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その四

 俺は、一枚の紙切れを凝視していた。

 何の変哲もない、大学ノートの切れ端に描かれた綺麗な六芒星。

 この世界でヘキサグラムと呼ばれるその幾何学模様は、魔法を起動させるのに不可欠な紋章で、よく魔開門ゲートと称される、らしい。

 そしてそんな図が描かれた紙が、牢獄の壁に貼りつけてあった。

 …………しかも、セロハンテープでだ。

 俺はあの後、金髪の少女、サイネから少しだけ話を聞き出すことが出来た。

 それは、この世界がクリトピエムで間違いがないことと、どうやら俺が、この壁に貼られた紙切れから飛び出して来たらしいということ。

 そして何より驚いたのが、俺を呼んだのはキリカでなく、このサイネという少女だったこと。


『…………それは、私が呼んだからよ。まさかあんたみたいな訳わかんない奴が出てくるとは思いもしなかったけど、完全に騙されたわ。良い迷惑よ』


 俺が何故ここに居るのかを尋ねたら、サイネは普通にそう答えた。

 それを聞いた俺は少なからず動揺し、ショックを受けたが、紙切れがノートの切れ端だったことと、それを留めていたのがセロハンテープだったことから、まだ何か裏がありそうだった。

 この二つは、この世界には存在しないはずだ。

 …………それに、サイネの俺に対する反応も、自分が呼んだにしては明らかに不自然だし、このヘキサグラムについても気になる。


「なあ、サイネ。さっき、お前が俺を呼んだって言ってたよな。

ってことはことは俺は召喚されたのか? 違うよな? 召喚術のゲートは五芒星ペンタグラム以外有り得ないはずだ。そもそも、俺は魔界出身じゃない。だったらこのヘキサグラムは、一体何のゲートなんだ?」


 この図形はあれだけキリカに付き合わされたこの俺が、見たこともないヘキサグラムだった。

 ゲートには大きく分けて二種類ある。

 キリカは昔、そんなことを言っていた。

 それがヘキサグラムとペンタグラムで、ヘキサグラムは周囲の魔気を収束し、魔法に変換して書き換えるゲートだが、ペンタグラムは魔界とのトンネルを繋ぐ、文字通りの意味でのゲートだと。 それはつまり、俺がペンタグラムで呼び出されることは間違っても有り得ないという訳だが、ヘキサグラムだって似たようなものだ。

 地球とクリトピエムを繋ぐ魔法。

 そんな都合の良い魔法が存在していたら、キリカはとっくに地球からいなくなっている。

 …………いや、違うか。

 地球には魔気がないんだ。


「知らないわ。確かに私はアンタを呼んだけど、そのヘキサグラムを描いたのは私じゃない」


 サイネは、興味なさそうに答えた。

 どうやら彼女は、俺の質問なんかより『携帯電話』に夢中らしかった。

 俺は彼女に、地球からやって来たことを話した。その方が話がスムーズになるだろうし、そもそもあのままでは話にすらならなかったからだ。

 突然笑い出してしまったり、ふらふらになって独り言を呟いたりと、俺が散々意味不明な行動を取っていたのが致命的だったらしく、ついさっきまで『話し掛けないで。腐る』と言って全く取り合ってくれなかった。

 しかしそんなサイネも、俺の携帯を見てから目の色が変わった。

 服装も持ち物も、部屋を出る時と何一つ変わっていなかったので、俺は『地球から来た証拠』として学生ズボンから携帯を引っ張り出してサイネに渡した。

 そしてそれから彼女はずっと、地面に座り込んで携帯を不思議そうにいじっている。

 携帯を何度も閉じたり開いたり、時折縦にシェイクしてみたり、びくびくしながらボタンを押しているその仕草は、見ていて飽きない。

 …………口さえ開かなければ、割りと可愛いのに。

 俺はここに来て初めて気分が安らいでいたが、そうほんわかしている場合でもなかった。

 わからないことはまだ、山のようにある。


「ヘキサグラムを描いたのは私じゃない? どういうことだ。

もしかして────この紙切れをお前に渡した人間が居るってことか?」


 わからないことは山のようにあるが、それぐらいのことは想像出来た。

 ぴたりと、携帯をいじるサイネの手が止まった。

 もはや、間違いない。

 俺は話を続ける。


「だったらそいつは、馬鹿みたいに長い黒髪をした、俺と同年代で偉そうな言葉遣いをする背の高い綺麗な女じゃなかったか?」


 俺はサイネの様子がおかしくて、内心でほくそ笑む。

 どうやら、俺の想像通りだったらしい。

 サイネは携帯を手に持ったまま、俺を怪訝そうに睨んだ。


「…………何、アンタ? ただの馬鹿じゃなかったの?」


 こいつが俺の評価を改めるのも、もう時間の問題だろう。

 俺は安堵する。

 ようやく、あいつとの足掛かりを掴んだ気がした。

 俺の発言は全部的中していた。それは彼女の様子を見れば一目瞭然。 俺は気が緩んで笑みが零れそうになるが、口を手で押さえてなんとか堪らえた。

 やっぱり、俺のこの異世界トリップにキリカは絡んでいた。

 このノートの切れ端をこいつに渡したのは、間違いなくキリカだ。


「今更信じてもらえないだろうが、俺はかつて神童と呼ばれた男だ。これぐらい、少し考えればわかる。つまり、サイネ。お前はその女と知り合いなんだな?」


 今や、サイネの興味は携帯から完全にこちらに移っていた。

 立ち上がり、俺から半歩距離を取る。

 相変わらず友好的に思われてはいないようだったが、まともな話をするには充分だった。

 こいつとキリカが知り合いなら、話は早い。

 しかし、返ってきた彼女の反応は全く俺の予想外だった。


「知り合い? それは違うわ。あいつと会ったのは今日が初めてよ。名前だって知らないわ」


 は? 今日、だって? 


「あの女、気付いたら鉄格子の前に立ってたの。そして、その紙を鉄格子の向こうから渡してきて言ったわ。


『脱獄したければ、これを壁に貼って魔気を注げ。それは────ユウシャを呼ぶゲートだ。きっとお前を助けてくれる』


 って、あいつ。それだけ言うと、消えた。あんなふざけた魔法見たことないけど、本当に文字通り消えた。看守達も騒いでる様子はないみたいだし、誰にも見つからずにここに来て、そして居なくなったのよ。有り得ない。有り得ないわ、そんなこと。っていうか何、アンタあの女のことなんか知ってるの? それ以前に、何でクリトピエムについてそんな詳しい訳? ヘキサグラムとペンタグラムの違いも分かってるみたいだし。アンタ、チキューとか言う世界から来たんじゃなかったの?」


 逆に質問責めに合う俺。

 それは、幼い頃から『魔王』に散々鍛えられたからだ。

 とは、言えなかった。当たり前だ。そんなことを口走れば、俺の立場が危うくなるのは必定。

 とはいえ、上手い言い訳が思い付かない。

 俺は誤魔化し笑いを浮かべつつ、頭をフル回転させる。

 それにしても、『ユウシャ』とは何て傑作だ。

 これはもう、キリカで間違いがない。

 きっとサイネは『勇者』だと思って俺を呼び出してしまったんだろうが、実際は違う。 

 『ユウシャを呼ぶゲート』とはすなわち、俺を呼ぶゲート。

 つまり『ユウシャ』は、キリカが俺に付けたニックネームだった。

 ユウシャ。

 余りにもふざけたあだ名だが、俺は自分の名前よりユウシャと呼ばれた回数の方が圧倒的に多い。


「出よう」 

「…………は?」


 俺は結局、はぐらかすことに決めた。

 こいつはどうやら本当に犯罪者らしいが、俺にはそこまで悪い奴には見えない。

 だったら、まずはこの監獄を出るべきだ。 とりあえずここを出てから、全てを話せばいい。


「は? じゃない。俺はここを脱獄しようと言ったんだ。ここを出たら洗いざらい白状してやる。だから今は忘れてくれ。二人で居る所を見つかれば、問答無用でヤバいに決まってる」


 そもそも、今まで看守が来なかったこと事態が奇跡だと言っていい。

 俺は、今更ながら焦った。

 俺はこんな所で、死ぬ気はない。

 俺はこんな所で、死刑宣告を受けるつもりはない。

 キリカに会うまで、俺は死ぬ気はない。


「…………無理に決まってるじゃない。当たり前だけど私、媒体メディア捕られてるから魔法は使えないわよ? 死ぬの?」

「死なん。サイネ、お前は一体何のために俺を呼んだんだ?」


 俺は言って、サイネに向かって手を差し出した。

 サイネは機嫌悪そうに目を細めているだけで、何が何だかわからないという様子。

 それもそうかと俺は頭を掻き、言った。


「携帯を貸せ。それが俺のメディアだ」


 メディア。名の通り、人間と魔法を繋ぐ媒体。ファンタジー物語の杖のようなものだと、キリカは言っていた。メディアとなる物質は一人一人違う。それはぬいぐるみだったり、剣だったり、そして俺のように携帯だったり、と。本当に何でもありで、個人の性質と適合する物質だけが、その人物のメディアとなる。

 俺のメディアが携帯だなんて保証は何処にもなかったが、強いて言えばキリカが保証してくれている。

 俺のメディアは携帯だと、キリカは言っていた。

 だったら俺は、それを信じるしかない。


「…………けーたいって、これよね? こんなものがメディアになるの? っていうか、アンタ。魔法なんて使えるの?」


 俺はサイネから携帯を受け取り、それを右耳に持ってくる。

 それはまんま、電話を掛ける時の格好だった。


「確かに。かつて神童と呼ばれたこの俺も、昨日まではこれっぽちも使える気配がなかったさ────」


 そして俺は、携帯を耳に当てたまま詠唱した。

 幼い頃から散々失敗してきた、『腐敗』の魔法を。

 失敗する気は、更々なかった。


「────でも今は、最強の二番目だ」


『ゲート、デブル。完全なる腐敗デリスファンデム


 鉄格子は禍々しい闇の塊に包まれて、次の瞬間にはただの液体が拡がっていた。

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