◆91 アラサーのオレは別世界線に逆行再生したらしい
真っ白な視界と、ぼんやりした感覚。
意識が何となく戻ったかなーとは思うものの、霞がかった感じ。
これはやっぱりあの世というやつですか?
いや、あの世でもなくね? なんもない空間すぎる。
天国でも地獄でもないというのは、わかる。
うーん……これは……オレは一度、こういう場面にあったことあるよね?
そう、アラサーまで生きて、後輩庇って死んだときに。
ということは……ここは……もしかしてまさかの?
そんなこと思ったら、目の間に光が。
真っ白な空間なのに、それが光だっていうのは眩しいって思ったからなんだけど。
そして現れたのはどう見ても日本人じゃないスーツ姿のオリエンタル系の美女。
彼女の姿を見て、一回目の死んだ時のことを思い出す。
目の前にいるオリエンタル系美女、神様候補のセルケトさんとのやり取りが一気に思い出される。
「真崎幸星さん。思い出してくれました?」
思い出しました。
えーと……これはやり直してもオレの寿命は一周目も二周目も、わりと短いってことなんすかね。
「いえいえ、違います! これは本当にイレギュラーっていうか!! まあこちらのシステムのバグというか、幸星さん自身の運の要素もあるんですが! 幸星さんの実父のせいであって、これは本当に、こちらとしても非常に申し訳なく思ってます。彼を取り除いた設定をするべきでしたすみません」
あー初期設定でそういうことができたんだ~でも抜けていたと。
で、結局死んでしまうと。
「いや、いやいや、ご安心ください。実はですね、このイレギュラーに際して、天界の転生システムのバグもあったってことで、幸星さんにはいろいろと、お詫びも含めて再度の転生をお勧めできるんですよ」
は?
「本当にこんなことになるなんて、こちらとしましても、申し訳ない感じでして、なので、今回、種類豊富に取り揃えました! 今なら異世界転生オレTUEEEも可能ですし、幸星さんが望む世界に今一度お送りできます」
……え? もう一回やり直すの?
「はい選んでください」
選んでくださいって……言われても……
「異世界ダメですかね? ならば、現実世界の逆再生も可能です! おまけにいろいろ選べてバージョンアップ! お金持ちの親にイケメンの容姿、運動神経も頭も良くなって、可愛い女の子にきゃあきゃあ言われちゃう世界線だってご用意できますよ!!」
いや……でも……そこには莉奈ちゃんと遥香ちゃんはいないよね。オカンも隆哉さんもいないよね。優哉も、キクタンやイインチョーや佐伯や、草野さんも。
いない世界だよね?
「それはまあ、そうですね、でも、ほらいろいろ新しくまたやり直して――……体の傷も心の傷もない世界とかご用意できますよ? これまた特典盛り盛りで!」
一番最初に用意されてたら、間違いなく飛びついたかもしれないけれど、オレはセルケトさんが最初に送ってくれた世界線がいい。
莉奈ちゃんがいて、遥香ちゃんがいて、優哉も隆哉さんもオカンもクラスメイトも。
「んん~」
ダメですかね?
「いやーダメってことはないんですけれど、ラストチャンスなんですよ? 三度目の正直っていうか~ここはいっちょ、ぱあっと華やかな人生~」
「それが本当に幸せかと言われれば、そうだよって誰もが言うかもしれないけれど、オレはさっきまで普通にすごしてた世界線が――好きなんだ」
オレは声に出してた。
セルケトさんはタブレットみたいなのを取り出す。
「オカンと隆哉さんの仲の良さを冷かしたり、クラスメイトと、普通にちょっとバカをしたり、失敗したり落ち込んだり、莉奈ちゃんと遊んだり、優哉とふざけたり、遥香ちゃんに恋をして――……あの世界でオレは最高に幸せだった」
セルケトさんは微笑む。
「私が最初にご提供した世界線がよろしいと?」
「うん」
「やっぱり欲のない方ですね」
「欲はあるよ。オレはあの世界線で、滅茶苦茶、幸せだったから。セルケトさんには大感謝だ。だからお願いします。オレをあの世界線に戻してください」
「いいですけれど、後悔しませんか?」
「後悔するかもしれないけれど、それが人生ってもんでしょ。楽しむよ」
「……お気に召していただいて、何よりです。真崎幸星さんなら、きっとそう言うだろうなって思ってました。今回、貴方をここに送りつけるに至った原因の人物には因果応報の業が科されますよ。貴方の人生に関わることのないように、設定しておきますね」
「うん……そうしてもらえると……オレが今回みたいに死んでしまった後に、あいつが生きて、オレの大事な人達に何かするのだけは……絶対に、ほんと死んでも死にきれないから! ちょー未練だから!」
「……変わりましたね。その言葉は、別世界線の逆行再生システムが報われた感じですね。では、真崎幸星さんには今後の人生に末永い幸福を。ただちょっと目が醒める時は痛いかもです。世界線における整合性の為に、どうしたって事故後の身体に魂を送ることになるので。ああもちろん、事故で一命取り留めて、無事回復って設定です」
「問題ないね!」
「では、今度お会いする時は、真崎幸星さんが私が提供した世界線で、天寿を全うする時ですね」
「その時はセルケトさんは神様になってるのかな?」
オレがそう言うと、セルケトさんはタブレットで口元を隠す。
「実は、真崎幸星さんが、たった今、わたしの最初の世界線を選んでくださった時点で、私は神様になれる条件が達成されたようです」
「えーオレが、セルケトさんがさっき提示したやり直しを選んだらどうなってたの!?」
「神様候補のままですね」
「わあお……結構大変なんだね」
「それと――、わたしとの会話、今回は残しておきますね! 魂のどこかに、印をつけるようなものです。きっと三度目はないですから! 今後の人生天寿を全うしたら、そのまますぐに貴方は輪廻転生の流れに入るでしょう。流れる魂が、真崎幸星さんだって、わたしが気が付くように。わたしの我儘というか拘りですかね。なんといっても、数少ない現実世界の逆再生ですから! 真崎幸星さんには、わたしからの祝福を! あなたがそのやり直しの人生を全うするまで続く幸運を!」
セルケトさんの言葉、最後の方がいつまでも響いて、オレの意識は今度こそ真っ白になった。
「莉奈ちゃん、今日はもう帰りましょう」
「うん……明日は、コーセーお兄ちゃん、目が覚めるかな? 夏休みも終わっちゃって、新学期になっちゃったのに、コーセーお兄ちゃん……起きないの……明日かな?」
すごく、遠く……莉奈ちゃんと遥香ちゃんの声が聞こえる。
「コーセーお兄ちゃん」
莉奈ちゃんの呼びかけに、オレは声を出す。
「はい」
声を出して、目を開けると、見知らぬ天井だ……。
絶対これ病院じゃん。
そう思ったら、身体中が痛い。動きが取れない。痛い!
滅茶苦茶、痛ってえぇええ!!
「コーセーお兄ちゃん!」
「幸星君!!」
遥香ちゃんがオレに呼び掛けながら、多分ナースコールをしたんだと思う。ベッド脇から「どうしました?」ってスピーカーを通した声が聞えてきた。
その声に遥香ちゃんが叫びだすのを堪えるように「目が覚めました」と伝えると、秒で看護師さんとかお医者さんがバタバタとやってきて、莉奈ちゃんと遥香ちゃんは病室を追い出されてしまった……。
うう……感動の再会とかできないのか。現実はやっぱこんな感じなんだな。いや、現実でいいですけれども。
追い出されてる間に、莉奈ちゃんと遥香ちゃんがオカンと優哉と隆哉さんに連絡をとったらしく、医師の一通りの診察を終えると、面会時間外だけど、ちょっとだけでも会話したいと食い下がったようだ。
全員そろうまで、オレも起きてるつもりだったんだけど、声とかうまくでないし、身体が痛いし、それでも、莉奈ちゃんと遥香ちゃんがオレを囲んで泣いてる状態だから意識は保ってなくちゃでちょっと大変だった。
「幸星……お前、寝すぎだろ……」
「よかった~よかった~幸星~」
「幸星君、本当に無茶して心配したよ!」
「コーセーお兄ちゃん。もう目が覚めないかと思った~もう~よかった~」
「ほんと、よかった……幸星君……」
オレを取り囲む真崎家の面々を見て声を出す。
「どのくらい……寝てたんですかね……オレ」
オレの質問に優哉が応える。
「一か月と二週間ぐらい?」
おお……まじか~。
高校二年の夏休みマルっと潰れたのかよー。
これはあれかな、多分、この世界の身体に戻る時は痛いとか言ってたけど、意識ないこの期間に、痛みの軽減はされてる感じなんだろうな。
きっと事故直後に意識戻してたらもっと痛かったはず……。
「アレどうなった……オレを突き飛ばしたヤツ」
「パクられて起訴、裁判だって終わってんの。あいつの余罪、出るわ出るわ、暴行、傷害、お前の他にも殺人未遂とかあったぞ。執行猶予なし実刑、刑務所だよ。もー20年は出てこれないだろ。お前の事故も目撃者多数で夜と朝のTVニュースになったんだぞ」
まじか~。すげースピーディーな感じだなー。元々、警察にもストーカー被害で届け出していたのも効果あったんかなー。でも。
「犯罪者……の子かよ……オレ」
「何言ってる。幸星君は、僕の息子でしょうが!」
隆哉さん、いつも優しいのにそこは怒るんだ。
滅多に見ない隆哉さんの怒ってる表情。そのせいなのか、持ち前のネガティブが発動しない。
オレは隆哉さんの子でいいんだね……。
その言葉がストンって胸の中に落ちる。
「はい……。じゃ……いつもの、生活だ……」
「いつもの生活じゃねーよ、お前が意識不明の大重体で、真崎家は大変だったよ……妹二人はピーピー泣くし、咲子さんも親父もろくろく眠れないし全体的に暗くて、軽井沢のじいさんとか海外にいた水島家のご両親もこの病室に一度は足運んだんだぞ、お前、意識なかったから当然知らないだろうが」
妹二人て……遥香ちゃんを妹にまとめてる……優哉らしいといえばらしい。
そして真崎家のおじいさんとか、遥香ちゃんのご両親とかも、すみません。ごめんなさい。
「おう……それはごめん……。すぐに治すよ……」
オレがそう言うと、看護師さんとお医者さんがやってきて、今日はここまで~って言われて、真崎家の面々は名残惜しそうに帰って行った。
翌日めっちゃ検査に回されて、リハビリのスケジュールとかも決められて、痛みはあるけど、まあこれはずっと意識不明で寝てたからで、ゆっくりでも動かしていけば、そのうち違和感とかもなくなるだろう。
夕方になると、真崎家一同が入れ替わり立ち代わりで、オレの病室にはいってきて様子を見に来てくれる。
「莉奈、お兄ちゃんと一緒にいる! びょういんにとまる!」
病院にお見舞いに来るたびに、そんなキリっとした顔で宣言する。
「あーうーん……お医者さんもダメって言うよ。もう少ししたらお家に帰るからね」
莉奈ちゃんがそう言う度に、オレがそう返事すると、莉奈ちゃんはしおしおと肩を落として、オレのベッドの端にギューとしがみつく。
優哉がその状態になった莉奈ちゃんを担いで病室を出ていくまでがお約束だ。
今日は優哉が部活で遅れてるので、担がれないと思ってる様子。
「もう少し、もう少しって、いつも言ってる! いつ~いつなの~!?」
「明後日らしいわよ、莉奈ちゃん、今ママが聞いてきた」
「ほんと!?」
「だから今日は帰りましょ。遥香ちゃん荷物のまとめお願いしてもいい? あとで優哉君か隆哉さんがくるから、荷物もってもらうように連絡しておくから」
「はい」
「コーセーお兄ちゃんまた明日ね~!」
莉奈ちゃんはいつもより機嫌よく病室を出て行った。
どっと疲れてオレはベッドに倒れて目をつむる。
眠気はないけど、なんとなく、うとうと……。
そうしてると入れ替わりで10分ほどして優哉が病室に入ってる。
「どうだー幸星~」
「さっきまで莉奈ちゃんのいつもの『お泊りする』発言だったので、疲れたみたいですよ」
莉奈ちゃん小さいけど……いや小さいからこそ、常に全力だから……。
「それでうちの弟は疲れて寝てんのか」
「起きてるよ~」
目をつむったままそう言うと、優哉が傍に座る気配がする。
「オレさ~アラサーまで生きて一遍死んで、人生やり直してるんだって言ったら優哉や遥香ちゃんは信じるかなー?」
「……もう少し、入院しておくか?」
うは、優哉言いそう。
「遥香ちゃんも莉奈ちゃんもいない世界線で、優哉とも隆哉さんともあんま話しなくて、真崎家を出て、アラサーまで生きて、事故って死んだの。神様はオレに莉奈ちゃんと遥香ちゃんがいるこの世界に送ってくれたんだ……隆哉さんや優哉と今回は絶対話そうって思って、話しかけたら、一周目では知らなかったこといっぱいでさぁ……」
「夢の話か」
優哉はそう言う。
オレは目を開ける。
遥香ちゃんと優哉がオレを覗き込んでる。
オレは知らずににやけてしまう。
これは現実。
一生懸命、生きていくよ。
「アラサーのオレは別世界線に逆行再生したらしいって言ったら信じる?」
オレがそう言うと、優哉と遥香ちゃんはオレの言葉に答えず、全く何を寝言を言ってんだと言うような、二人の表情。
それでいい。
他の何物にも代えられないこの世界を、オレは選んだ――……。
アラサーのオレは別世界線に逆行再生したらしい。
そして、毎日、泣いたり笑ったり、後悔したり、頑張ったり、幸せな今を生きていくんだ。
アラサーのオレは別世界線に逆行再生したらしい
本編これにて完結です。お付き合いありがとうございました。




