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木彫り職人とノラガミさま

作者: 生けもの
掲載日:2026/01/24

「あのぅ、もしもし…」


 意識が朦朧とする中、申し訳なさそうな声が聞こえた。

 しかし気のせいだろう、この小さな町で他人に施しをしようとする人間がいるわけが無い。

 きっと腹が減りすぎて幻聴が聞こえたのだろう。


「もしもし、黒パンでよければ食べますか?」


 今度はハッキリと聞こえた。

 『食べますか?』 その言葉を聞いた瞬間、俺は勢いよく飛び起きて目の前にあった黒パンに齧りついた。


「ごほごほ…」


 数日ぶりの食べ物を勢いよく口に入れたため、盛大にむせる。


「はいお水です」

「ごくごく…ぷはぁ」


 やっと人心地ついて、改めて命の恩人の姿を見た。


 髪はぼさぼさ、服はぼろぼろ、靴は履いておらず裸足。

 どこからどう見てもみすぼらしい『()()()()()()』だった。


 ここ”シン”は身近に神さまが存在する世界だ。


 神さまは信仰する人=信者が多ければ、それだけ様々な恩寵を信者に与える事が出来る。

なので、農耕地では豊作の神がもてはやされ、戦によって領土を広げている国では戦いの神などが人気だ。

 また、安定して人気なのは、金や美と言った個人の財産に関わる神も熱心な信者がいる神だ。


 しかし、目の前にいるノラガミさまはそう言った人気の神さまではなさそうだった。


「あーせっかくの信者の貢ぎ物を、信者でもない俺が食っちまって申し訳ない」


 少年は頭を下げて、謝った。

 しかしノラガミさまは頭をふって俯いた。


「あなたにあげた黒パンも、最後の信者だったおばぁさんがくれたものだったのです」

「え?もしかして貴重なものだったのか?」

「いいえ、でもそのおばぁさんはもう…」


 ノラガミさまの声は次第に小さくなり、最後のことばは聞き取れなかった。

 少年は暗くなった雰囲気を明るくしようと、殊更に大きな声で挨拶をした。


「あ~~、俺はフィンという者だ」


 そう自己紹介をするとフィンは、手近にあった大き目の木切れを手にとった。

 その少年の行動を不思議に思ったノラガミさまはその木切れをどうするのかと思い問いかけた。


「あの…」

「ん??ああ、これか?」


 こくこくと頷くノラガミさま。

 まるで子供の様な好奇心旺盛な目で少年の手元から目を離さない。


「俺は村で木切れをナイフで刻んで、土産物を作っているんだ。まぁ、村の人たちはそんなものよりも食べもんを作れって言うんだけどな」


 そう言いながら、フィンはナイフで大雑把に切り出して行く。ノラガミさまにはフィンの手はまるで魔法使いの手に見えた。しゃっ、しゃっとナイフが木切れを削る度に少しずつ形が現れて、見る見る形が浮かび上がって来る。


「あの…これって…」


 そこに現れたのは ちいさな女の子の木彫りの人形(ひとがた)だった。


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 ノラガミさまが両の手のひらの上に自分の人形(ひとがた)を乗せて食い入るように見つめていた。


「あなたは魔法使いか何かですか?」

 振り返ったノラガミさまが真剣な眼差しでフィンを見つめてきた。しかしそれを眩しいものでも見るように視線を反らしながらノラガミさまの言葉を否定した。


「そんな立派なものじゃないです。…あのそんなに見つめないでもらえないか?」

「え? あっ…ごめんなさい」


 気がつくと息がかかるほどの至近距離でフィンの顔を見つめていた事に気づいた。しかしノラガミさまは気にする素振りも見せず人形(ひとがた)を褒めたたえた。


「…まるで生きているみたい、ほら髪の舞ってる感じや服のなびき方まで」


 ノラガミさまの賞賛の言葉にどう返したらいいのかわからず、「ども…」とだけお礼の言葉を返すフィン。


「まぁ気に入ってくれたなら作った甲斐があったってもんだ。少しはパンのお礼になったかな?」

「え?くれるのですか?」

「ああ、大切にしてくれるなら…ってこんなもんを神さまに差し上げると不敬?になったりしないか?」

「そんなことありません。  嬉しい…、ずっと大切にしますね」


 フィンに貰った人形(ひとがた)を胸に抱きしめると、ノラガミさまは満面の笑みで頷いた。


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 道の奥から沢山の人が歩いて来る音が聞こえてきた。正しくは1柱の女神に沢山の人が付いて回っていた。取り巻きはほとんどが男の人だったが、ちらほら女の人も見えた。


「すごい数ですね」

「ああ、男の人だけでなく女の人もいるんだな」


 女神アプロディーテの周りにはその美貌の虜になった男の人だけでなく、その美に(あやか)りたい女の人を引き連れて歩いていた。

 ふと、女神アプロディーテの目に2人の姿が()まり、2人を汚いものでも見たように吐き捨てた。


「なんてみすぼらしい神なのかしら」


 女神アプロディーテがゴミを見るような目でノラガミさまを見た。明らかに神の存在としては雲泥の差がある二柱の神。しかしノラガミさまが持っている人形(ひとがた)が女神アプロディーテの目に入ると興味を持った。


「でも貴女が持っているそれからは僅かにだけど神力を感じるわ。それを私によこしなさい」

「嫌です」

「…今何て言ったのかしら、よく聞き取れなかったわ」

「嫌だと言ったんです。これは()()()()()()()()()()作ってくれたものです」


 ノラガミさまの真っすぐな目で『フィンさんが私の為に』と強調して言われたフィンは顔が熱を帯びているのを自覚するも気づかないふりをした。


 今まで断られる事などなかった女神アプロディーテはノラガミに拒否された事でプライドが傷ついていた。もはや人形(ひとがた)を手に入れる事などどうでもよくなり、ノラガミの泣く顔を見たいがために奪い取ることに躍起になっていた。


「あなたたち、その生意気な神から人形(ひとがた)を奪いなさい」

「なんて生意気な、アプロディーテ様がご所望しているのを断るなんて」

「なんて身の程を知らないノラガミなんだ」


 アプロディーテの信者が口々にノラガミに罵声を浴びせ、過激な信者が人形(ひとがた)を奪い取ろうとする。


「いっいや!」

「やめろ!!!」


 両の手で必死に人形(ひとがた)を守るノラガミさまとノラガミさまを守るフィン。何度も殴られ顔は腫れあがったが、ノラガミ様には傷一つついていない事を確認すると安心するフィン。しかし…


「あっ」


 足元には壊れた人形(ひとがた)が落ちていた。それを見つめたノラガミさまは目から涙を零した。


「そんな…」

「ごっごめん」

「……ううん、私の方こそせっかく作ってもらったのに壊しちゃってごごめんなさい」


 壊れた破片を1つ1つ丁寧に拾い上げて宝物のように扱うノラガミさま。それを面白く思わないアプロディーテがノラガミさまを悪しざまに言った。


「もういいわ!そんなゴミ、こちらからお断りだわ」

「ゴミなんかじゃありません!フィンさんが作ってくれた大切な人形(ひとがた)です、訂正してください!!」

「ノラガミのくせに私に歯向かうの」


(忌々しい。底辺の神の分際で)…


「私に訂正させたいなら勝負なさい」

「勝負…ですか?」

「そうよ、私に勝ったら謝ってあげるわ。私の信者と()()()()()()()がそれぞれをモデルに人形ひとがたを作ってどちらが優れているかを町の人間に判定してもらうの」


(おっおとこ?そんなフィンさんとはただ偶然(生き倒れていた所を)通りかかっただけで…)


 アプロディーテに"あなたのおとこ"と言われ、ノラガミさまは顔を真っ赤にした。


「勝負は一週間後、場所はここで。それぞれが用意した人形(ひとがた)をどちらが優れているか判定してもらいましょう」

「貴様が勝つなど万に一つもないがアプロディーテ様のご提案だ、町の貴族に優劣を決めてもらおうじゃないか」

「まて、貴族だけって言うのはどういう事だ?」

「平民が芸術を理解できるとは思わん、なので貴族だけで十分だろう。まさか嫌とは言うまい?アプロディーテ様が勝負をしてくださるとまで言っているのだからな」


 これ以上女神の信者を刺激しても、ノラガミさまを危険に晒すだけだと思ったフィンは渋々了承した。


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「いいか腕の立つ彫刻家を探せ、金はいくらかかっても構わん。アプロディーテ様の美しさと偉大さをわからせるために黄金の女神像を作れ」

「ちょうどこの町にサロンで優勝した彫刻家がいます。その男に依頼しましょう」

「よし、あとは念のため町の貴族連中に金をばら撒け。アプロディーテ様に投票するようにな」

 

 一週間後、アプロディーテ側は黄金の女神像を持ってきた。キラキラお光り輝く黄金の女神像の出来にアプロディーテは満足気だった。


「これはもうアプロディーテ様の勝ちは確実ですな」

「アプロディーテ様の美しさが完璧に表現されてますな」

「さて、あの大口をたたいた奴らはどんなものを作ってきたのやら」

 

 フィンが布に包まれたものを持って女神像の横に置いた。皆が固唾を飲む中、布が取り払われた。


 そこに現れたのは"()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()"だった。


 切り株の周りの花と草は風に揺れているようで、動物はダンスでもしているように帯び撥ねているようだった。そして真ん中にはそれを楽しそうに見ているノラガミさまがいた。



 人形(ひとがた)勝負は女神が圧倒的だった。というのも信者が審査委員である貴族を買収していたため女神の勝利は決まっていたと言ってもいいだろう。貴族が口々に黄金の女神像の素晴らしさを口にした。

 賞賛の言葉を受けたアプロディーテは気分がよくなり、ある提案を言い出した。


「折角だからこの素晴らしい作品をもっと多くの人に見てもらいたいわ。そう思わない?」

「アプロディーテ様、そんな事をしなくても作品の素晴らしさは、わかる人間にだけ分かれば十分かと思われます」

「私は全ての人間に見てもらいたいと言ったの」


 女神の言葉の中に怒りの色を見た信者はそれ以上否を言う事はできなかった。


(大丈夫大丈夫だ、審査員はほとんど買収済みだ。アプロディーテ様の勝ちは間違いない)


「そっそれでは平民にもこの人形(ひとがた)勝負に参加する栄誉を与える。アプロディーテ様の寛大なお心に感謝するがいい」


 わ――――――!!


 聴衆が2つの人形(ひとがた)を見るために集まって来た。普段娯楽に飢えていた平民にとって今回の催し物は興味を刺激した。


「アプロディーテ様の黄金の女神像はキラキラ光ってて迫力も凄いぞ」

「こっちの神さまの人形(ひとがた)は木製なのかなんか地味だな」


 当初黄金の女神像の派手さに興味を引かれていた人々はしかし、次第に心情が変わっていった。


「なんか、この人形(ひとがた)を見てると懐かしい感じがするな」

「あ、俺も思った。田舎で村の動物とじゃれていた頃を思い出した」

「隣のあの子、元気かなぁ…」


 人々が各々の忘れていた思い出を掘り起こしながらフィンの人形(ひとがた)を見ていた。


 投票結果が出た。結果は圧倒的でノラガミさまの勝利だった。


「こっこんな、勝負は無効だ!元々は貴族だけだったはずだ」

「やめなさい!途中から平民の参加も認めたのは私です、神に恥の上塗りをさせるつもりか」

「……ぐっ!」


 アプロディーテが信者を諫める。



 フィンの作った人形(ひとがた)は見る人の心に訴え、ノラガミさまの信者が増えた。その結果ノラガミさまの神力が上がり、ある奇跡が起こせるようになった。



 その奇跡とは【春を告げる風を吹かせること】だった。


 ― おわり ―

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