来訪、『元』異世界から来た勇者
「ふわあ……あれ、僕、このまま眠っちゃったんだ…」
ハーブクッキーの効果でそのまま眠ってしまい、起きたらもう夜になっていた。
「え、嘘…もう夜!?」
昼間ぐっすり眠ってしまったため、今日はハーブしか集められてない。故に今日は腹に溜まる食材はない。かと言って石や枝を食べる気も起きない。
だがそうなると皿に残ったハーブクッキーを食べるしかない。
こうなったら、残された道は1つだ。
「こうなったらもう朝になるまで寝てやる!」
二度寝を決め込んだ僕は、よく眠れるよう目の前にあるクッキーを食べようとした。
その時だった。
「おい、ユウ!居るか!?」
ドアをドンドンと叩きながら僕の名を呼ぶ声がした。
「その声は…ソウマさん?」
知った人の声が聞こえた僕は、玄関に向かいドアを開ける。
するとそこには、右腕に氷を纏わせた男が立っていた。
彼の名は、ソウマ。
僕の知人であり、異世界から来た「転移者」だ。
彼は10年以上も前にこの世界に喚ばれて、勇者として世界を旅していた。
だが、旅は困難を極め、彼が召喚されてから10年後に別の異世界人が召喚されたことで、勇者の称号を剥奪されてしまったのだ。
その所為で勇者を辞めることになり、仲間達と別れてからは勇者の時に稼いだ有り余る程の大金で隣国で屋敷を買い、そこを拠点にしながら冒険者として仕事をこなしているらしい。
そうして稼いだお金で、偶に食材を買っては僕にプレゼントしてくれた。ここまで生きてこれたのも、ソウマさんのおかげだな。
「いきなりで悪いんだけどさ、この腕治してくれねえか?」
ソウマさんは僕の加護のことを大層気に入っているようで、こうして偶に冒険でわざわざ負傷をしてはユウの家に赴き治療を受けにくる。
「また怪我したんですか?ソウマさんくらいの手練れの冒険者が何でこんな怪我をしてくるのやら……回復魔法も使えるのでしょう?」
「確かに回復できるけどさ、こっちに来た方がユウも俺も得をするだろ?喜んでくれてもいいんだぞ?」
「怪我人を見て喜ぶ人が何処にいるって言うんですか」
胸を張って誇らしげに言うソウマさんに少し呆れながらも、凍結した右腕に触れて彼が受けた状態異常…もとい不幸を治す。
彼の右腕に纏っていた氷が瞬く間に消え、僕の掌には小さな麻袋が現れていた。
「いつもありがとうな。それで、今日は何が出て来たんだ?」
「そうがっつかないでくださいよ。まだ見てないんですから…」
早速、麻袋の中を見る。
中には白くて半透明の粒が袋いっぱいに入っていた。
試しにひとつまみ口の中に入れてみる。
「甘い…けど砂利みたいにザラザラしてる…砂糖っぽいけど、僕が砕いて作る物とも違うような…」
不思議な感じだ。僕が鹿のツノを治して入手した糖の塊を砕いた物とは違い、ほぼ均一な形でジャリジャリとした食感の砂糖だったからだ。
「え、俺にも一口…」
そう言ってソウマさんもひとつまみ取り出し口の中に入れる。
「これ、ザラメじゃねえか!」
「ザラメ?」
「ああ、俺がいた世界…こっちの人達が言うところの『異世界』にはな、こういう砂糖もあったんだよ。今日は当たりを引いたな!」
『当たり』
異世界出身のソウマさんが、僕が見たことがない異世界の食べ物を出した時に、決まって言うセリフである。
元の世界に帰る方法が未だ見つからない状況で、僕の力は唯一故郷の味を感じられる為なのか、その力で懐かしい物が出ると『当たり』と言ってくる。
「それで、これで何を作るんだ?せんべいか?飴玉か?いや、飴玉だと溶かしちゃうし、やっぱりせんべいか?」
センベーというのが何か分からないが、このジャリジャリとした食感を味わえるものが食べたいのは同感だ。
「ソウマさんがいうセンベー?が何かは知りませんが、お菓子を…」
「菓子!?ザラメで菓子ってことは…」
「…作ろうかと思ったんですが、鳥の卵と牛の乳がもうないので、飴玉でも作りましょう」
と、棚や冷たい箱を開けて食材を確認して、お菓子に使う材料がないことに気づいた僕は、仕方がないので飴玉を作ると応える。すると、
「卵と牛乳があれば良いんだな!ちょっと待ってな、すぐ買ってくる!」
そう言ってソウマさんは家を飛び出して、街に向かっていった。異世界から来た人って、こういう時に思い切りがいいのは何でだろうね。食欲に忠実なのかな?