魔改造軽トラック
「完成した……」
その場にへたり込んだ油まみれの作業着でよく焼けた禿げ頭の老人の前には
真っ白な新品に見える軽トラックが横向きに停められて佇んでいた。
その周囲は雑然とした機器や計器が置かれている小さな工場内である。
外からは「ピチピチ……」と朝を知らせるスズメたちの鳴き声が聞こえてくる。
いきなり老人の背後の工場の鉄扉がガラガラ音を立てて開いていき
「じいちゃーん!今度は車検通る!?」
勢いよくスポーツ刈りの良く日に焼けたタンクトップ姿の小柄な青年が飛び込んできた。
老人は駆け寄ってきた青年に手を貸されながら立ち上がりながら
「大丈夫じゃ……表向きには完全に道路運送車両法に合致しておる。
超ターボエンジンシステムも、反物質や磁力を利用した各種シールドも
素人目には分からぬように、内部に組み込んだわ」
青年は訝し気な顔で
「でも、こないだのは車検に預けた青山さんんとこの工場で見つかったよな?
俺、冷や汗かいたんだけど……」
老人はツルツルの頭を触りながら自信満々な顔で
「ふっ、町工場如きに、この旧帝国特殊技研出身の上花田義輝の超技術を二度と触らせはせん」
青年は呆れた顔で
「じいちゃんさー。そもそも俺、廃車寸前の軽トラ直してって言っただけだよな?
超ターボエンジンとか、怪しげな防御シールドとか要らないんだけど……」
義輝と名乗った老人は狼狽した顔にいきなりなると青年の両肩を掴んで
「なっ、なんていうことをいうんじゃ!
マサル、大事なお前の命を守るためじゃよ!
煽り運転から逃れるために、不慮の事故などで死なぬために
わしは全ての技術を注ぎ込んで……」
青年はもっと呆れた顔で
「まあ、じいちゃんが最高のじいちゃんなのは確かだけどね。
変な特許いっぱい持ってて、おかげで俺は大学までいけたし。
でも、俺のことはもう心配しないでよ。
就職活動もそろそろしないといけないし、そんな機能使わなくていいように
安全運転するから」
義輝は皺の多い顔をくしゃくしゃにして
「マサルぅぅ……お前の父さんみたいに早死にだけはしないでおくれよ……」
マサルと呼ばれた青年は苦笑いしながら
「ほら、朝の畑仕事の時間だよ。
朝飯くったら、顔くらい出さないとね。ばあちゃん怒ってると思うけどー?」
「なっ、それはいかんな!先祖代々の土地も大事じゃ!」
「ほんとにそれ思ってるー?農業とかどうでもいいんじゃないの?」
「思っとるに決まっとる!わしは農業の才能は無いが早苗さんはプロじゃ!
常に尊敬しておる!」
「またまたぁー近所づきあいとか代わりにそつなくしてくれるからでしょー?」
「それ"も"じゃ!行くぞマサル!」
老人と青年は朝の光が射す小さな工場の外へと小走りに出ていく。
十日後。
黒ネクタイを締めた義輝が愕然とした表情で
百人近くの老若男女が座る広い葬儀場に並べられたパイプ椅子の一つに座っていた。
その様子を少し開けた場所で固まって座り
気の毒そうに眺めている喪服姿の老婆たちの集団が声を潜めながら
「まだ二十一だったそうやわ……。
道路に飛び出した子供を助けるために突き飛ばして、代わりに車に轢かれて亡くなるとは……。
ほんにお気の毒に」
「これで、上花田家は跡継ぎが全て亡くなったんか……」
「いや、義輝さんが絶縁した次男のところの子供が居るらしいけど
葬儀にも出てこんなぁ……」
「早苗さん、毅然として葬儀をしきっとる。
わしらもせめて、お孫さんのご冥福を祈ろうや」
老婆たちは、喪服を着た大柄で背筋の良く伸びた筋肉質な老婆が
愕然としたまま動けない義輝の代わりに弔辞を読みだしたのを見つめる。
その夜。
葬儀場の座敷部屋の中心に置かれた
真っ白な棺へとポラロイドカメラのような機器を持った義輝がフラフラと近づいていく。
そして、おもむろに棺の蓋を開けると
その中に安置されているマサルの遺体の頭へと機器を向け
「……マサルやぁ。本当はお前を蘇らせたいけれど、
それはわしの技術でもさすがに無理じゃわ。
せめて、この禁じられた霊性複写装置でお前の人格を……うぅ」
義輝は鼻水を啜りながら、謎の機器のフラッシュを十回ほど焚いて
そして静かに、棺の蓋を閉めた。
それから半年後。
狭い工場のトラックの前で、汚れた作業着姿の義輝が吊り下がり電球が揺れている天井へとこぶしを突き上げる。
「か、完成じゃ。も、もはや道路運送車両法順守も車検も無理じゃが
マサル、お前の魂は永遠となったぞ……」
その目の前には、真っ白な軽トラックが横付けされて停められている。
トラックから沢山の管が周囲の機器や計器に伸びていて
義輝はそちらへとフラフラ近づくと、幾つかのキーボードをカタカタと両手で操作した。
同時に軽トラックの中から
「マサルデバイス始動……システムをアップグレードしています」
というまるで亡くなった彼の孫と同じような声色が響いてきてそして
「は、はぁ!?なにこれ!?」
というまさに彼の孫の声そのものが続いて響いてきた。