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その九

「……そうだ、ユウシャ。これを持っていけ」


 キリカは思い出したように呟くと、軽々とドラゴンの頭上から飛び降りる。

 俺とサイネのように無様に落下することはなく、初めからゆっくりと空中を降下。

 難なく地上に降り立ったキリカは、特有の斜に構えた笑みを口元にたたえると、凛とした姿勢で俺に近付いてきた。

 長過ぎる黒髪を左右に揺らしながら、縦に長いシルエットはやがて等身大になる。

 長い手足に、制服の上からでも充分過ぎる程強調された豊満な胸。加えてパーツの中で唯一ミニマムな、その整った小顔。

 相変わらず、文句の付け所の無いスタイルだこと。


「……」


 ……あれ?

 俺は小首を傾げる。

 こいつ、また背伸びたんじゃないか?

 俺と向き合ったキリカは、目線が完全に平行だった。

 半年前までは確かに、僅かと言えど俺の方が見下げていたはずだ。

 それが今は完全に拮抗して──


「お前今、この私に対して大変失礼なことを考えているだろう?」


 俺の表情から心でも読んだのか、思考を遮ってキリカが口を挟んできた。


「失礼? まさか。この時期に背が伸びるなんて羨ましい限りだぜ。俺なんか中二の時に止まっちま──」

「伸びてない。馬鹿か、お前が縮んだのだ」


 ……は?


「いや、縮まねえよ。お前が伸びたんだろ、素直に喜べよ」

「いや、お前は確かに縮んだよ。俗に言う幼児退行現象だろう。まさか、知らんのか?」


 まさかじゃねえよ。その言動がまさかだよ。


「どうしたんだよ。何でそんなムキになってんだよ」

「は? 誰がムキにだって? 誰が山女だって? ふん、私は至って正常だ。牛乳が嫌いなお前が異常なのだ。極一般的な身長と抜群のスタイルを兼ね備えたこの私に対して、そんな暴言を吐くお前の頭がおかしい」

「……よ、キリカ山脈」

「ある日、魔王は勇者を殺戮しました。めでたしめでたし」

「ちょ────!」


 キリカの両腕が訳も分からないぐらい、どす黒く光出す。

 ああ、思い出した。小学生の頃、牛乳が嫌いだった俺をたしなめたキリカと、下らない言い争いで一日中揉めた時のことを。

 俺はあの日一日中、キリカを呼ぶ時の語尾に山脈だの山だのマウンテンだのを付けまってその背の高さを馬鹿にした。

 結局、あれから自分の背の高さがコンプレックスになったキリカは牛乳を余り飲まなくなり、逆にキリカより背の低かった俺は悔しくて他人の分を貰ってまで牛乳を飲むようになった。

 ……懐かしいな。

 あの日以来、そう言えばキリカに背丈の話はタブーだった。


「待った! 悪かった! お前の背は高くない!」


 俺は両手を突き出して待ったのポーズ。

 ふざけんな。こんな下らないやり取りで殺されてたまるか。

 すると俺の願いが届いたのか。

 ぴたりと。キリカの動きが止まった。


「本当か?」


 じろりと、露骨に顔を覗き込んで来るキリカ。

 嘘に決まってんだろうが。

 思わず口から飛び出しそうになったが、そこは堪える。

 キリカの眼は明らかに俺を疑っている。

 ばれる。嘘が顔に出ない内に、さっさと決着をつけないと。

 緊張の余り、額に汗が滲んだ。


「ああ、本当だ。お前は小さいよ。山よりは小さい」

「……」


 ……はい、俺の馬鹿野郎。


「……」

「……?」


 俺は頭を抱えてしゃがみ込み、キリカの死の制裁を待ったが、一向に俺の身体が爆発する様子も、胸に風穴が空く気配もなかった。

 俺は不思議に思っておっかなびっくりしながら、頭を抱えたままキリカを見上げる。

 ……あ。


「……ユウシャ。次に会う時は、少しくらい世辞が言えるようになっていろ」


 俺は立ち上がる。

 キリカの眼は冷たく、訳も分からないぐらい重かった。

 それはまるで、魔王の瞳。

 次に会う時。

 どうやら、お戯れの時間は終わったって訳らしい。


「……幾らなんでもいきなりだな、キリカ。頭を抱えて怯えてた俺が馬鹿みたいだったじゃねえか」

「馬鹿みたいじゃない。馬鹿だ、お前は」


 言って、キリカは鼻で笑う。

 そして、俺に反論もさせないで次に話を進めた。

 キリカは俺に左腕を差し出し、抱えていたものを見せる。

 それは、一冊の分厚い本。

 古書といった趣の、装丁の所々がほつれた見るからに厳つい本。


「……何だこれは」


 俺は差し出されたままに受け取り、軽くページを捲る。

 外見通り、中もやはり使い込まれていた。

 時が経って変色したページはことごとく擦り切れていて、文字も滲んでいて非常に読み辛い。

 内容は、意味不明。

 ただ、おびただしい数のペンタグラムが記載されていることは分かった。

 ……召喚書? 


「そして……これだ」


 キリカは間髪入れず、今度は俺に右手を差し出す。

 俺の問いに、答えてくれる気はないらしい。

 俺は短い嘆息の後、とりあえず本を閉じて小脇に抱え、キリカの右手を見る。

 右手のひらに握られた、謎の物体。

 見るからに、今度は小さい。


「……!」


 キリカが手のひらを開ける。

 そして手のひらに収まっていたその物体を見て、俺は目を見開いた。

 見覚えのあるどころか、見慣れたし使い慣れた、メタリックなそいつ。

 携帯だ。俺の。


「俺の携帯は確か、変な警察みたいな奴らに没収されたはずだが?」

「奪った。必要だったからな」


 しれっと。

 敢えて俺も突っ込む気にはなれなかった。


「これで勇者の武器は揃った。後は私を殺す、旅を始めるだけだな」

「馬鹿か。お前を救う旅だよ」


 キリカはニヒルに笑う。

 俺は流石に、笑えなかった。


「で、この本は結局何なんだ?」    


 感情には流されない。

 今はまだ。でもいつか。

 俺は抱えた本を軽く持ち上げる。


「サイネのメディアなのか? やっぱり」

「ふん、分かってるなら聞くな」

「確認だよ。俺は俺にそこまで自信はないからな」


 ペンタグラムは召喚術専用の魔方陣。で、サイネは召喚術師────らしい。

 だったら、他にもいろいろ可能性は考えられるが、まず結論はそうなる。

 当然、サイネもメディアを捕られてたしな。


 ────時間だ。


「じゃあそろそろ、勇者と魔王を始めるか」


 そして別れは、唐突にやってきた。


「死ぬなよ」


 ユウシャ。

 ぱちんと、乾いた音が耳で弾けた。

 それは指と指を、重ね合わせた音。

 キリカが指を、打ち鳴らした音。


「キリカ!」


 俺はその名を呼ぶ。

 縋るように、焦がれるように。

 しかしそれに応える相手の姿は既になく、声は虚しく空に溶けていく。

 どうしようもない虚しさだけが、俺の前に広がる。

 俺はまた、そのか細い手を掴み損ねた。

 八重野キリカは再び、俺の前から姿を消した。


「死ぬなよって……、死亡フラグ立ててんじゃねえよ」


 俺はぼやく。

 キリカは文字通り、一瞬で消えた。

 最初からそこに居なかったかのように、最初から全て幻だったかのように、いつの間にか視界から消えていた。

 俺に、さよならも言わせないで。


「……こんな時でもお前は、あっさり居なくなっちまうんだな」


 次に会った時……、俺達は完全に敵同士だってのに。


「────グオオオオオオオオッ────!」

「────!?」


 俺は虚を突かれて、思わず身体が飛び上がる。

 それから両耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んだ。

 突如として鼓膜を襲う、音という名の暴力。

 風が泡立ち、地面が揺さぶられる。

 力強く、音の柱が天を切り裂く。

 額を一筋、嫌な汗が伝う。

 俺は恐る恐る、顔を上げた。

 するとそこには案の定、ドラゴンが空を見上げて猛々しく吠えている姿があった。


「……ちっ、急過ぎるだろ! マジで!」 


 俺は悪態を吐く。

 本当、気持ちを切り替える暇もない。考えるまでもなく、それは戦闘の合図。

 俺は雄たけびが止むのと同時に立ち上がり、右手に持った携帯をぐっと握り締める。

 そして横に居るはずのサイネを、ちらりと一瞥した。


「……」


 向き直る。

 見なかったことにした。見なかったことにしたかった。

 地面にうずくまるようにして、すやすやと。

 サイネはまだ、意識を失っていた。すやすやと、寝息まで立てていた。

 ……狸寝入りじゃねえだろうな!

 俺は文句を言いたいのも山々、サイネの枕元にキリカからもらった分厚い本を置き、ドラゴンに向かって走り出す。

 仕方ない、俺一人でやるしかない。

 しかも、サイネを巻き込まないようにだ。


「……ったく、誰だよ。こいつと一緒に頑張れなんて言った奴は」


 俺はサイネと直線上に並ぶのを避け、弧を描きながら走る。

 サイネを巻き込まないように、しかも俺一人で戦うだなんて芸当、考えるだけで肝が冷えるが。

 とはいえ、あのまま眠っていてくれたのは僥倖ぎょうこうだったのかもしれない。

 俺は走りながら、愚考する。

 何故なら、俺はサイネの実力を知らない。強いのか弱いのか、具体的には何が出来るのかさえ知識にない。

 だったらむしろ、組まない方が良いのは明白だろう。即席で組んだタッグが奇跡的に馬が合って、絶妙なコンビネーションを見せるなんてのは架空世界の話で、此処の架空世界はそこら辺に関してはリアルだ。

 それに俺は、相手と合わせてどころか一人で戦ったことすらない。自分の実力すら、まともに把握出来てない。


「……」


 俺は走る。ひた走る。

 ごちゃごちゃ考えても仕方がない。考えても見つかる訳のない答えを探すよりは、今はとにかく集中することだった。 

 俺の手元には今、携帯がある。

 これさえあれば、少なくとも犬死にすることはない。

 なんて、それは俺に『勇気』があったらの話だった。


「……っ!」


 足が止まる。正確には、竦む。

 見た。まともに直視、してしまった。

 蛇のように無機質な、その図体には似合わないつぶらな瞳。

 表情のない、冷たい眼。

 睨む。

 俺をしっかりと、捉えて離さない。


「……ひっ」


 ……怖い。


「────殺される」


 …………。


「────くそっ、俺はカエルじゃねえぞ!」


 一喝。

 俺は魔王も救う勇者だろ!

 俺は自分を叱咤し、頬を張る。

 ……ビビるな。

 震える。全身が震える。けど、それがどうした。

 俺は強い。最強の二番目だ。知識もある。技術もある。禁忌だって使える。

 経験はない……けど。


「だからしっかりしろ、俺!」


 俺は再度、今度は思い切り頬を叩く。

 こんな所でぐたぐだやってる場合じゃない。

 俺は会わなくちゃならない。あいつの根城を探し出して、引き吊り戻してやらなくちゃいけない。

 こんなくそったれな世界から、あいつを解放してやらないといけないのに!


「――――!」


 来る。

 俺は頭で考えるよりも早く、豪快にヘッドスライディングを決めた。

 その刹那、背後で地鳴りを上げて巻き起こる熱風。次いで、ぶつかり合う轟音。

 間一髪。

 ドラゴンの吐きだした轟々と燃え盛る火の玉は、軌道上の何もかもを抉りながらその先の民家に衝突した。

 耳に残るのは火の玉が通り過ぎる瞬間に聞いた、風を切る音。

 そして通り過ぎた後の、凄まじい爆音。

 俺はすぐさま飛び起きて、ちらりと民家の末路を確認する。


「……」


 穴が二つ、空いていた。

 民家の壁を二枚ぶち抜いて、更にその先の民家の壁までどろどろに溶かしている。

 顔が引きつる。

 速い上に、威力まで馬鹿げてる。

 ……くそっ!


「戦闘が一瞬で終わるロールプレイングなんて、面白くもなんともねえってのに!」


 俺はゲームの勇者じゃない。一撃でも喰らえば即死。塵と化す。


「……」


 でも、  


「──動く」


 身体の震えが、止まっていた。

 さっきの一発で、目が覚めた。近すぎる死が、俺の脳髄を冷却した。

 動く。俺は、戦える。


「――やってやる」


 吠える。声高らかに、宣言する。

 俺はドラゴンを、今度こそめつける。

 確かに、俺はゲームの勇者じゃない。だから根性もないし、度胸もなければ勇気もない。

 けど、こんなクソ虫みたいな俺だが。

 実力だけはある。

 あいつの戯れ言に関わりに関わり続けた末に体得した、この魔法がある。

 そうだ。

 こんな所で腰を抜かして死んでたら、俺は俺に笑われる。

 キリカを馬鹿にしやがったあいつらに、『ほらやっぱり』と鼻で笑われる。

 後悔する。

 こんな所でヘタれてたら、俺はまた後悔する。

 あの時みたいに、俺はあいつを裏切ることになる。

 それだけは、何が何でも嫌だ。


『私は家に、出来損ないのクズを置いておく趣味はない。家を出ろ。これ以上あの女と関わると言うのなら、クズらしく野垂れて死ね』


「……嫌だ」


『……そうか、なら仕方がないな。今までそれなりに楽しかったぞ、ユウシャ。ああ、私はお前とは――』


 二度と会わないよ。

 俺はいつも、終わってから後悔するんだ。


「だから――救ってやるって決めたんだろうが!」


 逃げない。

 俺はもう、永遠に逃げ出さない。

 昨日までの俺が泣かないように、明日になってキリカが泣きださないように。

 今日の俺は、勇者になる。

 魔王を救う、勇者になる。


「……いい加減始めてやるよ、キリカ」


 呆れた俺の、勇者の物語を──


「……」


 俺は、携帯を耳に押し当てる。

 この状況。

 冷静に考えなくたって、分が悪いのは間違いない。恐らくあんなマグマの塊を喰らわなくたって、少し殴られるだけで即死だろうし、加えて、持久力だって向こうの方がどう考えても上だ。正直、俺だって運動神経は悪い方じゃない。学校の内申で保健体育は五より下を貰ったことがないし、素人相手ならどのスポーツでも負ける気がしない。でもそれは所詮、日本のしかも人間の中での評価。

 短期戦が不利なら、長期戦は目も当てられない。


「だったら────」


 俺に選択出来る手段は、最初から一つ。

 ドラゴンは口を閉じたまま、俺をじっと見据えている状態。

 そして噛み合わせの悪い尖った歯と歯の間からは、止めどなく漏れ出す紅い炎。

 流石に連発は出来ないようだが、来る。何秒も経たない内に、もう一発来る。

 でも俺は、避けるつもりなんてなかった。

 目には、目を。


「だったら……その前に終わらせてやるよ」


 俺は身体の力を抜く。

 ただ一心に、集中する。

 ヘキサグラムを、イメージ上に展開。

 想像の、創造。

 目には目を。

 一瞬には、一瞬を。


「俺だって、即死魔法のオンパレードだ」


 超短期戦なら、負ける気がしない。


『ゲートルフォン水精王の槍ルフォリックアウロニー


 眩い光彩が、俺の視力を奪った。

 刹那、眼前で蒼く輝く巨大な幾何学模様。

 そしてそれに吸い寄せられるように、膨大な水が渦を巻く。

 激しく、荒々しく。周囲の塵や砂を、容赦なく飲み込んでいく。


「……」

 

 俺は右腕をかざして、その荒れ狂う竜巻から身を庇う。 

 水で形成されたドリルはやがて、その密度を増す。

 細く鋭く、槍を象っていく。

 青系統上位魔法、『水精王の槍』。

 俺が小六の時に習得した、殺傷魔法。

 超高速で回転するその水の槍は、相手の喉元に向かってただ風穴を穿うがつ。

 

「勝手都合で悪いが、俺のために死ね」


 魔王は殺さない。

 でも、他は殺す。お前も……、多分、人間も。

 お前らに一々情けを懸けてるほど、俺には余裕がない。 


「――っ!」


 が、少し遅かった。

 それは多分、ほんの数秒の差。


「──やべえ!」


 『水精王の槍』が完成したと、同時。


「────グガァァアア────」


 俺に向かって、紅い死の塊が飛来した。


とてつもなく更新が遅くなりそうだったのでとりあえず訳のわからない所で切りました。実質半年ぶりの更新になる訳ですが、その割には相変わらず文章微妙です。前よりは読みやすくなってると……嬉しい。

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