫んだ。


「私が…戻れば良いんでしょ?」


「あぁ、だがその男は始末する」


「お願い…私だけで…どうか」


「被検体のお前に接触した以上、この男は消す。それがルールだった」


 黒服は拳銃のマガジン部分で少女の顳顬(こめかみ)に打撃を与え、怯ませる。

 そのまま少年へ拳銃を向け直した。


「随分乱暴な大人だね?こんな大人にはなりたくないもんだ」


 少年はゆっくりと立ち上がり、黒服達へ向き直る。

 あまりに堂々とした態度に表情を一切変えなかった黒服達は戸惑い始めた。


「肝が座り過ぎているのか、それともただ馬鹿なだけなのか…しかしそんなお前に敬意を表し、遺言だけは聞いてやろう」


 すると少年はため息を大きく吐き、困ったように後頭部を掻き始める。


「何が可笑しい?」


「いや、あんたらの腕前の底が知れただけさ。不思議に思わないかい?有り得ない状況にガキが動揺もしていないところに。それに足の運び方、息遣い、体型、筋肉の動かし方で文字通り見りゃ分かる」


「それがどうした、どんな能力者であろうが高濃度の霊気を纏った弾丸が込められたこの拳銃での至近距離の銃撃は防げん」


 霊気、それはこの世ならざる所から世界に紛れ込んだ物質ではあるが質量も形も無いもの。そして誰もが身体の中に備えているエネルギーの様なもの。

 その霊気こそ、能力者の力の根源であり、唯一の弱点でもある。

 霊気はこの世のあらゆる現象に左右されない、この霊気が高濃度であればあるほど、この世の現象を否定し使用者の思いのままに形を変える。

 そんな矛盾を孕んだ不可解な物質である。


「んな事ぁ100も承知だ…これ以上説明するのも面倒だ。さっさと終わらせるぜ」


 次の瞬間、男達の拳銃は全て手の中に収まる形まで丸く縮められていた。

 そしてそのまま男達の全員が、意識を飛ばし、黒服の男達の記憶に残るのは、鉄製の拳銃が見えない速度で丸められた驚きと恐怖だった。


「さて、こいつらの財布からタクシー代と、修理費抜き取って…」


 少年は黒服の男達の懐から財布を取り出し、タクシーを呼んで黒服の男達を纏めてタクシーに詰め込み、適当な場所へ向かわせた。


「いっちょ上がり。さて次は…」


 その少年は歪んだドアを素手で粘土のように伸ばし、玄関に無理矢理くっ付けて、少女をベッドの上へと寝かせた。


「また変な事に巻き込まれるのかねぇ…」


 そう少年は先程より大きなため息を吐いてコップの中の甘いカフェオレを飲み干すのだった。


 「…ん?」


 次の日、少女は目を覚ますと少年の姿は無く、代わりに自宅の鍵と置き手紙、そして乾かされた服と帽子、ラップをかけた朝食が机の上に置かれていた。


『俺は学校があるから少しの間家を空けます。もし出かけるのなら鍵は閉めて玄関ポストの中に入れておいてください。』


 少女はその手紙を読み、自分の頭に巻かれた包帯に手を添えた。


 「まだ居たんだ…底抜けのお人好し」


 少女は服を着替え、朝食を口に運び、帽子を置いて家を出た。


 「きっともうここに戻る事は無い…たった数時間居ただけの、知らない人の家」


 無理矢理直された跡のあるドアに手を添えて、少女は深く深呼吸をした。


 「けど、きっとあの人の顔は忘れない…この家も、あの優しさも…ありがとう」


 少女は鍵をかけて、その鍵を玄関ポストに入れた。

 そして胸を張り、堂々と前へ足を踏み出し、決意を固めてその家を後にした。


 「死ぬには、良い日なのかもしれない」

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