魔女の脱・引きこ森生活開始
「は〜、美味かった。ご馳走さん。」
「満足してくれたなら何よりです。」
『カステラ』と呼ぶケーキを食べ終えたソウマさんは満足そうに腹をさすっていたソウマさんを見て、僕は誇らしげになりながら茶を飲んでいた。シェフやコックでなくても、料理を嗜む者にとって、他人に「美味い」と言われるのは嬉しいからね。
それはそれとして…
お茶を飲み落ち着いてから、本題に入ろうと話を始める。
「それで…貴方がここに来たのは、ただ食事をしに来ただけではないんでしょう?」
「…話が早いな。」
「ソウマさんと知り合って何年経つと思ってるんですか?」
この人が家に来る時は、大体が仕事や面倒ごとを食事とセットで持ってくる。鑑定魔法を使わずに薬草を判別する方法とか、小さくて厄介なモンスターの対処法とか、邸の食事が味気ないとかね。
「…だな。じゃあ単刀直入に言わせてもらおう。ユウ、俺と一緒に森を出る気はないか?」
「はあ?」
今回の面倒ごとは、僕が長年住むこの森から出ようという提案で、僕は思わず間の抜けた返事をしてしまった。この提案は今までで一番厄介な面倒ごとかもしれない。
だって、森の外だよ?自分に「化け物」だと言って恐れ、僕を追放した人が居るかもしれないんだよ?
嫌に決まってるじゃん。正直言って、断りたい提案だ。
でも相手は異世界人。ここで素直に断って、「はいそうですか」で済むような輩じゃないのは知っている。
ここは如何に僕が厄介な存在を話しておいた方が効果的なはずっ!
「いやいやいや、僕の立場分かって言ってます?自分で言うのもなんですが、他人の加護を消す厄介者ですよ?」
「お前は無闇にそんなことしないだろ?」
うん、その通り、僕は無闇に消したりはしない。なら…
「それに僕、魔女なんて呼ばれてますし…」
「魔法が使える世界なんだし、魔女なんて魔法使いと同じようなものだろ?」
その通りだよ。確かに魔法使いが居るんだし、魔女と呼ばれても別に問題はないよ。それなら…
「…それに僕はこの世界の人間なので、一緒に出ても足手まといになりますよ。」
「俺が昔組んでた仲間も皆こっちの世界の人間だったから問題ない。それにお前が使える魔法はある意味厄介だし、むしろ即戦力だろ。」
あー、そうだった。そういえば前に僧侶さんと盗賊さん連れてきたことがあったもんね!そう考えると、確かにそれは別に問題にはならない。
それにソウマさんの言う通り、僕には嫌がらせ級の魔法があるし、主力はソウマさんだから戦力としては問題ないよね。
…と、僕の言い訳混じりな理由を残りの理由が無くなるまでソウマさんが論破してくる。
まったく、どうしてこの人はそんなに僕に執着しているんだ?
僕も外には出たいと思っているけど、いきなり人が大勢いるような場所へ行くのは避けたい。
ザ・引きこもりの心理というやつだ。それ故にソウマの勧誘に最後の抵抗を試みる。
「第一、外に出たところで、僕が飢え死にする可能性が高いじゃないですか」
「そこは俺が怪我をすれば問題ない!」
「問題ありですよ、何自分から怪我をしに行こうとしてるんですか?」
「それに他にも怪我人やら不幸な人はいるし、その人を治療すれば、お前の腹を満たせる食材はいくらでも…」
「そういうことは医者や教会がやることで、僕がやることじゃないと思います」
「じゃあどうしたら一緒に来てくれるんだ?」
「逆に、どうして出なきゃならないんですか?」
「それは…」
ソウマさんは困惑した。僕のその質問に対する答えが見つからなかったからだらう。何せ、ソウマさんの提案はこの人自身の我儘だろうから。
そして暫く沈黙が続いた後…
「お前に外の世界を見せてやりたいんだよ。」
…彼は絞り出すように質問の答えを出した。
「へ?」
「お前が小さい頃村から追放されて、人が信用できないのは知ってる。でも、この世界の皆がそうとは限らないだろ。」
「異世界から来た人間が、何を分かったように言ってるんです?」
「俺はこの世界を10年旅してきたから分かるんだ。ユウのことを必要だと、大切な存在だと思ってくれる人は必ず居るって。だって、俺がそうだから。」
「……」
「それに、異世界から来た人間っていうが、ユウよりは長い年月外に出ているからな。引きこもりよりはこの世界を把握してるつもりだよ。」
うぐっ、これに関してはその通りだ。僕みたいな引きこ森魔女に比べたら、異世界人の方がこの世界をよく知っている。
「引きこもりは余計ですよ。僕だって毎日森の中を散策してるんですからね?…でもまあ、たまには森の外を出歩くのも悪くないかもしれませんね。」
「それじゃあ…!」
僕は立ち上がり、覚悟を決め、改めてソウマの方を向く。
ここまで言うなら、信用して良いはずだ。
「それでは、ソウマさんの提案に乗ることにしましょう。荷物もありますし、出るのは明日の昼でいいですかね…?」
「本当に乗ってくれるのか!?」
「その代わり、何かあった時は僕を守ってくださいね?知っての通り、僕は攻撃手段が無いんですから。」
「ああ、勿論だ。何があってもお前を守ると誓おう。食事が掛かってるからな!」
「そこ食事目当てなんですね…」
と、ソウマさんの食欲に忠実な発言に呆れながら、この人の提案に乗り、早速明日の昼には出られるように準備を始めるのだった。
◆◇◆◇◆
翌朝…
あれから徹夜で荷物をまとめ、なんとか家の中の物をしまい終えた。とは言っても、殆どソウマさんの次元収納に頼りきりだったが…。
「いやー、ソウマさんがいてくれて助かりましたよ。それにしても異世界人のスキルって便利ですね。『蔵の神』の加護が無いのに、カバンや袋がなくても色んな物を収納できるなんて…」
蔵の神から加護を授かれば、容量は狭いけど、『収納』が使えるらしい。対して異世界人の次元収納は容量がほぼ無限らしいので、引っ越し作業にはありがたい話だ。
「ソウマさんみたいな人が一家に一人は欲しいですね。」
「それは褒め言葉か?語感が大型家電の宣伝文句みたいなんだが…」
「オオガタカデンが何かは知りませんが……便利だと思いますよ、ソウマさんのスキル。もし次元収納がなければ僕は一生外に出る気はなかったでしょうね。」
「ユウ、お前偶に異世界人のスキルを便利グッズが何かと思ってないか?」
「え、違うんですか?」
「違う…とは言えないな。」
彼自身、勇者を辞めて冒険者になってからスキルの便利さに気づいてしまったようで、僕のその質問には否定できなかった。
特に次元収納に関しては、買い物に便利すぎる上にどれだけ収納しても自身が感じる重みに影響がないのが便利過ぎて、今では次元収納無しの生活は考えられないほどだとか。
「まあ理由が何であれ、ユウが森から出るんだ。ここは喜んで便利グッズにでもなろう。」
そう開き直って、支度を始める。もうここに戻らなくてもいいように念入りに忘れ物はないかも確認した。
「忘れ物はないな、ユウ?」
「ソウマさんが家の中の物どころか家まで収納してくれちゃったんで、忘れ物は一つもありませんよ。」
そういって僕は家があった場所に指をさす。
そこには、魔女の家と呼ばれた建物なんて最初からなかったかのように、更地になっていた。
「…そういえばそうだったな。それじゃあ、行くか!」
こうして、魔女と呼ばれる青年と異世界から来た元勇者は、魔女の家の跡地を後にするのだった。