オカルト好きの令嬢は幽閉先の怪異に愛される
「リゼット、お前との婚約を破棄させてもらう」
突然の申し入れに流石の私も紅茶を口に運ぶ手が止まってしまった。
「声を荒げて一体どうなさったのですか?」
第一声の声の主、婚約者のエミール・アルゴール王子に動揺を悟られないように落ち着いて声をかける。
私はティータイムの最中、突然部屋に入って来た王子に婚約破棄を言い渡されてしまった。
理由はまだ分からない。
「しらばっくれるな、この魔女め!」
怒り心頭の王子の影から泣きそうな顔をした友人のノエルが顔を出す。
その手には、この前ノエルに貸してもらった心霊に関する小説があった。
「あら、その本は……」
言い終わる前に、エミールが口を開く。
「リゼット、この本を読んでいたそうだな」
「ええ、ノエルに貸して頂いて……」
すると1歩歩み出たノエルが思いもよらない発言をした。
「いいえ、貸して頂いたのは私です」
どういうこと……?私は理解が追いつかなかった。
ノエルは最近できた友人で、時々お茶をしたり語らい合う仲だった。
そんなおり、ぽろりと溢した私のちょっと恐ろしいものが好きという話にとても興味を持ったようで自分のおすすめがあるからぜひ読んでみてほしいとのことだった。
私は、昔から恐ろしい話や妖しい話に惹かれてしまうたちだった。
しつけに厳しく空想を許さない家で育った経験がそうさせたのかもしれない。
自分でも変わり者だとは思うのだけれど、眠れない日は暗い暗い部屋の中で恐ろしい怪物や妖しい霊についての想像を膨らませていた。
実際にそういった類のものが実在していると信じている訳ではなく、むしろいないと思っているからこそ想像するのはとても楽しかった。
ノエルに貸してもらったその本は、とある王家に恨みを持った悪霊がさまざまな恐ろしい方法で報復を遂げるという話だった。
一つ一つの報復がとても恐ろしく、王族が追い詰められていく様はとても愉快だった。
ちょっとした感想と感謝と共にノエルに返したはずだったが……。
「このような恐ろしい本だとは知らず……リゼット様がこのような思想をお持ちだということをどうしてもエミール王子に黙っていることはできなかったのです!」
「この本は禁書になっているはずだ!どこで手に入れたのか分からんが、」
ノエルに続き、エミールが畳み掛けるように非難の声をあげる。
「禁書……?ですから、ノエルに借りたと……」
と口を挟むも、
「ええいうるさい!お前の本棚を調べたところ似たような本をたくさん持っているようだな」
私の秘蔵のコレクションを見たのだろうか。荒らされていなければいいけれど……。
実際のところまだ禁書になっていない面白く恐ろしい本を私はいくつか所有していた。
王子は心霊や魔術を必要以上に恐れている。
それは、彼がただの怖がりであるとの話もあるし、何者かの恨みを恐れているという話もあるが実際のところを私は知らない。
次々と心霊や魔術に関する本を禁書にしていることからもその怯えが伺える。
しかし親の決めた政略結婚、怖がりのエミールに私の趣味がバレないように隠し持っていた本の大半は処分したし興味がある素振りを一切見せないようにしていた。
「リゼット様を疑いたくはないのですが、禁書を私に貸して持っているところを告発しようとされたのかもしれません……」
ノエルの発言にハッとする。まさに同じことを今現在私にしているのだ。
そしてエミールの発言で全てを理解した。
「このように悪を憎み勇気ある告発をしてくれたノエルと婚約をすることにした」
なるほど、エミールに近づくために私を利用したのね……。
エミールの横で困ったように笑っているノエルが目に入る。
「よってリゼット、お前との婚約を破棄する」
私の発言を聞き入れてもらう余地はないようだ。所詮親が決めた結婚、何も惜しくはない。
いや、これから送れたであろう豪華絢爛な生活はちょっと惜しいが……。
「申し訳ありません、リゼット様。きっと何もかもが正反対の私のことがお気に召さなかったのでしょう?」
申し訳なさそうな顔をして謝るノエル。その言葉の節々に嫌味とトゲが隠されていることにエミールはきっと気づかないのであろう。
ノエルを無視して、王子に返事をする。
「……分かりました。婚約の破棄お受けいたします」
「物分りは良いようだな」
そして吐き捨てるように言った。
「このような気味の悪い本を読んでいた貴様にはお似合いのところへ送ってやる」
王子という婚約者を失った今もうこれ以降出世の道は無いにも等しく、家にも居場所がないのは明らかだった。
むしろどこかに幽閉でもされたほうが気が楽だ。ありがたい提言だった。
そして、次の言葉で私の心は高鳴り期待で満ち溢れた。
「横暴な王の怨霊がいるというシュヴラン城へ幽閉してやる!!」
◇
その日は黒い雲が幾層にも重なりどんよりとした暗い日だった。
私は一人の侍女を従えて、長い時間揺られた馬車から暗くて辛気臭い城の前に降り立った。
ここが私が今日から住むシュヴラン城。父がどうしてもと王子を説得してつけてくれた侍女のリーズと共に生活する。
「よろしくね、リーズ」
「リゼットお嬢様、こちらこそよろしくお願いします」
「それにしても本当になにか出そうなくらいきみの悪い城ね」
実際に薄暗い城に入ると背筋がぞくぞくするくらい嫌な気配を感じてしまって、恐怖を紛らわすためにリーズに話しかける。
「そうですか?お嬢様。こんなのちょっと掃除したらすぐに明るくてきれいなお城になりますよ!」
まったく恐がる様子のないリーズに安心感を覚える。
コツコツと二人の足音が広くて暗い廊下に響く。
「この部屋です、リゼットお嬢様」
大きな扉を開くと以前ここの城主が使っていた広い部屋が現れた。
大きな窓からは、空に広がる厚い雲がよく見える。どうやら雨も降り出しているようだ。
必要最低限の家財は前日に運び入れているのですぐに暮らすことができる。
「ではお嬢様、ご夕食の支度をしてまいりますのでここでお待ちくださいませ」
「ありがとう、リーズ」
リーズがパタパタと部屋を出ていく。心なしか扉の軋むギィという音が大きく聞こえた気がした。
心霊の話はとても好きだが、実際に幽霊がいるとは信じていない。
が、ここはあまりにも出そうなのだ。
部屋の薄暗さが気になって、近くにあったろうそくに火を灯す。
先日の難を逃れた何冊かのお気に入りの本を持ってきていたが、流石に読む気にはなれなかった。
ソファに腰掛けてぼぉっと遠くの空を見る。雨足が強くなってきているようだ。
「怨霊なんていない」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、突然ふっとろうそくの火が消えた。
そして間髪入れずに、空一面が光る。雷だ。
それと同時に窓に映し出されたのは黒い大きな大きな人の形をした影だった。
「ひっ……」
一瞬の出来事だった。すぐに部屋はもとの通り薄暗くただ雨の音が聞こえるだけになった。
しばらくしてドーンゴロゴロゴロと大きな音が鳴り響く。
ずっと窓を凝視していたが、人の形の影が現れたのは光ったときだけでそれからどれだけ見ても姿が見えることはなかった。
「怨霊はいる……のかも」
私はソファの上で身を縮こまらせた。
好きだったはずの怪異。見間違いかもしれないけれど、それを実際目の当たりにすると背筋に冷たいものが走る感覚がした。と、同時に少しの好奇心のようなものが湧き上がってくる。
「お嬢様、お食事が出来ました」
コンコンというノックの音と共に発せられたドアの向こうからの声に必要以上に驚いてしまう。
ギィと開いたドアから、リーズが顔を出してにこりと笑う。その顔にほっと安堵を覚えた。
「ええ、ありがとう。すぐ行くわ」
広い食堂には、今までに比べると質素だが美味しそうな料理が準備されていた。
「ねぇリーズもこちらで食事をとらない?」
あまり1人になりたくなかったのもあって、リーズと共に食事をすることを提案する。
「そんな、リゼットお嬢様!使用人と食事を共にされることなど許されません」
「話し相手が欲しいの。いいでしょう?」
「……お父様には内緒ですよ」
そういうとリーズは準備をするために厨房へ戻って行った。私はリーズの茶目っ気のあるこういうところが好きだ。
「黒い影……ですか?」
私はリーズと共に食堂で食事をとっていた。恐怖を紛らわせるためにほんの雑談のつもりで始めた話だ。
「ええ、雷が光った時窓に大きな黒い人の影が見えたの」
「それはここの城主かもしれませんね」
「え?」
「なんでも志半ばで若くして亡くなったそうですよ。でも噂によると実は横暴な王様で裏切りをを受けて殺されたとか」
よくある話だ。いつの時代だって裏切りはある。そう……私もされたように。
「よくある噂ね。そうだわ、それが事実かどう調べてみると面白そうね」
私は、パンをもぐもぐと食べながら答える。どうせ暇な幽閉の身。探偵ごっこも楽しそうだ。
「お嬢様は怖くないのですか?」
「あの影を見て、怖いと思ったけれど……でも真相を知りたいという気持ちの方が大きいの」
裏切られて恨みを持った霊。そういうのは大好きだ。
リーズは一瞬考えたあとにっこりと微笑んでこう教えてくれた。
「それなら、図書室に行くといいでしょう。この城についての文献がたくさん置いてありますから」
「ありがとうリーズ。私はこの城の真実を暴いてみせるわ」
私たちは互いに笑顔を交わした。暗い食堂が少し明るく感じられた。
こうして、私のシュヴラン城の探索がはじまったのだった。
◇
その夜、私は図書室に来ていた。
そこには、数えきれないほどの本が本棚に規則正しく並んでいた。全ておびただしい量の埃を被っていて、ここが長い間誰にも利用されていないことを物語っていた。
「すごい量の本……もしかしたら、禁書になっている本もあるかもしれないわ」
蝋燭で本棚を照し、それぞれの背表紙をなぞっていく。いくつか自分好みの本があったので、埃を払って小脇に抱えてくい。
その中で、背表紙に何も書かれていないノートのような本を見つけた。手に取って開いてみると、それは誰かの日記のようだった。
「日付が書いてあるわ……おそろしく前の時代の日記のようね」
そこには、この城の城主エドワードの日常生活が詳細に綴られており、彼がどのような生活を送っていたのかがよく分かった。
病弱な彼は、普通の人のような生活が送れずたくさんの苦しみや寂しさを抱えて生きたようだった。
日記には外に出たいというワードが頻出している。外に出てたくさんの経験をしたい、それが彼にとっての最大の希望のようだった。
横暴な王が裏切りを受けて殺される……日記からは真逆の穏やかで賢く、少し几帳面な性格が見て取れた。
「希望を捨てずに生き抜いたのね」
彼の病状は少しずつ回復していたようだが、日記はある日を境に数ページを残して終わっていた。きっとこの時点で彼は死んでしまったのだろう。
じんわりと感傷にふけっていると、突然背後から冷たい風が吹き、私は身体が震えるのを感じた。
「人の日記を盗み見るなんて感心しないな」
そこには、黒い人のような形の影が立っていた。
顔には二つのらんらんと光る黄色の瞳が覗いており、そこだけが生気を感じさせた。
「あなたは……エドワード?」
驚きを隠せない私は、震える声で尋ねる。黒い霊はくぐもった声で答える。
「ああ、そうです。驚かせてしまってすまない」
彼の声は低いけれど意外にも暖かで、身体の緊張が少し緩んだ。
「長い間この図書室に足を踏み入れる者はなかった。だから、私も少し驚きました」
黄色に光る瞳は笑顔を作るように細められた。
私はというと初めて対峙する優しげな霊に好奇心がむくむくと湧き上っていた。
「なぜ貴方はここに留まっているのですか?」
霊は未練を持ってこの世に留まっているというのは、お気に入りの本で読んだ知識だ。
そう尋ねるとエドワードの目から静かな光が消え、代わりに深い痛みと憤りが宿ったように見えた。
「次の国王として力を持ち始めていたアルゴール家の者が私を毒殺したのです」
アルゴール家、それはエミール王子の一族の苗字だった。こんな方法で王権を手にしていたとは……。
「実は私もアルゴール家には手酷い目に遭わされているのです。証拠は残っているのでしょうか?」
証拠が無ければ信じてくれる者はいないだろう。私も何の証拠もなく苦労した。
「私の死後、この城の管理はアルゴール家の者が行っていた。きっと書簡が残っているはずです」
それを聞いて私は張り切って言った。
「じゃあ一緒に探して彼らの陰謀を白日の元に晒してあげましょう!」
そうして彼と私の奇妙な協力関係が築かれたのであった。
◇
それから私はリーズの目を盗んで、彼の死に関する文章を探し始めた。
リーズは毎日埃まみれになっている私を見て眉を顰めた。
「お嬢様、一体毎日何をなさっているのです?」
「私の名誉を挽回するのよ」
意気揚々と答える私を尻目に、リーズは首を傾げて仕事に戻る。
ある日私は暗い地下室を探っていた。そこには城に関する文章が天井から床までぎっしり並んでいて期待が持てた。
「エドワードいる?」
エドワードは城のどこであろうと呼べばいつでも現れてくれた。
「はい、ここにいますよ」
私は彼の声を聞くと安心するまでになっていた。
暗闇の中で彼の存在はいつも頼もしく感じられる。
「ここになら何か貴方に関する書類があるかもしれないわ。なんとなくそんな気がするんです」
私は彼のその真っ黒な顔に向かって微笑みかけた。その笑顔を返すことはできないだろうと理解しつつも、一瞬だけ目が細められたように感じた。
「えっとこの段はもう見終わったから、次はここね」
少し高いところにある書類の束を手に取ろうとする。なかなか届かず、つま先でピョンピョンと飛ぶ私を見かねてエドワードが近づいてきた。
「取りましょうか?」
その声が聞こえた瞬間、書類に手が届く。しかし、私はバランスを崩し倒れそうになった。周りがスローモーションに見える。私は衝撃に身構えて目をギュッとつぶった。
想像していた衝撃は来なかった。その代わりにふわりとした感触が私を包む。
目を開けると、私はエドワードの黒い腕の中にいた。ほんのりとその冷たい身体からは想像のつかないくらい力強い腕だった。
身体が漂っているような感覚に戸惑いつつも、私は驚いて彼を見上げる。
「大丈夫ですか?リゼット」
全身で彼を感じてなんだか恥ずかしくなってしまった私はどうしていいか分からず、小さく頷いた。
「はい……大丈夫です。ありがとうエドワード」
私はエドワードの存在のありがたさを改めて感じた。彼は霊でありながら、私にとって最も身近で頼りになる存在だった。
私はエドワードの腕に包まれたまま手にした書類を見ると、それは手紙のようだった。古くなって茶色く変色したその手紙の封を開ける。
「暗殺の……依頼?」
そこには、エドワードを暗殺する手立てが事細かに記されていた。
エドワードが病弱だったのは、全て前から盛られていた毒のせいだったのだ。手紙の中では回復してきたエドワードに焦りを感じたアルゴール家が、即効性のある毒で殺害するようにと暗殺者に依頼していた。
「そんな……酷い」
あまりに具体的な悪意に私の目から涙がぽろりと落ちた。
「過去のことだ。でも私はこうやって貴女に出会えて感謝しています」
そう言って、彼は目を細めて私の頬を伝う涙を拭い去った。
それってどういうこと……? と思っていると、彼は続けて言う。
「私の過去を知って泣いてくれる、そんな人と一緒にいることができて私は幸せです」
彼の言葉が心地よい涼風のように私を包み込んだ。その一言で涙が少しずつ引いていった。私は深呼吸してエドワードに微笑んだ。
「こちらこそありがとう、エドワード」
エドワードは黒い腕に力を込めそっと私を抱きしめた。突然のことに私はされるがままになるしかなかった。口元にエドワードの冷たい肩が触れる。
「私は短い人生で恋をすることがなかった」
こんなに優しくて誠実な彼が……それを考えると胸が痛む。彼は続けて言う。
「するとしたら、きっとこんな感じなのだと思う」
突然の告白に私は目を見開く。エドワードの表情はこちらから伺うことができない。
「エドワード……私」
何を言おうとしたか、私自身にも分からなかった。
亡霊と人間が愛し合うことなどできるのだろうか……それから私たちは黙って、ただお互いの存在を感じながら、地下室の暗闇に包まれた。
それから私は時間の許す限りエドワードと共に過ごした。
エドワードが経験できなかったなんてことない毎日を体験させてあげたい、ただそれだけだった。
私のエドワードへ対する思いは日に日に強まっていった。それはエドワードも一緒のようだった。
私たちははっきりとは口にしなかったけれど、お互いのことを深く深く思っていた。
それはお互いの手や目、身体を通して知ることができた。
しかし、これから先どうしたら私たちは幸せになれるのかは考えても分からない。
ただこの時間がずっと続けばいいのにと思っていた。
◇
ある日のことだった。
どうやってエドワードのことを告発すべきか迷っていた私にエミールから手紙が届いた。
「城の……改修?」
手紙によると今シュヴラン城を改修して避暑地にするため、一度都に帰ってくるようにというお達しだった。
「良かったじゃないですかリゼットお嬢様! これで都に帰れますね」
リーズはにこにこと嬉しそうに言った。リーズにとってはここでの生活はあまり楽しいものではなかっただろう。
しかし、エドワードのことが心配だった。
私はその晩エドワードを呼ぶとその手紙を見せた。彼は一通り目を通し、微笑んで言った。
「これは貴女にとって良い機会かもしれませんね」
「いい機会……?」
彼の言っている意図が分からず私は首を傾げた。私はただ彼に会えなくなることがひどく寂しく思えた。
「これをきっかけに都で貴女や私の受けた仕打ちについて告発ができるかもしれません」
エドワードはそう言って私を励ました。
確かに都に帰れば、真実を明らかにすることができるかもしれない。しかし、それはエドワードの未練を解消することでありエドワードを失ってしまうかもしれないという恐怖も私の心を揺さぶった。
それでも、私はエドワードの名誉を回復するため、そして過去の悲劇を世に知らしめるために、決意を固めた。ついでに私の名誉も回復できるかもしれない。
私は、エドワードを見つめて彼に言った。
「エドワード、貴方のために私都に行くわ。そして全部終わらせて帰ってくるから……待っててくれる?」
エドワードは一瞬心配そうな目をしたが、すぐに目を細めて私に頷いた。
「必ず……待っています」
そして、私はエミールのいる都に帰った。
都に戻ってすぐ、私は真実を暴く準備に取り掛かった。昔シュヴラン城で起こった悲惨な出来事、エミールとノエルが私にした仕打ち、全ての証拠を揃えた。
それは簡単なことでは無かったが、城でのエドワードの励ましの声が私を導いてくれた。
私の告発は都の一大ニュースとなり、街は大騒ぎになった。
私の告発を皮切りにアルゴール家の悪事が次々と顕になったのだ。彼を支持していた人々の多くが驚きと失望で声を失った。
その結果、エミールの地位は大きく揺らぎシュヴラン城の改修の話は税金の無駄遣いとして無しになった。
一方、私とエドワードの名誉は回復し、彼の悲劇的な過去に対する同情と支持が集まった。
私に都に留まるようにとの声も多くもらったが、私はエドワードの待つシュヴラン城へ一刻も早く帰りたくてこう言った。
「私はあの場所で大切な人に出会ったのです」
◇
シュヴラン城へ帰り図書室へと向かうと、エドワードが本に囲まれて立っていた。
「待ってましたリゼット」
今までの出来事が走馬灯のように思い出され、思わずエドワードの胸に飛び込む。
「ただいま……エドワード」
彼は私の背に腕を回し、優しく撫でてくれた。
私は都での活躍をエドワードに語って聞かせる。彼は頷きながら黙って全部聞いてくれた。
「本当にありがとうリゼット」
私がおおかた話し終えると、エドワードは真剣な目で私を見つめ感謝を述べた。
突然彼の身体がじんわりと淡く光り始める。
「私の未練が解消されたようです」
エドワードの言葉に一瞬私の胸が締め付けられた。エドワードの存在が徐々に薄れていく。私の胸は絶望でいっぱいになった。
「待って! エドワード」
声をあげるが、一向に状況は変わらない。エドワードがいなくなるという現実は受け入れ難いものだった。
「私のことも未練になるんじゃなくて?」
涙が溢れるのも気にせず、エドワードにそう語りかける。すると突然光が強くなり、エドワードの姿が再び現れた。彼は驚きと戸惑いが混じった目をしていた。
「エドワード……?」
私の声はか細く、エドワードを呼ぶ声は戸惑いに満ちていた。
「驚いた……貴女への想いがこんなにも強く残っていたなんて」
彼の声は驚きと共に嬉しそうにそう言った。
エドワードの言葉を聞いた瞬間、私の心は安堵と喜びで満たされた。
彼は私を未練としてこの世に留まることを選んでくれたのだ。
その思いが確信となり、私は彼の冷たい唇に口付けた。彼は少し驚いたようだったが、すぐにそれに応えて私の頬を優しく撫でてくれた。
ふと唇が離れると、温かい目線を私に向けこう言った。
「リゼット、愛しています。他の何よりも貴女の行く末を共に過ごせないことが未練です」
涙が零れ落ちるのも厭わず、私は笑顔で答えた。
「私が死ぬまで、未練になってさしあげますから」
そう言って2人で笑い合った。
これからも試練はたくさんあるだろう。ただ私たちの間にはたくさんの未練がある。それが私たちの絆を形成し、エドワードをこの世に留めておくことができるのだ。
「私も愛してるわ、エドワード」
ずっと恥ずかしくて言えなかった言葉を口にする。エドワードは全て分かっているとでもいう風に私の頬を両手で掴むと深く口づけた。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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