◆48 莉奈ちゃんが怖い目にあった。
中間テストも無事終了……。テスト前はいつものごとく、優哉先生と水島先生と一緒にテスト対策したので結果待ちです。
「それでねー最近ねーゆはらくんとね、みなせくんがね、ケンカするの」
「……水瀬君……って二学期になって転入してきた子だよね?」
「そうなの、みなせくんはね、なんかね、みんなのお兄ちゃんみたいなの」
バイトから帰ってきて飯を食ってる横で莉奈ちゃんが学校の話をしてくれている。
莉奈ちゃんの仲のいいお友達はみほちゃんとかすみちゃんの二人。
いつぞや莉奈ちゃんと一緒に宿題をするためにうちに来た子たちで、時々遊びにくる。または逆に莉奈ちゃんがその二人のお宅にお邪魔することもあります。
「ケンカっていうかね、ゆはらくんはね、いじめっこだからね。多分ね、みなせくんのことが気に入らないんだってみほちゃんは言うの。どうしてなのかな~みなせくん、すごーくやさしいし、しんせつだよ。ゆはらくんよりも足もはやいの。かんじのテストもこの間、百点だったの、莉奈は一つまちがえちゃったから90点だったやつ」
だからじゃね? ライバル意識じゃね? すっげ出来るヤツが現れてクラスカーストトップだった奴が慌てるとか。あるあるだよね。
しかも結構注目度も好感度も高そうじゃね?
これは湯原の天下終了のお知らせか。
気の毒に。いやいや社会に出るとそういうことも多々あると思え。
しかしその転入生の水瀬君。転入してすぐさま注目浴びるのはわかるが、クラス内掌握とかすごくね? オレ人生二回目でハッピーとか思ってるけど、そこまで上手く立ち回るのって人生三回目ぐらいやってんじゃね?
「莉奈に気があるヤツだろ『ゆはら』って」
優哉が口を挟む。莉奈ちゃんの話を聞いてる横で英語のプリントをやっている。
なんか不思議な光景だな。オレがバイト帰ってきて飯食って、同じテーブルで課題してる優哉とか。最近は良く見慣れてる感じなんですけどね。
「気があるってなあに?」
「湯原、莉奈のこと好きだろ、だからちょっかいかけるんだろ」
優哉にそう言われて、莉奈ちゃんは眉間に皺を寄せた。なんか口をむぐむぐして顎にも皺が寄っちゃってますよ、莉奈ちゃん。可愛い顔が台無しだよ。
「なんでええ~いじわるするのに~莉奈はいじわるヤダ~」
よく聞け、全国の男子。莉奈ちゃんの言葉を。
好きな子にちょっかいかけて~ってわかるよ? 口きいてくれるもんな、自分に注目してくれるもんな。
だけどな、好感度がコレだぞ。
ここから好感度上げるのどんだけ難易度高いと思ってんの? 長期計画なの? ずっとずっと好きでいつもちょっかいかけて、でもピンチの時は守ってとか少女漫画的お約束展開が約束されてるとでも?
小学生なんて、ヘタすると好感度下がったままではいサヨウナラだぞ? 大人になってから好感度あげての再会とか確率めっちゃ低いと思うぞ? ていうかないと思え!
オレならそっと見守るけどね。
だけどそこで言われるのが「キモイ」の一言だけっつーのもわかってるけどね!
「ほうほう。莉奈ちゃんは、どういうタイプが好きなのかな?」
「コーセーお兄ちゃんみたいなタイプです!」
「莉奈即答だな」
優哉は頬杖つきながらシャープペンをプリントに走らせてクスクス笑う。
莉奈ちゃん……餌をあげた人を親と思うアレですか?
そこで課題をこなしてるイケメンが理想とはならんのですか?
「優哉お兄ちゃんも好き!」
「とってつけたフォロー、ありがたくってオニイチャン涙でそうだわ」
ほとんど棒読みで答える優哉に莉奈ちゃんはぷうと頬を膨らます。
「ほんとだよ!」
「莉奈ちゃん、宿題終わった?」
「うん」
「歯磨きして、もうお休みしないとね」
「はあい」
莉奈ちゃんはいいお返事をして洗面所へ向かう。よし、いい子。
歯磨きが終わったらお気に入りのうさぎのぬいぐるみと一緒にオレ達二人に「おやすみなさあい」と言って自分の部屋へ戻って行った。
また仕草が可愛いんだよ、これ、ぬいぐるみ抱っこしてぬいぐるみのお手てもってそれをフリフリしてんの。
うちのクラスの女子がやってたら、そういうのがあざといとか言われそうだけどね。
でもね男はな、そういうの好きなんだよ! ましてや莉奈ちゃんがやると可愛さMAXなんだよ! あざとくてもいいその可愛さが正義だ。
「湯原、振られたな」
「当たり前だろーが、ねえ隆哉さん?」
リビングのソファに座ってめっちゃすごい勢いでキーボード叩いてる隆哉さんに振るけど、集中している様子。
邪魔しちゃ悪いな。
「優哉、オレ食後のお茶飲むけど、お前もいる? 夜にコーヒーでも平気か?」
「全然OK。ありがとうオトウトよ」
隆哉さんの分も淹れよう。
真崎家男性陣はコーヒーブラック派です。
後2時間ぐらいは隆哉さんも優哉もこの状態だな。オレも課題のプリントやる。学校違うけど偶然オレも英語の課題出てたんだよね。
自室にデスクあるけど、ここんとこ優哉がダイニングで課題やってるからオレも自室から課題もってきてやるんだよね。ついでにわからないとこ教えてもらうんだ~。
課題を持ってくる前にコーヒーメーカーにコーヒーをセットする。バイト先で買ったコーヒー豆です。その間に課題を自室から持ってきて、プリントの三行目ぐらいに目をとおしたところでみんなのマグカップにコーヒーを淹れて優哉に渡して隆哉さんが座ってるリビングのテーブルに置くと、隆哉さんは無言でキーボードを片手で動かしながら空いた手でオレの頭をポンポンとする。
ありがとねの意だな。そういうところが集中した時の莉奈ちゃんと似てますね。
「ウチの学校にも転入生が二学期に何人かはいってきてるけど、小学生は学年の人数が少ないから目立ちますよね」
今日は土曜日。
学校から帰宅して、(逆再生してからいつも思うんだけど、土曜日授業本当に多いな高校生。ちなみに莉奈ちゃん、学芸会の練習でお弁当持ちだからまだ学校)水島さんと一緒にいつものスーパーによった帰りのこと。
先日の話題をなんとなく話題にしていた。
「莉奈ちゃん。可愛いから人気者だと思います」
「そうだね……男の子にもモテモテね……」
あんまり想像したくないですけどね。
「水島さんもモテモテだった?」
「うーん……あんまり覚えてないです」
上手いな……そつがないな。そういうところ。ちなみはオレはいじめられっ子でしたが、別にモテモテではなく……まあお察しの状態です。小1で男同士から弾かれたら浮きまくり街道一直線ですよ。ええ。それも古い思い出なんでどうでもいいんですけどね。
「いいな」
「はい?」
「わたしもお兄ちゃんが欲しかったな。莉奈ちゃんが羨ましいな。優しいお兄ちゃんが二人もいるなんて」
水島さん一人っ子だからなあ。
「もし水島さんにオニイチャンがいたら、オレ、即抹殺されそうだね」
「大丈夫、幸星君は胃袋をガッチリ掴みますから」
今日は一緒に夕飯をどうですかとお誘いしました。
オカンも今日は夜勤明けで明日は珍しく日曜休みだし、大勢で食べるのはどうでしょう?
さんまが安かったのでさんまの塩焼きがメインで、肉じゃが(これは優哉の、肉は正義のオニイチャンの為)あとはカブがあって、浅漬けとみそ汁にも入れようかなってメニューです。
小松菜と油揚げの煮びたしも作っとくかなって感じ? こういう副菜を作っておくと、朝に出してもみんな食べてくれる。
暑さもなんとなくおちついてきて、ちょっと和食で秋っぽい感じのメニューで買い物をしてきたのです。
今日の夕飯のメニューどうかなとか、水島さんと話ながら歩いていると、前方に、見慣れた後ろ姿。
莉奈ちゃんだ。
莉奈ちゃんに声をかけようとするけれど、なんか周りに小僧どもがうようよまとわりついてる。一人は湯原少年。その友達数人か。でも、莉奈ちゃん、偉いな~ちゃんと自分の身を守ろうと周囲の大人に話しかけてる。
でもなんだか……違和感……。
その違和感は距離が近づくたびにはっきりした。今とっても危険だと知らせるように、心臓が無駄にバクバクいって頭に血が上っていくのがわかる。
大人の人は中年の男性だ。
イジメっ子の子供達を窘めないで、莉奈ちゃんだけに話しかけてる感じがするからだ。
この時点でオレは若干小走りから走る感じで距離を縮めた。
湯原少年の声が聞こえるところまで近付いてきた。
「どっちのアニキだよ!? 真崎のアニキは二人いんだよ!」
湯原少年の声に、莉奈ちゃんの傍にいたもう一人の男の子が中年の男と莉奈ちゃんの間に割って入る。
「莉奈ちゃん、携帯電話でお兄ちゃんに電話するんだ!」
「病院だから、連絡つかないからこうしてきたんだよ」
中年男の声も聞こえる。
割って入った男の子の声に莉奈ちゃんは携帯を取り出して電話かける。
オレのスマホに着信音だ。
着信音が三回鳴ったところでオレは莉奈ちゃんを抱き上げた。
「コーセーお兄ちゃん! よかった! コーセーお兄ちゃんいた!」
莉奈ちゃんがオレの首にすがりつく。
そしてオレは莉奈ちゃんに話しかけてた中年の男を見る。
「ウチの妹に、何か?」
中年男はオレを見ないで走り出し、近くに停めてあった車に乗って去って行った。
追っかけて掴まえて莉奈ちゃんに何を話したか知りたかった。
状況だけで先走って判断しそうだ。
あの男は、莉奈ちゃんを連れ去ろうとしたんだと……。
水島さんが走ってきたときは、男の車が水島さんの側を横切っていった後だ。
「莉奈ちゃん、今、何があった?」
莉奈ちゃんはお兄ちゃんお兄ちゃんと呟くだけでオレにすがりついたままだ。
「莉奈ちゃんのお兄さんが、事故にあってお母さんに頼まれて病院にいる。連れて行くから車に乗ってと言ってました」
莉奈ちゃんと中年男の間に割って入って、莉奈ちゃんに携帯で連絡しろって指示を出していた男の子がハキハキ喋る。もしかしてこの子が水瀬君か?
「どうしよう、お兄ちゃん、優哉お兄ちゃんが事故なのかな?」
「大丈夫。オレが連絡するから」
そんなことあるか。優哉が事故とかオレじゃあるまいし。家族が病院に~なんて子供を連れ去る時の常套句だろ。
くっそ。
莉奈ちゃんに声かけたヤツ、やっぱり絶対ダメなヤツだろ!
走って掴まえて何をしようとしたか拳で問い詰められなかった自分が情けない!
水島さんがオレの手に持っている買い物の荷物をそっと引き受けてくれる。
莉奈ちゃんを抱っこしたままスマホをとりだして優哉に連絡をいれる。
『どうしたー幸星。ラ〇ンじゃなくて直電なんて』
「今どこだ」
『駅についた』
莉奈ちゃんを片腕で抱っこしたままスマホで連絡入れたから、莉奈ちゃんにも優哉の声が聞こえる。
やっぱりあの男、追っかけて掴まえてぶん殴っておけばよかった。畜生!
「……お兄ちゃん病院じゃない……」
莉奈ちゃんはわかっているかな。今自分がどういう状況なのか。
「優哉、オレ、今莉奈ちゃんの学校前。このまま家に帰るけど、すぐに帰ってきて。莉奈ちゃん不審者に声かけられてた。隆哉さんとオカンにも知らせて。莉奈ちゃん抱っこしてこのままウチに帰るから」
優哉は「わかった」というとスマホの直電を切った。
「みんな、ありがとね莉奈ちゃん守ってくれて」
小僧ども……もとい莉奈ちゃんのクラスメート達にそう声をかける。
湯原少年と水瀬少年の頭をポンポンと叩く。オレが隆哉さんにしてもらってるみたいに。
「君たちも気を付けて帰りな。水島さん、行こう。莉奈ちゃん、みんなにバイバイして。おうち帰るよ」
莉奈ちゃんはオレの肩越しに、クラスメートの男子たちに手を振った。
「ごめん、水島さん。荷物持たせちゃって」
「ううん……幸星君は、莉奈ちゃん抱っこしてあげてくださいね」
うん。そうする。
ありがとう水島さん。
途中でオカンと隆哉さんが走ってオレ達の方へやってきて、隆哉さんが莉奈ちゃんを抱き上げる。
オレは水島さんが持っていてくれた荷物を引き受けると、水島さんはスマホをとりだす。
なんと彼女はすれ違っていた車のナンバーを押さえようと撮影したようなのだが、手ブレでナンバーが上手く表示されていなかった。
これにはオカンも隆哉さんも感謝していた。
家に帰って隆哉さんは警察と学校に連絡を入れる。莉奈ちゃんは頭いいから自分がどんな状況だったか理解しはじめていて、オカンと隆哉さんにぺったりくっついていた。
オレもその様子に安心して、なるだけ平常心で夕飯づくりにとりかかる。
かなり動揺してたので、指をちょこっと包丁で切ってしまったが。
ああでも。
連れ去られないでよかったよ……莉奈ちゃん。
そんな気持ちいっぱいだった。
莉奈ちゃんのクラスに転入してきた渡瀬君を水瀬君に変更しました。
書籍に合わせます。幸星のクラスメイトの渡瀬さんと同名だったので。
この話以降にわたせくんが出てきたらみなせくんに変更します。
読んで下さる方の中に校正職人さんがいたらご連絡下さいm(__)m




