11話 サークル内対抗戦『2日目』-1
トスを上げた後に異変に気づく。思い出すのは日常の一幕……
どこにでもある一般的な家庭の夕飯時、テーブルに並べられた湯気が立つ料理の前では父と母と兄弟が席についていた。
「新潟はどうだったんだ?」
父は兄に向かって話しかける。仲の悪い親子のように会話がないという訳ではないようだ。かといって特段仲が良い訳でもないが一緒に食卓について会話をするくらいの仲である。
「いやーーダメだったね、もう少しいけると思ったんだけど」
「後で動画見せてよ」
「いいよ、宗象さんがやっぱ凄いからな、発想がやばい」
「その人はいいよ、あの人のも撮ってるでしょ」
「えー王子さんでしょ、上手いけど俺はあんまなんだよな」
親子だけではななく兄弟仲もそれほど悪くはなかった。
そうでなければ兄に薦められたセパタクローなんていうよく知らないものをやろうとは思わない。
元々兄がやっているのは知っていたが、今年の1月に急にやってみろと言われた。
初めはボールが硬くて痛いしアクロバットな動きなんてしたくもないしでやる気はなかった。
たまたま兄が見ている動画を見て目を止める。兄が注目していた選手とは別の選手だったがセパタクローをやってみたいという気持ちにさせられた。
その選手は王子様というあだ名らしい。
「そういえばレグ組んだんだろ飛鳥ってのは分かるけど将基とかいうのは正直記憶にないなぁ、なんで?」
ソファに寝転がりながら動画を見る兄は問いかけた。
「必死に走ってるとこが犬みたいで面白かった」
「なんだよ、その理由は。相変わらず正確悪いな」
弟が性格が悪いのは知っていたけどそんな理由でレグを決めるとはと意表を突かれ笑いを堪える。
「これ教えてよ」
動画を指差すその先には速攻を使う王子様の姿が映っていた。
「うーん……」
兄は少し首を捻り考える。
「順番としては妥当か。いいよ」
速攻を教えてもらった時にいくつか注意されていたことがある。
速攻はレシーブが上がってから相手を見て使うかどうかを決める。
最初は息を合わせるのが難しいかもしれないから使う前に声をかけるのもあり。
この手の奇襲攻撃は使わされたら終わりだから。もし使わされて失敗したら……流れを一気に持っていかれる。
気づいた時にはもう遅い、速攻で放たれたボールが迅速に完成されたその壁を超えることはない。
そのブロックは明らかに速攻を読み切ってのブロックだった。
「まっ仕方ないだろ、切り替えていこうぜ」
手を叩いて飛鳥が声を出す。将基はアタックの態勢に入っていて見えていなかったが後ろで構える2人にはブロックされるのが分かっていた。もちろんブロックカバーにも入ったが真下に叩き落とされたボールを拾うことはできない。
ブロックされること自体は珍しいことではない、これまでの試合でもあったことだし、逆にこちらがブロックをすることだってあるのだから。
しかし、飛鳥がここで声を出したのはなにか空気が変わるのを感じたからかもしれない。
「すまん、ブロックされた」
「いや、読まれてたみたい」
銀は考える。なぜ読まれたのか、それとも使わされたのか。
「さすが幸也さんですね!! ドシャットじゃないですか」
「あぁ、分かりやすかったからな」
「癖ですか?」
「癖というよりかは、思考かな」
二歩幸也のブロックには定評がある。それはサークル内だけではなく全国の学生の中でも広まりつつある。
『一度捕まると抜け出せない』
その言葉通りに3人は抜け出せずにいた。
速攻をブロックされてからのトスを銀は普通のトスにしたが、ドシャットではないもののブロックに当たったボールは高く上がりそのまま相手コートへと飛ぶ。
こうなるとブロックは成功と言えるだろう。
そのままトスは上げられ、アタックを決められる。
その後も似たような展開が続く。ブロックにかかりブロックカバーできる時もあればドシャットの時もある。仕方なく出す速攻はほぼ確実にドシャットされ格好の餌食となっていた。
点差はジリジリと離されついに追いつくことはなかった。そしてそれは2セット目も同じだった。
「すまん、ブロックにかかりすぎた」
軽く頭を下げ、謝罪の姿勢を見せる。
気丈に振る舞ってはいても応えたのだろうその顔は暗い。
「ブロックは仕方ないだろ、俺ももう少しカバーに入れたら良かった」
将基と飛鳥は言葉を交わし反省点を述べるが、無言で座り込む男には話しかけない。いや、話しかけられる雰囲気ではない。
無表情はいつものことだが全身からひしひしと怒りが溢れ出ていた。
それは他者への怒りではない。自分自身への怒り。
銀はブロックされることにアタッカーである将基以上にストレスを感じていた。
自分の上げたトスがブロックをされる。さらに速攻をブロックされてから悪い流れが始まった。
悪い流れはこの試合に負けただけでは止まらなかった。
続いての試合は4年生3人のレグ。結果から先に言うと敗北だった。
特に将基達3人が前の試合の敗北を引きずって元々の実力が出せなかったわけではない。
ただ出来すぎていた結果が戻り、勢いが止まっただけ。
それに気づいていたため3人は負けてもそれほど落ち込むことはなかった。
もちろん負けた悔しさは残っているが、この敗北を糧に成長しようと悪かった点を列挙して話し合った。
「サーブで崩せなかった、調子が良くなってから単調になっていた」
「俺も調子が上がってから高さを出して叩くしかしてなかった」
「トスがバレてた……」
初日の結果は3勝2敗。
3人は反省しているが、1年で先輩達を相手にこの結果は十分すぎるほどである。
一躍サークル内でも注目レグになっていた。