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9 選んだ言葉

「そういえば私、結婚していたのよね……。奥様は、バーナードさんにどんなお手紙を書いたのかしら」


 まさか、「夫」であるバーナードから「妻」の自分宛に手紙が来るとは思わなかった。

 チェリーにとっては、完全なる想定外の事態である。


 便箋を使い切れず、余白だらけのたった一文。

 時間がなかったのか、書く内容が思いつかなかったのか。

 走り書きのような印象であったが、それでも几帳面そうな、綺麗な字だった。


(きっと真面目なひとなのね。見ず知らずの「妻」に手紙をくれるなんて。しかもこれ、私の将来を心配してない? 考えすぎかな?)


 お人好しすぎるヘンリエットとキャロライナの家族なのだ。チェリーに対して、当主の責任から「お前はどこの誰で、どんな目的で家に入り込んだのだ。母や妹を騙したのなら許さないぞ。さっさと出て行け」くらいのことは、言っても不思議ではない。

 それなのに、まるで自分自身は死を覚悟していると言わんばかりに、チェリーに対して「未亡人になるのはいかがなものか」とは。


 掃除や畑仕事や料理の合間に、チェリーは一文しか書かれていない便箋を、何度も取り出して眺めた。

 自分宛の手紙を受け取ったのは、生まれて初めての経験だった。


「お返事は書かないの?」


 キッチンで、そっとポケットから手紙を出して眺めていたときに、ノエルに背後からスカートの裾をひかれた。「お返事ですって?」とチェリーは驚いてノエルを見下ろした。


「キャリーは、ぼくがお手紙を書くと、お返事をくれるよ?」

「ノエル、お手紙書けるようになったの⁉️」

「うん! 名前の字を教えてもらった!」


 最近は、忙しさにかまけて、すっかりキャロライナにノエルを任せっきりになっていた。以前より健康そうになったキャロライナは、ベッドから起き上がることも多くなっていたが、まさか遊びながら文字を教えてくれるとは。

 ズボンのポケットから、キャロライナにもらった手紙を次々に取り出すノエルを見ながら、チェリーは呟く。


「そうよね。手紙をもらったら、お返事を書かなきゃ」


 会ったこともない「妻」に対して、バーナードは手紙をくれたのだ。自分も何か書くべきだと思う。とはいっても、心境は複雑だ。

 金銭的な問題を言えば、遺族年金は実に魅力的らしいのだ。

 しかし、もし敗戦国となれば年金制度がいつまで保証されることか、といった現実的な心配事もある。


(私は「未亡人」になるのを期待されて、奥様にここに呼ばれた……。だけど、年金のあてが外れるかもしれないなら、バーナードさんが生きて帰ってきてくれた方が、お金の心配は無いんじゃないかしら)


 チェリーは、まったく会ったこともない「夫」に、どこからどこまでを伝えるべきか悩んだ。何かを伝えるにしても、どういう言葉が適切であるのか。

 あまり詳しい事情を書いても、検閲で不審に思われるかもしれない。

 だからといって「死なないでください。愛しています」は白々しすぎるだろう。「妻」といっても、形だけなのだから。


 文章を書くのが、あまり得意ではないという事情もあった。

 結局、選んだ言葉は悩んだわりに実にそっけないものになったのだ。


【あなたが死ななければ良いだけでは?】



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