◆7 部活、入らなきゃダメですか?
この学校さ、クラブ活動絶対に入らないとダメな学校でしたっけ?
さっき帰りのSHRで担任の先生から「必ず部活にはいるように」とか通達があり……。
オレは一回目の時は帰宅部だったよ? 帰宅部って書いちゃダメかね。
幽霊部員になるとしても体育会系の部活は選択除外だ。
この学校、文武両道を掲げてて、公立の割には大会に出るとそこそこいい成績らしいわけよ。そんなところに入ってみろ、死ぬわ。絶対。
莉奈ちゃんと遊べないいじゃん。オレの新しいマイシスター莉奈ちゃん、超天使ですから! 一緒に宿題したり、夕ご飯作ったり、ゲームしたり、そんな時間が削られるじゃねーか!
となると文化系クラブだよな。どうする?
「真崎―お前だけだよー先生に提出する部活申請書白紙で出したの」
富原委員長がオレに声を掛ける。白紙の名前だけ記入した申請用紙をひらひらさせながらオレの席に近づく。
うーん……オレの記憶の高校一年のクラス委員長ってこういう奴だったっけ? あんまり記憶にないな。当時はボッチだったし、クラスの奴等と会話とかあんまりした記憶なかったから、声かけられるだけでキョドってしまう。
「……か、家庭の事情で部活ができない……」
「は?」
「部費のかかるような部活は避けたいし、なるべく早く帰宅したいんだよ。妹が小学一年生になったばかりですぐに帰宅するから、見守りたいわけで。オカンがいるときはいいけど仕事のシフトでいない時も出てくるだろうし」
「学童入ってないのかよ。オレなんかガキの頃はそこにいたぞ」
学童……学童保育室っていうのは、オレも入ってた。
両親共働きの主に低学年の子を預かってくれるんだけど……。
「ちょっとタイミング合わなくて入れなかったんだよ……半年は待機状態なんだよ……」
再婚とか進学とかの手続きでそこだけ漏れてしまっていたという……真崎家の事情がある。
ちなみに委員長、イケメンではないが、人当たりもいい人気者タイプなので、男女問わず声を掛けられやすく、オレに話しかけてる傍から、クラスの何人かが、わらわらとオレの席を取り囲む形になった。
え、待って、何そんなにゾロゾロとやってくんの? ……君たち小学生ですか? やめて三人以上でオレを囲まないでお願いっ!
っていっても、オレじゃなくて委員長を囲んでるのね。はいはい。
一回目の高校時代の時のボッチの弊害がここにあるのか。
「何々―?」
「真崎が部活悩んでて白紙で出したんだよ」
委員長が部活申請書をヒラヒラさせる。
「文化系部活でいいじゃん、文化系は緩いよかなり。活動日の縛りがすごいのは吹奏楽部ぐらいじゃない?」
ああ……吹部な……だって体育会系ともろ直結してる部活だろ、どこの学校も。
楽器も自前で揃えなきゃならないし、合宿遠征大会と、めっちゃ部費かかるじゃん。
オレは聴くのが専門で自分で演奏なんてするタイプじゃない。先日のクラスのカラオケ親睦会も不参加でした。
うん文化系でもそこは除外だな。
「でもー体育会系とか吹奏楽部は部活がしっかりしてるから、はやく学校に馴染むらしいよ、先輩が親切にいろいろ教えてくれるってさ。もちろん、文化系もだけど。この学校って、OBとかOGとかの縦のつながり強い学校だよな、入学説明会とかでもなんとなく感じてたけどさ」
委員長はそんな感想を漏らす。うん。この学校そんな感じがする。
だけど、こういう校風だったっけ?
「真崎君、漫研とかどーよ。いつも文庫本持ってるし、本好きなら漫画も好きっしょ?」
そう薦めるのは、草野さんだ。ショートカットのメガネ女子だ。眼鏡のフレームが赤でお似合いです……。
ヲタなんだからヲタ部に入れよってことですか? いやいや、オレひたすら受容するタイプなんで! 創作できないから、でもそれでもOKだったりして、下手に楽しかったりなんかしちゃったら、ハマっちゃったりして、莉奈ちゃんとの時間減るじゃねーか!
「なんか妹の面倒見るみたいで、比較的ゆるゆるな活動のところがいいらしいよ」
委員長がオレの代わりにみんなに言う。
「スイーツ部なんてどうですか?」
草野さんと割と一緒にいる水島さんが発言する。
水島さんと草野さんって仲がいいのか。そしてやっぱりクラスの中でも敬語なんだ。
言葉の荒い女子高生とかは電車で見かけるけど、水島さんからそういう言葉を聞いたことないな……。
あんまり見るとキモイとか思われそうなんで、視線を外した。
二人とも大人しめの印象だから、オレのようなコミュ障ボッチヲタだろうと弄ることはないと思っていたけど……。
でも水島さんが勧めるスイーツ部ってアレだろ、クッキング部だろ? 絶対部員女子だけじゃね? 普通の男子生徒ともキョドって会話できないこのオレになぜそこを薦めてくる?
大人しそうでも敬語キャラでも、オレのようなタイプを弄って遊ぶドエスなのか? 思わぬ刺客だな。
「なんだよ水島、そのチョイス!」
菊田君が声をあげる。キクタンの愛称がすでにクラス内に広まっていて、委員長の富原君とは同じ中学。サッカー部に入部したいといってる男子生徒だ。
「お前、男子になんて部を薦めるんだよ、弄るにもほどがあるだろー」
委員長もあきれる。
……意外と男子が優しいではありませんか。
水島さんは顔を真っ赤にさせて両手を振る。
「あ、その、そうじゃなくて、そのー妹さんのお土産作れるから……いいかなって……部活も週一だそうで……文化祭前は忙しいという話ですが」
え? お土産? なにそれ! もしかして水島さん善意の推薦だったの? その部。
「お土産って何?」
オレが食いつくと菊田君と委員長は「え?」みたいな顔をしてオレを見てる。
もちろんオレが尋ね返すなんて思ってなかったみたいで、水島さんは驚きつつ、ほっとしたように話してくれた。
「スイーツです。クッキーとか、マカロンとか作ったりするそうです。部費はだいたい材料費程度で」
部員女子だけだろうと予測はできる……オレがアガらずにコミュニケーションとれるかどうかの不安要素はある……だが、いいかもしれない……。
頭の中でクッキー持って帰ったら莉奈ちゃん天使みたいに笑顔で「美味しいーっ」て言ってくれる場面想像した!
部費もほぼ材料費というリーズナブル感がいい。
……それにまじで雰囲気がダメだったら、幽霊部員するにはもってこいの部ではないだろうか?
「委員長、それ貸して」
オレは委員長から申請書をもらい、書き込む。
「ちょ、おま、まじで⁉」
委員長がオレが申請書に「スイーツ部」の文字を書くと驚きの声をあげた。
「ザッキー、まじで入るの⁉」
「菊田君のその「ザッキー」って何?」
オレが尋ねると、菊田君はけろりとして言う。
「いや真崎だから「ザッキー」でいいかと」
クラスメートに愛称で呼ばれるなんて、逆行前はありませんでしたけれど⁉
オレが動揺していると、男子二人は、お前、何してくれてんの? 的な視線を水島さんに送る。
「じゃあ、提出がてら見学してくる」
「ちょっと、ザッキーお前、マジかよ!」
「マジ」
「みーずーしーまー、おまえー」
イインチョーもキクタンもそんな、別に水島さんをそんなに責めなくてもいいよ?
オレが席を立つと水島さんが慌ててオレの袖を引く。
「わ、わたしも付き合いますから!」
どっきりしました。
クラスの可愛い女子から付き合うからって言われた……。
ごめん、付き合うじゃなくて付き添うね、うん。正しくはそれね。
「わたしも実はスイーツ部見学してみたくて、でも、友達はあんまり興味持ってない子ばかりで」
「俺も付き合う」
委員長!? オレと付き合うの!? 違うだろ、心配だから付き添うだろ、委員長面倒見いいな。
「え、イインチョー行くの? じゃあオレも~」
「面白そう、あたしは漫研に入るけど、見学期間だからあたしも行く~」
キクタン? 草野さんも⁉
何コレ、え? え? オレ一人で行くよ? え? なんで一緒なの?
修学旅行でもないのに、団体行動というパニックに陥りながら、オレは教室を出た。
調理実習室がスイーツ部の活動拠点だ。
クラス棟とは別に特別教室棟がある。
理科室とか音楽室とか美術室とかがある棟ですよ。
調理実習室に近づくと、甘い匂いがしてきた。実習中なんだな。
「なんかうまそうなにおいする!」
キクタンお前、甘いの食べるクチなんだね。
いやオレも食べるけど。
水島さんがドアノックすると、引き戸が開けられる。エプロンをした二年の先輩だろう、上履きの赤いラインでわかる。
「え、見学!? うそ! 嬉しいっ!! 男子もいるじゃん!!」
……クラブの先輩って……意外とフレンドリーな感じなものなの? どうなの? 体育会系とかは、威圧感バリバリっていうのはイメージできるんだけど、ほぼ女子で構成されているクラブってこんな感じ?
「あ、すみません、俺等は冷やかしで、こいつの付き添いっす」
キクタンはオレを指さす。
何でお前、のっけから素直にぶっちゃけてんの!?
内心アワアワしていると、先輩はケラケラ笑ってる。
「いいよいいよ、うちはクラブ発表会とかに出ないから、こうして新入生がきてくれるように、クラブ見学期間はだいたい毎日実習してるんだ~」
冷やかしって言ってるのに、気にしてないようで、入って入って~なんて気さくに招き入れてくれるなんて、すごいな。
「基本週一活動なんだ。緩い感じでやってるんだけど、文化祭は忙しいよ? 模擬店を出すクラスには部員がお手伝いとして派遣に行くし、もちろんクラブでも模擬店は出します。恒例だからね。アップルパイ焼きたてです食べてみて~」
そんなことを説明しながら、先輩は手際よく切り分けたアップルパイをオレ達の前に差し出す。
先輩に促されてみんなフォークで切り分けて一口。
うん。美味しい。シナモンとリンゴの配合、オレ好み。
「お菓子は作ったことないんですよね」
オレがそう言った。
「え? お菓子『は』って……料理はしたことあるんだ?」
「家族の朝飯と弁当三つ作りましたけど?」
オレがそう言うと、水島さん以外のその場にいる人達が、オレに注目する。
「え……、マジ? すごいじゃん!!」
「何それ、お前、おさんどん?」
「どういうこと?」
先輩、コーヒーまで淹れてくれて、オレ達は空いているテーブルに座りごちそうになる。
しかもコーヒーインスタントじゃなかった! ちゃんとドリップしてくれてる‼
「この春オカンが再婚したんで。で、オカンは看護師で本日夜勤でいないわけ、新しくできた妹がまだ小学一年生なんだよ。妹は懐いてくれたから、放課後は家のことに時間をとりたくて、できれば帰宅部になりたかったんだけどさ。小学一年って入学したては早めに帰宅するだろ? 学童は待機中だから」
新しい家族と高校生活……当時のオレは怖くて怖くて仕方がなかった。
でも今回は違う。そんなに周囲に対して萎縮はしない。ボッチでいることも慣れていたから平気だけど、こうやって人に囲まれて話すことに対しても、以前の15歳の時ほど構えることも萎縮することも緊張することもない。
「自分で朝飯作るのはそういうわけで以前もちょくちょくあったんだけど、ついでに全員分を用意して学校にきてみた。新しい兄貴は喜んでた」
「お前、よく朝起きれるなーオレは無理だわギリギリまで寝てるぜ」
キクタンがそう言うけど、学校遠いともっと早起きの奴もいるだろ? 部活推薦で入ってすでに朝練とかの奴もいるし、家も引っ越したばかりだから、新しいキッチンとか慣れておきたいというのもある。
「大したもんは作れないけどな。弁当なんかほぼ冷食オンリーだったし卵焼きとウィンナー焼くだけで。そんなわけで、なるだけ不参加でも問題ない部がいいんだよね。体育会系はこの時点でNGだろ?」
「じゃあウチ(スイーツ部)でいいじゃん」
先輩があっさりとオレに言う。
「え、いいんですか?」
「そういう事情があるなら、いいよ。あ、私がスイーツ部の部長やってます。皆森香苗です」
アップルパイを切り分けてくれたその人がこの部の部長でしたか……。
「じゃ。よろしくお願いします」
「え? 即決⁉」
委員長が驚きの声を上げる。
「え、だって、事情知ってもらったし、それで許可でてるならここしかないかと。あ、オレ、真崎幸星です。よろしくお願いします」
オレはその場で入部届を書いて、スイーツ部の部長に渡した。