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その七

「今から『主殺し』、サイネ=ルクレツィアの公開処刑を行なう!」


 わあああ! と、オーディエンスが沸いた。

 彼等が熱狂を注ぐ対象は言うまでもなく、元凶は語るまでもなく、俺とサイネのスーパー噛み合わないユニット。そして願ってもないのにわざわざご足労してやってきた彼等のために俺達が差し出すのは、音楽ではなく命。その演目、公開処刑につき。狂気にも似た熱視線と歓声が、俺を鳥肌が立つ程にゾクゾクさせる。

 何だこれ、せめて静かに死なせろよ。

 一人と一体(本当は俺も人間だから二人)のためにわざわざお集まりやがった町民共は、待ってましたとばかりに拍手喝采大喝采を送る。 俺はその異様な熱気に寒気がして顔を引きつらせ、同時に場を煽った老年の男を見下ろした。

 町民から『ウィザリタニア枢機卿すうききょう万歳! ウィザリタニア枢機卿万歳!』と絶大な指示を受ける老年の男。

 梁付になってから数分も経たない内に、そいつはやってきた。

 金色の刺繍で縁取られた白いローブを頭まで被って、そこから覗く鷹の目を彷彿とさせる鋭い眼光に、胸辺りまでは在るだろうたっぷりと蓄えた白い髭。

 右手には幾重にも宝石を散りばめた豪奢な杖を持ち、小枝のように萎びた細い指という指にはこれまた際限なく指輪が填められている。

 いかにも自分は大物です、といったきらびやかな過剰装飾を施した風体。 その老人は、絵に描いたような権力者だった。俺は不快感に満たされる。初見から既に気に食わないし、気が合いそうにもない。

 ウィザリタニア枢機卿(枢機卿とは実際、カトリックの高位聖職者を示す言葉だが、俺の翻訳技術ではこれ以上にふさわしい語彙を模索することが出来ないため、以後もそう呼称する。とにかく、政治的に上から二番目ぐらいに偉い人だと解釈してもらえば間違いない)は、大観衆に背を向けて俺達の方を向くと、何か呟いてから宙に浮いた。

 人間が宙に浮くとは何事だ! とは恥ずかしくて言えないこの不条理な世界。一瞬だが枢機卿の足元にペンタグラムが展開された辺り、多分魔法なのだろう。なのだろう、というのも、それは俺の脳内データベースには存在しない未知の魔法だからだった。

 本当、こんな便利魔法も教えないで、キリカは俺に何をやらせたかったんだ…………。…………『右腕』らしく、──ってか。


「…………」


 俺は気を取り直し、悠々と舞い上がってくるウィザリタニア枢機卿を仏頂面で眺める。

 やがて俺達の前まで浮遊しその場で停滞した枢機卿は、心底楽しそうに目を細めた。

 行動も舞い上がるのなら、表情も舞い上がっている。

 ああ、その笑顔に裏が見えて仕様がない。


「ご機嫌はいかがですかな。サイネ=ルクレツィア殿。ルクレツィアという世にも誉れ高き家名の元に生まれながら、家命かめいを放棄するどころか抹殺した君のために、このような晴れ舞台を用意したのだが、喜んでいただけたかね」


 元々しわだらけで乾燥したワカメみたいだった顔が、更にしわくちゃになる。見るに堪えない。見るに堪えられない。

 それを言えば俺の大好きな祖母が見せる人懐っこいいやしの笑みだってそうなってしまうが、それとは訳が違う。祖母の笑みは癒しだったが、こいつの場合は嫌味で卑しい。黒幕フラグフルスロットル。

 何というか、頭から熱湯をぶっかけて生き生きひいひい言わせてやりたい。

 俺はちらりと隣りを伺う。 俺の隣人、つまりサイネはウィザリタニア枢機卿に対して、俺以上に敵対心を剥き出しにして睨んでいた。

 怒気を超えて殺気すら窺える、暗い蔑視。俺を睨む時とは色も訳も違う、冷たく沈んだ絶対零度の睨み。

 これは仮定の話にすらならないが、サイネが抱いているのは敵対心ではなく、復讐心なのかもしれない。なんて、やはり妄想の域をでないが。


「…………」


 サイネは睨む。枢機卿を。

 枢機卿は笑う。サイネに向かって。

 二人の間でただならぬ何かが渦を巻き、衝突を繰り返す。

 やがて、はっと気付いたように枢機卿は一瞬だけ目を開き、下卑た笑みを更に歪ませる。そして杖を短く振って何かを唱えた。 ぱさりと、サイネの口を封じていた猿轡の紐が切れる。


「ふふ、済まない。すっかり失念していたよ。こんなものがあっては君の返答を聞くことすら出来ないじゃないか」

「猊下。口を開かないで下さいますか? 鼻が曲がります」


 カキン! ホームラン!

 青空の下、何処までも伸びていくホームランボールを見上げるような、そんな爽快感が俺の中で沸き起こった。

 さすがサイネ。期待を裏切らない言語兵器。

 枢機卿はその返しを予想もしていなかったのか、面白い程に狼狽して、それから笑顔の仮面を剥いだ。

 豹変。

 そう表現するのが一番適切だろう。仮面が剥がれた枢機卿の素顔は、この世の醜悪を全て詰め込んだかのようにそれだった。ただ、人間らしくはあるのかも知れない。


「ふん。減らず口を。そんなに死にたいのならさっさと死なせてやる。だが────その前に一つだけ答えろ」


 そこまで言って枢機卿は、俺を一瞥した。


「あの小僧は何だ。一体何者だ」

「さあ? アンタ達曰く、悪魔なんでしょ?」

「…………真面目に答えろ。我々だってとうに気付いている。気付いていないのは馬鹿な民衆共だけだ。『ルクレツィアの召喚書』は我々の手にある。だったらお前は、どうやってあの小僧を呼んだんだ?」

「誰も私が呼んだとは言ってないわ。他に協力者が居て、そいつが呼んだのかも知れないじゃない。私は協力者なんて知らないけど」


 サイネの人を取って食った言い回しに、枢機卿は苛立たしげに舌打ちをし、表情の険しさが増す。

 ハラハラする。

 見ていて爽快感よりも、焦燥感の方が募ってきている。

 サイネが何を考えているのか見当もつかないが、少なくとも命乞いをして助かる気はなさそうだった。

 無論、俺だってその気はないが、けれど助かりたい。


「……」


 俺は一人蚊帳の外に放られたのを良い事に、ある可能性について黙考する。

 可能性。それは実にご都合主義で、デウスエクスマキナが存在すると仮定した上での、非常に安易で非合理な可能性。不条理なこの世界に俺が存在するからこそ頼ることの出来る、ただ一辺の可能性。ただしこの場合、神は機械じゃなく神じゃない。


「ふざけるのもいい加減にしろ、サイネ=ルクレツィア。我々が『真実の眼』であの小僧の事を確認していることぐらい、無駄に知恵の回るお前のことだ。考えるまでもなく気付いているはずだ。あれは悪魔ではなく人間だ! それも我々とはまるで魔力波が違う! そう! まるで────」


 そこで言い淀み、枢機卿は再び俺を見た。

 何だ? 俺がまるで俺が何なんだ?

 さっきから俺は蚊帳の外のようで、実はメインだったりする。

 枢機卿の顔には困惑、もしくは迷いの表情。

 良くわからないが、俺に怯えているようだった。

 何故?

 俺は考える。

 少なくとも、俺が地球人だからではないのは確かだ。

 少なくとも、服が地球製だからではないのは、間違いなく確かだ。

 どうやら俺は、魔力波が違うらしいが……。

 …………。

 そもそも何だ……、魔力波って? そんな用語を俺は知らない。っていうか何故俺は、その用語を知らないんだ。

 約束された明るい未来を捨てて、こっちの世界だけに没頭してきた俺が。

 何故キリカはそれを、俺に教えなかった。

 それにこの展開。致死系の魔法しか知らなかった俺。こんな回りくどい方法で呼び出された俺。

 キリカは一体、何故俺を呼んだ? あいつは俺に、何をさせたい?

 右腕にするため。

 俺はずっとそうだと思って、そうだと言い聞かされて、ここまで来ちまった。

 けど、これは何だ?

 これじゃまるで、これじゃまんま、俺は──── 

 俺は、


 ────良いか? ユウシャ。


「まるで、何? ────勇者みたい?」


 俺は────勇者じゃないか。

 枢機卿は、押し黙った。まるで絶対的な証拠を突き付けられて、反論する術を失った犯罪者のように。

 『ユウシャ』は、押し黙った。まるで絶望的な証拠を突き付けられて、反論する術を失った犯罪者のように。


「だったらアンタは私を殺せないわよね。もちろん隣りの勇者様も、だけど。彼が『勇者』なら、私は彼を護衛するルクレツィア家の『魔女』。勇者が存在する今、アンタ程度の存在が私をどうにか出来るわけがない。決定権は、彼にあるのだから」


 サイネは俺に目配せをした、気がした。

 しかし、実感がない。

 何も耳に入らない。

 頭の中は、真っ白だった。


「は! 馬鹿を言え。その小僧が『勇者』だと? 魔力波がたまたま『勇者』のソレと一致しているだけかも知れぬではないか。いや、そうに決まっている。

 だいたい、『勇者』は死んだ。お前が殺したのだ。先代の『勇者』が死んでまだ半年と経っていないのに、次の『勇者』が見つかるはずが────」

「何? 死ぬの? 『魔王』はとっくに復活してるのよ? アンタのわがままで私達を殺せば、世界は終わるわ。間違なく」


 どうなってんだ。この展開、マジでどうなってんだ!?

 終わる? 何を言ってるんだこいつは。

 キリカがそんな事するわけないだろう?

 あいつはせいぜい、ペットボトルロケットで悪戯を愚考するぐらいしか能がない奴だぞ。好きな物は宇宙で、世界征服じゃない。嫌いな物は、人間じゃない。そんなのは、ただ言ってるだけだ。

 わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。けれどわかりたくないほどに、わかりきっている。

 唐突に理解した。理解して、しまった。

 これは、出来レースだ。

 それもご都合主義ではなく不都合主義の、バッドエンド直行の道化でどうかした────


「『魔王』を殺してあげるわ。だから、解放して」

「────黙れ!」


 気付けば枢機卿は、杖を掲げて怒鳴り声を上げていた。

 それを合図に、下で待機していた白いローブの集団が空中にペンタグラムを描き始める。

 それに伴って沸き立つ、有象無象の民衆達。

 何て、どうでもいい光景だと思う。今はそんなことに、構っている暇はないのに。

 白いローブの集団なんていつから居たのかということも、有象無象の民衆達も、ウィザリタニア枢機卿も、サイネが今まさに顔面蒼白になって悲鳴を上げていることですら、もうどうでもいい。ってかこいつ、やっぱり精一杯強がってただけかよ。

 …………本当もう、どうでもいい。


「……」


 どうせ助かる。


「────きゃあああ!」


 突如、一閃の悲鳴が街を貫いた。俺は呆れる。

 ここまでタイミングがばっちりだと、もう笑い話にしかならない。

 俺とサイネに向かって幾多の魔法が発動されるまさにその一瞬だった。

 悲鳴が上がった途端、白いローブの集団も、民衆達も、ウィザリタニア枢機卿も、サイネも、皆が皆凍り付く。

 何事か?

 次瞬にはざわざわと、慌ただしく挙動する人々に空気が揺れ動き、気付く。

 悲鳴に気付いて凍り付き、悲鳴の元凶に気付いてまた凍り付く。

 後方。公開処刑場となった広場の後方で、黒い巨体が唸りを挙げていた。腹を空かしたように、魑魅魍魎に蠢く獲物を見つけて狂喜乱舞するように。

 その姿はあれだった。俗に言う、ドラゴンだった。

 立ち並ぶどの家よりも巨体で、ソレが一歩踏み出す度に、街が倒壊していく。

 その様子を、俺はただ見ていた。ただ、傍観していた。わかっていたから。可能性が可能性ではなく、当たり前の必然でしかなかったってことが、わかってしまっていたから。


「……」


 街がどよめき、叫喚を上げる。 

蜘蛛の子を散らすが如く逃げ惑う民衆には眼もくれず、ドラゴンはただ、直進する。

 広場の中央に。俺に、向かって。

 デウスエクスマキナは存在する。

 自分の都合を勝手に他人に押し付けて、世界をも弄ぼうとする神は確かに実在する。

 ただしこの場合、神は機械じゃなく神じゃなく────。

 ドラゴンはあっという間に、俺の目の前に辿り着いていた。

 街を見下ろすぐらい高い場所にいる俺を、更に見下ろしてそこにいた。

 黒い鱗に覆われた巨体。ニ対の強靱な後ろ足はしっかりと地に根付き、被膜上の翼が空を切り裂く。

 全身に生臭い息が掛かり、俺は顔をしかめる。酷い臭いだ。とはいえ、それだけ。

 不快感は感じるものの、かといって恐怖はなく、正確にはまだ、恐怖を感じる必要がない。

 神はまだ、俺を殺さない。

 『勇者』が『魔王』を殺す旅に出るまでは、少なくとも殺されない。


「…………」


 俺はふと気になって、周囲を一瞥する。

 サイネは絶句して涙目になっていた。無理もない。少なくとも、このカラクリに気付く前の俺ならとっくに気絶していた。枢機卿を探すとその姿はなく、どうも逃げるついでに助けを呼びに行ったらしかった。やはり、絵に描いたような権力者だった。 

 俺は仕切り直し、顔面を見据える。

 目の前にはそれ一つが俺より巨大な牙を生え揃えた、馬鹿でかいトカゲの顔面。

 と、もう一つ。……いや、もう一人。

 彼と彼女らがそれぞれの思惑で必死に生を勝ち取ろうとする頃、俺はと言えば、ただ挨拶を交わすだけだった。

 当たり前のように、あの頃のように強がってやるだけだった。


「久しぶり。元気だったか」


 簡単に。淡々と。

 猿轡は、いつの間にか外れていた。考えるまでもなく、それはデウスエクスマキナの仕業。

 俺の問いに、誰かは答える。それはもちろんドラゴンではなく、懐しい誰か。

 地面を引き摺るぐらい長い黒髪が特徴の、余りにも知り過ぎた誰か。

 誰かは笑う。不敵に笑う。半年前と何ら変わらず、出会った時と何ら変わらず、ただ笑顔が似合う。


「ふん、相変わらずだな右腕失格。私と敵対し、晴れて『勇者』になった気分はどうだ?」


 ドラゴンの頭上。そこに腕を組んで、悠々と仁王立ちをかますそいつ。

 この世界のデウスエクスマキナ。

 機械じゃなく神じゃなく魔王────八重野キリカは質問した。

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