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その八

 ────なあユウシャ。死んだら普通はどうなると思う? 私の場合は、死んだらただ生き返るのだ。


 いつの日かキリカは、そんなことをぼやいていた。

 その返事はまだ、見つからない。




   ***




「お陰様で、気分はすこぶる最悪だ。俺を試そうだなんて億光年早い」


 さっきまでの活気は何処へやら、がらんとした静寂が支配する街の中央。

 そこには梁付にされて手足一つ自由に動かせない俺と、ドラゴンの頭上に堂々と仁王立ちするキリカ。

 向かい合う。幼馴染みと幼馴染みが、向かい合う。『魔王』と『勇者』が、対峙し合う。

 どうしてこうなった。

 俺達はただの、幼馴染みだったはずだ。少なくとも半年前までは、ただの気の置けない仲間だったはずだ。

 それが何故?

 わからない、訳ではない。でも俺は、認めたくなかった。 

 俺はまだ、『幼馴染み』でいたかった。

 演技でも偽物でも単なる、『幼馴染み』同士のままでいたかった。例え既に手遅れだと分かり切っていても、こいつにそんな気持ちが微塵もないのだとしても。

 空は、青々と広く澄み渡っていた。爽快に、痛快に。それはまるで二人が再会を果たしたことへの祝福のように、もしくは果たしてしまったことへの憐れみのように。

 無情な程、上を見上げれば青空だった。


「ふん。しっかり試され騙された奴が言う台詞ではないな、それは。しかし、お前に軽口を叩く余裕があったとは驚きだ」


 そう言ってキリカは口の端を持ち上げ、シニカルに笑う。


「私はてっきり、会った瞬間にわんわん泣き叫んで私の胸に飛び込んでくるかと思ったが」


 冗談じゃねえよ。

 本当に、冗談じゃねえ。

 変わらない。やはりこいつは、変わらない。度を超した髪の長さも、常に余裕のある言い回しも、笑みを見せたら一級品なのも、変わらない。


「飛び込むって、この状態で俺はお前にどうやって飛び込めばいいんだ? お前は俺について一つ二つ失念していると、指摘せざるを得ないな」


 俺はシニカルに、笑い返す。

 精一杯、平静を装って見せる。

 俺は唯一、まともに動かせる手首だけをぶらぶらと振ると、後を続けた。


「第一に俺は手枷足枷を力任せでぶち壊せる程肉体派じゃないし、第二に俺は久しぶりに会ったからといってお前の胸に飛び込むような純情少年じゃない」


 鼻声にはなってないだろうが、多分。

 そうだったなと、キリカに鼻で笑われた。

 俺は悔しくて、悔しいから、泣きそうになる。

 見透かされてんな、相変わらず。

 本当に、変わらない。こいつの前ではいつだって虚勢を張ってしまう俺の下らない所も、やっぱり変わっていない。

 ああ、そうだよ。手枷さえ無ければお前の言うとおりだったよ。

 俺は泣いて、お前の胸に飛び込んでたさ。


「ところで」


 その服は何だよ。

 俺は顎でしゃくって、キリカが着ている『それ』を指す。

 変わらない、と言えばこいつの服装。

 紺色のシックな色合いのセーラー服に、胸元で結ばれたえんじ色のループタイ。下はチェック柄の短いプリーツスカート。

 俺はキリカの全身を改めて注視し、やはり顔が引きつる。

 おい、何で制服着てんだよ。見紛うことなき、二ノ杉中学校規定の制服。

 そこは変われよ。どんな魔王だよ。


「ああ、これか? どうだ? 『魔王様は女子中学生!』みたいなノリで今までなんとなくこの姿だったんだが、相変わらず似合ってるだろう?」


 キリカはにやりと笑う。

 俺は呆れて物も言えなかった。

 そんなクソ味噌なノリを半年も続けてたのか? お前の手下が不憫過ぎるぞ。

 俺はため息を一つ吐く。


「もっと魔王らしい格好はなかったのかよ。マントとか、ケープとかさ。それじゃ、威厳もクソもねえよ。そんな魔王俺嫌だよ」

「ふっ、周りがどう見ようと私は私だ。私が魔王であることに変わりはないし、奴らが私に従わざるを得ないことにも変わりがない。それに実の所、このセーラー服という奴は機能性に優れていてな。案外重宝しているのだ。それにやっぱり」


 可愛いしな。

 キリカはそんな妄言を吐くと、スカートの両裾を持ち上げて、ただでさえ短いスカートをヒラヒラと。必要以上にヒラヒラと上下させて、『どうだ。可愛いだろう』と言わんばかりに際どいラインをチラつかせてきた。


「……っ」


 俺はつい意識してしまって、ごくりと喉元を鳴らす。

 そのラインは実に際どかった。そして危うい。 …………って、おい。って、何やってんだおおおい!

 俺は慌てふためいた。

 見える。このままだとスカートの中の花園が見える。


「お、おいキリカ! ストップ! 何やってんだお前! 早く手を…………! 早くスカートを離しなさい!」


 思わず敬語。

 焦る。ただひたすら焦り、冷静さを欠く。

 俺は、こういうのは空っきしだった。何と言っても生まれてから今の今まで、女の子とろくに手すら繋いだことがない。…………こともないな。一度だけ。


「……」


 俺はキリカを見る。 焦躁に駆られる俺を嘲笑うかのように、キリカの妄動は止まらない。ついでに鼻で笑い一言。


「安心しろ。下は何も履いてない。実に通気性抜群だ」


 むしろ不安がうなぎ登り!?

 俺は急いで自分の顔を両手で覆い隠す。出来なかった。両手は何故か微動だにしなかった。ああ、忘れていた。俺は梁付状態だった。ってふざけるな。なら目を閉じればいい。しかし、全然閉じれなかった。閉じたいけど閉じたくないもう一人の俺が、どうやら目を一向に閉じようとしなかった。目を瞑ると見せかけて、実はしっかり薄目を開けている。ダメだった。この身から溢れ出る情熱と探究心には、とても敵いそうになかった。

 俺が煩悩に見事打ち負けた、まさにその時だった。

 それは一瞬で、しかしスローモーションのように。

 キリカは勢いよく、まくし上げた。スカートの裾を、勢いよくまくし上げた。

 それはチラリズムどころか、最早モロリズム。


「────!」

「…………ふっ、愉快痛快」


 数秒後、俺は悔しさと歯痒さ、そして恥ずかしさなんかで胸が一杯になって、しばらくの間地面にがっくりとうなだれて放心していた。




   ***




 結局あれは、壮大な釣りだった。

 何がとは、敢えて語るまい。


「…………」


 俺は依然として梁付にされたまま、キリカはドラゴンの頭上に乗ったまま、この珍妙な絵図はまだ続いていた。

 正直、この状態から解放して欲しい。身体中が痛い。苦しい。

 こういう時に先陣を切って文句を垂れる役割に位置していそうなサイネだったが、こいつは相変わらず沈黙を保っている。文句の『も』の字も発言しそうになく、それもそのはずだった。サイネは俺とキリカが接触する寸前から、ずっと気絶していた。気絶。何て都合の良い。……違うか。

 俺はキリカの用意周到さに呆れ、苦笑が零れる。

 とにかく、サイネは死んだようにぐったりとしていて、まだ当分目覚めそうにない。

 それは俺にとっても、まんま十割キリカにとっても都合の良い展開だった。サイネには悪いが、それは多分彼女自身にも都合が良い。


「で、お前は何だ。まさか俺をおとしめ辱めるためだけにやって来た訳じゃないんだろう? わざわざそんな大層な怪物に乗って」


 俺は緩み切っていた感情も表情も引き締めて、完全に思考を切り替える。

 ここからは本題。今後の展開と、俺の不都合な推論の答え合わせ。

 本当なら俺からこっちの話を切り出すなんてことはしたくないが、ただ、余りにもいびつ過ぎた。

 虚偽で塗り固めて、いつも通りの自分を演じている、この俺自身が。そしてあんな突拍子もなく意味もない行動に出た、制服を着た魔王が。

 俺は知しらない。

 俺の知っている八重野キリカという名の電波少女は、あんなお色気ジョークは絶対に使わない。だったら何故? そんなこと、決まり切っている。

 つまりキリカも、少なからず人間だったということだ。

 心の動揺が、隠し切れていない程度には。


「ふうん? ユウシャ、お前から切り込んでくるとは予想外だったな」


 キリカは意外そうに、俺を見る。

 こんな顔のキリカは久しぶりに見た気がする。

 といっても、キリカに会ったこと事態が既に半年ぶりなんだが。


「予想外。それはお前が私の想像より実は強かったからなのか、それとも単に私が弱くなっただけなのか。まあ、どちらでも同じことだが。なら始めるか? いや、その前に」


 お前は何処まで分かっている?

 キリカの瞳の奥で、何かがキラリと光った気がした。

 聞くまでもない。どうせ何もかもお見通しなくせに。

 俺は悔し紛れに、ぞんざいな口調で返す。


「何処まで分かっている? ああ、何処までも分かっているさ。多かれ少かれ、幼稚園で出会ってからの今の今までずっと、俺を『魔王の右腕』だと焚き付けておいて、実際は最初から俺を『勇者』にするつもりだったということとかな」


 最悪だ。本当こんな悔しすぎる真実、認めたくはない。

 認めたくはないが、キリカの揺るぎない瞳が真実だと語っていた。

 結局、俺達は最初から虚偽で塗り固められた関係だったってことだ。

 認めたくねえよ、マジで。


「ふっ、それは大変不都合な展開だな」

「ああ、随分勝手都合な展開だよ」


 吐き捨てるように。俺は言葉を紡ぐ。 

 キリカは笑う。ただ不敵に笑う。


「しかしだ。ヒントなら与えたぞ。ニックネームだ。あれで気付かない方がおかしいと私は思うが? 現に私は今もお前を、『ユウシャ』と呼んでいるしな」

「ああ、日波の奴を『ヒメ』と呼んだり、あのクソ野郎に至っては…………、まあいい。

 とにかく、お前は『魔王部』全員にニックネームをつけた。これが俺だけ『ユウシャ』呼ばわりだったら少しはいぶかしんだだろうが、まさか俺だけ文字通り『勇者』だとは思わないからな。全員に付けた時点でただの記号だと思ってたぜ。『魔王の右腕』じゃ余りにも語呂が悪いからな」


 木を隠すなら森の中。つまり後の二人に付けたニックネームはブラフで、本命は俺の『ユウシャ』だった。

 遊ばれている。どうしようもなく、化されている。


「それに私は分岐点も与えたはずだぞ? 流石に少しばかりは心が痛んだからな。『魔王の右腕』と『勇者』の分岐点。あれをクリア出来なかったのは、一から百までお前に非があると思うが?」


 分岐点……、ね。


「あんなもん気付くか。ったく、もっと分かり易いのを用意してくれたら、さっさとあいつらをぶっ殺してお前の元へ向かったのに」

「……ふうん? 教えていたら殺したのか? お前は」

「あり得ん。嘘に決まってるだろうが」

「……ふふ、分かっているよ。お前は殺さないし」


 殺せない。

 くそっ、だから分岐にすらなってねえんだ。

 監獄脱獄イベント。キリカが用意した、俺では最初からクリア不可能なクソイベント。

 看守を殺したら『魔王の右腕』、捕まったら『勇者』、多分蹴散らすだけでも『勇者』。

 実に仕組みはシンプルだ。ようは人を殺す冷酷ささえあればいい。そんなもの、俺にはない。そんなもの、俺にはないし欲しいとも思えない。

 そしてそれを知っていたから、こいつはここにいる。

 当たり前のように。まるで、予定調和のように。


「確かに、俺が俺でなかったらあれも分岐点になり得ただろうがな。俺は虫も殺さない、とは言わないが、とはいえ地球の中でも特に平和な日本生まれの日本育ちだ。いきなりあんな殺すか捕まるかの選択を迫られて、前者を選べるはずがないだろう」


 そんなもんは、俺とずっと一緒に居たこいつが誰より一番分かってる。

 この会話の最中も、キリカは笑みを崩さない。心底面白いというように、楽しくて仕様がないというように、笑みを堪やさない。

 こいつ、頭がおかしいんじゃないか?

 イライラする。俺は当然、つまらなかった。普通に考えて、この会話に面白みを探すことの方が難しい。


「知っている。私はお前のことは、良く知っているつもりだ。とはいえ、正直『第三監獄』ぐらいは脱出出来ると踏んでいたがな。火力さえ最小限に抑えれば、軽症程度に済ませられる魔法も幾つか教えてある。ところが脱出した所で、この街の警備態勢はそれなりだ。人も殺せないお前は圧倒的多勢の前に力尽きて結局梁付。これが私の描いたシナリオだったのだが…………。壮絶に呆気なかったな。私は絶賛する。お前のヘタレっぷりは、この私の理解の範疇からすらはみ出ているのだ。これは誇ってもいい」


 それはどうも。俺は嬉しくて涙が出るよ。


「どうせなら、最初からもう少しマシな火力の魔法を覚えさせてくれていたら結果は違っただろうにな。例えばこいつを、魔法でどうにかしたように」


 俺はサイネを、ちらりと一瞥する。


「お前の仕業だろう? キリカ」


 サイネは相変わらず、ぐったりとして動く気配がなかった。気絶、ではないだろう。

 これは間違なく、キリカの仕業だ。

 実際にキリカがサイネに魔法を掛けた現場を見た訳ではないが、確信はある。

 単純に、世界はこうも都合良く回らないからだ。

 だからここに、キリカがいる。

 俺の人生を勝手気ままに操作した、魔王がいる。


「……」


 世界にご都合展開は多々あれど、それは約束された未来じゃない。

 だったら自らが勝手都合に、世界を作り変える。

 俺の知っている八重野キリカは、そういう奴だ。

 不確かなものを一切信じない。自らがお膳立てした、確かなものしか信じない。

 だから目の前の女が本当に八重野キリカなら、例えサイネが本当に気絶していてもその上で更に魔法を掛ける。

 大胆に見えて用意周到。もしくは、臆病。

 キリカは否定しなかった。代わりに、不服そうに俺の戯言たわごとを鼻で一蹴した。


「有り得ん仮定の話だ。何千回、何万回とあの時間をループしたとして、私がお前にそんな生温い魔法を教えることはない。意味がないどころか、私がお前に接触した意味すらなくなるからな。下らん事を言うな」


 接触……、ね。


「だろうな。悪かったよ、下らん事を言って。所詮有り得て欲しい仮定の話だよ」


 キリカは笑顔を止めて目を細め、さっきから髪を撫で続けている。

 どうやら、機嫌を損ねたらしかった。

 表情からして瞭然だったが、こいつは機嫌が悪いとしきりに髪を撫でる癖がある。

 一度損ねた機嫌は、中々直らない。


「ふん。私のことが本当に好きだったら人間ぐらい何食わぬ顔で凄殺しろ。そうすれば私は、お前を喜んで迎え入れてやったのに」


 キリカは口を尖らせてぶつぶつとぼやく。

 それはまるで、普通の女の子の姿だった。

 制服を来た女の子が面白くなさそうに、ジロリとこちらを睨みながら拗ねている。ただ、言っている事が異常なだけで。

 これは本心なのか。ただの、性質の悪い冗談じゃないのか?

 俺はまだ、希望を捨て切れない。

 そんな簡単に希望を捨て切れる程、俺はこいつのことが嫌いじゃない。


「強がるなよ。お前はまだ────誰も殺してないんだろう?」


 だからだろう。

 俺はこんな、荒唐無稽な妄言を吐いた。

 根拠も何もない。ただの戯言を。


「────」


 ぴくりと。キリカの眉が跳ねた。

 俺を凝視し、髪を撫でていた手を止める。

 やっぱり、やめれば良かった。こんな事、聞かなければ良かった。

 俺は後悔する。

 そしてそんな俺に対してキリカはこの瞬間、今日最高の輝きを見せた。


「本日二度目だぞ、ユウシャ。この私の想像を、この私のご都合展開を、いとも簡単に超越して見せたのは」


 爛々と、俺を見つめる瞳に熱が籠る。

 はみ出しそうな笑顔が、俺を魅了する。

 ああ、こいつはこんな時ばかりこんな顔をする。

 こんな時ばかり、俺の心をつなぎ止める。

 反則だ。こいつは、存在自体が反則だ。


「甘いな、お前は。自分にも、他人にも。だからお前は、私の味方にはなれないのだ。だからお前は、勇者にしかなれないのだ。こんな決定的な状況で尚、お前は自分を救おうとしている。救われようのない私を、救おうとしている。はっきり言って、下らない。下らな過ぎて反吐が出るくらいだ。しかしそんなお前だからだろう。そんなお前だからこそ私は────」


 お前を愛している。


「…………」


 人として。魔王として。

 キリカは恥ずかしげもなく、俺に告白した。

 この状況で。このタイミングで。これから二人が殺し合う展開を作り出した、更にその上で。

 俺の中で、つっかえていた何かが晴れていくのが分かる。

 だから俺はお前を、嫌いになれないんだ。

 例えお前が何百人虐殺していた所で、俺は何食わぬ顔でお前を受け入れちまうんだ。

 俺は呆れた表情になって、ため息交じりにぼやく。


「あれだけ長い間一緒に居て、初めて言われたな。そんな事」

「当たり前だ。今初めて気付いたのだからな」

「気付いたら速攻言うか? 普通。お前には照れがないのか?」

「照れはないが、デレならくれてやる」


 有り難迷惑だよ。

 俺は額を押さえて唸りたいのも山々、しかし相変わらず手は拘束されたままだったので断念する。

 ぐだぐだだ。なんかもういろいろと、ぐだぐだだ。


「とにかく、お前に明言する気がないのなら俺が敢えて明言しといてやるよ。お前は人を殺してないし、これからも殺さない」

「なら私は敢えて明言しといてやろう。お前は『勇者』だ」


 今更過ぎる。

 お前は何処まで俺を苛めたら気が済むんだ。

 

「だいたい、俺なんかに『勇者』が務まるのか? 見ての通り俺はヘタレだ」


 俺はぶっきらぼうに、キリカを見る。

 今では不機嫌な仏頂面など、見る影もなかった。

 不機嫌な方が、断然扱いやすい気がする。


「心配するな。お前はヘタレっぷりも内に秘めたその資質も、歴代の『勇者』のソレを遥かに凌駕している。流石は日本製、ということだ」


 俺は家電でも自動車でもねえからな。そしてそれはそもそも、褒めてるのか?


「それともう一つ。お前は何が目的だ? 俺をわざわざ『勇者』に仕立ててまで、お前は一体何がしたい」

「……目的? それは言えんな。それはこの物語の最終課題だろう? 自分の足で歩いて、自分の頭で考えて、もがき苦しみながら探せ。人間は考える葦だぞ?」

「……分かってるよ。聞いてみただけだ」


 やっぱ、答えてはくれないか。

 だろうなと、俺は小さくため息を漏らす。

 とはいえ、わざわざもがき苦しむ必要もない。

 俺の置かれた立場にこの展開。

 明確な答えが欲しかっただけで、答案用紙は既に埋めてある。

 俺その忌々しい解答を、努めて冷静に口にした。


「…………『勇者』が『魔王』を殺し、やがて世界は平穏を取り戻しました。…………要するにこれが、お前の望んだハッピーエンドなのか?」


 キリカは言っていた。


『私は、私の不在する物語を完結させに行く』


 と。だったら、何故俺を自分の右腕ではなく『勇者』として巻き込んだのか?

 考えれば、すぐに分かる。

 それは、世界の破滅ではなく自己の破滅。

 『魔王』自らが『勇者』に命を差し出して、この物語を完結させる。ということ。

 回りくどい。全然論理的でも、倫理的ですらない。無茶苦茶だ。

 そもそもこいつが、この世界に来た意味がない。

 だったらあのまま、俺達とそれなりに幸せな日常を満喫してるだけでも良かったじゃないか。

 そしてその疑問に答えるように、キリカは含み笑いをして俺の推論を半分だけ否定した。


「半分正解、ぐらいだな。お前は私を殺すのではなく、殺し切るのだ。徹底的に。絶望的に。それが私の、少なくとも先人達の願いだ」


 殺し切る? 先人…………? 


「少しヒントをやろうか? この物語は、王道から外れたのだ。何十回、何百回と同じ事を繰り返して、たった一回。神が望んでしたからなのか、私が望んだから起きたのか、今となってはどうでも良いが、とにかく。物語に初めて、手違いが起きた。手違い。これはどうしようもなく素晴らしい事態であり、見逃せない事態だ。

 確かに、お前達と向こうで遊んでいる時間は、楽しかった。それは嘘偽りなく、後ろめたくなる程に最高の時間だった。しかしだ。

 それはただの一瞬でしかない。永遠の前の、一瞬でしかない。

 私はこの一回に、一縷いちるの希望を抱いている。光を見出している。これを逃せば、多分次は無い」


 私も所詮、神の玩具に過ぎないのだ。


「…………」


 何処のデウスエクスマキナが、こんなことを言う?

 此所のデウスエクスマキナが、こんなことを言う。

 分かっていた。こいつもただの、駒だった。

 俺の人生を仕組み操るぐらいしか能がない、ただの人形だった。

 俺がキリカに縛られているように、キリカは神に縛られている。

 『魔王』という役割に、縛られている。

 だからこいつはこんな風に、俺の嫌いな顔をする。俺を、たまらなく不安にさせる。

 お前はいつだって、笑っていればいい。

 ────魔王らしく、自信満々に笑っていればいい。

 これはヒントじゃない。ただの答えだ。


「救ってやる!」


 俺はただ、断言した。


「お前を殺し切る前に、救ってやる。俺が笑ってキリカが笑って、世界中が笑ってハッピーエンドだ。俺が物語の主役なら、その結末は俺が決める」

「ふっ、それは大変不都合な展開だな」

「ああ、随分勝手都合な展開だろ?」


 俺は笑う。出鱈目に、気持ち悪い程に笑ってやる。

 はっきり言って、訳が分からない。キリカの言っていることなんて、抽象的過ぎて何一つと言っていい程分からない。 

 ただ一つ確かなのは、俺は『勇者』でキリカが『魔王』。

 そして俺はこれから、名実共に『勇者』になる。

 キリカは間違いなく、それを演出するために此所にいる。


「理由がどうあれ、お前がやる気になってくれたのなら歓迎だ。ならそろそろ始めるか。ルールは簡単だ。街が壊滅する前にボスを倒せばいい。こいつと同じタイプのドラゴンを、三匹ばかり街の外で待機させてある。無論、ゲームオーバーはある。気を抜けば呆気なく死ぬ。まあせいぜいそこのサイネ=ルクレツィアと一緒に、死なないよう頑張るがいい」


 そう言ってからキリカは、短く何かを呟く。

 すると俺とサイネを拘束していた枷が硬い音を立てて外れ、俺とサイネは地面に向かって真っ逆様に落ちる。凄いスピードで落下。無論、この勢いで地面に到達すれば死ぬ。って死ぬ!


「ああ、忘れていた」


 …………おい!

 俺が落下しながら縋るようにキリカを見ると、キリカはただ呆気に取られていた。

 ふざけてる。

 しかし次瞬には身体がふわりと宙に浮いて、やがてゆっくりと地面に到達した。

 俺は奇跡的な生還に胸を撫で下ろす。

 考えるまでもなく、キリカの魔法だ。

 ………危なかった。マジで死ぬかと思った。


「お前、本当は俺達を今すぐ殺す気だろ」

「まあ、そう言うな。ちゃんと助けてやったんだからな」


 キリカはしれっと、何でもない事のように言う。

 …………もう、何でもいい。

 とにもかくにも、実際には素晴らしさの欠片もなかった、クソったれに気違い染みた俺のファンタジーは、プロローグを通過した。

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