◆49 水島さんがお泊りした。
「お姉ちゃんは、かえっちゃダメなの、くらいし、お外にわるい人がいるの! 莉奈とおやすみするの、あした学校ないの!」
莉奈ちゃん連れ去り未遂事件の夜、莉奈ちゃんは水島さんの服を引っ張って止めようとする。
莉奈ちゃん……オレ、水島さんと一緒に食事の日は、水島さんをご自宅まで送ってるんだけどそこはダメなのか?
「お兄ちゃんも、暗いとお外出ちゃダメなの、莉奈といっしょなの!」
莉奈ちゃん不安なのか。水島さんも抱き着いてきた莉奈ちゃんをぎゅってしてる。
「莉奈といっしょにいて」
「そうねえ、遥香ちゃん、今日は泊まってっちゃいなさいよ」
オカンがそんなことを言う。
「え⁉」
「おとまりしてって~」
「莉奈ちゃんも女の子がいると安心すると思うし、今日だけ、ね?」
「いっしょにおふろはいって、いっしょにねるの~みんなで~保育園みたいにいっしょにねるの~!」
ごめんなさい、莉奈ちゃんの言葉でなんか頭の中でいろいろ想像してしまったよ。こういう状況なのに! 一瞬ね、一瞬だからね! あ~も~こういうところがほんと男でゴメンねって感じだ。
「まだ卸してないスエットあったかな~」
オカンの発言にあわあわしてる水島さん。
オレ持ってる……中学生の体操着のジャージ着てたから、まだ卸してないの。なんか明るいオレンジ色の優哉が選んだヤツ。オレにこういう色とか優哉は選んでくるけど、汚れが目立つから部屋着にするにもちょっと……と思ってタンスの肥やしになっているのがあるんだけど、それ持ってきます?
水島さんがどうしようっていう表情をオレに向ける。えっと、と、と、泊まっていけばいいと思うよ? 声に出したら変に裏返ってキモイ感じになりそうだし、オレは自室に戻って新しいスエットを手にしてそれをリビングにいる水島さんに渡した。
「こ、幸星君!?」
オカンと莉奈ちゃんと一緒に寝ればいいかと。
「わーい、いっしょ~! おとまり~!」
「風呂沸いた……、うちの子ウサギのお守りよろしくね、水島さん」
優哉が風呂の蓋をしめてきたらしい。
腕まくりを直してる。オレは逆に腕まくりして食器の後片付けを始めた。
そんな横で莉奈ちゃんがはしゃいでる。
「咲子ママ、ママ、タオルください! お姉ちゃんと莉奈のタオル!」
うん、まあ莉奈ちゃんが自分の身に起きた怖いコトを気にするよりも、少しでも楽しくて特別なことに注意が向くなら、それにこしたことはない。
今日あったことは注意するべきことだって、莉奈ちゃんはわかってるから。
怖さだけに気持ちが行って、こんなに明るくて可愛いのに今までどおり普通に振る舞えなくなる方がオレは心配だし。
だから水島さんごめん、莉奈ちゃんに付き合ってください。
ちなみに、今日は水島さんを家に送り届けて一人にさせるのもなんか怖いので!
水島さんだって、スマホであの不審者の車を撮影した時、がくがく震えてたし。
腕にいっぱいに買い物の荷物で持ち上げられないところで走ってたのもあったんだよね。あの手ブレ。車種はわかってるからそれも警察に連絡済だし、あの映像も渡してる。榊〇リコさんに解析お願いしたいよ!
洗い終わると、優哉が食器を片付けてくれてる。オレはこの場にいる人の為にコーヒーを。(オカンは紅茶)そしてぽちゃぽちゃタイムの二人が上がってきたときのために、グラスを用意。ハチミツとシークワーサーを炭酸水で割ったヤツを出そう。
「来年の莉奈の誕生日に買おうと思っていたけど、もうキッズ携帯じゃなくてGPS内蔵キッズスマホ購入しようか、明日」
莉奈ちゃんはキッズ携帯を持ってる。
まだまだ小学一年生だけど、オレが子供の時と比べると低年齢の携帯所持率は高い。
それに、莉奈ちゃんはガラケーよりもやっぱりスマホが欲しい~ってオレのスマホや優哉のスマホを見て時々呟いている。
「うちは共働きだし、優哉や幸星君とは時間が被らない時もあるし」
「そうねえ……こんなことがあったから、心配だし……」
オカンも呟いてる。
「莉奈は幸星が倒れた時も、幸星のスマホでオレに連絡いれたぐらいだから、あいつラ○ンがしたいみたい」
優哉が言う。
うん、夏休みの、あの時ですね。オレがあのクソ親父に遭遇して一気に具合悪くなった時ね。
莉奈ちゃんほんとデジタルネイティブ世代だよな。
「あたし、しばらく夜勤シフト入れようか? 日中に莉奈ちゃん送り迎えするの」
オカンがそう言うと、隆哉さんがうつむいてしまった。
オカン、ちょっとちょっと、確かに莉奈ちゃんの為にはそれがいいかもだけど、家族団らんがなくなるのを隆哉さんは避けたいんじゃないの? だから前倒して莉奈ちゃんのキッズスマホ購入を考えてると思われるよ?
「スマホは早いかもしれないけど、この状況なら買っておくべきだと思う。オカンも無理に夜勤増やさなくていい。オレも優哉もなるだけ送り迎えするし、むしろ日勤にしてくれた方が夜は安全」
「そ、そう?」
「うん。スマホ購入したら、ラ〇ンつけて、莉奈ちゃんの下校をわかるようにした方がいい。優哉大丈夫か?」
「幸星の負担がかかりそうだけどな、しばらくはオレも協力する。余計なものを振り切る口実になるからな」
「じゃあ明日買いにいくか……」
そんな話をしたところに、莉奈ちゃんと水島さんがお風呂からあがってきた。
莉奈ちゃんいつものパジャマですが、水島さん……オレのスエット(未使用)ぶかぶかじゃん!
オレ、優哉みたいに体格よくないのに! 水島さんが小柄なんだって改めてわかるよ! やだ、何それちょっとまって、裾とか折ってて可愛いんですけど!
オレはキッチンに戻って用意してた炭酸水を渡す。
「莉奈ちゃん、ハチミツ入ってるから、寝る前に歯磨きね」
「わーい。莉奈ハチミツすき、お姉ちゃんは?」
「うん、おいしいよね」
「遥香ちゃん、服、洗濯しておくからね~」
「あ、ありがとうございます。すみません」
オカンが洗面所へ向かう。
オレは莉奈ちゃんのドライヤーで莉奈ちゃんの髪を乾かす。
うーん、莉奈ちゃん髪伸びたなあ。
「ドライヤー熱くないですかー?」
「ないでーす」
大人しくしている莉奈ちゃんは、ごくごくと炭酸水を飲んでいる。横で優哉が「また甘やかしてるし」と呟いているけど、いいんです。オレがお世話したいんです。
ふむ、これでいいかな。
「じゃあ水島さんと交代」
「はあい」
「え?」
莉奈ちゃんが立ち上がって「ここに座るの」と自分が座ってた場所を手でぽんぽんと叩く。
「じ、自分で、できますから!」
はっ! 調子に乗りすぎてる!? キモイとか思われてる!?
オレがそう思ったら莉奈ちゃんが水島さん手をギュっとする。
「幸星お兄ちゃん上手だよ、すぐ乾くの、莉奈の髪つやつやだよ」
「えー……」
「莉奈ちゃんもやってみる?」
「びようしさんごっこ! おきゃくさまどうぞ~」
莉奈ちゃんにドライヤー持たせて手を添える。
水島さんがぺたりとラグの上に座ると莉奈ちゃんとオレでドライヤーをかけた。
わーやっぱり水島さん、髪つやつやさらさら、莉奈ちゃんと同じ!
「うん、これでいいかな」
「あ、ありがとう幸星君……」
とんでもない。どういたしまして。ちゃんと水分とってね。
「幸星お前、風呂入っちゃえよ」
「う、うん」
ガシっと優哉がオレの首に腕を回してこそっと囁く。
「お前もお疲れなんだから、可愛い遥香ちゃんが入った湯舟にゆっくりつかりたまえ」
お、お、お前! な、な、なにを言ってくれちゃってんの!?
やめろよ! きょ、今日は莉奈ちゃんが大変な目にあって、水島さんは善意で莉奈ちゃんの傍にいてくれて、お前、この状況で何を言ってんだよ!
美少女JKが入ったお風呂に入るとか、入るとかね、考えないようにしてたんだよ!?
お前、ここでダメ押しでそういうこと言うかよ! 妄想膨らんじゃうだろ!? 妄想だけじゃないところも膨らんじゃうだろとか言うんじゃねえよ!?
お前、オレをからかって楽しんでやがるな!? 絶対そうだよな!?
ああ、入ってきてやる! のぼせて死んでも本望ですよ。
そしてご丁寧にお前が入る前に湯舟を洗いなおして、沸かしなおしてやるからな!
「隆哉さーん、あたし先にお風呂入ってきちゃうね」
「うん」
オレと優哉の側を横切って、スタスタとオカンがお風呂場へ向かってしまった……。
……あれ?
待って。
オカン……オカン! ストップ! スタアアアアアップ!
Stop! Wait! Just moment Please! Mother!
「優哉……オカンが先に入ったってことは……」
「ああ。読まれている。多分……」
オレはがっくりとフローリングに膝をついた。あんまりだよママン……。
「仕方ない、幸星。普通に今後の対策について話そうぜ」
オニイチャンのバカ……いろいろ膨らんだ期待と妄想を返せ……。
莉奈ちゃんはキッズ携帯からキッズスマホに変わりました。
ちゃんと帰るコールならず、帰るラ〇ンを送ってくる。
そして今日は……なぜか、いまウチが保育所のような様相を呈してる。
莉奈ちゃんのクラスの仲のいい女子友と、例の事件の時に傍に居合わせた湯原君と水瀬君(やっぱり水瀬君だった)を招いて、莉奈ちゃんをよろしくね会というか……学芸会の練習にかこつけてうちにお招きしてるのです。
ちなみにこれは優哉の提案です。
「幸星、お前、放課後、キッズの面倒みれる? 一日でいい」
「は?」
「話を聞いてると湯原と水瀬は莉奈を守ってくれたんだろ?」
「うん」
「ありがとうとこれからもよろしくね的な場を設けてみる」
「……つまり湯原少年と水瀬少年に莉奈ちゃんをガードさせるのか?」
「あんまりやりたくない手なんだよな。勘違いするからガード役が」
ということは……お前もやったことあるんだね?
自分に近づく性質の悪い女子を、別の女子で固めてガードさせる方法を。
「まだ小学一年だから、なんとかなるかもしれないだろ?」
「中学年……三、四年生になると冷やかされて離れる感じになるかもだが、当面は効果的ということ? 集団下校を自主的にみたいな」
「そう」
「下校ルート地域同じかなあ? 道路挟んで反対側とかありそうじゃね?」
「やっぱりダメ? 中学生ぐらいなら使える手だけど」
「優哉には有効だけど莉奈ちゃんには難しいかもな。けど莉奈ちゃんを助けてくれてありがとう的な集会ぽいのはやってもいいんじゃね? 隆哉さんにそれとなく相談しようぜ、日時決まったらオレ準備する」
「うん。俺も手伝うから」
「あとオニイチャン、それ、もうやっちゃダメだから。お前が危険だから」
「もちろん、もうやらない」
お願いだよ、命大事になんだからね!
そして現在、真崎家のリビング。
最初はちゃんと学芸会の劇の練習してたけど、飽きちゃったらしくて、ゲームを始めた。
みんなで遊べるように敢えてTVゲームではなくボードゲームを出してやると、みんなわあわあ言いながら夢中。
優哉が帰宅して参戦。言い出しっぺだからか一緒になって遊んでやってるな。
オレは子供達にわたすお土産のカップケーキを水島さんと包んでる。
ラッピングのセレクトありがとう水島さん。
「あの、水島さん……いつもありがとう、迷惑かけちゃって」
「ええ? わたし、たくさんお菓子作れて今日も楽しかったですよ?」
ほんと甘えちゃうなあ。一緒にいることができてオレは嬉しいけど。
「水島さんも、困ったら言ってね。オレ手伝うし」
頼りにならないかもだけど、オレ、水島さんが困ってたら、助けるよ。
そんなオレの気持ちを見透かしたように、水島さんが笑う。
「もちろん、頼りにしてます。幸星君」




