◆77 チョコレート教室です。
「え~チョコレート教室とか楽しそうなの! 莉奈もやりたいよー!」
帰宅して夕飯時に学校での出来事を話していたら、莉奈ちゃんの一声。
そうだよね、チョコは湯煎してくるくるして楽しいよね莉奈ちゃん……。
「コーセーお兄ちゃんの学校ずるい~莉奈もやりたい~」
莉奈ちゃんそのチョコを誰にあげる気なのだね。
話によってはお父さん(兄ですけど!)許しませんよ。
「莉奈ちゃん、ママとチョコ作ろうか」
オカンがそう言うと、莉奈ちゃんは、ぱあっと顔を明るくさせる。
「作る! 咲子ママ、莉奈くるくるする! 遥香おねーちゃんも、くるくるするのよ! コーセーお兄ちゃんはダメだよ!」
え……?
今なんと仰いました? 莉奈ちゃん……。
「莉奈たちがチョコ作るあいだは、コーセーお兄ちゃんはキッチンに入ってきちゃダメだよ、女の子がチョコ作る日だから!」
莉奈ちゃんの発言は、ま、まあ普通に? 一般的な? バレンタインチョコを作るって意味ではそうなんだろうけども。「ダメだよ」という言葉の破壊力がすごい。正論だろうが、なんだろうが、ダメ出しをされたという事実がオレの動きをフリーズさせた。
「莉、莉奈ちゃん、オレ頑張るよ? お手伝いするよ?」
「ダメです」
ふーんってちっちゃいお鼻で、息を吐くようにして、またダメ出しですよ。
「ダメなのか……」
「遥香おねーちゃん、コーセーお兄ちゃんが「お願い」って言っても、断ってね!」
今、頼みの綱を断たれた。
僅かに遥香ちゃんを見たオレの視線を察した莉奈ちゃんの勝利。
いや、これは成長なのか。
「莉奈一人でもパワーバランスが取れていたかもしれないな」
みそ汁に口をつけて、ぼそりと優哉が呟く。そうか。真崎家のラスボスは莉奈ちゃんだったのか。
敵うわけないじゃないですかー。
「まあいいじゃん、うきうきとバレンタインを待つというポジションを堪能しとけよ」
「はあ……」
た、確かに、前回はもちろん、今回、初めて彼女からチョコを貰うと言う立場になってますけれども。
「お前は呪術的チョコの心配はないんか?」
「手は打っている」
どうやら仲間内で、すでにブランド系のチョコじゃなければ受け取らない宣言を流してもらってるらしい。しかもその拡声器は女子ではない。「優哉にチョコとか女子今から準備してるみたいだけどーあいつ手作りチョコとか受け取らねえよ。優哉と同中だったんだけどー、当時の女子がー手作りしてー人体の一部を仕込んだんだぜ。ねーわ。まじねーわ。あいつ絶対チョコ受け取らないって、トラウマだろ」と男子がでかい声で拡声しているとか。
そこでリアルハーレム要員たちが、「アタシたち、知ってる。優哉君が受け取ってくれるのはちゃんとしたチョコだよ。ゴデ〇バにしようかピエール・〇ルコリーニにしようか迷ってる~。ブランドなら絶対受け取ってくれるって聞いたよ~」と追い打ちの噂を流してるそうな。
すげーな。人海戦術でチョコ攻勢の対策かよ。
そこまでいくと「モテる男め!ギリギリギリッ(歯ぎしり)」とかにはならん。
無事にそのイベント終わってくれと健闘を祈る気持ちだ。
莉奈ちゃんにキッチン出禁をくらったので、大人しく、学校のチョコレート教室の予習でもしますか。
そしてバレンタイン教室なんですが……女子、どうした。
今時の女子高生はもっとドライじゃないのか?
手作りバレンタイン教室でこんな人数集まるとかねーわ。
20人ぐらいいるんじゃね?
あーよかった。前日に工程を省くやつ冷蔵庫に置いといて。
スイーツ部の先輩も「途中からでも部員募集」とかちゃっかり勧誘の声かけしちゃってるし。
「えーと、簡単にできる生チョコを作りたいと思います」
オレは黒板に、工程の順序を書き出していく。
けど……黒板に文字を書いてる間にですね、女子がですね、始めちまったんですよ。
チョコ作りを。
教室の意味がね――!!
同い年の女子が集まると変にテンションあがってやっちまったよ、やっちまってくれたよ。
そして教えてほしいと言っていたA組の篠田さん、アンタ、何やってんの!?
周りが「じゃ、作っちゃおっか♡」「しのちゃんもやろうよ」とか誘われたからって、それヤメテ!! 直火!! 鍋直接に板チョコ突っ込んで強火で加熱で生クリーム投入――!?
ねえ、ちょっと、「やだーチョコの匂いするー♡」じゃねえから。
何その漫画かラノベみたいなベタな、チョコレート作りは。
先輩達も止めて。そんな魂抜けた顔してないで止めて。
特に、その火。ガスレンジ。
カオス……。
タスケテ、遥香ちゃん……。
遥香ちゃんは莉奈ちゃんのチョコレート教室の為に帰宅してしまってる。
そう、ここに遥香ちゃんがいてくれたら、なんとかなっていたかもしれない。
しかし、そうは上手くはいかないか。
あれだな。
中学生の調理実習やる生徒の方がまだ人の話を聞く。
授業とクラブの差がここにきてハッキリした瞬間だった。
「篠田さん……、なんでやっちゃったのさ」
「だ、だって……みんな、溶かすだけっていったから」
「火を止めよう」
「あ、はい」
強火で張り付いたチョコはあとでなんとか落としてみよう……幸いそんなに焦げてはいないようだ。
「あ、真崎がオカンモードの顔になってる」
同じクラスの女子がそう呟く。
いや、キミ達のオカンではないから。そこは訂正して。
オレは湯煎の為にお湯だけを沸かす。
ボウルを用意。
「チョコレートは、一度刻むの、滑らかな口当たりにしたいならこの工程は丁寧に」
そう言いながら、板チョコを半分刻んだところで篠田さんと交代。よし、細かくしてくれ。
その間、オレは小鍋で生クリームをちょっと温める。
「篠田さん、チョコ、ボウルに入れて」
「はい」
もう一回り大きいボウルにお湯を貼る。
そこに刻んだチョコが入ってるボウルを浮かべる。
「お湯の熱でチョコが溶けるからこのゴムベラでかき混ぜて」
「はい」
「生クリームを入れます。比率はチョコ2対してクリームは1。きちんと混ぜて」
「はい」
艶もでてきて、良い感じに混ざりあったな。
「シートを敷いたバットにチョコを流し入れます」
「はい」
「粗熱がとれたら冷蔵庫へ」
「はい」
オレが篠田さんやり直しのチョコを冷蔵庫にしまい、そして冷蔵庫に保管していた昨日作っていたチョコを取り出す。
「これが冷えた状態のチョコ」
その固まったチョコを見て「三分間〇ッキングみたい~」とか他の女子からも言われましたが、それはスルー。
工程が大事なの、わかってほしい……。
ていうかこういうのがあるとわかりやすいでしょ。
「バットに流したから、長方形だけど、これを賽の目にカットしていく。カットする時はめんどうだけど、温めたナイフでカットすると、綺麗だよ」
篠田さんはなんとか小さい一口大の四角にチョコをカットする。
「仕上げにココアパウダーをふりかけますが、だばーってやっちゃダメ。茶こしに入れて、振るの」
「はい」
ちまちまと茶こしでココアパウダーをふりかける。
「ラッピングを綺麗にしてわたせば、いいだけです」
楊枝でチョコをさして、参加した女子の前にそっと差し出すと、みんなチョコを摘まむ。
「うっっま!」
「とけた~。口の中でとろけた~!」
「なにこれ~」
なにこれって、生チョコだよ。
クッキーとかケーキとかブラウニーとかそういうのじゃなくても、いいだろ。
あとはラッピングだよ。
料理は見た目も大事なの。
先走って始めてしまった女子の調理台を片付け始めると、それに気が付いて、みんなバタバタと片付け始める。
「一番簡単で材料も少ないヤツがこれです」
オレがそう言うと、先輩達が箱とラッピングする包装紙やリボンを取り出してチョコをセットし始めた。
箱に収める時にクッキングシートを可愛い形に変形させて斬りこみを入れていたようで、まあお洒落。
「ラッピング、こんな感じでーす」
箱にリボンを巻いて、リボンを鋏の刃先でシューっと滑らせると、クルクルと巻きが入る。
先輩達、こういうところもすげえな。
こういう感じに仕上がると、女子だって友チョコを送りたい~とかになるだろ。
「ねえチョコできた~!?」
調理実習室のドアを勢いよくスパーンと開けてそう叫ぶのは、キクタン……。
「まだだよ」
「え、それ、もう出来てんじゃん」
目ざとく先輩がラッピングしたチョコを指さしてそう言う。
「オレが作ったんだよ!」
「……何かあったの? オカンなの? オコなの? やっぱりオニイチャン同様に、ザッキーもリアルハーレムを作るの? 奥さん! 奥さんはどこ!?」
ウルサイなーもー。仕方ない。
「キクタンはちょっとこっちでコレ食べてて」
実習室の端の椅子に座らせて、チョコを差し出す。
それ、オレが作ったヤツですけど、それで我慢して。
キクタンは嬉しそうにチョコを食べ始める。
「以上。これが簡単にできるチョコです。いいですか?」
オレは篠田さんにそう言うと、篠田さんは頷く。
「チョコを溶かすときは鍋の直火はダメ」
篠田さんは黒板を見ながら、今度はメモをとっている。
「あと20分ぐらいで、さっきのチョコがそれなりに固まるから。食べてみて、よかったら、ラッピングして完成」
「はい、先生っ!」
……先生?
オカンから先生?
 




