2話 セパタクローサークル-2
硬い……硬すぎる……
サッカーボールよりも二回り程小さなボールを渡されて思ったことは、「プラスチックなんだ」と「めちゃくちゃ硬い」だった。
中は空洞というかプラスチックで編まれたボール。ペットボトルとは比にならないほどに硬い。冷蔵庫や洗濯機のような家電製品に足をぶつけたことがあるだろうか、それくらいの硬さだ。
1人でリフティングをしているが、サッカーボールよりも断然難しい。
ボールが小さい上に硬いため少しでも変なところに当たるとあさっての方向へ飛んでいってしまう。
悪戦苦闘していると、女性から声をかけられた。
「上手やねぇ!! サッカー部だったの?」
そこに立っていたのはアタックを打っていた女性だった。
先程までの集中した顔とは打って変わって無邪気な笑顔がよく似合う……
「あっ……いえ、野球部でした」
「そうなんだ、凄い上手だよ!!」
向けられた笑顔に少し照れながら返答する。
「いえいえ、全然できてないです…難しいですね」
「セパタクローの基本はね、インサイドなんだ」
女性は手でこちらの足を持って、基本の形を作ってくれる。
「インサイド…ですか?」
サッカー部がリフティングで良く使うのは足の甲を使うインステップ。それに対してセパタクローのリフティングは足の内側を使うインサイドが基本らしい。
「そうそう、落ちてくるボールを蹴るんじゃなくて、インサイドの形を作って止めといて、最後の当たる瞬間だけ優しく掬い上げるんだよ」
女性は実演を交えながら丁寧に教えてくれた。
膝を外側に曲げて足の内側を上に向け地面から真上に掬い上げるように土踏まずからくるぶしの間にボールを当てると弾かれたボールはきれいに真上に上がる。
「インサイド……試してみますね」
教えてもらったようにインサイドでリフティングをすると、インステップに比べて安定するようになり回数も少しだけ増えた。
「いい感じ!! いい感じ!!」
「ありがとうございます」
それから少し球蹴りーセパタクローでいうリフティングのことーを続けてその日は家に帰った。
部屋を暗くしてベットに入り目を閉じるが中々寝付けずにいる。瞼の裏では今日の出来事を反芻していた。これから始まる大学での新生活、セパタクローと触れ合った時の興奮が蘇る。
鳴り響くアラームで目を覚ます。昨日は興奮しすぎてあまり寝られなかった。目を擦りながら、のそのそと支度を進める。
今日もオリエンテーションを受けるために大学へ向かう。
道すがら勧誘を受け、気づくと手元には大量のビラが握られていた。昨日と違って今日は朝から勧誘があるらしい。オリエンテーションを受けながらパラパラといくつかに目をやる。
卓球同行会、テニスサークル、フットサルなど多種多様にあるがどれにも心を動かされることはない。そもそも、セパタクローサークルに入ろうと決めていた。
今のところ先輩はあの女性と話しかけてくれた男性と他にも勧誘をしていた数人がいるのは確認している。
先輩たちがどんな人なのかは気にはなるがそれよりも俺が気になっているのはやはり同期!!
地方から上京する形で大学に来たため大学での知り合いは皆無。サークルは簡単に交流できるコミュニティとしても活用したいと考えていた。
まぁ、後はあの人たちの名前を聞いてなかったから名前も聞かないとな。
オリエンテーションが終わり今日にでも入部の意思を伝えようとセパタクローサークルのブースへ足を運んでいると、唐突に声をかけられた。
声をかけてきた男の顔を確認するが全く見覚えがない。誰かを尋ねようと口を開きかけると相手から質問が飛んできた。
「昨日、リフティングしてたよな?」
見られていたのかとも思ったが、思い返すとあれだけの人通りの横で目立つ黄色いボールーセパタクローボールーをリフティングしていれば見られていてもおかしくないか。
「……そうですけど、なんでしょうか?」
相手の年齢も分からないため敬語が得策だろうと判断した。
もしかしたらセパタクロー関係者なのかもしれない。しかし、そんなに気にすることなかったとすぐに判明した。
「同い年だからタメ口で大丈夫だよ。あっ、ちなみに何歳?」
この質問は同じ学年でもこちらが年齢が上かもしれないと思っているのだろう。
「18歳だから同い年だと思うよ」
「あーよかった。年上だったらどうしようかと思ったよ」
「それよりも何か用?」
「セパタクローに興味があってさ、えーっと君が入るのかなと思ってさ」
早速セパタクロー仲間が増えたのはいいことかもしれない。わざわざ話しかけてきたってことはセパタクローにかなり興味を持っている証拠だろう。
セパタクローブースへ向かいながら軽く自己紹介を済ませた。
高倉飛鳥は高校までバリバリのサッカー部。大学では何か違うことをしようとしていたところセパタクローを見つけたらしい。
わずかな時間しか喋っていないが将基は飛鳥に対して好印象をもっていた。サッカーに打ち込んでいたというのもそうだし、やるからにはセパタクローにも全力で取り組みたいと言っていたのも好印象を裏付ける判断材料に含まれていた。
なによりも飛鳥の醸し出す雰囲気なのか初のセパタクロー仲間になりうるかもしれないからなのかは分からないが喋りやすかった。
心の中で将基が飛鳥に対していい関係を築けると確信していた中、飛鳥は逆のことを考えていた。
飛鳥は小中高とサッカーに全力で打ち込んだ。
もちろん、練習で手を抜いたことはあるがそれはこれ以上やると体が壊れると思った時に体を休めるためのことで、単純にやりたくないからとかだるいからとかそんな理由ではない。
周りからは「熱いな」とか「熱血」と言われたが飛鳥自身はそれはちょっと違うと思っていた。
ただの負けず嫌い。やるからには勝ちたい。勝ちに拘りたい。そのために練習が必要だっただけだ。
そんな飛鳥が将基に感じていた印象はやる気がなさそう。だった。
特に怪我をしたくらいで部活を辞めたというのも良い印象を与えなかった。
そのため、こんなやる気のない男ではセパタクローサークルに入ってもすぐに辞めると思っていた。
辞めると思う理由はもう一つあった。飛鳥はセパタクローの難しさを知っていた。
知っているといっても将基と同じで昨日球蹴りを軽くした程度だが、サッカー部の自分がこんなにも苦戦するのかと驚いていたが、それが基本の技術で球蹴りが出来てスタートラインに立てると聞かされたときはさらに驚いた。
そしてそれが誇張したものではないとも知っている。実際に昨日見たサークルの先輩たちは難なく球蹴りをしていたからだ。
このセパタクローの敷居の高さが将基が辞めるだろうと思うもう一つの理由だ。
この敷居の高さはセパタクローがマイナースポーツである大きな理由であるとも考えていた。
お互いに心の中ではそれぞれが思い思いに思考を深め、表面上ではたわいもない会話を続けているとセパタクローブースへと辿り着いていた。
「あっ、またきてくれたんだ」
そこには無邪気な笑顔の彼女がいた。今日は昨日とは別の部員が球蹴りをしている。
彼女と自己紹介を済ませ、何人かの部員の名前を教えてもらった。
まず、彼女の名前は藤澤静香、最初に声を掛けてきた男性は丹生幸也というらしい。他にも名前を教えてもらったがおいおい覚えていこうと思う。
昨日と同じく悪戦苦闘しながら球蹴りをさせてもらっている。休憩がてらにパフォーマンスとして球蹴りをしている部員を見ているがボールを落とす気配もない。
飛鳥も球蹴りをしているが、サッカー経験者というだけあってそこそこ続いている。
いやサッカー経験者の中でもできる方だろう。
§
セパタクローサークルの部室は12畳程の部屋でサークルで使用される道具が置かれている。
スポーツ系のサークルにしては部屋は整理整頓されていた。これは男女共用の部室だからだ。男だけならこんなに清潔に保たれていないだろう。
「はいそこっ、ゴミはゴミ箱に捨てる!!」
「はいはい、分かってますよ」
女性に注意された男は渋々席を立ちゴミを捨てる。
そんなやり取りを携帯を触りながら横目で見ていた男が部室にいる数人に問いかける。
「勧誘の調子はどうなの?」
「今年は豊作だよ」
「今度の練習が楽しみだね」
「はいはーい、もう出るよー」
次々と部室から出て行き最後の一人がドアを閉じて鍵を閉める。
ドアを閉じた風圧で机の上に置かれていたビラが一枚ヒラヒラっと床に落ちる。
勧誘で配布していたビラには、このように書かれていた。
セパタクロー
超アクロバットなスポーツ
空中の格闘技
大学から初める人が多いから、皆んなが初心者。
何か新しいことしたいなら是非!!
気軽に練習体験来てください。練習場所は体育館。体験日時…………
置かれたビラの横には10枚以上の体験希望の紙があった。その中にはもちろん将基の名前も。