◆78 お祭りみたいなバレンタインだったよ。
「ところで、嫁はどうした?」
うまうまとチョコを食しつつ、キクタンがオレに尋ねた。
キクタン……食べるだけじゃなくお片付けを手伝ってくれてもいいのよ?
キクタンだけではなく、佐伯と委員長も部活を終えて制服に着替えてキクタンの両隣に座って、チョコとコーヒーに舌鼓を打っている。
お前等三人、優雅だな、おい。
ここは学校の調理実習室であって、決して喫茶店ではないのだが……
「遥香ちゃんは今日は莉奈ちゃんのチョコ教室の講師だ。オレは自宅のキッチン出禁を食らった」
昨夜の莉奈ちゃんの「莉奈もチョコ作る! 一緒に作る! くるくるする!」に負けた遥香ちゃんはオレを心配しながらも、早々に帰宅している。
遥香ちゃん、オレは頑張ったよ。なんとか纏めましたよ。
貴女以外の女子はまだ苦手だけど。
「ほほう」
「嫁と妹が仲良しか――結婚はいつですか?」
委員長の言葉に佐伯がさらっと冷やかしの合いの手を入れた。
結婚はしてませんが一緒に暮らしています。とか言ったら、こいつ等大騒ぎだな。
言いませんけどね。
「あ、あの真崎君」
「はい?」
「こ、これ、お礼……です」
篠田さんをはじめ、他の女子からいくつかのラッピングされたさっきのチョコを渡された。
キクタンはスマホをとりだし、パシャっと撮影してからなんか書きこんでいる。
「奥さんに浮気現場を報告!」
その発言を聞いた女子達は「菊田―!」「しーちゃん、遥香ちゃんに連絡を!」「お礼で他意はないと!」そんな感じでわーわー騒ぎ始める。
オレはいくつかの箱を受け取って、キクタンとイインチョーと佐伯の座るテーブルに置いて、ラッピングをほどき、食べなよと、差し出す。
「え? いいのか?」
イインチョーが驚いたように尋ねるので、オレはうんうんと頷く。
「多分、家に帰ったら、莉奈ちゃんのチョコが待っている」
莉奈ちゃんが家族の為に作ってくれてるのか、本命の為かは謎だが。昨夜の様子から見るに、玄関のドアを開けたら再びチョコの匂いがしそうでならない。
オカンと遥香ちゃんが揃ってとなると、ケーキ系の大作が待ち構えてそうな気もする。
差し出されたチョコはお礼だって言ってるし。
優哉に倣ってじゃないけれど、こういうのは彼女がいる身で大事にとっておくものでもない……多分。
「おおう……」
「ほら、キクタン、お供えものになったぞ。このチョコ食べろ」
佐伯が荒ぶるキクタンを鎮めようと、チョコをキクタンの前に差し出す。
「ザッキーあてのチョコだろ! オレのじゃないっ!!」
キクタン……幼稚園児ですか。お前は……。
だが幼稚園児とキクタンの違うところは、キクタンは差し出されたチョコをしっかり食べているところだ。
これが幼稚園児だったら、己の全プライドかけてそれは嫌と拒否って床にもんどりうってオレ用のチョコ~っってバタバタするところだ。
食い気が勝るのか?
「キクタン、お前は何を求めてるんだ」
佐伯がツッコミを入れるとキクタンは即答する。
「愛だろ! 愛!」
いや、お礼のチョコだから愛はないだろ、コレには。
オレはそう思いながら、使用された調理器具を洗って片付け始めた。
だが、事件はこの後に起きた。
調理実習室から引き揚げて、とりあえず下校って段階になって、さっきのチョコ教室の女子が二人連れでやってきたのだ。
「あ、あの、これ」
女の子がさっき自分でラッピングしたものと思われるチョコを差し出した。
相手はオレではない。
委員長でもない。
佐伯でもない。
キクタンにである。
「……」
おい、女子、大丈夫か?
それ、本気? ガチのマジチョコ?
キクタン本命?
キクタンはきょとんとしてるけど、そのチョコを受け取った。
まるで、前の席からプリント配られたから受け取った――的な、ナチュラルさ。
女子二人はキャーと言いながら去って行った。
イインチョーと佐伯とオレはキクタンを見たが、こいつ……フリーズしてやがる……。
イインチョーがパシっとキクタンの頭を軽く叩く。
キクタンが頭を叩いたイインチョーを見る。
「痛くないんですけれど、夢ですか?」
キクタンの言葉を聞いた佐伯が、指の関節をパキパキっと鳴らしてアップ始めましたけど?
「よし、菊田、歯あ食いしばっておけ?」
佐伯――! キクタンとか愛称呼びじゃないところでガチですか⁉
ちょっとキミ達運動部~!
おふざけなのがガチになったら事案ですよ!
「ねえどうしようザッキーオレ今の子と結婚するの⁉ オレ、お名前聞いてないんですけれど⁉」
なんで一気に言うんだよ。
あと、なんでいろいろすっ飛ばすんだよ、お前。
「バレンタインのチョコをもらったら結婚するんだよね?」
しないから!
なんだよ、バレンタインにチョコもらったら結婚する世界線かよ、ここは。違うだろ。
そんな世界線だったら、優哉はどうなるんだよ。
「佐伯、手加減してやってね」
イインチョーが眼鏡を押し上げてそう言う。
「いや、キクタンのにやけ面がむかつくんで、ガチでボコりまーす!」
佐伯のグーパンがキクタンに向かうけれど、キクタンはしっかりチョコを抱きしめたまま、上手く避けた。
「佐伯、今のガチだったろ、やめろよ! このチョコを食わずにオレは死ねない!」
お前、さっきオレが作ったチョコさんざん食ったよね?
それに……なんで人生一周目の高校一年でバレンタインのチョコとかもらえてるの? キクタン。
オレの人生一周目はそんな華やかな記憶なかったよ?
「チッ。リア充め」
オレがそう呟いて舌打ちすると、キクタンとイインチョーと佐伯は声を揃えて叫んだ。
「「「おまえが言うなよ!」」」
言葉にしなかったけれど、確かに、クラスの男子とふざけながら駅へ向かうなんて、人生一周目ではしなかったから、オレはやっぱりリア充なのかなと思った。
「ただいま~」
玄関のドアを開けると、靴がいっぱい……どうみても小学生女子のサイズの靴が……。
莉奈ちゃんのお友達も一緒にチョコ教室なんだなと把握。
「コーセーお兄ちゃん! おかえりなさーい!」
いつもは玄関先まですっ飛んでくる莉奈ちゃんはキッチンにいる。
しかし声とかはいつもの感じ。
そしてやはり莉奈ちゃんのお友達もいた。
「おじゃましてまーす」
「はいはい。チョコはできたの?」
「ママと遥香おねーちゃんに教えてもらって、がんばったの!」
楽しくチョコを作ったんだね。出禁されたけど、莉奈ちゃんが満足でなにより。
でもオレも莉奈ちゃんとチョコ作りたかったよ。
「着替えてくるね。オカン、買い物してこなかったけれどいいの?」
「いいの、このあと、かすみちゃんとみほちゃんを送りがてら買い足すから」
オカンは調理器具を洗いながら、そう返事をする。
オレが部屋にもどって着替えると、優哉が帰ってきたみたいだった。「ただいま」って声がした。
着替えて部屋からリビングに戻ると、莉奈ちゃんのお友達に遥香ちゃんがコートを着せてる。
その様子を見た優哉が莉奈ちゃんのお友達に声をかける。
「ちゃんと着た方がいいぞ。外はめっちゃ寒いから」
「風が冷たかったもんな」
莉奈ちゃんのお友達は声をそろえて「はあい」と返事をする。
リビングを出る前に、莉奈ちゃんとみほちゃんが、かすみちゃんの背をつついたり、「はやく、はやく」と小さい声で呟いている。
かすみちゃんは顔を真っ赤にして、声をあげた。
「あのっ!」
かすみちゃんはまっすぐ優哉を見上げている。
優哉は少しかがんで、目線の位置を合わせてかすみちゃんに「どうしたの?」って尋ねた。
「こ、これ」
可愛いりぼんを掛けた小さな箱を、かすみちゃんは優哉に渡す。
「う、うけとって、くだしゃい……」
あ、この子、今噛んだ……。でもこれは噛むな。うん。
小学一年生女子、度胸あるな。このギャラリーがいる中で、しかもほぼ身内しかいない状態で渡すとか。
冷静に考えてみれば、お友達のカッコイイお兄さんって、普通に憧れるか。
「くれるの? いいの?」
優哉の言葉に、かすみちゃんはうんうんと頷く。
「ありがとね。帰り、風邪ひかないようにね」
「はいっ」
オカンはかすみちゃんと優哉のやりとりが終わったのを見て、声をかける。
「じゃ、みほちゃん、かすみちゃん、帰りましょーね」
「はあい」
「おじゃましましたぁ」
お友達二人は玄関へ向かう。莉奈ちゃんはそんな二人を玄関までお見送りの様子。
「みほちゃん、かすみちゃん。ばいばーい。また学校でねー」
そんな声が、リビングの方まで聞こえた。
「意外なところからチョコがくるのが今年のトレンドなのかね」
オレは遥香ちゃんと一緒にキッチンに立って、そう呟くと、優哉はカウンター越しに「なんのこと?」と尋ねた。
「オレのクラスメイトの一番賑やかなやついるでしょ」
「ああ、キクタン?」
「そうキクタン。女子からチョコもらってた、今日」
オレの発言に遥香ちゃんは「えー!」と小さく声をあげる。
「菊田君、喜んだでしょ?」
喜びすぎてたよ。
「どうやらバレンタインにチョコをもらったら結婚するらしいよ」
「すげえ発言だな」
「オニイチャンが、莉奈ちゃんのお友達のチョコを受け取るのも、意外なところだったからさ」
でも、優哉が受け取った理由、これはわかる。
オカンと遥香ちゃん監修の元に作られたチョコだから、食べても絶対に安全だという一点で受け取ったのだろうということを。
そして。
夕飯の後に、真崎家の男性陣は、莉奈ちゃんからのチョコをありがたく受け取った。
オカンと遥香ちゃんもチョコレートのケーキを作ったらしいので、しばらくは、おやつはチョコケーキだ。
お返しとばかりに優哉は、自分の部屋から、小さいブランドチョコの紙袋を持ってきて、隆哉さんとオカンに分配していた。
話に聞いていたけれど、実際実物を見ると違う。
リビングのテーブルを埋め尽くすブランドチョコの紙袋がすげえ。
あとね、何気に隆哉さんも職場から貰ってきてた。
二人合わせてすごいことに。モテモテだな~。
「ブランドチョコを加工っていうのはちょっともったいないわね」
「そうですね……」
「これはこれでゆっくり消費すればいいよ。オカンがこまめに職場にもっていくとか」
「そ、そうね」
オレはキクタンとイインチョーと佐伯に、おすそ分けしておいて正解だったよ。
とりあえず、うちの女性陣の作ったチョコからかたづけることで話はまとまった。
あと、遥香ちゃんからのチョコは……やっぱりオカンと莉奈ちゃんの共作チョコなんだなと思って、オレはちょっぴり残念だなって思ってた。
でもいいか。
わくわくで楽しい感じはあったし。
お祭りっぽい感じだったバレンタインって初めてだったし。
そして、リビングで勉強をしてたオレ達が就寝するかとそれぞれの部屋へ向かう時、遥香ちゃんにパーカーの端を掴まれた。
「遥香ちゃん?」
「こ、幸星君用に、作ったの」
ラッピングした箱を遥香ちゃんに渡された。
「高価なチョコがたくさんで……なんだか、幸星君も食べてくれなくなるかなって……渡すの、どうしようか迷ったけど、でも、やっぱり……」
そうだね、あの状況じゃ、出しにくいのはわかる!
でも、好きな子から貰う初めてのバレンタインチョコレートは別なんですよ!
「今すぐ、食べていい? 人生は何が起こるかわからないから!」
「え? う、うん」
もう、ね、せっかく綺麗にラッピングしてくれていたけど、ごめん。
この機会を逃すと、もう二度と食べられないかもだから!
……中身は……トリュフチョコだ。
一生懸命作ってくれたっていうのもわかるし、遥香ちゃんは料理上手だし。
見た目も綺麗だった……。
一粒つまんで、口の中に入れる。
「美味しい」
―――嬉しい。
「よかった」
チョコよりも甘い可愛い彼女の笑顔。
多分、この子の笑顔が、チョコを美味しくしてくれてる気がするんだ。
 




