◆65 キクタンにのしかかられる。
よく、漫画やラノベなんかだとテストの結果発表を廊下に張り出すとかあるよね? でもオレの学校、そんなものはありません。あれって実際やると手間じゃね?
で、テストの結果は……というと、よかった。すごくよかった。信じられないぐらいよかったんですよ! これが!
やりましたよ! 隆哉さん! そして優哉先生ありがとー!
思わずラ○ンでお礼のスタンプ送っちゃったよ。
そしたら「お礼は鍋で!」と返信が……。いいけどさ、鍋、いろいろ野菜と肉をぶっこむだけでいいし。
でも鍋って言われてもいろいろよ? 何の鍋がいいの? 和風なの洋風なの? いや、ここは和風だろ。この間オレの誕生日で洋風だったし、和風で。
〆が麺とゴハンとどっちがいいかな~。オレ的には麺でいきたい。麺でいいかな。
うどんが好きなの、個人的に。遥香ちゃんはどっちが好きかな~。
「ウキウキだね、ザッキー……」
おっふ、キクタン……安定の補習決定コース? でも冬休み補習とかはないです。成績が悪かった人には宿題(課題)が増量されるぐらいか。
「家庭教師がいいからね」
「くっそー成峰のエリート兄貴とマンツーマンでテスト対策かよ!? オレも横暴な姉じゃなくて、頭いいオニイチャンが欲しかったよ!」
おまえ、頭いいオニイチャンの存在って、コンプレックスばりばり刺激されることもあるのわかってないね?
オレはそれもう乗り越えてるけど。
あとね、うちのオニイチャンは横暴じゃないけど食いしん坊だよ? 優しいけど。キクタンの兄貴になったら、キクタンとおやつ争奪戦だよ?
キクタンにはお姉さんがいるじゃないか。
二次元ヲタ的には、その姉そのものがイイとかいう人もいるはずだよ?
「冬休みの宿題~増量~」
泣くなよ……。
次回の試験対策とか一日ぐらいは勉強会みたいなの、うちでやるか? キクタン。
でもお前さん絶対遊びそうだ。
「遥香ちゃん、一緒に帰ろ?」
オレがキクタン越しに遥香ちゃんに声を掛けると、遥香ちゃんは頷いた。
ちなみに遥香ちゃんの友達、草野さんは、チャイムを聞くなり速攻で下校していった。神絵師、追い込みですね……年末のイベントが控えているから……。
「もうイヤッ! オカンの馬鹿! いくら水島さんが可愛いからって、付き合ってもないのに目の前でいちゃいちゃしながら下校するなんて!」
キクタンの言葉に、オレは改めて遥香ちゃんを見ると遥香ちゃんは真っ赤になってた。
「彼女だったら問題ないでしょ」
オレがそう言うと、教室に残ってる全員の動きが止まった。
ふざけてたキクタンがガタっと机に手をつく。
「おまえ……今、なんつった?」
キクタン瞳孔が開いている。怖いぞ、その顔。
オレは遥香ちゃんを手招きすると、遥香ちゃんはオレの傍に来てくれた。これってオレのこれまでのキャラじゃないとは思うけど、一度やってみたかったんだ。
遥香ちゃんの手をとって、キクタンに言う。
「彼女になってくれました」
クラスに残ってる全員が「ギャー!」とか「わー!」とか叫びだした。あまりにでかい声で隣のクラスの人も何事かとうちのクラスを覗きにくる始末。
「ちょ、なに!? 何がどーなって、そーなった!?」
「時間の問題とは思っていたが、なんだいきなり!?」
「遥ちゃん!! おめでとう!」
「呪ってやる! じゃなくて祝ってやる!」
阿鼻叫喚とはこのことか……。
残ってる男子生徒に囲まれ、軽く叩かれて、軽くグーパンもくらうし、キクタンにはのしかかられた。それに対して遥香ちゃんは女子に囲まれて、「やーん、遥ちゃん、おめでとう~」とか非常に和やかなのに……ひどいなこの差。
「いますぐ、オレにも彼女を与えろください」
キクタン……日本語崩壊してんな。
「俺にもください……」
「俺にも……」
「おれにも……」
わー! キクタンだけじゃなくて他の男子、お前等のしかかるのはやめろー! ゾンビかよ!? オレはこれから優哉のリクエストに答える為に、スーパーへ行くんだ!
「やめて、菊田君たち! 幸星君が死んじゃうー!」
遥香ちゃんがキクタンの腕を引く。
いや、ふざけてるだけだから死なないけど、重いよ。
でも……あれだな、こんなスキンシップ的な悪ふざけってなんかいろいろ連想する。
小さい頃はやる人いるだろうけど、オレにはマジでなかったからな。
ほら、よくあるでしょ、父親が子供可愛さにぎゅーってすると子供が「やだーおかーさーん」とか助けを呼ぶあの微笑ましい光景というか。
兄弟がそれを見ていじけちゃったり、助けたりとか、そんな光景みたいなの。
オレの小さい頃の親とのスキンシップとかって、クソ親父にぶん殴られてた記憶がとにかく鮮明だけど。
キクタンにのしかかられながら、もしも……、もしも、オレが本当に隆哉さんの子で、優哉が本当にオレの兄貴だったらまで妄想した。その妄想、ちょっと幸せすぎて泣きそうになったけど。
「ち、しょうがない、これぐらいにしといてやるか。ザッキー泣きそうだし」
いや、ごめん、そうじゃなくて、別の事を連想して泣きそうになっただけだし。っていうか、単純にお前たちの体重で圧迫されて顔が赤いだけだろ今。
「泣かないし。いきなりおしくらまんじゅう状態になって酸欠になりそうだったわ!」
オレがそういうとキクタンはふーんとそっぽむいていたけど、「幸星君、大丈夫?」ってハンカチを渡してくれる遥香ちゃんを見て下唇を噛みしめた。
すげえ顔だなおい。
「う、う、うらやましくなんか、ないんだからね!」
キクタン絶叫と思ったら次の瞬間、ガクっと机に突っ伏した。
「くっそ、うらやましいいいいいいぃいいいいぃ!」
情緒不安定すぎるだろ、キクタン。
イインチョーがオレの肩にポンと手を乗せる。
「あれだ、真崎はクリスマス会を開くべきだ、キクタンの為にも」
……なんでキクタンの為にクリスマス会を開かにゃならんのよ?
でもなーうーん……まあ、イインチョーのいうこともわかるっちゃわかる……。
「まあその……オレもほら、家事があるから、確定はできないけど、考えておく。オレ、これから夕飯の買い出しだし」
家事があるからの言葉でみんなに「オカン……」と呟かれてしまった。
だってほんとのことだし。
それが免罪符になったのかどーかはわからないけど、とにかくオレは遥香ちゃんと教室を出ることが出来た。
遥香ちゃんは学校の門から出ると、心配そうにオレを見る。
なんでそんな心配そうな顔してるのかな……。はっ! もしかしてみんなには言わないで欲しかったのかな!?
「ごめんね、遥香ちゃん、オレ浮かれてみんなに言っちゃって……」
「う、ううん。あのね、その、それは、なんかわたし的にはすごく、その、嬉しかった……っていうか……それより、菊田君、その子供っぽいけど、身長は幸星君よりもあるし……大丈夫だった?」
「それは全然……まあ、莉奈ちゃんに乗っかられるのとはやっぱり違うけど」
「莉奈ちゃんそんなことするの?」
「ごはんくださいと言われた。優哉と一緒に」
オレがそういうと遥香ちゃんはクスクス笑う。
「オレね……そういうの、ちょっと憧れていたっていうか……小さい頃、友達とあんなふうにふざけたこともなかったし」
「……」
「遥香ちゃんがオレの腕を引いて助けようとしてくれたじゃん?」
「うん」
「オレが莉奈ちゃんぐらいで、隆哉さんとオカンが再婚してたら、隆哉さんとあんなふうにふざけることもあったかなってなんとなく連想しちゃって」
「でも、隆哉さんと幸星君はちゃんと親子ですよ?」
そう見えるのは、きっと隆哉さんが人格者だからだよ。
「でも、隆哉さんをお父さんって言うの、まだダメっていうか、未だにお父さんって言葉が、オレの実の親父を連想させる。父親、お父さん=悪、みたいな図式が頭の中で払拭されない。隆哉さんはすごく頼りになるし、かっこいいし、尊敬できちゃうから余計に使いたくないっていうか」
遥香ちゃんはオレの手をそっととってくれた。
あったかくて、小さい指が大丈夫って言ってるみたいで。癒される。
「本当の親父はオレを虐待してたっていうのか……、それが原因でオカンが離婚したんだ」
「幸星君……」
「ごめん、変な話しちゃった」
「ううん……幸星君が、そういうの伝えてくれて嬉しい……」
いやー、何甘えちゃってんのとか、オレ的には自己嫌悪というか……。でも、遥香ちゃんに癒されるの、やっぱりいいな。
オレばっかりじゃなくて、遥香ちゃんのこと、ちゃんと守りたいな。
楽しいコト、嬉しいコト、遥香ちゃんにしてあげたい。
それで、遥香ちゃんがオレでよかったって思ってくれるのが最高だけど。
「遥香ちゃん、優哉からね、テストの結果が良かったって連絡したら、じゃあ、お礼は鍋でって言われたんだ。なに鍋がいいと思う?」
じめっとした話じゃなくて、明るい話を選んだつもりが、やっぱりいつもの献立のことって、しまらない感じもするけど。でも、いいか。
「わあ、いいですねー」
「遥香ちゃんも一緒に食べるんだよ、テスト終わったんだから、莉奈ちゃんも待ってるよ」
「いいのかな」
また夕飯に御呼ばれしちゃってとか思ってるのかなー。
「いいの、美味しいの作りたいから」
「うん」
「〆はうどんにしてみたいんだけど、どう?」
「わ、おうどん! いいと思う! 莉奈ちゃんも優哉君も、きっと喜ぶ!」
オレの手にふれてくれてた遥香ちゃんの手を握り直す。
やだもう、どうしよう、オレの彼女、やっぱり可愛いんですけど。
にやけないようにしたいけど、遥香ちゃんが、スープは何がいいかな~なんて呟いてて、その顔を見てやっぱり嬉しくなっちゃうのは、仕方ないですよね?
隆哉さん、今日はお鍋です。
頑張って美味しく作ります。
喜んでくれるといいな。