◆62 オレ、16歳になりました
あの日、クラスメイト達を駅まで送って、優哉と一緒に夕食の買い出しをして帰宅したら、莉奈ちゃんはケロっとしていた。「お帰りなの!」といって、オレにぴょんと抱っこをせがむようにくっついてくる様子もいつもと変わらない。
そこは優哉の言う通りだったのだが……。
夕飯の時に『秘密のお話』って何? って聞いたけど、教えてくれなかった。
遥香ちゃんに尋ねても「莉奈ちゃんに怒られたくないから言えないの、ごめんね」と言われてしまい、それ以上何も聞けなかった。
それならまだいい。
でも、ここ二、三日様子を見ていると、どうやら『秘密のお話』は優哉も知っている様子を見せている。
莉奈ちゃんに怒られた時よりも、現状の疎外感の方が、メンタルに響く。
オレが車に撥ねられてこの世界に来る前に感じていた、あの孤独感が薄くまとわりつくようだ。
「どうした~真崎弟、元気ないな」
バイト先で西園寺君にそう言われた。
「……西園寺君、優哉からなんか聞いてる?」
でもなー優哉と西園寺君ってどのくらい仲がいいのかな。
優哉は男女誰でも囲まれちゃうタイプだから、均等にコミュをとるって感じだろうし、家族のこと、あんまり外で話はしないイメージだし。
「あ?」
「最近、うちの莉奈ちゃんと友達と優哉が集まっては内緒話してる」
「……」
オレが近くに来ると、内緒話はなくなるみたいで、いつも通りなんだけど。
ただ、オレにも教えてくれよーとは思う。
「仲いいな……」
あ、やっぱ、何も聞いてないのね、何も言ってないのか……そうですか。
高校生活二周目で、仲良し家族を構築するため日々頑張っていたのに、至らない点があったのだろうか。
でも莉奈ちゃんはいつもの通り、夕飯のお手伝いとかも一生懸命やってくれてるし……どこの猫さんですかってぐらい、オレの膝によじ登ろうとしてるから、嫌われてるわけではない……と思いたい……。
「そんでもって、真崎が弟を構うのがわかるわー何この子可愛いわー」
「はい?」
「ま、そのうち何か言ってくるだろ」
そうだといいんだけどな……。
「レジ閉局頼む」
西園寺君はそう言って、クローズの札を出そうと、店舗の正面に向かう。
レジキーを回して会計レポートと集金作業をしていると、西園寺君が戻ってきて、ニヤニヤしている。
「何?」
「もーいーぞ、帰って。ていうか羨ましいねえー爆発しろー」
「はい⁉」
「お迎えきてるぞ。可愛い彼女」
彼女……って、えっとまさか。外に待ってるの? 今12月だよ⁉ 寒いよ⁉
オレはカウンターから出て、店の外に顔を出すと、遥香ちゃんが立っていた。
「遥香ちゃん⁉ ちょ、風邪ひくよ⁉ どうしたの、何があったの?」
こんな時間に、女の子が一人でうろうろしちゃいけません!
遥香ちゃんはオレを見て、花のように笑う。
「お迎えにきました」
そう一言告げた。
嬉しいけど、危ないことしちゃダメじゃん。
すぐに支度するから、待っててと言いおいて、閉店作業にとりかかろうとしたら、西園寺君がオレの作業の続きをしていた。
「いいよ、このクソ寒いのに、彼女待ってるんだろ」
「え、でも」
「クリスマスは23日~25日までフルで出勤してもらうから」
「……」
そうですか、そうですよね、小売店は猫の手も借りたいかき入れ時だもんね。
この世界にきて最初のクリスマスなのに、一家団欒クリスマスの時間をバイトとか。
そりゃこの店は深夜まで営業じゃないけどさー。
高校生がクリスマスにバイトぶっちする気持ち、今わかった気がする。
莉奈ちゃんや遥香ちゃんとクリスマスしたかった人生でした……。
当日起きててくれるといいんだけどな。おねむタイムなんだもんね。いつもオレがバイトの日は頑張って起きてるみたいだけど。
オレは支度をして、事務所のドアから路地裏に回って店舗の前に待ってる遥香ちゃんに声をかける。
「ごめん、寒いのに待たせて」
天気は良くなくて、真っ暗な夜空だけど、雲が厚いのがわかる。今にも雨が降りそうで、いつもはチャリで行き来してるこのバイト先まで歩きできた。いつ降ってもいいように。
遥香ちゃんも、こんな時間にこんな寒いのに、歩いてくるなんて。
「ううん。バイト中だったのにごめんね。そろそろ終わるかなって思って……」
ここで危ない事しないでとか説教してもなー。
このセリフ言ったらギャルゲーの場合、好感度駄々下がり案件。
「どうしたの、こんな時間に……」
「うん。あのね、莉奈ちゃんの秘密のお話をしにきたの」
「……」
それはとても気になるんだけど。
「莉奈ちゃん、ほんとは幸星君にお話したくて、ずっと我慢してたの」
「ちょっと待って!」
「はい」
「あの、先に質問していい? それっていいこと? 悪いこと?」
オレを見て遥香ちゃんはクスクス笑う。
「なんで悪いことなのかな? いいことですよ」
いいことか……。
よかった。
秘密のお話の期間……オレの持ち前のネガティブ思考が結構脳内を覆っていたもんだから。
「莉奈ちゃんが言い出して、悪いことのはずないじゃないですか」
うん。そうなんですけど。
「遥香ちゃん」
オレが遥香ちゃんに手を差し出すと、遥香ちゃんはその手をとってくれる。
それがすごく嬉しい。
中身はいい年なのに、寂しん坊ですか。オレ。
情けみっともない。どんなに年をとっても、オレはどっか子供なんだろうな。
この世界にきて二周目人生でつくづく思う。
ここはとても優しい世界だから。
一周目で体験できなかったこと、たくさん重ねる度に。
独りでいた時と違う暖かさを感じる度に。
「幸星君、手、冷たいね」
「うん」
そういう遥香ちゃんも手は冷たかった。
オレは繋いだままの手をコートのポケットに入れた。
遥香ちゃんは「わ」と言って、二、三歩、オレの傍に近づいて、顔を赤くさせていた。
別に寒いから顔が赤いわけじゃない……と思いたい。
ごめん、この手をしばらく離さなくていいかな。
あの台風の日みたいに。
一緒に手をつないで家に帰った時みたいに。
家に着くまでずっとこのまま手をつないでいたい。
遥香ちゃんの顔を見ると、遥香ちゃんは照れたように笑う。
その笑顔が可愛くて言葉にしていた。
「オレね、遥香ちゃんのこと、好きだよ」
この子に告白するのどうしようとか悩んでいた事あった。
どういうのが女の子受けするのかなとか。
そんなシミュレーションを脳内で散々繰り返していたのにも関わらず、ぽろっと言葉に出していた。
タイミングとか考えていた癖に、こんな風にいきなり伝えて、自分自身でもビックリなのに、遥香ちゃんはもっとビックリだろうよ。バカだなー本当にオレは。
けど、こうして、一緒に手を繋いで歩いていくことが出来るのは、家族以外はこの子しかいない。
オレがこのままこの世界でアラサーになっても、こうして君の隣にいたい。
そういう気持ちがすごく強くて。
「だから、どうかオレの彼女になってください」
この言葉を伝えた場合。
遥香ちゃんから「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった。ずっといいお友達で」とか言われたらと、想像したことある。
きっと落ち込んで、三日間ぐらいは引きこもって泣くだろう。このオレの持ってる僅かなプライドは木っ端みじんで、羞恥でのたうちまわるだろう。
そんなことを考えたりもしたけど。
だけど。
遥香ちゃんの答えが「イエス」でも「ノー」でも、オレの気持ちは全く歪むことなんかなくて、ただただ、彼女が好きで、彼女が幸せで、彼女が笑顔でいてくれれば、もうそれだけでいい。
断られても、オレはこの子のことずっと好きだから。
それにオレの気持ちを伝えたからって、この子は逃げたりごまかしたりはしない。
オレが好きなのはそういう遥香ちゃんだから。
歩くのをやめて彼女の顔を見ると、泣きそうな顔をしていた。
大きな瞳が涙で潤んで、白い頬に、透明な雫が流れ落ちた。
アスファルトにその透明な涙がにじむ。
「はい。わたしも幸星君が好きです」
遥香ちゃんが小さい声で答える。
「……ほんとはね、今日、わたしが幸星君に告白したかったの。その為にわたし、お迎えに立候補したの。優哉君は女の子は危ないからって送ってくれたの。優哉君は先に走って帰っちゃった。今頃はおうちについてると思う」
遥香ちゃんから告白!?
で、お迎えに立候補……?
よくわかんないけど、バイト先まで優哉が送ってくれたのか。
そりゃそうだよね、何があるかわからないんだし。
彼女の手に熱が戻ってきたのがオレの手に伝わる。
「あのね」
「うん」
「莉奈ちゃんが考えて、準備したいから手伝ってって言われたの。優哉君に、この日は幸星君がバイトだからって言われて、莉奈ちゃんはしょんぼりしてたけど、まだ頑張って起きてるはず」
だから何の準備なの。それなら、オレが手伝ったのに。
「幸星君、まだ気が付かないのね」
「え……ごめ、わからない。なんの準備かわからないけれど、早く教えてくれたらオレが手伝ったのに……とは思うけど……」
「そういうわけにはいかないの、だって幸星君が主役なんだもの」
主役?
「幸星君」
「うん」
「16歳、おめでとう」
オレははっとした。
「あ! え⁉ うそ、え、オレ誕生日!」
オレがそう声にすると遥香ちゃんは頷く。
うわ、そうだよ、オレ、誕生日だったよ。
秘密のお話は、莉奈ちゃんがオレの誕生日をお祝いしたいから、遥香ちゃんにいろいろ協力してって言っていたのだそうだ。
だから優哉も途中で「秘密のお話」に加わっていたのか。
遥香ちゃんはクスクスと笑う。
「幸星君すっごくビックリした顔」
「まじかよー」
やべえ、泣きそう。泣かないけど泣きそう。そんな顔を見られたくなくて、空いてる手で顔面を覆う。
テレビで芸能人がサプライズで誕生日祝われて感極まって泣いたりしてるけど、その気持ち、これか!
「でも、わたしもビックリした。この日に幸星君に絶対告白しようって決めたのに、先に幸星君が言うんだもん」
ポケットの中にある遥香ちゃんの手を握り直した。
ちょっとやってみたかった恋人つなぎってやつに。