◆88 修学旅行で見たかった場所……。
「何でバレたんだよ~」
「そりゃ最初のやらかしがヘタを打ったから」
「監視が厳しくなるのは当たり前だろ」
キクタンのボヤキにオレとイインチョーが応える。
修学旅行一日目、就寝時間後に脱走して屋台村に繰り出したオレ達は、ホテルに戻ると、先生に怒られた。
「提出する反省文、原稿用紙2枚をごめんなさいの6文字で埋めるのはありだろうか?」
「追加されるだけだから真面目に書いとけ、あと、ラーメンおいしかったでいいじゃねーか」
キクタンとイインチョーの言葉にオレは言う。
「屋台の親父さんに聞いた話をちゃんと書くよ、オレ。進路的に飲食関係だから」
「は⁉」
イインチョーはびっくりしたみたいに訊き返してきた。
「飯を作るのは、まあなんだかんだいって好きだし、好きを仕事にしていいものか悩んでいたけど、方向性は決まったから」
「おま、大学どーすんだよ、いま、成績いいだろ? なのに専門学校!?」
「いや、大学行くよ。そこは悩んだけど、店舗経営も学びたいし。どう転ぶかわからないけどな」
「そっか……真崎そっちに進むかー」
「うん、イインチョーは?」
「うーん、それを探したいために大学かなーって」
うん、イインチョー割とそういうところ普通よな。だから安心してつるんでいられるんだけどね。
「キクタンは?」
オレがそう尋ねるけど、キクタン、秒で寝てたよ! お前、そのフリーダムのところ全然ブレねえな⁉ お前みたいのがオモシレー男とか言われるんだぞ?
意外と、キクタンみたいなやつが彼女できたらすぐ結婚とかするんだよな~。
あーもーオレも寝よ寝よ。
反省文ならメモってきた内容で形になりそうだし、明日は――長崎だ。
翌日。
長崎――……丸一日、自由時間。
脱走したやらかし組は、「かならず、見学ポイントにいる先生に見学してるよと申告すること」とか言われた。
それでも自由時間禁止にならないところが、さすが進学校ならではの緩さだな。
でも嬉しいな。
なんといっても遥香ちゃんと一緒ですよ!
「は? 今更? おはようからおやすみまで一緒のくせに」とか優哉ならツッコミくるだろうが、オレは遥香ちゃんとの同居からずっと考えていた同居のメリットとデメリット。
常に一緒だとデートの機会がないということ!!
確かに、おはようからおやすみまで学校の登下校も一緒。でも、二人でいっしょにぶらぶら散歩とかそういう機会のなんと少ないことか!
散歩とは違うけど、夕食とかの買い出しで近所のスーパーまでならあるけれど。そしてそこには莉奈ちゃんももれなくついてくる。
それはそれで楽しいが、彼女と二人という時間と距離が違う。
「ザッキー、いちゃいちゃしてねーで、はよいくぞー」
そして……空気読まない(天然不思議ちゃん)クラスメイト……。
おまえ、夕べ、脱走したじゃんよ? 一緒に青春したじゃんよ⁉
今日は彼女との青春イベントに時間を費やしたいオレの気持ちをわかれよ!
キクタンの歩いていく方向を見て、オレは遥香ちゃんに手を差し伸べる。
「修学旅行で、自由見学日なんだから、彼女と一緒は当然だとオレは思うので、よろしくお願いします」
遥香ちゃんはニコニコ笑って、オレの手をとってくれた。
「はい、お願いします。幸星君、どこ見学に行く?」
「遥香ちゃんは?」
「大浦天主堂かな? あのね、去年、幸星君と一緒に上野の博物館に行ったでしょ? あの、ドームの」
「うん。日本館だね」
「ステンドグラスがキレイだなって思って」
そっか、気に入ってくれたんだ。まだ付き合う前にさそった博物館。
「キクタン! オレ、遥香ちゃんと一緒に天主堂に行くから!」
たったか先に歩き出したキクタンに声をかけると、キクタンはばっと振り返り叫んだ。
「うっそ! 教会!? お前等、そこで結婚すんの⁉」
確かに大浦天主堂は教会だけど、なんでそーなるんだよ⁉
「おいおい、世界文化遺産だよ、挙式なんてできるわけねーじゃん」
オレがそう呟くと、後ろから歩いてきてた腐女子、草野さんが言う。
「大浦天主堂、結婚式できるらしいよ?」
腐女子が横でしきりにスマホをスワイプしてる。
調べるのかよ……。
「カトリック教徒じゃなきゃダメとかなんじゃないの?」
「なんか結婚講座とか受けたら信者でなくても挙式できるようですよ、真崎氏。ていうかあたしは資料の為に今回ご同行しますけどね。すまんね、お邪魔虫で」
いや、自由見学日で見学範囲は限定されてるから、行先なんて被るのは承知してますよ。だがしかし。だいたいなんでキミ達そろって「結婚」「結婚」言うのか問い質したい。
遥香ちゃんと(そしてもれなくいつものメンバーと)一緒に大浦天主堂からグラバー園へのコースを進む。
大浦天主堂のゴシック様式の外観やステンドグラス、マリア像だけでなく、敷地内の石碑や神学校の博物館なんかにもちゃんと足を運び、先生にも「よし、真面目に見学してるな」的なことを言われて、そのままグラバー園へ。
「幸星君、じっくり大浦天主堂見てたね」
「うん。ああいうの好きなんだよね、ゴシック建築様式とか。グラバー園も楽しみ。遥香ちゃんもステンドグラスじっくり見てたでしょ」
「うん。やっぱり綺麗」
「優哉が一年のセミナー合宿の時、箱根美術館に行ったんだよね。そこもすごかったらしいよ。莉奈ちゃんに話してたのを夕飯作りながら聞いてた」
「え、そうなの?」
「いつか一緒に行こうね」
自然に言える。「いつか行こうね」って。それもこれも、遥香ちゃんが、ニコニコ笑って頷いてくれるから。オレを好きでいてくれるから。
グラバー園について、リンガー邸とかオルト邸、古い西洋建築物をスマホでパシャパシャ撮りまくって、ふと横を見ると、遥香ちゃんはなんか下を見てる。石畳? なんで?
「どうしたの?」
「や、あ、あの、探してるの……」
「何か落としたの?」
「違うの、えーやっぱり恥ずかしいー!」
な、なんで? 何がどうしたの。遥香ちゃん。
オレが遥香ちゃんの言葉を待っていると、遥香ちゃんはもじもじしてたけど、小さな声で言う。
「ハートストーン……探してるの」
なんでも、夕べ女子の部屋で盛り上がった話題。
それはグラバー園のハートストーン。
敷石のどこかにハートの形の敷石があるそうで、恋が叶うとか、二人で手を合わせると幸せになれるとか。
なんとも女子が好きそうな、観光地あるあるスポットが存在するとか。
湘南平の南京錠とか聞いたことあるけど、へー女子すごいなーそういう情報ゲットするんだ。
それで、遥香ちゃんがその話を聞いて探してたのって、なんか嬉しいし可愛い。
「おーい、キクタン。グラバー園の敷石にあるハートストーンに手をかざせば彼女ができるっていうジンクスがあるらしいぞー!」
恋愛ジンクスだから、彼女ができるっていうのも間違いではない……恋が叶うっていうらしいし。オレのそんな呼びかけに、キクタンが遠くで叫ぶ声が木霊した。
「まじかああああ!! 探したらあああああ!!」
よし、頑張って探してくれ。
オレは見学しながら探すから。これから旧三〇第二ドッグハウスに見学だ。二階から海が見れるんだって。
「これですぐ見つかるよ。ね?」
「こ……幸星君……優哉君みたい……」
血は繋がってませんけど、弟ですから。
で、ハートストーンはグラバー邸にありました。グラバー園に2つ存在するうちの一つはグラバー邸でみつかるらしい。
キクタンはしっかり願掛けしたあとで、ドヤ顔で教えてくれた。
他にもオランダ坂とか、長崎中華街とか一日いろいろ見学し――翌日、待望の軍艦島を見学。
ポツンと浮かぶ小さな小さな島――。
崩落が進むそびえ立つ高層の建物……。
ここも文化遺産だけど、このままきっと崩落のまま放置されて行くんだろうな……。
この朽ちていく団地を見る度に、オレが小さい頃、クソ親父に虐待を受けた場所を思い出すんだ。
人生二回目で、すごく幸せで、痛みや恐怖とかそういうの、今はもう感じることはないんだけど……。
なんだろうね、真綿にくるまれたようなこの幸せの中で、オレの記憶の中にある黒いシミみたいな記憶と何とも言えない焦燥感。
帰りの新幹線の中で「原爆資料館の見学の時と同じぐらいに、幸星君、軍艦島で黙祷してるみたいだったね」って遥香ちゃんが言った。
そう、多分、小さい頃の、今にも死にそうな子供の記憶を鮮明に持ったまま、一回目の死を迎えた過去のオレに対して、黙祷を捧げていたのかもしれないなと思った。




