スカートを履いた日
翌朝、少しずつでも体力を取り戻したかったから、ラジオ体操をすることにした。さすがに激しい運動はまだ難しそうだし。体育の授業でやったのを思い出しながら、確かめるように手足を動かす。
体操をして気づいたけど、今の僕の体はかなり柔らかい。体操をしてる最中に思った。両手を結びながらでも肩を前から後ろに回せる。前屈をしても、手の平をべったり床につけてまだ余裕がある。今までの人生でこんなに柔らかかったことがないから、新鮮で楽しい。
一通り終える頃には、すっかり息が上がってしまった。全身が汗ばんでいる。張り切りすぎた。ちょうど短距離一本を全力で泳ぎきったような疲労感。軽い運動のはずなのに、こんなに疲れてしまう自分がちょっぴり情けない。
深いため息を吐いていると、スマホから音が鳴った。
『服持っていくの今日で大丈夫?』
メッセージの通知。中野さんからだ。そういえば昨日そんな話もしたっけ。服で手汗を拭った後、画面を指で叩いて『大丈夫』と打ち込む。来るまでの間に汗を流したいな、なんて思いながら僕は送信ボタンを押した。
☆☆☆
軽くシャワーを浴びて着替えたところで、インターホンが鳴る。乾ききっていない髪をそのままに、玄関のドアを押し開ける。
玄関の前にいたのは中野さん。部活では着てきたことのないような、おしゃれな服装だ。手には大きめの茶色い紙袋を持っている。
「持ってきたよ。はいこれ」
中野さんはそう言いながら手に持っている紙袋を差し出す。思っていたより重い。何着ぐらい入っているんだろうか。
「制服とジャージ、あと普段着が何枚か入ってるから」
僕が中身を眺めていると、中野さんが付け足してくれた。一つ一つ覗いて照らし合わせていると、真ん中にビニールで包装されているのが一つあった。取り出そうとすると、慌てて中野さんが僕の手を抑える。そして部屋の内側に入るように促してきた。
「えっと……これは……?」
「スポブラ。下着よ」
おそるおそる質問すると、簡潔な答えが帰ってきた。確かに玄関前で取り出すようなものじゃない。知らずにとは言え、そんなことをしようとしたことが恥ずかしくなってきた。
「とりあえず制服だけでも着てみてよ。サイズ合わなかったらいけないし」
「うん」
僕は首を縦に振った後、紙袋を持って洗面所に入る。さっき着替えたばかりの服を脱いで、畳まれたシャツとスカートを丁寧に取り出す。
「ちゃんとブラ着けなさいよ?」
シャツを着ようとしたところで、洗面所の扉の向こうから中野さんが声をかけてくる。心臓がどきっとした。見透かされているようで怖い。僕は覚悟してブラを紙袋から取り出した。
包装を開けて、まじまじと下着を見つめる。白くて無地。飾りなんてないシンプルなものだ。派手じゃなくて本当に良かった。少しだけ抵抗感が薄れてほっとする。
僕は頭から被るようにして一気にそれを身につけた。軽く締めつけられているような感覚。サイズは問題ないのかな。下着だけを身につけた少女が鏡の中に、堂々と立っている。慌てて目をそらして、さっき取り出したシャツを着た。裸でいるよりなんだか恥ずかしい。横目で鏡を見ると顔が真っ赤になってしまっている。
深呼吸。落ち着いてもう一度鏡を見る。制服のシャツだけを着た僕の上半身が映っている。紙袋からネクタイを取り出して、鏡を見ながら結ぶ。気分も一緒に引き締まったような気がした。
気分が落ち着いたところでスカートを履く。なんだか悪いことをしているような思いになって気が引ける。どうせならさっきの時にまとめて履いてしまうんだった。そんな後悔をしながら腰の金具を止める。
少し離れて全身を鏡に映す。きちんと制服を着た女子生徒。よく見たら僅かに袖が余っている。不安そうな表情も相まって、新入生だと言われても納得できそうだ。僕は心配になりながら扉に手をかけた。
「終わった? って似合ってるじゃん」
洗面所から出た僕の姿を見つめて、中野さんがそう言った。
「変なところとかないよね?」
「ないない。大丈夫。可愛いよ」
回って前後を見せながら聞くと、食い気味に答えが返ってきた。可愛いと言われて複雑な気持ちになりながら、とりあえず安心した。
「じゃ、他のも着てみよっか」
中野さんが微笑みながらそう言った。その後、持ってきた服全部を着させられて褒められ続けた。恥ずかしすぎてもう消えたい。