◆53 莉奈ちゃん、うどんを打つ。
「わ~いいにおい~パンなの」
莉奈ちゃん、ちゃんと自分で起きてきたのか、匂いにつられたのか。
「あったかいの、ふわふわなの~」
「幸星と遥香ちゃんが作ってくれたのよ」
オカンがそういうと、莉奈ちゃんはオレを見上げる。
「パンって、おうちで作れるの!?」
「作れるよ」
「どうやって!?」
「小麦粉をコネコネするの」
「え……」
どうした莉奈ちゃん。何そんな残念そうな顔をするのさ。
「莉奈もコネコネしたかったよ! おりょうりのコネコネ、莉奈のかかりなの!」
……すまんかった……。
ドレッシング混ぜ混ぜもハンバーグのコネコネも、莉奈ちゃんの係でした。
遥香ちゃんもオロオロする。
「莉奈、でもパンふっくらだろ、美味しいだろ?」
優哉が宥めると、莉奈ちゃんは両手でパンをつかんでちぎらずにそのままはむっと口にくわえる。
「ふわふわなの……これにハチミツは!?」
莉奈ちゃん、パンをもぐもぐしてほっぺ膨らんじゃってる。
何もーこの子可愛いな。はいはい、お嬢様ご所望のハチミツですよ。
オレが蓋を開けようとしたら……固ってえええ。
何、これ、優哉がガチっと閉めすぎたんだろ? 莉奈ちゃんハチミツ好きだから。蓋を温めないとだめか? オレが蓋と格闘していると優哉が手をオレの前に差し出す。
優哉にハチミツの瓶を渡すと、でかい手で蓋を包んで手首でひねると何事もないように開きました。
何これ、どういうこと? これオレが女だったらキュンとかしちゃうんじゃね?
「ハ、ハチミツ、あれかな、プラ容器の特大ボトルとかにした方がいいかな?」
オレがそういうと、優哉はダメだしをする。
「アレを買ったら、莉奈が三日で消費する勢いだからダメ」
……そうですか。そしてうちのお嬢様が早く早く~とパンをくわえたまま両手広げて待ってる姿が可愛い。
オカンが出勤準備をしてリビングのTVとスマホを交互にみていたが、ダイニングテーブルに座る。
「まさか、咲子さん出勤?」
優哉が驚いたようにオカンに尋ねる。
そうだよ、医療従事者……ライフライン系の職種の人は土日祭日、盆暮れ、正月、まともにとれないんだよ。
台風だろうとなんだろうと出勤シフトなら出勤なんだよ。
「うん。日曜日を指定休にしてもらってるし、普通に日勤です」
「咲子ママ……おしごとなの?」
「電車が動いてるからね」
莉奈ちゃんはパンを片手にベランダの方へ行って空を見上げる。
「大丈夫よ、莉奈ちゃん。パン持ったままテーブル離れちゃダメよ」
オカンが莉奈ちゃんを抱っこしてダイニングに戻ってくる。
「咲子ママ、おそとあぶないよ、みんなでおうちにいようよ」
「うーんママも莉奈ちゃんと一緒にいたいなあ~でも、お仕事だからね」
「……ママのおしごと、たいへんなの」
「お仕事はみんなたいへんなのよ、でも、おうちにちゃんと帰る為にお仕事するの」
「おうちにずっといちゃダメなの?」
オカン、後ろ髪引かれるとはこのことだろ。
オレは言ったかな……莉奈ちゃんぐらいの時におうちにずっといてと。うーん……言ったかもしれないが、言わなくなったんじゃねーかな……。
言ったら多分、あのクソにぶん殴られるし。
あのクソと別れた時は晴れ晴れしてたからお仕事行かないでとは言わなかったな。
誰もいないボッチを満喫できたから自由だと思ったのかも。莉奈ちゃんぐらいの年齢でボッチがむしろ心地よかったというのも問題っちゃ問題だけどさー。
現状は別に幸せだからいいんだけどね。
オカンは朝食を食べ終えると、身支度をして玄関に向かう。
オレはここんところの習慣で誰かが出かける時は玄関まで見送ることにしてるので、あとをついていったら、オカンが「いやーなんでみんなで見送るのー」とか照れてんのか困ってんのか嬉しいのかわからない声でそんなことを呟いていた。
「じゃあ、幸星君、すぐに戻るから、あとをよろしくね」
隆哉さんがオレにそう言う。
オカンを駅まで車で送るらしい。
本当は職場まで送りたいけれど、場合が場合なので駅まで送るとか。
「優哉君、あとをお願いね」
オカンは優哉に声をかけた。
「家の状況、動画で送ります?」
「いい子の莉奈ちゃんが見たいわあ」
オカンにそう言われて、莉奈ちゃんがキリっとした表情でオカンを見上げる。
子供達に見送られてうちの両親は玄関を出て行った。
隆哉さんはすぐに戻ってくるだろうけど、オカンにいい子の莉奈ちゃんが見たいと言われた手前、「お部屋のお片付けする!」とさっそくの張り切りっぷりを見せる莉奈ちゃん。
可愛い。
「莉奈ちゃん、わたしもお手伝いしたいな」
遥香ちゃんが莉奈ちゃんにそういうと、莉奈ちゃんはぱあっと顔を輝かせる。
「おようふく、きれいにしまいたいです」
「はい、お手伝いします」
はー何そのやりとり、二人して可愛いが過ぎるんですけど!
……うん?
まって。
今朝、遥香ちゃんオレの部屋に入ったよね……。
やっべえ! オレの部屋、女子が入っても大丈夫だったか!?
いつも莉奈ちゃんが突撃してくるから怪しいモノは目につくところに置いてないはずなんだけど!
二人のやりとりが可愛いとか和んでる場合じゃねーだろ!
今更何言ってるのと優哉のツッコミを受ける前に、オレも自分の部屋を片付け始めた。
「幸星君、そろそろお昼ごはん作りませんか?」
遥香ちゃんに声を掛けられた。
遥香ちゃんがドアノックする前には、なんとか部屋が見られる状態にしましたよ。
「はーい」
パスタ、パスタ~。お昼はパスタ~。
キッチンに向かったら莉奈ちゃんがエプロン姿で仁王立ちでした。
うーん。
パスタ茹でて市販のソースではダメ……なのですか……?
「……莉奈、おりょうりするの!」
「わ、わかった、ちょっとまって、ちょっとまってね!」
オレは食料品のストッカーの扉を開ける。パスタソースが追加されてる。これはお昼用だ。そのつもりでオカンは買い足したはず。うーん……。
「莉奈ちゃん、パスタソースがあるんですよ。お昼はそれで食べるのはダメ?」
莉奈ちゃんみるみるうちにしょぼーんとする。
「でも、莉奈ちゃん、もしよかったらオレの為にお料理してくれるかな?」
「コーセーお兄ちゃんのお昼?」
「うん、オレのは後で作る。それを手伝ってほしい。とりあえず、隆哉さんと優哉と莉奈ちゃんと遥香ちゃんで先にパスタ食べてほしいんだよね」
「……う、うん」
普通に市販のパスタソース使用。
冒険してもいいなら、いろいろやってみたかったけど、それはまた今度。
遥香ちゃん、手抜きでごめんね。
「幸星君は、何を作る気ですか?」
遥香ちゃんは優哉と一緒にお皿を洗いながら尋ねる。
「朝の強力粉が余ってるから、それでうどんを打ちます」
ちなみにオレは、莉奈ちゃんに作ってもらえるように、今朝余った強力粉と薄力粉を半分ずつボウルにセット。そして食塩水用意。ネットで検索して量は調整……しようと思ったんだけど、優哉がなんか羨ましそうな顔してるし……食べたいんだな?
ていうかこっちの炭水化物×炭水化物もいけるのかよ。
と、とりあえず二人分……。
隆哉さんもいるし、いけるだろ。うん。莉奈ちゃんも遥香ちゃんも、ちょこっとなら食べられるだろ。
「莉奈ちゃん、この中にお水を入れていくのでコネコネお願いします」
「はい!」
薄力粉と強力粉半々です。そこに塩水をまわしかけていく。莉奈ちゃんがちっちゃい手で一生懸命コネコネはじめた。
粉が水分吸ってポロポロしてきたな。
「ポロポロになってきたので、大きなお団子にするみたいに丸めてくださーい」
「はーい」
莉奈ちゃんがまとめた生地をジップ〇ックLサイズに入れる。
一応不安なので、そのジップロックをさらに未使用のでかいごみ袋に入れる。
そしてその上にタオルを敷いた。
「さて、ここから本番、莉奈ちゃん、このお団子、踏み踏みしちゃってください!」
「え⁉ ふみふみしていいの!?」
「うん、袋二重にしてるし、タオルも敷いたから、大丈夫。やっちゃってください」
「あ、それ美味〇んぼで見たことあるやつだな、幸星!」
優哉さん、今うまいうどんを食わせてやりますよ。
笊と冷水、茹でる用鍋、遥香ちゃんがテキパキと用意してくれてる。
「遥香ちゃんも莉奈ちゃんと踏み踏みしてきて」
「え⁉」
「おねーちゃーん! すごいよー! いっしょにふみふみ! たのしいの!」
莉奈ちゃんめっちゃご機嫌だな。
優哉がスマホで莉奈ちゃんのご機嫌の様子を撮影。オカンに動画を送るのか?
「生地のネバつきがなくなったら終了してくれればいいから、見てきてほしいんだ」
「うん、わかった」
その間、麺つゆも用意。ネギも用意。後、打ち粉。
莉奈ちゃんと遥香ちゃんが手をつないできゃっきゃしてる。
「幸星君、この生地寝かすの?」
「いいや、すぐに打ち粉打っちゃうから、いい感じだと思ったら持ってきて~」
「うん、莉奈ちゃん、ちょっとストップ」
「はあい」
莉奈ちゃんがぴょんと生地から離れた。遥香ちゃんがジップロックを取り出して、手で感触を確かめてキッチンにもどしてくれた。
莉奈ちゃんに麺棒を持ってもらって、生地を広げてもらう。
「わーい、くるくる~」
厚さは問題ないな……。この生地に打ち粉をして生地を折りたたむ……と。
「莉奈ちゃん、おうどんミッション終了~。ありがとうね、あとは包丁使うから離れてください」
「うん! おにいちゃん、莉奈たのしかった! パパにお話してくる! パパ~」
莉奈ちゃん嬉しそう……。よかったよ。機嫌直って。コネコネ踏み踏みクルクルでご機嫌直らなければもうどうしようかと思った。遥香ちゃん鍋に火を……と言う前に、オニイチャンが既に鍋に水張って火つけてスタンバってました。食べる気満々ですな。
茹でると膨張するからなるだけ細くカット。余計な粉を落として優哉に麺を渡すと茹で始める。
「なあ幸星これどれぐらい茹でる?」
「ん~10分ぐらい茹でる」
「ういっす」
ゆであがった麺を笊にあげて冷水でしめる。
そこへ隆哉さんが、部屋からリビングダイニングの方へ莉奈ちゃんを抱っこしてやってきた。
「幸星君、莉奈がコネコネとかふみふみとか言ってるけど……どうしたの?」
莉奈ちゃん大興奮で伝えられなかったのかな?
「莉奈ちゃんにうどん打ってもらいました、隆哉さんもどうですか?」