金色の瞳
「足跡が続いてる!こっちだ!こっちにいるぞ!たたり姫が!」
大声で叫ぶ男の人の声に加えてバタバタと複数人が走るような足音が近付いてくる。背後ではいくつものオレンジ色の松明の光が、ゆらゆらと闇夜に浮かぶのが見えた。
少女を抱き抱えた青年は木の根を飛び越え大木を避けながら走る、走る、走る。
抱えられた少女は思わずぎゅっと目を瞑り、両手で耳を塞いだ。
「レティシア様、大丈夫です。命に変えても俺があなたを守るから。だからレティシア様は安心して笑っていて。」
何も聞かないようにと必死になっていた“たたり姫”の耳に飛び込んだ優しい声。はっとして瞳を開けて騎士を見つめれば、その視線に気づいた騎士は夏の空のような澄んだ瞳を細めてほら、笑って、というように、くしゃっと微笑んだ。右耳につけられた、イヤリングが揺れる。太陽をモチーフにして作られたように見えるそのイヤリングには小さな紅い宝石が埋め込まれている。
その笑顔につられるようにして姫はふわっと笑みをこぼした。
“たたり姫”をレティシア様と呼んだ騎士は姫を抱き抱えるようにして闇に包まれた森の中を走り続ける。
もう何分こうしているか分からない。森は、広い。夜は、長い。
突然、木々を避けて軽やかに走る騎士の動きが止まった。
先程とは別人のような引き締まった視線の先にあるのは不気味に揺れる松明の光。左右にも同じように複数の光が浮かんでいる。
「挟み撃ち……」
ポツリと言葉をこぼした騎士の頬を汗がつたう。
「お逃げください。」
そういうや、いなや、騎士は抱きかかえていた姫を静かに下ろした。
困惑した姫が問いかけるまもなく騎士は片膝をつけ、頭を下げる。
「レティシア様、お1人でお逃げください。俺がここで時間を稼ぎます。だから、その間に隣国まで走ってください。隣国に入ってしまえば我が国の国民は手出しができません。………ただ、そのためには、レティシア様の御言葉が必要です。今は俺1人とはいえ、騎士団は最高権力者の御言葉なしでは動くことがでー」
騎士の言葉を遮って、姫が叫ぶ。
「だめ!そんなの絶対だめ!一緒に逃げられないのなら私もここに残る。」
騎士は膝をついたまま、顔を上げた。バチっと目が合って、青い空を取り込んだかのような瞳に自分の姿が映り込むのが見えた。
「レティシア様!陛下と王妃様のお言葉をお忘れですか?!お2人はレティシア様の幸せとこの国の平和を何よりも願っておられました。そのために自ら王宮の門を開いたのです。この先、お2人の願いを叶えることができるのはあなただけ。もう時間はない。はやく!」
騎士の言葉で思い浮かんだのは涙を堪えて笑顔を作る母と覚悟を決めた父の姿だった。
裏門の前で、分かれた両親。もう2度と会うことはできないだろう。そう思うと心がぎゅっと痛んだ。
「………お父様とお母様の願い……」
「…………」
とてつもなく長く感じられる沈黙が続いた。実際はたった1、2秒ほどのことだろう。そうでなければすでに姫を追ってきた国民に囲まれているはずだ。
夜の森を覆う恐ろしく静かな沈黙を破ったのは凛とした姫の声だった。
「レティシア・ティファニー・オブ・レヴォネの名において、騎士団がレヴォネ王国の平和のために…………国民と闘うことを許可します。」
その言葉を聞いた騎士は下を向いたまま唇を噛み締めた。こんなこと言わせたくなかった。けど、そうするしかなかった。
「はっ。リアム・カヴォードはレティシア・ティファニー・オブ・レヴォネ王女を主とし、永遠の忠誠を誓います。」
静かに行われた小さな忠誠の儀式。
リアムはゆっくりと顔を上げた。レティシアの伏せられた瞳から零れ落ちる涙が頬をつたい流れてゆく。
金色の右目はまるで満月のように、碧色の左目は深い海の底のように揺れていた。
そう、彼女はオッドアイ。2色の瞳を持つレティシアの涙を見るのは初めてじゃなかった。リアムはレティシアとずっと一緒だったから。
レティシアはいつも罵られ、怖がられ、蔑まされていた。王族という身分にも関わらず、いや、王族だっだからこそなのか、外に出るたびに人々から向けられる好奇の目、聞こえ続ける軽蔑の囁き、数えきれないほどの嫌がらせ。
レティシアの涙を何度みたかは分からない。
だけどその涙をこんなにも綺麗だと、尊いと思ったのは初めてだった。
その姿に心が張り裂けそうになったリアムは立ち上がるとレティシアを抱きしめた。
一介の騎士である自分がとっていい行動ではないことは百も承知だった。
けれど静かに泣き続けるレティシアを放っておくことはできなかった。
驚くほど華奢な王女の体は力を込めればすぐに折れてしまいそうなほど弱々しかった。
小さなレティシアを包み込むように優しく抱きしめてそっと髪を撫でる。
真っ白で透き通るほど美しい髪の毛からは甘い花の香りがした。
「必ず迎えに行くから。必ず平和を取り戻すから。その時は俺がもう何も失わせない。どんなに離れててもどんなに時間がたっても俺はずっとレティシアを想ってる。」
レティシアが震えているのがわかった。
だからリアムはあえて明るい声を出す。そんなことでレティシアの恐怖が、悲しみが、苦しみが薄れるわけではないことは分かりきっている。けどそれがリアムがができる唯一のことだった。
「大丈夫だよ。俺は騎士団長だから。1人でも闘える。レティシアは心配しないで逃げればいい。」
「…わかった。ずっと待ってる。だからリアムも無事でいて…」
涙声でなんとか言い切ったレティシアをもう一度強く優しく抱きしめるとリアムはレティシアの瞳を覗き込んで満面の笑顔を見せた。
「もちろん。」
そのままそっと体を離したリアムは続ける。
「さぁ、レティシア様、もう行ってくださいませ。」
「…うん。」
そっと背中を押すとレティシアは走り出した。
暗闇に溶けていくその姿が少しずつ滲んでいく。
「またね、レティシア。」
リアムはだんだんと遠ざかっていく後ろ姿に向かって、静かに言葉をかけた。
空には月が浮かんでいる。幾千もの星がきらきらと輝いている。
涙がこぼれ落ちないようにと見上げた夜空を星が、明るい光の粒を振り撒きながらすーっと一筋流れていった。
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少しずつ更新していく予定です。
更新は遅くなってしまうと思います。ごめんなさい。




