◆50 タイミングって大事なんじゃないかと思って言い出せない。
女子と相合傘とか、生まれて初めてだよ!
朝はいつものごとくバタバタしてて、雨降るって天気予報は見てわかってたけど、めちゃくちゃ天気良かったし。下校まで雨は降らない思って持ってこなかった。
「幸星君、どうぞ」
差し出された無地の水色の折り畳み傘。
えええええっ! こ、これはつまり、相合傘というヤツですか⁉
人生初の相合傘ですよ! いいの⁉ オレでいいの⁉ だってそうだよね、いくら水島さんだって、折りたたみ傘二つ常備とかないし、もちろん傘をオレに渡して水島さんが濡れて帰るとかそこまでイケメンなことされたら、男としてはもう生きていけないでしょ! コレそういうことでいいんだよね⁉
「オレが持つよ、オレの方が背が高いし。ていうかさーなんか照れちゃうなー相合傘、オレ生まれて初めてだよ」
素直にそんな言葉が自分自身から出てた。
優哉よりも背は低いけど(あいつはもう実際隆哉さんよりも高身長だもんな)でも小柄な水島さんよりはオレの方が背が高いからね。
この人生で天寿を全うするまでに、可愛い女子と相合傘したって記憶が残るのは絶対にいいはず。
右側はずぶぬれになっても、水島さんは雨にぬらさないようにしないとね。
「雨、最近よく降るね」
「ね、台風のシーズンだもんね」
「洗濯物が乾かない」
「幸星君のところ、乾燥機能ついてたよね?」
「……五人家族だとね、量が半端ねえし時間かかるんだよ」
「確かに、天日でパリっと干した方がいいよね」
はーこの発言を聞いて、この子をうちの嫁にとか思う世のご母堂達は多いに違いない。
だって現役JKの発言じゃないよ。
独り暮らしできる生活能力(炊事洗濯等の家事)をこなせてる上での発言ですよ。
でも……今時は、昔のように、それさえできればいいっていう環境じゃないからな。
この子だって夢はお嫁さんとは言わないはずだ。
水島さんはは学校の成績だって悪くないし、将来なりたい職業だって決まってそうだ。
高1で進路とかってアレだろうけど、この子はいろいろ考えて、高校受験をしたんだろうし、その先も考えてるんだよな。
「水島さんは、将来、何になりたいの?」
「幸星君は?」
質問を質問で返されてしまった。
オレの将来かあ~。
そうなんだよなー折角人生二回目なんだし……。
前と違う職業を選べるんだよな……。
「まだ決めてないんだ」
「わたしもです。勉強することは、選択肢を広げられるって親が言ってて、それは確かにそうだなって思って勉強するけど、何になりたいかはっきりしないの」
やっぱりしっかりしたご両親だったよ……。そしてそれを実践する水島さんの素直さ。彼女本人もそれは体感してるんだろうな。
「へんなことを言うかもしれないけど、笑わない?」
「うん」
「幸星君はやっぱりお料理する人になる気がする」
オレの周りにいる人が、オレの料理を美味しいっていってくれてても、それで生きていけるかって思ったら、自信ないんだけどな。
あれ激務だから。
生きていくうちに楽な道はないってわかってますけどね。
「なんとなくなの、幸星君だけじゃなくて、汐里とかも」
「草野さん?」
「うん。汐里はリアリストっぽいけど、あの子はきっとプロになる気がする」
漫画家さんですか⁉
確かに、あの人、高校生レベルじゃないのはわかるけど。
「なんとなくだけど……例え企業に就職しても、その中で、自分の中で何かを作りたいなって人なんだろうなって気がする」
「え~オレ、オカンみたいな医療従事者とか無理?」
「性格的にはあってるけど、きっと幸星君は人に寄りそうタイプだから、気持ちがつらくなっちゃいそう。咲子さんはまず夢があってそのまま突き進んで看護師になった人だから」
水島さんがそう言うってことは、この間のお泊りの時、オカンと進路の話なんかもしたのかな?
オカンだって子供の頃はあっただろうし、将来何になりたいかってそんな希望もあっただろうけど、そのまま大人になっても持ち続けていたのかな?
仕事を離さなかったのは偉いなって思うけどね。
思い出すのもいやだけど、クソ実父はそれがいやだったのもあるんだろうな。
だからオレに当たり散らした。
うーん……でも、オレ、人に寄りそうタイプに見えるのかな……。
アラサーで死んじゃう前は自分のことで一杯一杯だったのは自覚してるけど、今現在、人に寄りそうタイプに見えると言われても、あんまりピンとこないぞ。
「そんな人に優しいタイプに見えるのかなー?」
オレがそう呟くと、水島さんはうんうんと頷いていた。
そのしぐさが可愛くて、ほっこりした。
ああ、この子がそういう風に思ってくれるのは、嬉しいなと素直に思う。
いつもみたいにいろんな話をしながら、水島さんのマンションの前までたどり着いた。
「こ、幸星君、これ、このまま持って帰って、右側が雨で濡れちゃって、もうあんまり意味ないかもだけど!」
そう言って、水島さんはオレが手にしてた水色の折り畳み傘を受け取ろうとはしなかった。
「え? これ借りちゃっていいの?」
「うん」
「ありがとう。明日返すね」
「うん」
わーやばい。なんだか、まだ一緒にいたいような気がする。
もうしっかりしてくれ、オレ。
子供じゃないんだから、この気持ちはアレに似ている。
仲良くなった友達とまだまだ一緒に遊びたい気持ちに似てるよ。おまけに今日はバイト入ってるっていうのに……。
「あの……何かあったら、連絡して……」
「えっと、その、何もなくても……連絡しても……いい? 幸星君今日、バイトだよね、終わったころに、ラ〇ンしてもいい?」
お待ちしてますとも。オレは頷いて「じゃあ、明日ね」と言って、マンションのエントランスを出たところで、ニヤニヤ笑ってる優哉がいた。
お、お、お前、趣味悪っ! 何見てた⁉ どこから見てた⁉ つーか会話聞こえた!?
オニイチャンは生温い視線でオレを見る。
「告ったの?」
ごめんね! 期待に沿えなくて! まだですよ!
バイト終わったら、ラ〇ンするし。明日も会える。
「あのさ……」
「んー?」
お前、ヘッドフォンしてるのに、オレの声聞こえるのかよ。そんなオレの内心を見透かしたように、ヘッドフォンを外す。
優哉が登下校にヘッドフォンをするのは、一人で行動している時だ。
オレと一緒に電車に乗ってる間はしていない。
「どうした?」
「さ、参考までに訊きたいんだけど」
「うん?」
「告白のタイミングってどうなの?」
「……幸星、オニイチャンが、からかって悪かった」
おもむろにポンポンと肩を叩かれた。
あ……そうか……優哉は告白はされるけど、告白をしたことがないんだ。
兄としてアドバイスしたいけど、そこはできないということか。
だからといって、コレは隆哉さんには聞けないな。うん。無理。照れちゃうだろ。普通に。
翌日のバイト。
制服に着替える前に学校からメールがきていた。
台風が関東に直撃する恐れがあるので、休校するという内容だった。
「何、彼女からか~?」
「学校メールだよ、普通に、西園寺君のところも来てる?」
西園寺君と優哉は同じ学校だからな。
「ああ。もうニュースでバンバン流れてるだろ、首都圏の電車は計画運休だって、日中はバイトと店長が大忙しだったらしいぞ。この店も一応、明日は休業にする予定。だから日曜日、夕方もしかしたらヘルプに入ってもらうかも」
「了解~」
店舗のフロアにでるといつもより飲料系が売れてる。なんだかアイテム数が少ない……いつもより……ココ輸入食料雑貨店だよね? 一般の食料品スーパーと違うよね? それでこの状態って明日の台風に備えて購入したお客様がいるってことか?
「ミネラルウォーター系は根こそぎ完売だ」
軟水だけじゃなく硬水もか⁉ 価格高めだし普段はあんまり売れないのに。
「真崎が上がる21時で閉店することにしたぞ、ちなみに明日は店は閉じる」
西園寺君と話していると、もしかしてキミが店長なのかと錯覚してしまう。
店長はアラサー女子だけど、キミの方がしっかりしてるよ。
「西園寺君は、閉店締めまでいるの?」
「いるよ、この店舗の上が住居だから。実家よりもこっちの方が学校近いし」
え、そうだったんだ。
しっかりしてるのはやっぱり両親とは離れているからなのか。
「真崎のところは大丈夫か?」
「はい?」
「ライフラインが台風で万が一ダメになった場合の食料生活用品等々の備蓄だ」
買い置き――!! オレしてね――!!
「あ、あの、家に電話してきてもいいですか?」
店長にそういうと店長はいいよーと言ってくれたので、店舗の奥の事務所でスマホから連絡を入れる。
家電に連絡するかどうか迷ったけど、オレはとりあえず莉奈ちゃんに電話してみた。
「もしもし、莉奈です! コーセーお兄ちゃんですか?」
莉奈ちゃんキッズスマホに変えて、ラ○ンも嬉しいらしいけど、こうして直接お話するのもどうかな? って思ってかけてみた。オレが名乗る前よりも、自分から名乗ってるよ。画面にかけてきた相手の名前が表示されるからだろう。テンション高いな。
「はい、コーセーお兄ちゃんです。おうちに今、隆哉さんとオカンと優哉いる?」
「いるよ!」
「オカンに代わってもらっていいかな?」
「え……莉奈、コーセーお兄ちゃんとお話したいよ」
「そうか、じゃあ、オカンにきいてくれる?」
「うん」
「明日、台風だけど、備蓄の買い忘れはないかなって。もしあったらバイトの終わりに買い出しするからって」
「うん。咲子ママ、コーセーお兄ちゃんから、あした、たいふうだからえっとかいわすれたのないかなって、おでんわきた。あるばいとの終わったら買い出しするよって」
電話口でそのまんま一生懸命伝達してくれる莉奈ちゃん。
「咲子ママが、お仕事帰りにいろいろ買いためたから大丈夫だって」
オカン夜勤明けだったからその帰りに買い物したのか。なら大丈夫だな。
事務所のTVをつける
「今回の大型台風は、関東に直撃で――JRその他鉄道会社からは明日計画運休を実施することに――」
「今回の大型台風、本当に関東にくるのでしょうか? 天気予報士の今田さんから現在の台風の進行状況と予報を――」
TV今日は朝しか見てないけど、どのチャンネルもこのニュースでもちきりだ。TVを消すと窓の外の風の音がこの事務所の中にまで聞こえる。
スマホの電源を落とそうとした時、ラ〇ンのリストに水島さんの名前がオレの視界に映った。
「また、明日ね」
いつも学校帰りに別れる時の言葉と、彼女の笑顔が浮かんだ。




