◆68 メリークリスマスの日。
「彼女へのクリスマスプレゼントねえ」
バイト先で西園寺君がニヤニヤ笑う。
この人ならいい案を持ってそうだと思ったんですよ。
「西園寺君はどういうのプレゼントするの?」
「真崎弟よ……お前はリサーチ先を間違えているんだよ」
「はい?」
「店長~店長ならクリスマスプレゼント貰うなら何がいい?」
西園寺君が店長に話題を振る。おお、なるほど……女性に訊けばいいのか……。
うちのオカンや莉奈ちゃんにはなかなか聞けないけど、店長になら。
オカンはきっとニヤニヤして弄るだろうし、莉奈ちゃんは、きっと莉奈にもなんかくれるのかもと期待させてしまう。
一応ね、普通に用意したんだよ。家族の分は。みんな同じで。今回クリスマス料理作れないお詫びもあるし。
オレは店長の言葉を待ったけど……店長の目のハイライト、消えてます?
「キモチガアレバナンデモイイノヨ」
なんで片言……。あ、なんか西園寺君がはあ~とため息ついてる。
「……悪い、真崎弟は、事務所のオリコンのやつ見切りしちゃって。俺、レジやるから」
「はーい」
やった! 接客じゃないお仕事だ。ちなみにオリコンとはプラスチックの箱です。組み立てて箱になる。重ねることもできます。いまシーズン商品入ってきてるから、ラベラーでパチンと値段シールつけて、バーコードの横にお値下げシールをつけてワゴンで売ります。
西園寺君はカウンターにいる店長にチョップするかと思いきや、その手は頭にポンって手の平を置いて「いつまで引きずってんだ。ばーか」とか声が聞えた。
なんかクリスマスにあったんだろうか。
西園寺君はマジで大人だ。高校生なのに。
もしかして中身おっさんなのではなかろうか。オレみたいに。
事務所に行くと、片岡さんが商品整理をしていた。
片岡さんにも聞いてみよう……。
「うーん、彼女にプレゼントねえ」
「片岡さんは彼女にそうやったことある!?」
本日は昼から大学生バイトの片岡さんが入ってきています。彼もかっこいいし、彼女の一人二人ぐらいはいたことあるだろ。
「うーん……貴金属系アクセサリーは喜んでくれるけど、真崎君は高校生だからお財布とのお値段がね」
「はい……そしてオレにセンスはないんです」
「別に自分が使うものじゃなくて、彼女に使ってもらうものだろ? 彼女が使って可愛く見えるの贈ればいいじゃん」
なるほど……でも難易度あがったぞ。
「花とかもやったことあるけど、ダメだった」
「え?」
「ほら、消えものがいいって意見も時折聞くじゃん? 生花はね、不評。後始末が大変だとか。プリザーブドフラワーみたいなヤツの方がよかったと後悔した。ちなみにその子とは年明けに別れたけど」
おう……。
「服とかはさー、金持ってたら一遍やってみたいよねー。頭の先からつま先まで俺の好みでコーディネートするやつ」
えー服のチョイスってオレ的には難易度高いんですけど。
なんか上級者的発言だなー。
「引くなよ、コスプレと同じだろーが、そういうのも」
あ、それならわかるわ。
ていうか、オレがヲタだと誰から聞いた? ……西園寺君だな。うん。優哉から西園寺君になんとなく流れて、バイト先の片岡さんにもバレたと。
片岡さんも、割と漫画はパラパラと見てる人らしいからいいんですけどね。
でも、オレ三次元コスプレは刺さらない……。
いやうちの莉奈ちゃんと遥香ちゃんは例外かも!?
莉奈ちゃんに魔女っ子服とか着せたい。
学芸会のドロシーも写真やビデオで見たけれど、絵本の中から出てきましたか? ってぐらいにお似合いでした。
遥香ちゃんも何をお召しになってもお似合いですよ。
「うーん……彼女が可愛く見えるもの……かぁ」
「そうそう」
そう言いながら片岡さんは仕分けた商品を店舗に品出しに行った。
24日、クリスマスイブ。
東京にホワイトクリスマスはない……。
12月の24、25日に東京に雪が降った記憶、マジでないですから。
クリスマス料理も下ごしらえはちょっとだけ手伝ってバイトに行って、あとはオカンと遥香ちゃんにお任せ状態。
玄関のドアを開けると、もこもこしたピンクのルームウェアを着ている莉奈ちゃんが立っていた。
こんな玄関前で待ってたら風邪ひいちゃうよ莉奈ちゃん。
両手を広げて抱っこを強請るポーズもいつもどおり可愛くて、抱っこしてみる。
「メリークリスマスなの! コーセーお兄ちゃん!」
「メリークリスマス莉奈ちゃん。いつも言ってるけど、風邪ひいちゃうぞ」
「ひかないもーん」
もこもこがあったかいよ~外寒かったから、余計にそう思う。
もこもこルームウェア考えた人、天才。
「幸星君、おかえりなさい」
「……ただいま~」
リビングのドアを開けて廊下に出てきたのは遥香ちゃんだ。
……何気にルームウェア、莉奈ちゃんと色違いでお揃いだったりする?
どうしたのうちの子たちは。可愛いけど! まるで雑誌とかカタログの親子でお揃いとか、姉妹でお揃いみたいな、そんな感じじゃないか?
「忙しかった?」
「うん」
「おう、お帰り、莉奈、幸星は手洗いうがいするから。コアラになってないでこっちこい。幸星その抱っこコアラよこせ」
優哉がオレから莉奈ちゃんを引き取ろうとすると、莉奈ちゃんは素直に優哉に抱っこされて。莉奈ちゃんはえへへっと笑ってご満悦の様子です。うちの末っ子は甘えん坊だな~。
「どうしたの、遥香ちゃん、莉奈ちゃんとお揃いのルームウェア」
「えっと、咲子お母さんが……」
どうやら、オカンが莉奈ちゃんと遥香ちゃんのルームウェアを揃えて着せてみたかったらしい。クリスマスプレゼントと称し、二人に渡したそうな。
「莉奈ちゃんね、クラスの男子にサンタの正体をばらされて……」
クラスの男子……ていうか「ゆはら」少年だろ。あいつめ~。
そこまでして気を惹きたいのか!
「がっかりしただろうな……莉奈ちゃん」
「ううん、莉奈ちゃんはそういうアレコレはすでに気持ちの決着がついていたみたいで、『莉奈、サンタさん誰か知ってる』って言うから、咲子お母さんのほうが、がっかりしてたの。このルームウェアを本当はサンタさんのプレゼントにするつもりだったみたい」
なんとなくオカンの考えてそうなことわかる。
プレゼントを用意して、翌朝「莉奈と遥香おねーちゃんのところにサンタさんきた!」とか莉奈ちゃんに言わせたかったんだろうなー。
「そんな育児報告の夫婦ムーヴしてねえで。幸星、飯食えよ」
「はい⁉」
「あ、おかず、温め直すね!」
遥香ちゃんは慌ててキッチンへ向かう。
オレもキッチンに向かうと、遥香ちゃんがいそいそとクリスマス用の料理をレンジで温め直してくれる。自分の食器の用意とか汁物の温め直しとかはオレもやります。
そんな様子を優哉は頬杖ついて見てニヤニヤ笑う。
「水島さんもさー、そこは莉奈の育児報告ではなくて、ご両親が年末帰国することになったよとかの報告とかするところじゃね?」
その言葉を聞いた遥香ちゃんが耳まで赤くしてましたが、ご両親帰国のニュースの方が大事だよ!?
「え。帰国?」
「うん」
「わー遥香ちゃん、楽しみだね! よかったじゃん、親子水入らずだよ! 今どこにいるんだっけ?」
「ベトナムです」
「さっきスカイプで親父と咲子さんも一緒になって話してた」
うは、マジでアジア州域あちこち移動してるんだなー。
そりゃ遥香ちゃんを日本に置いていくわけだ。
「冬休み中に挨拶に来るってよ」
「義理堅い」
「結婚の挨拶的なヤツではないそうだが、もうノリ的にはそっちでいいんじゃね?」
「優哉君!!」
うん。なんとなく優哉ならそういうこと言うよなーと思いながら、ダイニングチェアに座る。
クリスマス料理の残りって感じですけど、遥香ちゃんがちゃんと盛り付けも綺麗に直してくれてる。
「いただきます」
「なんだ、俺の弄りに反応しないとは、腹減ってるのか?」
「そこそこ? それなりに混んだし。それとさ、あんまり、それ系で弄らないでやって、遥香ちゃん照れ屋さんだから」
オレが真顔で返すと、優哉は「お、おう」と答えた。
今夜のメニューは、ビーフシチューをメインにクリスマスっぽく、ローストチキンもだしたわけです。
優哉は大歓喜だったろうな。肉+肉で。
野菜もシーザーサラダの他に、バーニャカウダ? 野菜スティックに添えられてるソースがそうだよね。初めてだな……。
きゅうりのスティックをソースにつけて一口。
なにこれ。ガーリックのパンチがあるけどミルキー。牛乳入ってる? あと、ちょっとしょっぱい……。ソース美味しいなこれ。
「アンチョビ入ってるって」
オレが野菜スティックをポリポリしてると優哉が解説する。
「あと、クリスマスローストチキン、むね肉だったけど、俺はこれ好き、幸星。これまたやってくれよ」
「うん」
これの下ごしらえはオレがやりました。メインがビーフシチューって言ってたから。優哉はいいけど他の方がね、カロリー気にするじゃん? なのでローストチキンはあえてむね肉をチョイス。で、タレをゆず風味にしてるんだ。柑橘系と鳥肉は合うはずだと思ったんだよね。お気に召していただけましたか。よしよし。
食事を終えると、莉奈ちゃんはスヤァな状態で隆哉さんに抱っこされてお部屋へ。
オカンは食器を洗ってるオレに手招きするから、遥香ちゃんが洗い物の続きを引き受けてくれた。
ちょうどいいや、オカンに渡しておこう。
大したものではないけれど、家族用プレゼント。誕生日プレゼントに家族からもらったことだし。
気持ちだけ用意したのだ。
「オカン。これね、クリスマスプレゼント、オカンと隆哉さんと莉奈ちゃんの分」
クリスマス仕様にラッピングされた小さい紙袋を三つ分、オカンに渡す。
「あ、ありがと……あのね、アンタを信用してるからね、へんなことはしないでね」
「はい?」
優哉がガシっとオレの肩に手を回して小さい声で言う。
「咲子さん大丈夫、そこまで幸星のメンタル強くないから」
「優哉君もよ」
「はーい」
何がだよ。
「莉奈が親父と咲子さんと一緒に寝るから、咲子さん心配してんだよ」
キョトンとしてるオレに優哉が説明する。
あー莉奈ちゃんとオカン達が寝るから、遥香ちゃんが莉奈ちゃんのお部屋一人ってことですか。そこを心配ですか。
「ぶっちゃけ眠いから心配するようなことにはならねーよ」
「信じてるわよ!?」
オレは頷いてヒラヒラと手を振って、オカンを部屋に追い立てるとオカンはもう一度「絶対よ!?」と念を押す。
そんなに信用ないのかよ。
まーオレもオカンだったら心配はするけどさー。
でも実際はそんないきなり段階を踏まずに一足飛びで出来ることじゃないんだよ?
それにうちには莉奈ちゃんがいる。
夜中に寝ぼけていろんな部屋へ突撃しちゃうんですよ。
夏場なんか廊下で行き倒れてるときありますよ。
そんな我が家で彼女がいるからって、どうだこうだ出来ねーよ。
「あ、あの咲子お母さん」
オカンが部屋へ戻ろうとするのを遥香ちゃんが呼び止めた。
どうした遥香ちゃん。食器洗いを終えて、紙袋を手にしてる。
「咲子お母さんと、真崎さんと、莉奈ちゃんに……頑張って工夫しようと思ったんですけど、時間的にみんな一緒になってしまったんですが……」
オレと優哉は紙袋の中身をのぞき込む。
毛糸で編んだマフラーっぽい?
「遥香ちゃん……嬉しい! もうさっそく明日から使わせてもらう!」
オカンは紙袋を抱えて「おやすみ~」と言ってリビングを出て行った。
「幸星君と優哉君にも!」
はいと紙袋を渡される。
「ありがとう遥香ちゃん」
これうちの家族分とか作るの大変だったんじゃないかなって思ったら。秋口からコツコツ作製してたとか。
「ありがとね~水島さん、オヤスミ」
優哉が部屋へ戻ろうとするのでオレは優哉に紙袋を渡す。
優哉は「お前等、まじで似た者夫婦か」と呟いて、リビングを出て行った。
そして遥香ちゃんにも紙袋を渡す。
「センスはないけど。頑張って選びました」
気に入ってくれるといいな。
「あ、ありがとう……幸星君……わー何かな……開けてもいい?」
「うん」
「可愛い……綺麗……嬉しい……」
遥香ちゃんへのプレゼントは花モチーフの髪留め……バレッタとかいうの?
花の部分が小さなガラスで光に反射する。小さな模造パールも散っているデザイン。
よかった~片岡さんの案「可愛い彼女が可愛く見えるもの」を採用してよかった~。
装飾的に学校にはしていけないデザインだけど。
遥香ちゃんが嬉しそうにそう言ってくれて、なんかほっとしたよ。
安心したら眠気が……。
そう思っていると、頬に柔らかい何かが一瞬触れて、遥香ちゃんの顔がすごく近かった。
「メリークリスマス、幸星君」
「はい……」
「おやすみなさい」
遥香ちゃんは花みたいに笑ってリビングを出て行った。
ちょっと待って遥香ちゃん!
今の、今の、よくわからなかったから!
もう一回! お願い、もう一回!!




