女になったと打ち明けた日
誰にも打ち明けないまま、三日間が過ぎた。
コンビニに行ったあの日から、一度も外に出ていない。顧問の先生には、しばらく休みますとだけ伝えた。それからはずっと薄暗い部屋の中、スマホで調べものをしている。なにか手がかりが見つかれば。そんな期待を抱いて、藁にもすがる思いで色々と検索してみたけど、漫画と小説がほとんどで参考にはならなかった。
三日間で一度だけ体を動かしたくなって、腕立て伏せをした。三回目で筋肉が悲鳴をあげた。四回目をしようとした僕は腕から崩れ落ちた。以前なら百回は余裕でできていたのに。虚しさに襲われたから、それからはやっていない。
視界がかすんできた。頭も痛いし、なんだかくらくらする。三日間も目を酷使し続けたから仕方ないのだろうか。時間を見ると、もう六時だった。休憩しようとスマホを机の上に置いた時、ちょうどスマホが震えた。メッセージの通知。陽平からだった。
『本当に大丈夫か
今どこ?』
まだ心配されている。僕は避けるような真似をしてしまったのに。口からため息が漏れた。はやく言ってしまえたらなんて思いながら、震える手でゆっくりと返信を打ち込む。
『大丈夫
家』
すぐに既読がついた。ほぼ同時にインターホンが鳴る。そういえば仕送りが来るってお母さんが言ってたな。ボサボサの髪を軽く手櫛ですく。しわだらけになった服を軽く伸ばし、印鑑を持って玄関の方に向かう。
扉を開けると、そこには見知った人がいた。さっきメッセージを送った陽平とマネージャーの中野さん。僕の姿を見た二人は顔を見合わせた。突然の訪問に僕は驚いて固まった。気まずい沈黙が流れる。
僕があまりに休むものだから、直接来てくれたんだろうか。ありがた迷惑だ、なんて考えを頭に浮かべる自分が嫌になる。心の中で自分を責めていると、中野さんが少し屈んで話しかけてきた。
「ねぇ君、誰?」
頭の中を色んな考えが巡った。鼓動が速まる。息が苦しくなる。正直でいたい気持ちと隠していたい気持ちとがせめぎ合っている。しらばっくれてしまえば、この場は隠し通せるだろうか。
泣きそうになりながらも僕は心を決めた。丸々三日間も声を出していないせいで掠れた喉から、絞り出すようにして言った。
「……藤田湊斗、です」
僕の返答を聞いた二人はまた顔を見合わせた。
☆☆☆
僕は二人を部屋の中に招いた。
淀んだ空気を入れ替えるために窓を開ける。ひんやりとした風が部屋の中に吹き込んだ。布団は二つに折って隅にどかす。全身で机を押して部屋の真ん中にずらし、二人に座るよう促した。机の上にコップを二つ置いて、両手で麦茶を注ぐ。
重苦しい空気が流れる中、口を開いたのは中野さんだった。
「本当に、湊斗なの?」
「……そうだよ。信じられないと思うけど」
疑いの目でこちらを睨んでいる。僕が何か悪いわけじゃないのに、心が痛い。そんなことを思っていると、陽平が質問を投げかけてきた。
「自由形の自己ベストは?」
「二十五秒二九……だったと思う」
コンマ以下の数字までは自信がない。けれど中野さんの反応を見るに多分合っている。僕の回答を聞いた陽平は更なる質問を投げかけてくる。
「更衣室のロッカー、どれ使ってる?」
「入って左奥の隅。扉の裏に水道業者の磁石がついてる」
僕が言い終えると、陽平は深いため息を吐いた。そして机に肘を立てて目を覆った。中野さんはうつむいて、何かを考えこんでいるようだ。誰も麦茶には手をつけていない。
「僕、女になっちゃったみたいだ」
涙がこみ上げてくるのを押し留めながら、僕は改めてそう告げた。信じてもらえているんだろうか。また重苦しい空気が流れている。僕は何か言おうとしたけど、口を固く結んだ。はたして何を話せばいいのか、まったくわからなかった。
「……そうか」
沈黙を破ったのは陽平だった。
「信じてくれる?」
「信じるしかないだろ」
その言葉を聞いた途端、堪えていた涙が溢れてきた。そして二人が目の前にいることも忘れて、大きな声をあげて泣いてしまった。
2023/07/05 湊斗の発言を修正