久しぶりのうどん屋
久しぶりのうどん屋
二十数年ぶりに、昔よく通ったうどん屋へ行った。
引っ越してしまった今、そこへ行くには車で四十分くらいかかる。
久しぶりに通る町は閉店が目立ち、寂し気な雰囲気に変わっていた。
その小さな店は、昔のまま何も変わらずに残っていた。
当時、「三代続いて九十年」というノボリが立っていた。
もう百年越えている。
店に入ると店主のおじさんも皆、相応に年は取っていたものの、変わらずにいてくれた。
板書きのメニューも変わらないどころか、まだ新しくすら見え、店内の様子も古びた感じを受けず、日頃の清掃をきちんとしているのが伝わってきた。
注文した玉子とじうどんを食べると、本当にあの頃の味そのままで、美味しかった。
この味をずっと続けていてくれたんだと、ありがたくなった。
思えば、私はいつもこればかりで、お店に入るとおじさんが
「いつもので、いい?」
と、気さくに声をかけてくれたものだった。
当時、好き嫌いの激しかった私は、それしか食べるものがなく、そして、それが特別に美味しかった。
いつも、「はい」と答えては、飽きることなくそれだけを食べていた。
そう言えば、壁に掛けられた板書きは、食べたことのないものばかりだ。
おじさんも相当な年だろう。
いつまでこの店が続いてくれるのだろうか。
ずっとあって欲しいと勝手なことを思いながら、代金を支払い、店を出ようとした。
するとおじさんが
「いつも、ありがとう」
と、声を掛かけてくれた。
私を覚えていてくれたのだろうか。
多分、そうではないだろう。
それでも一瞬にして、あの頃に戻った気がした。
このお店が変わらずにあることがありがたく、深く温かかった。
そうだ。この店のメニューを順番に食べていこう。
あの頃、食べられなかった味に、会いに来よう。
私は、寂しくなったこの町の、懐かしいこの店に来る理由が出来て、嬉しくなった。
「いらっしゃい。今日は何にする?」
そんな声が、聞こえてくる。
その後のあとがき
その後、私は一年以上をかけ、あのうどん屋さんの全メニューを食べることが出来た。
玉子とじしか知らない私には、どんな具が乗っているのか分からないメニューも多かった。
松月、天南うどん、志の田うどん、おかめなど。
あんかけうどんは、普通のうどんに醤油あんでもかかっているのだろうと思っていたら、汁全部が醤油あんで、びっくりした。
カツとじうどんと言うものもあり、これは玉子でとじたトンカツが普通にうどんの上に乗っているもので、「おぉ」と、うなずくしかなかった。
お店の若女将は、一ヶ月に一、二回しか来ない私と前回食べたうどんを覚えていてくれ、その記憶力にも私は驚いた。
子供の頃のような好き嫌いはなくなったが、様々なものを食べてこなかった経験の少なさは悔やまれた。
と、同時に、少なかったからこそ未知の味を、あのうどん屋さんで目も舌も使って楽しむことが出来たのは嬉しかった。
全てのメニューの中で、もう一度食べたいというものが二つ三つあった。
やはり、食べてみなければ分からない味がある。
また、行こう。
そして私が注文しようと思っているのは、やはり玉子とじだ。
あの頃の舌は、消せないものなのかも知れない。




