当て馬と悪役令嬢
登場人物に名前があります。
先日俺の好きな人は、皇子が婚約破棄を言い渡すときに腰を抱かれて側にいた。
その前に好きだった人も、告白しようと思った矢先、告白されてる現場に居合わせた。目を潤ませて相手の男に寄り掛かっていた。
いずれも周りの見立てでは「お前に気がある」だった。
きっともう、これは宿命だ。
「好きになる相手が他と結ばれる宿命」
こんな宿命クソ食らえ。
貴族令息らしからぬ言葉だが、何度も同じような事が続けばそう言いたくもなる。
「あら、誰かと思えば、当て馬じゃございませんの!」
高らかに笑いながら話し掛けて来るのは、腐れ縁的存在の令嬢・ティファナだった。
「うるせぇ、先日派手に皇子から婚約破棄されたティファナ嬢さんよ」
「んなっ!!」
きぃっとつっかかられても、今の俺は紳士的態度は取れない。嫌味には嫌味で返しただけだ。
「ふ、ふんっ!そうやって紳士的態度ではないからいつまでも当て馬なんですわ」
ドリルをばさっと後ろにやりながら俺の方に近付いてきて、隣に腰をおろした。
お嬢様が地面に直に座っていいのか?とも思ったが、それを指摘するほど俺は元気ではなかった。
「だいたいあなたがしっかり彼女を………」
そう言いながら突っかかってきそうな勢いを、もごもごと引っ込める。
「……まぁ。あなたの優しさに気付かなかった彼女も彼女よね」
すっごく分かりづらいが、こいつなりの励ましなのかもしれない。
そのまま、無言のまま数刻が過ぎた。
時折風がさーっと吹いたが、二人してぼーっと地面を眺めていた。
何も考えることの無い時間で、少し癒やされた気がした。
「わたくし」
ぽつり、とティファナが漏らす。
「どうやら辺境の貴族の後妻になりそうですわ」
派手に婚約破棄をされ、いわれのない冤罪をかけられ、反論するのも億劫になったらしい。
婚約破棄されるほど酷い令嬢のレッテルを貼られたら修道院か後妻くらいしか道は無い、というのが通説だ。
だが、皇子妃教育を難なくこなし、むしろ皇子の仕事を代行、あるいはサポートしていたコイツが修道院とか辺境貴族の後妻とか勿体無いんじゃないだろうか。
とはいえ、俺がもらってやる、という気になれず、黙って聞いていた。
どうせ言ったところでまた当て馬になるんだろう、そう思って。
「ねえ、ライル」
ティファナがまっすぐ前を見て俺の名前を呼ぶ。目を合わせず、なに、とだけ口にすると
「あなた、わたくしの当て馬になってくださらない?」
がばっとこちらを向いてとんでもないことを言いやがった。
一瞬思考が遅れ、理解して彼女を見ると真剣な顔をしてこちらを見ている。
「あ、誤解なさらないで。あなたもわたくしを当て馬にして下さって結構よ」
わけが分からず目が点になっていた。
彼女曰く。
「お互いがお互いを当て馬にして、素敵な方と巡り合った時のスパイスにすればいいのよ。わたくし、今のまま辺境貴族の後妻だなんてごめんよ。とりあえず仮婚約、って形で」
「いや、待て、落ち着け。お互い相手がいる、って思われて、次の相手が見つかるのか?そしてお前はまた婚約破棄された、って今度こそ逃げ場は無いぞ?」
「ならいっそ、あなたが貰ってくださっていいのよ?」
そう言われて開いた口が塞がらなかった。
「俺はお前を好きにならないぞ」
「貴族の結婚に好いた惚れたは求めませんわ」
「……他にいい人ができたからって、当て馬にするなよ」
「……あなたこそ、公衆の面前で婚約破棄はなさらないでくださいね」
それから、ティファナの婚約が正式に破棄されると同時に俺と婚約を結んだ。
腐っても侯爵令息だ。辺境貴族の後妻になるよりは、と彼女の両親も納得した。
その後、皇子と元俺の好きだった人は結婚したが、元々ティファナに支えてもらっていた部分がかなり大きかった皇子の能力は芳しくなく、元好きな人はティファナの代わりは到底務まらないらしく、二人で大変な思いをしているらしい。
こっそり皇子がティファナによりを戻そうと言い寄ってきたが、「婚約者がおりますので」と一蹴したそうだ。
俺たちは。
皇子たちの成婚一年後にめでたく結婚した。
お互いにいい人もおらず、なんとなくの関係ではあったが、「婚約破棄しないでね」と言った時の表情に一目惚れしてしまった俺は、この日を迎えられたことに安堵していた。
「きれいだよ、ティファナ」
「あなたも、いつも以上に素敵ですわ」
そう言っていたずらっぽく笑う。
例え次に出逢う人の為の当て馬でも、その時まで彼女を愛そう。そう誓ったのだった。
「あ、愛していますわよ、ライル」
不意打ちで言われたその意味を理解して、口をパクパクさせた俺の頬に、ティファナは軽く口付けた。
だからそうやっていきなり言うなぁ!!!!