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始まり

 二ノにのすぎ中学に、八重野やえのキリカという末期的電波美少女の名を知らないものはいない。

 八重野キリカ。通称、魔王。職業、魔王。特技、召喚術と暴力全般。趣味、世界征服。

 俺の家の右隣りに立っている一軒家、八重野家の一人娘で、贔屓目なしに美人。

 キューティクルが溢れていそうなつやつやの黒いロングヘアから覗く、切れ長の凛とした瞳に、モデルを彷彿とさせるすらっとした白い肢体、加えて年齢と不相応の大人びた顔立ちが人形のように精巧に整っているものだから、幾人もの男子生徒を(最初の内だけ)虜にしたとかいう学園のマドンナ的ルックスの持ち主。

 ただし、中身が狂っている。

 この科学が発展した現代に、自分は本気で魔王だと確信までしている魔性の電波。

 この断トツトップのマイストレッサーでもある類稀なる変人は、一緒に幼稚園へ通っていた頃からずっと、俺を暗くてじめじめとした己の魔王道へと導き続けてきた。

 二人でいる時はだいたい、魔法の話。

 おかげで、俺がこれまでに覚えた魔法は約百種類以上にも及び、その中には触れるだけで生物を腐らせるような一際グロテスクなものも、世界の四分の一を消滅させるハルマゲドン的な禁術まであるのだから己の才能に自分自身が恐怖している。 が、実際に世界の四分の一を崩壊させたことなんてもちろん、手のひらから豆粒台の火の玉を出したことだって一度もない。

 キリカ曰く俺が魔法を使えないのは、地球には魔気まきという魔法を使うのに必要なエネルギーが一切ないせいらしく、クリトピエムとかいう異世界へ行けば俺はキリカの次に強いらしい。……つまり、最強の二番目に強いらしい。

 この創作臭たっぷりの説明を聞かされて、俺はようやくキリカが唱えていた魔法の呪文が、ことごとく不発に終わっていた意味を理解した。訳がない。アホか。うっかり口に出したら顔面を殴られた。

 小学五年生の時、夜の校庭に二人で忍び込んでグラウンドを埋め尽くすぐらいに描いた、超大型魔法陣なんかは本当に傑作で、思い出すだけで未だに吐き気と頭痛を催す始末。

 俺的にはナスカの地上絵を軽く凌駕する歴史的大作なんじゃないかと密かに思ってはいるが、アレにしたって結局、夜が明けるまで待っても異次元の扉は一向に開かれなかった。

 しかも翌日、朝の見回りをしていた体育教師に捕まった。


『魔王を極める部、魔王部を作ろうと思う』


 中学校に上がってすぐ、キリカは言った。

 何でも、『こんな平和な世界でのほほんと過ごしていたら、いつか自分が魔王だということを忘れてしまいそうで怖いから』らしい。むしろ忘れろ。

 その日、学校側非公認で魔王部の設立が決まった。 

 翌日キリカは、冷暖房完備でソファーがなんかリッチな感じ、二ノ杉中学のビバリーヒルズと生徒達に噂の校長室を指差して言った。


『部室が欲しい。ここを今日から魔王部の部室にする』


 止める間も無くキリカは鍵の掛かった扉を得意の跳び蹴りで破壊し、中で噂通り高級そうな皮のソファーで寛いでいた校長に命令した。


『魔王命令だ。今すぐそこをどくがいい』


 気が付いたら俺は、床に頭を擦りつけて土下座していた。

 キリカは自信満々に堂々と踏ん反り返っていた。

 すぐに教師が総動員でやってきて捕まった。


「…………」


 本当に、トラブルメイカーの素質だけは認めてやってもいい。 

 俺は写真立てをパタンと伏せ、物憂げにため息なんてものを吐いてみた。

 写真には俺とキリカ、そして他の魔王部員二人を含めて四人が仲良く並んで写っている。

 写真でキリカは堂々と腰に両手を当てながら、弾けるような笑顔を見せていた。

 もう二度と見ることの出来ない笑顔を、静止画の向こうで輝かせていた。

 あの末期的電波美少女が失踪してから、もう半年。

 散々俺達を振り回しておいてから、アイツはあっさりと俺達の前から姿を消した。


『私は帰る。在るべき場所に帰るのだ。私は、私の不在する物語を完結させに行く』


 ここは、私の登場しない物語だから。

 最期までキリカらしい、そんな電波で意味不明な言葉だけを遺して。

 俺は回想から帰り、急に恥ずかしくなる。

 その時、キリカの様子が何時になく真剣だったので、直後に俺も真剣な言葉を返した。

 そしてその台詞が問題で、その台詞は多分生涯最高にイタイ台詞だった。

 しかも、そんなキザな台詞を俺に吐かせた当の本人は結局失踪し、何の抑止力にもなってなかった訳で……。


「…………」


 半年経った今日、晴れて高校生となったこの時の俺はまだ、知るよしもなかった。

 そのイタイ台詞が、全ての始まりだったことに。

 数時間後に自分が立っている場所が、何の変哲もない平凡な公立高校の校舎の中ではなく────訳のわからない中世風味の建物の中だということに。

 俺はキリカが失踪する直前、こう返した。


『ふざけろ。この世界はどうか知らんが、少なくとも俺の物語にお前という存在は、もうどうしようもないぐらい不可欠で主要な登場人物になっちまってるんだ。だから、別れ間際みたいな台詞を冗談でも言うな。後、お前が電波なのは昔から知ってるし今更何も言う気が起きんがな、もしだ。

もし万が一、お前の発言が全部真実なのだとしたら────その時は遠慮なく俺を巻き込め。半年ぐらいなら巻き込まれるのをイライラしながら待ってやる。俺はキリカ魔王の『右腕』だからな』



 写真立てを伏せてから数分後、俺は自宅から異世界へ飛ばされた。

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