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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦場物語り

作者: 稲山 裕

 剣戟の音が全方位から絶え間なく響き、雄叫びや叫び声に断末魔が飛び交う。そんな戦地の中にあって、剣を下げ脱力した男が居た。



「何だ貴様! 油断させようとでも言うのか!」

「いいや、違う。もう疲れちまったなぁと思ってよ。もう、テメェに殺されて終わりにしようと思ったんだ」



 剣を下げた男は、確かに疲れた顔をしていた。先程まで敵対する兵を斬り倒していたはずなのに、目にはもう、生気が宿っていなかった。

「……そのようにされては斬りにくい! せめてかかってこい!」

「まじかよ。もう振り上げる気力さえ消えちまったんだ。このまま殺してくれ」



 周囲はなぜか、この二人を避けるようにちょっとした空間が出来ていた。戦中にあって異様な雰囲気を醸し出す男に、調子を崩されたくないからだった。一瞬の迷いやためらいが、その次の瞬間に自分の命を失う原因となる。



「くそっ! なんなんだ貴様は! こんな調子では、こちらも気を失したではないか!」

 せめてもの文句を言った敵兵にも、今からまた人を斬る事が出来るだろうかという迷いが生じていた。

「オレはよ、もう何も残っちゃいねぇ。妻は死んだ。殺されたんだ。テメェらに。その仇を討つんだって、息巻いて怒りのままに戦ってきた」



 辺りはこの二人に、なおの事近づくまいと余計な緊張感を背負って戦っている。

「だけどよ、そんなやつばっかりだ。テメェらの方からも、娘の仇だ兄弟の仇だと聞こえてきやがる。こっち側もそっち側も、同じこと言って戦ってらぁ」



「そ、それが戦争であろうが!」

「そうだ。それがもう、疲れっちまった。妻の仇も、もう何人斬ったか分からねぇ。誰が仇なのかも分からねぇのに、あとどれだけ斬ればオレの気は済むんだ? 今度はそっち側の仇だと狙われて生きる事になるだろ? そう考えたら、もう何のために戦ってるのか、分からなくなっちまったんだ」

 男は泣きそうな、それとも苦渋で潰したような、くしゃくしゃの顔をしていた。



「だから早く、オレを殺してくれ。終わりたいんだ」

 周囲の者たちは、なぜこの二人の声が聞こえたのか分からなかった。最初に聞こえた男の声は、偶然にも近辺で剣戟も怒声も止んだ瞬間だった。ほんの数秒だけ、戦の音が凪いだのだ。



「そ、そんな事を言われて斬れるものか! あっちへ行け! 別のやつに斬られてこい!」

 周囲は、数度だけ打ち合った後は鍔迫り合いを続け、それとなく聞き耳を立ててしまっていた。

 その一群だけを避けるように、戦は流れるように続いている。



「はやく去れ! 向こうへ行ってくれ!」

 言われて男は、うなだれるように歩を前へと進めた。会話をした敵兵の横をすり抜け、ただ前に歩いた。このまま進めば、こいつとは違う誰かが斬ってくれるだろうと。

 だが、予想に反して誰も斬ってはくれなかった。戦場の中でひときわ異様な雰囲気を出しているこの男が、あまりに気味が悪くて避けるのだった。



「なんだよ……なんで誰も斬ってくれねぇんだよ。これじゃあ、あいつの所に行けねぇじゃねぇか……」

 まるで死人のような雰囲気が、死を嫌って戦う生者達には死神のように見えたのだと言う。半端に近づいて、そちら側に連れて行かれたくない。そのように本能的に思わせる異様さだった。



「ちくしょう……思い通りに、いかねぇ」

 苛立ちよりも、悲しい気持ちだった。男はじっ、と前を見据えて歩き続けた。もはや敵陣のど真ん中、本陣に迫る所まで。



「あれは何だ! なぜ誰も手を出さん! 敵兵だろうが!」

 将は苛立った。戦局を見て指揮を執っている最中に、のうのうと敵兵が歩み寄ってくるのだから。

「気味悪がって、誰も手を出さぬようです。剣も手にせず、ダラダラと歩いているのが気持ち悪いようで……」

「馬鹿か貴様は! 射れば良いだろうが! 早く射殺せ!」

「しょ、承知!」



 将の側近も、内心恐れていた。あれに手を出して呪われてはかなわない。あわよくば、誰ぞが手柄のためにと斬ってくれる事を祈っていた口だった。

「おいお前、お前が射よ! 早くしろ!」



 だから側近は自分の手は下さず、近くの兵に命令した。

「は、はっ!」

 自分にお役が回った兵は、命令を無視するわけにはいかずに弓を構えた。しっかりと狙いを定めて引き絞る。



 だが、ぴゅんと放たれた矢はあの男の側を通り抜けて、味方の兵の兜をカキンと鳴らした。

「貴様! ちゃんと狙わんか! 味方に当ててどうする!」

「申し訳ございません! しかし、このままではまた味方に当たりかねません!」



 異様な男以外は、この辺りには味方しか居ないのだから当然の事だった。飛び道具で狙うには半端に近すぎる陣中まで来ている。

「ええい! これ以上あの気色の悪い男を寄らせるな! 斬りかかれ!」

 将は我慢がならず、近くの兵達に叫んだ。



 三人の兵が終ぞ動き出し、剣を抜きにじり寄る。ようやく男の命は終わるのだと思われたが、ダラダラと歩くためにつんのめった。斬りかかる兵が剣を振り上げた瞬間に、間が悪く掴みかかれてしまったのだった。



「うわっ! うわうわうわああああああ!」

 死神のごとく思っていたその男に、一瞬で間合いに入られ掴まれ、呪い殺されるのではと恐れおののいてしまった。

 他の二人も、剣が宙を斬った事と幽鬼のごとき不可思議な動きに目を丸くし、そのまま動けなくなった。



 掴まれてしまった兵は剣を取りこぼし、のたうち回るように男を振りほどいた。必死に背を向け逃げるようにしたが、足がもつれて転倒する始末。

「おのれら……どれだけ腑抜けておるのだあああ!!」

 馬上で叫び声をあげると、怒り狂った将は剣を抜いて馬を走らせた。男を串刺すように剣先を向けて狙いを定め、馬の勢いで貫こうと。



「死いいねええええ!!」

 男は、ようやく殺意と剣を向けてくれる敵に出会えた。そう思った。やっと死ねるのだと。

「これで……オレも……」

 抵抗などするはずもなく、むしろ向けられた剣に身を預けるようにした。



 だが、その一歩がまた、偶然を呼んでしまった。石に足を取られ、馬にも身を寄せるような形でふらついたのだ。本来ならばタイミング良く、しかし、男にとっては悪く。

「なっ!!」

 将は言葉にならない声を発したと同時に、落馬して首を折った。



 周りの兵達も、一瞬何が起きたのか理解できなかった。その反面、やはり『それ』は死神なのだと、そう思った。

 突き刺さんとする剣と、馬の体のほんの隙間に『その男』の身が入ると、あぶみに引っかかった。嫌なものが当たったと馬がいなないて暴れ、あぶみごと引っ張られた形の将は、剣を突くために身を横に乗り出していた事が災いした。



 結果、男は死ねず。敵将が死んだ。

「た、たいきゃ! 退却だ! 退却!!」

 側近はたまらなくなって号令をかけた。やはり死神。このままでは自分まで呪われてしまう。そう考えたのは、他の兵達も同じだった。誰も異論を唱える者はなく、その場を見た全員が我先にと逃げ出した。



 他の全ての兵も、退却と聞いて慌てて引き上げていく。

「うそだろう……テメェら……どうして、丸腰のオレを殺していってくれねぇんだ!」



 立ち尽くす男の横には、敵将が倒れている。それを見た味方が、男を称えて叫ぶ。

「こいつが一人でやりやがった! 敵陣を我が物顔で歩いて、敵将を討ち取りやがったぞおおおおお!!」

 その声が響いたかと思うと、すぐに大歓声が波のように広がった。



『死にたがりの無手殺し』

 二つ名を与えられ、以後、男は意に反して長く生き、最後は名将として惜しまれて世を去った。





 これは、戦場の数奇な伝え話のひとつ。機会があれば、また何か別のお話を致しましょう。


お読み頂きありがとうございます。

次はいつになるか分かりませんが、評価など頂けると嬉しいです。


別で書いている長編小説の『オロレアの民』も、よろしくお願いします。

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