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その三

「なんてこった……」


 マジでキリカが言ってた通りになっちまった。

 俺は態勢を立て直すと、『俺は本当馬鹿だ』と右手で頭を押さえてため息を吐く。

 いくら動揺していたとはいえ、自分が日本語を喋っているのかステリア語を喋っているのか全くわからなくなるなんてのは、日本人としてどうなんだ?

むしろ人として終わってるんじゃないか?

 俺のため息は尽きない。

 確かにここにきてからずっと、得体の知れない違和感はあった。ただ俺は、コミュニケイションの大半を今までもステリア語で通してきたため、逆にその違和感が普通だった。

 俺には『魔王部』メンバー以外の友達はゼロと断言していいぐらいで、しかもその『魔王部』ですら全員ステリア語を強制されていたから、俺が日本語を喋る機会はあって家の中ぐらいしかなかった。

 だから多分、こんなことになってしまったのだろう。

 思い返せば前にも、似たようなことがあった。

 それは中学二年生になって最初の月、国語の授業中に先生から夏目漱石の『こころ』を朗読しろと当てられて、俺は『精神的に向上心のない者は、馬鹿だ』の部分を気付いたらステリア語で朗読していた。その日からしばらく、俺のあだ名は『ET』になった。


「…………」


 思い返せば返すだけ、真っ当から万歩外れた暗黒時代が蘇ってくる。

 本来、俺の未来はもっと明るいはずだった。キリカにさえ会わなければ、日本語を喋るまともな友達が俺にもいたはずだった。

 小学校の時、『ロケットはこの世界の神秘だと思う。この感動を是非皆にも分けてあげたい』とか意味不明なことを言い出したキリカと一緒に、ペットボトルロケットを全校集会で乱射さえしなければ。

 中学校の時、『魔王部は、悪の頂点に立たなければならない』とかいうハードルの高さがうかがい知れない規律を名目に、とりあえず中学校で一番素行が悪かった先輩方グループに、改良型ペットボトルロケット『魔王号参式』で奇襲を仕掛けに行きさえしなければ。

 俺は確実に、極平凡な学園生活を送っていただろう。


「…………」


 それでも俺は、こう思ってしまうのだ。

 ああそれはきっと、何て退屈でクソくらえな人生なんだと。

 『八重野キリカの友達』、並びに『魔王部部員』というレッテルは問答無用に最凶だ。

 キリカ本人はもちろん、思い出したくもないあのクソ野郎だってクラスで浮いていたのは当然だったと思うが、常に周りの輪に溶け込もうと努力した俺ですら所詮『ET』止まりだった。

 それでも俺は、微塵も後悔なんてしていない。

 それはもちろん、『魔王部』で唯一誰からも人気があった陽波ひなみみたいに、『魔王部』に在籍しつつ普通の学園生活も満喫出来たら最高に違いないが、俺には『やっぷー! 今日も私は十万馬力で元気ハツラツだよ!!』なんて頭の軽い挨拶なんて出来ないし、あれはそもそも例外中の例外だ。

 だから俺は、自分の人生に清々しいほど満足している。

 何だかんだ文句は垂れつつも、心の底ではどうしようもなく感謝している。

 キリカに。いや、魔王様に。 

 もう半年。

 突然の失踪から、気付いたら半年。俺は多分、人生で一番長い半年を送った。

 多分人生で、一番辛い日々を経験した。


『八重野キリカが失踪? 何それ? やっと自分の存在が迷惑だって気付いたわけ?』

『だったら立派な社会貢献だよね、それ。あ、もしかして自殺? 生きててごめんなさい、みたいな』

『違うでしょ。あいつがそんな良いことするわけないって。どうせ旅に出たんじゃないの? 私は勇者を探すのだ、とかいって』

『あ、それ言いそう! じゃあ二度と帰ってこないじゃん! そんなもんいるわけねーし。一生探し回ってろ』


 俺の歯はいつか、ボロボロに磨り減って使い物にならなくなるだろう。

 それぐらい俺は毎日、歯を食いしばっていた。ただ黙って、怒りに震えていた。

 でもそれも、昨日までで終わり。


「おい金髪、答えてくれ。この世界は────クリトピエムなんだな」


 今日から多分────最高のファンタジーが始まる。

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