◆ エピローグ
「おはようお兄ちゃん! 今日は病院に行くんでしょー? 莉奈を送ってって!」
制服姿の莉奈ちゃんがそう言う。
あれから10年後、莉奈ちゃんは高校生。
オレは一応、実家に里帰りって感じで真崎家のキッチンに立っている。
あの後、高校卒業して大学、専門学校、留学とかあって、現在は店舗独立資金を貯める為に、会社勤め……一応、料理の腕を磨くのを優先で、某ホテルのパティシェなんてやっている。
ちなみに遥香ちゃんとは、去年、結婚しました。
高校の友人達や優哉から「はよ結婚しろ」とか言われて10年。ちゃんと結婚したよ!
ただまあ、今回のことがあって、独立して店を持つのはまだまだ先の話になってしまった。
想定内だけど。
「俺も送ってって、駅まででいいから」
リビングのドアを開けてそう言うのは、スーツ姿の優哉だ。
「俺と莉奈と親父を送ったら、病院の面会時間にちょうどいいじゃん」
いやそうだけどさ……。
「名前決まったのかよ」
「候補いっぱいあるからまだ絞れてないんだって~、莉奈も今日は学校終わったら、遥香おねーちゃんの病院行くんだー!」
「あんまり長居するなよ、遥香さん疲れるから」
「ん、もう! わかってるもん!」
莉奈ちゃんは「ご馳走様でした」と言って、食器を流しにもどしてくる。
高校生になったけれど、莉奈ちゃんは相変わらず、甘え上手というか、はやくはやく~と急かしてくる。
オカンは病院、隆哉さんと優哉はスーツの上を着込む。
真崎家のこうした朝の風景って、莉奈ちゃんの身長が伸びて制服姿だってだけで、あんまり変わってないなー。
隆哉さん所有の車にみんなで乗り込み、オレは運転席に座ると、ナビを弄る。
ん~莉奈ちゃん隆哉さん優哉の順に送迎で廻れるかな。
駅まででいいって言ってたけど。道路状況混んでいたら、近場の駅までで、できるだけ現地まで送ろう。
「本音は、僕も見に行きたい……」
シートベルトをしながら隆哉さんが呟く。そんな呟きに優哉は答える。
「土曜日まで待ちなよ。俺も土曜日まで待つんだから」
「莉奈は待たない!」
莉奈ちゃんの言葉に隆哉さんと優哉は莉奈ちゃんに視線を向ける。
「待たない! 抱っこもしちゃう!」
右手で拳を作り、フンスと鼻息荒いそんな莉奈ちゃんの発言に、やれやれと言った感じで隆哉さんと優哉はアイコンタクトしてたのがバックミラー越しに見えた。
「幸星君、昼休みに写真送ってね」
「了解です」
莉奈ちゃんと隆哉さんを送ったあと、優哉がふいにオレに話し掛けた。
「おまえさあ」
「んー」
「10年前、事故った時、自分は人生二周目とか言ってたじゃん。つーか、高校の時何回かふざけて言ってた。まあ流行だったんだろうけどそう言うワード」
「あー」
「人生一周目って、結婚したのかよ。アラサーまで生きたんだろ」
「なーんだよ、いきなりー」
「お前にとっちゃ人生の節目じゃんよ、昨日はとくに。だから一周目と比較してどうなのかってさ」
「なんだよ、オレの与太話信じてんのかよ。まあそうだな~一周目あるあるだよ、あんまりよくなかったな。学生の頃はひきこもってたし、優哉をオニイチャンなんて呼ばなかったし、莉奈ちゃんもいなかったし、遥香ちゃんもいなかったし、友達もいないし、当然結婚もしてない。え~これ何回か言った気がする」
「そう何回か聴いた気もする……じゃ、今どうなんだよって聞きたい」
「ていうか今、オレは、なんだかんだで日々幸せだよ」
「お前のそういうところ、咲子さんソックリだわ。オレここまででいいぞ、地下鉄一駅だから。ありがとな」
丁度、信号で停まったところで優哉はシートベルトを外す。
「じゃ、嫁さんによろしく」
「はーい」
優哉は手を振って、信号を渡っていく。
オレは信号が変わるとウインカーを出してナビが示す道路へと車を走らせた。
車を駐車場に止めて、建物の中に入る。
遥香ちゃんのいるところは、なんか空気清浄機が仕事してる感があって、薬臭くない。
ドアをノックしてそーと室内を覗き込むと、遥香ちゃんがいた。
「遥香ちゃん、おはよー」
「幸星君、おはよう」
遥香ちゃんが抱っこしている赤ちゃんを見て、オレは自分がデレデレした顔を必死に抑える。
「おはよう」
小さな小さな……昨日生まれたばかりの小さな……オレと遥香ちゃんの子だ。
今はすやすやと眠ってる。
赤ちゃん、猿みたいだって良く言われるけど、なんだよ、もう、違うよ。
猿なもんかい。
可愛いよー。
小さい手をぎゅっとして口をむぐむぐして。
奥歯噛みしめたくなるほど可愛いが溢れてる。
「さあて、いろいろ候補はあるけど、今日決めたいね、名前」
「うん。でも、わたし、幸星君の名前からとりたいな」
「オレの? うーん……オレの「幸」だと画数はあんまりよくないっぽいよ?」
「けど……幸星君の「幸」は入れたいの。だって、幸星君、幸せだっていつも言うから」
遥香ちゃんはこの子と一緒の時からそれは言ってたんだよね。
それが嬉しくて、オレもいろいろ考えてて……。
ちょっと恥ずかしいけど、でも、この子は真崎家の子だから……。
「幸哉」
真崎幸哉。
この子のおじいさんも伯父さんも名前に入ってるから。
真崎家の男の子って感じだよね。
いいじゃん。
幸哉。
ふえ~んと遥香ちゃんの腕の中で「幸哉」が泣き始める。
「おむつかな」
「よし、オレが替えます。遥香ちゃんは休んでて」
この病院、新生児は布おむつなんだよね。だから泣き方でだいたいわかるようになるんだって。退院したらそこは紙だろうが布を使おうがいいらしいけど。
おむつを替えてすっきりしたらしくて、また口をむぐむぐしてすやあ……って眠っちゃった。
ベビーベッドの柵からオレは自分の子供を見つめる。
ずっと見てても飽きない。
時間が許す限り見ていたいけど。
実はやること盛りだくさんなのだ。
「幸星君抱っこする?」
「うん……眠ってるけどいいのかな? 首がすわってないから、ちょっと怖いけど」
「大丈夫よ。腕で首を支えるみたいにして……」
「こう?」
幸哉をそうっと抱き上げる。
うっすらと瞼が開く。
赤ちゃんの澄んだ目とかすごい綺麗。
腕からほわほわってあったかい体温が伝わる。
「真崎幸哉くーん『はーい』って返事してくれるのはいつかなー?」
子どもの成長は早いっていうから、きっと――すぐだよね。
オレは未来の成長した子供の姿を、想像して、またにやけてしまう。
「遥香ちゃん、ありがとう」
「もう、何べんもきいたよ?」
「うん。何度でも言いたいよ」
そう言って、オレは最愛の奥さんの額にキスを落とした。
四年間、応援ありがとうございました!




