断頭台に消えゆく(※)
残酷な描写があります。苦手な方はスルーして下さい。
晴れ渡る青空の下、民衆の怒号が飛び交う。
澄みきった空を見上げ、目に入る光の眩しさで思わず細める。
どうしてここにいるんだっけか
虚ろな感情を持ったまま目線をやると、断頭台のそばには若い女性が俯いて座っていた。
「殿下!でんか!どうか!どうかお慈悲を…!」
「代わりにわたしが……!どうかお嬢様をお助け下さい!」
うるさい声に混じる嘆願の悲鳴。
あれは、確か
断頭台にいる女性の関係者だ。
泣き叫ぶように「お慈悲を」と縋るのは中年女性──彼女の母親か。傍らに中年男性が支えているから父親だろうか?
「お嬢様を助けて」という年若きメイド。そう言えば彼女のそばに常にいたような気がする。
──彼女はなぜ断頭台にいる?
ふと疑問が浮かんだが、頭は霞がかったようで気持ち悪く、考えを放棄した。
─ああ、そうだ。
彼女は、わたしのアイスルヒトを傷付けて
わたしの愛する
愛────
隣に目をやると、口元に手を当てて震えるか弱い女性が目に入った。
つぶらな瞳、小さな唇。目の前の出来事が怖いのか少し顔色が青い。
そう、あの女は愛しいわたしのアイスルヒトを傷付けた。
階段から突き落とし、殺そうとまでしたのだ。到底許せるものではない。
アイスルヒトのお願いで、あの女を見せしめに処刑することにした。
今日はその刑が実行される日であった。
「でんかぁ!お助けください!でんか!どうかお聞きください!お願いします!どうして、どうして見せしめに処刑など!!あの子が、あの子が何をしたと言うのです!!」
「処刑の中止を!どうかお聞き届けくださいませ!お願いします!命だけは…どうか……!」
「……なぁにぃ?あの人たち」
気が狂わんばかりに叫ぶ人を指し、隣のアイスルヒトは呟いた。
「高位貴族ともあろう方々がみっともないわぁ」
アイスルヒトは先程までの震えはどこへやら、不快感をあらわにした。
民衆がわっと歓声をあげる。
女が断頭台にかけられていた。
それを見ると、なぜか胸騒ぎがする。
コレハ正しいコトナのカ?
頭がガンガン鳴り響く。
何かが警鐘を響かせる。
頭の中のモヤが色濃くなる。
断頭台の女と目が合い───
女は薄く微笑んだ。
儚げな、悲しい笑みだった。
そして、乾いた唇が動く。
『アイシテイマス、デンカ』
その瞬間、走馬灯のように記憶が巡る。
『君が僕のお嫁さんになるんだね』
『殿下が頑張っている事、私知ってますわ』
『あなたに出逢えて、良かったと』
『嬉しいです。私も………貴方を─────』
断頭台の係が合図をする。
刃物が切り離された瞬間
「─────っ!!!!」
「あああああああ!!!!」
彼女の頭が胴体と離れ、勢いよく飛んだ。
「きゃぁ!怖いわぁ!」
隣のアイスルヒトはなぜか嬉しそうに笑んでいる。
彼女の家族はその場に崩れ落ち、呆然としている。
私の心臓はばくばくと鳴り、取り返しのつかない事をしてしまったと真っ白になった。
断頭台の餌食になったのは、私の婚約者だった。
小さい頃から仲が良く、将来を一緒に歩んでいけると思っていた。
しかし、いつの頃からか彼女を疎ましく思うようになっていた。───そう、隣にいるアイスルヒトが近寄って来た辺りからだ。
なぜ婚約者を邪険にし、こんな女に入れこんだ?
なぜ人が死んで喜ぶ者をそばに置いた?
霧が晴れたような頭で思いついたのは、魅了魔法だった。
──魅了されていたのか─
対策はしてあったはずなのに、なぜ、という疑問が巡る。
しかしもう彼女は戻らない。
縫い付けられたようにその場で立ち尽くしていると、後ろから腹の辺りに痛みが走った。
「………な、に、…を…」
「あんただから身を引いたのに」
ごぼりと血を吐いたワタシの目に映るのは、婚約者の幼馴染の騎士だった。
「あいつは、あんたを好きだと言っていたのに!!」
剣を抜き、また刺す。
何度も貫かれる。
アイスルヒトはいつの間にか地面に転がっていた。婚約者と同じく首が無い。
「か、はっ」
胸を刺され、ひゅっと息を吸うが苦しい。
その場に頽れ、助けを呼ぼうにも声が出ない。
わたしと、婚約者を応援してくれていた彼は、冷たい目から涙を流しながらワタシを見下ろしていた。
ああ
愛しの婚約者の君
わたしはきっと君には逢えないのだろう
どうして償いをすれば良いだろう
薄れゆく意識の中、ワタシは彼女に謝り続けていた。