1話 セパタクローサークル-1
乾いた音が体育館に鳴り響く。
音はバドミントンコートから響いているが、そこではバドミントンは行われておらず、ネットを境に3人ずつ分かれた人間が黄色のボールを蹴り合っていた。
その独特な音はプラスチックの帯で編まれたボールが弾むたびに鳴り響く。
コートに刺されたポールの横に右足を前にして半身に構える男がボールを持っている。男は屈伸運動をして下から丁寧にゆっくりとボールを投げる。
投げられたボールは自陣コートの中心に立つ男へと緩やかな放物線を描いて飛んでいく。
男は左足を軸に右足を一歩下げて踏み込み頭の高さ程にあるボールを蹴る。
放たれたボールはネットをスレスレで超えて向かい側のコートへ飛んでいく。
飛んできたボールを1人が右足の内側(くるぶしから土踏まずの間)に当てると、ボールは高々と上空へ弾かれる。
同じコートにいたもう1人がボールの落下点に潜り込んで、落ちてきたボールを右足の内側で掬い上げるようにボールを蹴ると、ボールは高くきれいな放物線を描いてネットにかかるかかからないかの絶妙な位置へ落下していく。
ネットに背を向けた男は落下してくるボールにタイミングを合わせて、大きくジャンプをしてバク宙のような姿勢を見せる。
自分の身長よりも遥か上空にあるボールを右足が捉え、振り抜いたと同時にボールはコートに叩きつけられた。
その男は右足で華麗に着地を決める。
「よし、そろそろ上がりにして明日の勧誘の準備に取り掛かろうか」
男の掛け声で速やかに器具は片付けられ、モップがかけられる。
§
200席以上ある席が全て埋まり、そこに座る人のほとんどが教壇に立つ男の話を真剣な眼差しで聞いている。
そんな中、ぼけっとした表情で窓の外を見つめる男が一人いる。
男の名前は如月将基、今は盤上大学での入学式が終わりオリエンテーションを受けている最中だった。
盤上大学の学生数は日本の中でも多いと方と言えるだろう。
将基の通っていた高校は私立で学生数は多く、同級生でも顔を覚えるのが難しいと感じていたがこんな200席以上もある教室なんて想像もできなかった。その上こんな部屋が複数あり、そこでもここと同じように入学生がオリエンテーションを受けているのだから顔を覚えるのなんて不可能だろう。
満開に咲いた桜が風になびき花を散らす様を見ながらこれから始まる大学生活はどんなものになるのか考えていた。
小学校・中学校と野球部に入り、平日は早朝から練習、放課後も遅くまで練習、そして休みの日は朝から晩までの野球漬けの毎日を過ごしていた。
高校に入ってからも野球部に入ったが、怪我が原因で退部をした。
後悔があるのかと聞かれると、正直全くないと答えるだろう。
小学1年の時にたまたま友達がやっていて暇だからと始めただけで、さして興味もなかった。中学に入っても続けていたのは周りが全員続けるというから流れに身を任せて入部しただけ。
その頃から興味もなかった野球に嫌気がさしていき、やればやるほどその感情は強くなり、スポーツの中でも嫌いな部類に入った。
才能があったのかは知らないが、大会ではそこそこの成績を収め、高校への誘いがやってくるようになる。次第に周りからのプレッシャーを受け、高校でも野球を続けることになってしまった。
だからだろうか、怪我で野球から離れられてむしろ清正した。ただ親が泣いていたのは今でも鮮明に覚えている。
野球を辞めて放課後にクラスメイトとダラダラと喋れて、休みの日はお昼まで寝れる。
毎日が天国に思えた。しかし、そんな生活にも慣れて、毎日がつまらなく感じ始めた。
教室の窓から日が沈んでいくのを眺めながら、ふとグラウンドに目をやると野球部が練習をしている。あの中にいたんだなと考えることはあっても、戻りたいなどとは決して思わない。
友達は多い方で周りから見ると充実しているように見えたかもしれない。
実際に楽しんではいたが心が揺さぶられるようなことは起きなかった。
自分の中で何かが燃え尽きてしまったのでないかと思えるほどにただただ毎日を過ごす。
そのまま時は過ぎていき、なんとなく勉強して、なんとなく試験を受けて、適当に行けそうな大学に進学をした。
大学に入ってもなんとなく卒業して、なんとなく就職して、変わらない毎日を過ごし一生を終えていくのだろうか。
自分自身の無気力さは嫌というほど知っている。
そんな現状を変えようと色々なことにも挑戦したが結局火が灯ることはなかった。
オリエンテーションのだらだらと長い説明を聞きながら、早く終わらないかなと飽き飽きしてきてしまっている。
そして思考はどんなサークルがあるのかに変わっていた。教室まで来る間にいくつかのサークルが勧誘の準備をしていたのを目撃している。何か面白いものがあるかもと期待していた。
オリエンテーションが終わり、校舎から出ると驚きを隠せなかった。
来るときとは比べ物にならないほど人で溢れている。部活やサークルが人を確保するために沿道にブースを構えてビラを配っている。
勧誘する者とされる者が入り混じりそこら一帯がカオス状態になっていた。
高校でも勧誘活動はあったがそんなものとは比べ物にならないほどだ。教室でも感じたが、大学は規模が違うんだなと改めて思う。
勧誘方法は様々でパフォーマンスをしたり、活動には関係ないけど勉強教えます、ゲームを一緒に攻略しましょうなど多種多様だった。
色々あるなと軽く見て回っていると一際目を惹かれるパフォーマンスを見つけてしまった。
そこまでは少し距離はあったが、ボールが空中を舞っていたためにすぐに目についた。
思えばここは人生のターニングポイントだったのかもしれない……
目に映っていたのは見慣れない手のひらサイズの黄色いボールを男女が混じってリフティングをして蹴り合っている。
さながら「けまり」を思わせる。まぁ、実際にけまりを見たことはなく国語の教科書でちらっと見た程度だが、初見の印象はけまりだった。
彼らはボールを一度も地につけることなく会話をしながら簡単そうにリフティングを繰り返す。
しばらくリフティングを続けているとその中の1人の女性の顔つきがリラックスしているものから一転変わる。彼女が真剣な顔つきを見せると場の空気が少し重いものになり、彼女から目を離せなくするような引力を感じた。
それはこれから何か凄いことが起こるであろうと思わせるだけの雰囲気を彼女が作ったからであろう。
その様子を周りで見ていた見物人達も息を呑んで注目する。
彼女とリフティングをしていたメンバーは焦ってそれを止めようとしている。
「おいっ、ダメだって、やめろっ!!」
1人の男が声をかけるが彼女は全く意に介さない様子だ。
彼女は自らの頭上にボールを高く蹴り上げた。
右足で踏み込み左足を前に振り上げジャンプをすると、右足を高々と振り上げる。
それと同時に頭が下がり左足は右足とすれ違うように下へと落ちる。
頭は地面スレスレで左足に近づく。右足は身長よりも高い位置にあるボール左足を軸に半回転させて捉え振り抜かれた。
放たれたボールは目にも止まらぬ速さで飛んでいった。
「きゃっ!!」
飛んでいったボールは通行人に当たりそうになる。
屋外で通行人も多数いる中でこんなことをすれば危ないのは明白である。
間一髪、彼女にやめろと言っていた男が通行人に当たる前にボールを止めた。
よく見るとリフティングをしていたメンバーが通行人を守るようにバリケードを作っている。
「おい、危ないからやめろっていったろ!!」
「先輩達なら止めてくれるって信じてました。てへっ」
彼女は悪びれた素振りも見せずに笑い流した。
「もし当たりでもしたらどうなると思ってんだ!? そうでなくても守衛さんにバレたら勧誘できなくなるかもしんないんだからな!!」
ボールを止めた男はボールを飛ばした女性に呆れながら苦言を呈する。
「はーい、すみませーん」
その男も同じサークルのメンバーであろう人たちもやれやれといった様子で呆れて諦めの表情を見せる。
そんな光景を遠巻きに見ながら先程の女性の繰り出した技が目から焼き付いて離れなかった。
まるで鞭のようなしなやかな柔軟性にボールを蹴る瞬間の力強さ。
通っていた高校は私立高校だった。
スポーツ推薦で入学する者も多く、そのため男女共に全国レベルの生徒が何人もいた。
その中にいても、彼女ほどに優雅かつ迫力ある技は見たことがないし、今ほど感動した覚えもない。
技を見せ終えた彼女は満足したのか先ほどの集中した顔とは打って変わったような笑顔を見せている。
しかし、そこには圧倒的な存在感を自分も含め周りで見ていた人間たちもひしひしと感じ取っていた。
顔に魅力を感じて目を奪われたとかではない、いや顔も魅力的なのだが、それよりもその卓越した技術と美しさに目を奪われていた。
立ち止まっていると、後ろから肩を叩かれハッと我に帰り、後ろに目をやると男性がビラを持って話しかけてきた。
「初めまして、あのスポーツ知ってる?」
「いえ、初めて見ました。凄いですね」
「『セパタクロー』って言うんだけど、今やってたパフォーマンスはほんの一部で本当は体育館で行うスポーツなんだよ」
「なんとなくは聞いたことがあるような気がします」
男性は目の前でパフォーマンスをしているサークルの勧誘をしていた。話を聞くと、これは「セパタクロー」という球技らしい。
派手なパフォーマンスで立ち止まらせて興味がありそうな人間にビラを配り勧誘をする。
その効果は絶大で自分と同じように立ち止まって見ている人間は多数確認できた。
彼女の暴走は予想外だったようだが、それも宣伝として多大な効果があったであろうことは分かりきっている。
リフティングだけではここまで胸が熱くなることはなかったはずだからだ。
セパタクローというワードは聞いたことがある。「足でするバレーボール」「サッカーバレー」「オーバーヘッドキック」など、なんとなくの知識はあったが、まさか見ることがあるなんて……
「そうだ、これ見てみてよ」
そういうと男性はスマホを取り出してセパタクローの試合の動画を見せてくれた。
それはバドミントンと同じ広さのコート、同じ高さのネットで3対3でボールを蹴り合っている映像が流れていた。
話で聞いていた通り、いや聞いていたよりもエキサイティングなスポーツだった。
特に興奮したのはアタックだ。
先程の女性の見せた技もセパタクローのアタックらしい。
彼女のアタックでも十分に興奮をさせてくれて、胸を熱くさせられたが動画のアタックはさらに凄かった。
動画は男性の試合が映っていて、男子と女子で違うのは当然なのだが、自らの身長よりもはるかに高い位置のボールをバク宙をしながらボールを蹴って相手のコートへと叩きつける。そして華麗に着地をする。
本当に漫画やアニメの世界なんじゃないかと思うほどのスーパープレイの数々が当たり前のように動画内の試合では繰り出されている。
先ほど見た女性のアタックはしなやかで無駄のない動きは水の流れのような美しさを感じた。
それに対して動画の中の男性のアタックは激しく燃え盛る炎を思わせる豪快な身のこなし。
「凄いですね、このバク宙しながらのアタックは皆が普通にできるもんなんですか?」
「んー、そんなに珍しくはないかなぁ。もちろんできない人もいるけどやろうと思えばすぐにできるようになると思うよ」
あのスーパープレイが当たり前の世界なんてどうなってるんだろうか。
「大学から初めてできるようになるもんなんですか?」
「それは安心してもらって大丈夫!! むしろ大学から始めるのが普通だから。俺も大学からだしここのサークル全員がそうだから」
さっきの女性も他のリフティングしていたメンバーも全員が大学から始めてあんなことができるようになるのか。
「やっぱサッカー経験者の方が多いんですか?」
「そんなこともないよ、サッカー経験があると最初は多少有利かもしれないけどそんなに変わらないし、ていうかやってみる?」
いきなりの急展開でセパタクローをすることになってしまった。
さすがにアタックは危ないということで1人でリフティングをさせてもらうことになった。