◆66 鍋です。
優哉先生のリクエストに答えて鍋ですよ、鍋! 寒いからね、何鍋がいいものか悩むね。
いつものスーパーに遥香ちゃんと一緒に入ると、目の前のお野菜のコーナーからじっくり見ていく。もちろんカートにカゴをセットしました。
白菜とネギ、シイタケ、春菊、水菜も買おうか。人参も入れよう。飾り包丁してお花作ると莉奈ちゃん喜んで食べてくれるかな~。
白菜が置いてある量販台の前に、鍋のスープも置いてある。
俺はその鍋の素を視界に入れて立ち止まった。
「どうしたの? 幸星君」
遥香ちゃんがオレに声をかける。
いや、あのね、鍋の〆はうどんと思ったんだよ。けどね、この種類別のパッケージを見ているとですね、優哉や隆哉さんが喜んでくれそうな鍋がいっぱいなのですよ!
寄せ鍋、キムチ鍋、もつ鍋、坦坦ゴマに、豆乳鍋……ポトフやトマト鍋とか……ゆず鍋とか何それ!?
ここにきて選択を迫られるとは……。
「ちょ、ちょっといいかなお肉とお魚を見てきても、オレ肉と魚のところを行ったり来たりするから……ここで待っててもらって……」
「うん、一緒に行く」
小首をかしげて、にこって笑ってくれる遥香ちゃん……。
オレ、鍋の種類に目移りしてるけど、女の子はキミ一択ですから!
もうやだ、可愛すぎる、いいのかこの子がオレの彼女……っっ! 遥香ちゃんと一緒に、お肉のコーナーとお魚のコーナーを見て、またここで迷う。
この時期といえば、牡蠣ですよ!
牡蠣といえば土手鍋! ああ、ちょっと食べてみたい……。
「遥香ちゃん、実は迷っている……何鍋にしようかって」
「そんな感じがしました」
ですよねー。
遥香ちゃんが手を挙げる。
「はい、遥香ちゃんのご意見どうぞ」
「幸星君、普通にここは寄せ鍋を提案します」
「……寄せ鍋……」
「はい、お鍋の季節はまだまだ続きます。一番最初はスタンダードをみんなで食べるのはどうでしょうか? それに、寄せ鍋なら莉奈ちゃんも食べられます」
遥香ちゃん、莉奈ちゃんのことまで考えてくれるなんて……。
「ね?」
「はい」
鶴の一声。
この場にいないキクタンもイインチョーも、指さして笑えよ、彼女に骨抜きにされているこの愚かなオレを。
そして正論だよ、遥香ちゃん。
鶏肉をガッとカゴの中に入れた。
肉団子用にひき肉も買いました。ネギとショウガを入れてお団子作るよー。
タラに牡蠣、今が旬! ホタテ、エビ。単価高いけど、これはオレの財布からだします。
優哉先生へのお礼ですからね!
うどんは大特価三パック入り98円のやつを二袋いや、三袋。これは残ったらまた買い足して、お昼に焼きうどんも作れるだろ。あとちょっとで冬休みだし、授業も4時間で終わるし、莉奈ちゃんとオカンがお昼にしてくれてもいい。
カゴの中に鍋食材を入れてるとだんだんテンションが上がってきた。これか~これだよ~日常の買い物でも単価の高いモノとかガンガン買うと脳内になんかでてるよ~。
オカンは今日、日勤だから夕飯の買い物をしないように、オレが食材買った、今日は鍋だと、家族のグループラ○ンを流した。
そしたら、オカンよりも早く、莉奈ちゃんからスタンプが押されてきた。
一人でお留守番して偉いね。今帰りますよー。
製菓食材とかも買って、ひとりお留守番の莉奈ちゃんに冬季にでてくる四角い小さなチョコ買って……。
「よし、遥香ちゃん買い忘れない?」
「あ、明日のパン」
「それだ!」
朝食の卵とか、あ、ハムとかベーコンも欲しい、明日はパンで朝食。
卵とチーズは冷蔵庫に……あるな。
よし、レジ行こう。遥香ちゃんは後ろの人を考えてレジ前のサッカー台の方に移動してくれた。デジタル表示される金額……いつもより……数字が数字が……。特に魚介系が清算済みカゴに入った時、バーンって跳ね上がる。
いや、後悔はしない。清算を済ませてと……。
遥香ちゃんが、なんかスマホを弄っていた。
「幸星君、咲子お母さんからラ○ンきました。買い忘れたモノがあったら、あとで連絡してって」
「うん」
オカンのことを「咲子お母さん」とか呼んでる遥香ちゃん。その呼び方、お嫁さん感がありますよ。
最初は「咲子さん」とか呼んでたんだけど、オカンが調子に乗って「莉奈ちゃんみたいに咲子ママって呼んで~」なんて言ったらしくて、年齢的にママとか言わないし、「咲子お母さん」で決着がついたようだ。
とりあえず二人で手分けして、買ったものをエコバッグに収める。
ちょっと足りないからお店のビニール袋も買っちゃったよ。
「遥香ちゃん、重くない?」
「大丈夫」
もう、何度こんな風に家に帰ることしてきたのかな。
秋以降から、割と何度もこんな風に二人で買い物して帰ることが多い。
「わたし、幸星君と一緒にお買い物して帰るの、なんか楽しい」
「うん」
もしも……将来的にですよ?
け、け、結婚とかしちゃったりしたら……こんな風に、仲良くお買い物したりする?
わー待って、待って、何を妄想しちゃってんのオレ!
結婚かあ……いやいや早いから、いくら何でも、オレまだ一応16ですからね。
結婚……あ、ダメだ。あのクソ親父とオカンを思い出した。
オカンもあのクソ親父も結婚した当初は、こんな風に仲が良かったのかもしれない……。
このあったかくて、幸せな世界で、甘やかされて、オレはダメな男代表にならないって確信できない。
あいつはコミュ力だけはあった。多分一回死んだオレよりも。
その取り繕った表の顔で、オカンとオレを裏でボコってたし、オレがそうならないなんて一体誰が言える。
「幸星君、どうかした?」
「う、ううん、なんでもないよ」
遥香ちゃんが、オレと同じように、今が楽しくて幸せだと思ってくれているといいなと思うけど、オレ自身がこの子をあのクズと同じように扱うことがないようにするには、どうすればいいのかとかぼんやり考えていた。
「ただいまー」
オレが玄関を開けると、莉奈ちゃんがタタっと走りこんできて、オレの足にくっつく。安定のコアラ状態。
……オレがこういう小さい子にあの暴力を振るうの?
うーん……今この莉奈ちゃんにとか……。いやーないわー。あ、でも、男の子だったらそうなの? 莉奈ちゃんが男の子でも無理だわー。できないと思う。
莉奈ちゃん効果すごいな。オレの不安な気持ちを一掃する天使だよこの子。
よしよし、一人でお留守番、頑張ったね。でも、先に手洗いうがいなんだよ莉奈ちゃん。
「おかえりなの……はるかおねーちゃんもおかえりなの!」
「ただいま莉奈ちゃん」
「莉奈ちゃんもお鍋の準備てつだってくれる?」
「おなべ! 莉奈は何をするの?」
「コネコネ係です」
「おなべなのに、こねこねなの!?」
「うん。あ、遥香ちゃん、着替えてきなよ、オレ、食材冷蔵庫にしまうから」
「はい」
「はるかおねーちゃん、おとまり!? 莉奈とうさちゃんとくまちゃんともねる!?」
莉奈ちゃんは遥香ちゃんと一緒に自分のお部屋に行ってしまった。
莉奈ちゃん、遥香ちゃんのこと大好きだなー。
「ただいまー」
玄関から優哉の声がした。
「おかえりー」
「嫁はどーした」
「嫁じゃない。か、か、彼女……」
「はいはい」
優哉がにやにやしていると、リビングのドアが開いて、莉奈ちゃんと遥香ちゃんがキッチンにくる。
「優哉お兄ちゃんおかえりなさーい」
「はいはい、ただいま」
「今日、遥香おねーちゃん、おとまりなの! 莉奈と一緒にねるの!」
「おねしょするなよ」
「莉奈はもう小学一年生だから、しないもん」
遥香ちゃんは髪をアップにしてきました。
厚手のプルオーバーとレギンスというラフなスタイルですが、可愛い。
莉奈ちゃんも髪をお団子にしてもらってテンションが上がっている。
遥香ちゃんはエプロンして、莉奈ちゃんもエプロンの紐を結んでもらっている。
「幸星君、わたし、準備するので着替えてきて大丈夫ですよ?」
「うん。じゃあ、お願い」
自分の部屋に戻って、無難に、パーカーとジーンズに着替えてきました。
チノパンよりジーンズ、そしてジーンズより断然ジャージなんですが。優哉がオレの部屋着(中学時代のジャージ)を処分しちゃったので、これ部屋着……。誕生日プレゼントに貰った服はまだ袖を通してない。デートの時に着ようと思ってます。
そうだ、さっき冷蔵庫に食材を入れてて思い出した。
オカンに豆腐と薬味をよろしくと連絡を入れて……キッチンに戻ると、遥香ちゃんがお野菜を切ってて、莉奈ちゃんはつくねを作っている。
オレは土鍋とかガスコンロとかセッティングした。
「遥香ちゃん、野菜、オレがカットする」
「でも、白菜とネギのカット終わって今、水菜を……」
「わあ。了解」
じゃあ、オレはアサリの砂抜きと、エビの下処理、殻剥いて(莉奈ちゃんが食べやすいようにね。殻付きの方が身が縮まらないとかいうけどね)背ワタとって、片栗粉と料理酒で揉みこんで、ちょっとおいておく。そしてタラと、鶏肉のカット。このカットが終わったら、片栗粉と酒でもみ込んだエビを流水で洗う。この下処理で臭みがなくなるらしい。
「こねこねして、おだんごつくったよ!」
「莉奈ちゃんありがとうねー、おだんごこっちのお皿にいれてね」
肉と魚の皿にお団子をのせていく。
遥香ちゃんがやってるのはしいたけの飾り包丁。
オレは人参の飾り包丁を入れた。
その間に遥香ちゃんが土鍋に鍋スープをそそいで、オレがカットした人参と、白菜の芯から入れていく。着替えてきた優哉がカウンター越しに具材の乗った皿をのぞき込む。
「おおう。エビ!」
「カニは高いからね~優哉先生のお礼だから~奮発したぞ」
「うむ、苦しゅうない」
どこの殿様ですか。
「〆はうどんでいくから」
「ほほう」
「優哉おにいちゃんは、なにをお手伝いするの?」
「オレは食べるの専門です!」
「ダメです!」
莉奈ちゃんがキリっという。
「お礼なのに……」
「みんなで作るとおいしいの! お兄ちゃんもやるの!」
「取り皿並べます」
「え~」
「俺は料理できないの」
「え~」
莉奈ちゃん食い下がる。
「コーセーお兄ちゃん、優哉お兄ちゃんにも、お料理してもらうの」
オレは優哉を手招きする。
「簡単にできるやつ、むしろ、力業でお願いします」
スっとオレは大根とすりおろし器を渡す。
「……」
「唐辛子は挟まなくていいです、パウダー買っておきました!」
遥香ちゃんもニコニコしながら鍋に具材を入れながら言う。
優哉はおもむろに大根を手にしてすり下ろし始める。
「だいこんおろし、どうするの?」
「もみじおろしだよ」
「もみじおろしって?」
「大人の薬味です」
「おとなだけなの……」
「辛いからね」
「もみじおろし……」
あらら、興味出ちゃったか。色もキレイだし、名前の響きもいいもんね。食べてみたくなっちゃったか。ちょっとだけならいいかな?
お鍋がいい感じになったところでオカンと隆哉さんが帰宅。
オカンから豆腐をうけとって、すばやく鍋に投入。
キッチンのコンロから、ダイニングテーブルにセットしたコンロにお鍋を移動。
ポン酢も用意。
「幸星、柚子胡椒も買ってきた! チューブだけど」
「薬味二種類だね。優哉がさっきもみじおろし作ってくれたから、お好みで」
みんなで席についたところでオレが土鍋の蓋を開ける。
ふわあっと湯気がダイニングテーブルに広がる。
「やだ、エビもあるの!」
「アサリも見える!」
大人二人のテンションがやばかった。
「どうしよう、隆哉さん!」
「おいしそうだよ、咲子さん!」
「みんな座ってるね、じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「莉奈ちゃん、何食べる~?」
オレが莉奈ちゃんのリクエストを訊く。
「おだんごと、おとうふ。あとおはなのやつ」
はいはい。
「もみじおろし」
あああ、やっぱり気になってたんだね……辛いからちょっぴりだけのせる。
それでもなんか嬉しそうだ。
「優哉は?」
「肉、エビ、タラ、つくね、牡蠣」
「野菜もいっとけ」
オレはリクエストに答えてもりっと取り皿に乗せて渡す。
「幸星君も遥香ちゃんもちゃんと食べてね、何食べる?」
隆哉さんがオレから蓮華をとって、鍋奉行を始めた。
オカンも菜箸で遥香ちゃんにとりわける。
温かい湯気と、おいしそうな鍋、楽しそうな……ううん、すごく楽しい団らん。
優哉が鍋のリクエストをしたけどオレも、こういうの、一度やってみたかったんだ。
隆哉さんが鍋奉行をしてくれてるのを見て、オレ、いつか結婚したら、隆哉さんとオカンみたいな、こんな感じの夫婦になれたらいいなと思った。