◆43 優哉に励まされる。
女の子はずるい。泣いたり笑ったりでオレの心をわしづかみにして、おまけに友達なんて言葉で締めくくられた。
無駄に年食って何も経験してこなかったオレの一番弱いところに渾身の一撃ともいえる一打じゃないか。
まわりがわいわい言うけど、考えないようにしてたのに。
あの場でじゃあねと言って帰ってきたオレを誰か褒めて。
あともうちょっとでもあの場にいたらぎゅうしてたよ! そんなことしちゃったら「友達って信じてたのにひどい!」とか言われちゃうだろうよ。今度会う時顔を背けられて、逃げるように距離とられたら、オレの方が泣くよ?
友達……女の子の友達……そのまま英訳だとガールフレンドだよ!? ガールフレンドって響きは悪くないだろ!? いきなり可愛いからってぎゅうなんかしちゃって、お前のその浅慮な行動でガールフレンド無くしてどうするよってところだろ!?
家族ぐるみでこれからよろしくのところを全部台無しにすることはできんよ!?
ほんとオレよく我慢したよ、そこだけは褒めてやりたい。自分を!
それを優哉に言ったらば、彼は沈黙した。
え……なんでそんな呆れた目なのオニイチャン。そして何故か瞳のハイライトすらも消えている!?
「そこはぎゅうするところだろう」
「オレにガールフレンドは100万年早いということですか、このままアラサーになって魔法使いになるしか道は残されていないと!?」
優哉は頭をかかえてはああとため息つく。
「お前な、もう少し自信持っていいだろうよ、なんなんだよ。いいか、相手は水島さんだぞ? このご時世に、今時珍しいメシウマ敬語女子で、奥ゆかしくて三歩下がって的な男の理想だろ? それがお前とだけで花火大会行くとかどう考えても脈ありだろ、お前ね、俺はぶっちゃけモテるよ? 普通なら「優哉君も一緒に」の言葉がないのはお前狙いってことに気づけ?」
「……」
そうだ……優哉はモテる。めちゃくちゃモテる。
オレと優哉が並んだら、10人中10人は優哉を選ぶ気がする。
水島さんじゃなかったら、絶対言われただろう言葉だなそれ!
「俺は水島さんのそういうところはすごくいいと思う。ちゃんとガワじゃなくて中身まで見てるって感じがする。オレにも希望が持てる。俺のガワじゃなくて、中身を見て惚れてくれる子ができるかもという希望が」
この手のことにはまったくと言っていいほど経験値がないオレは、優哉に言ったら返ってきた言葉はそんな言葉だった。
優哉の中身を見ていいと言ってくれる子……。
改めて考えると、すげえハードルたけえ。
だって人間見た目で第一印象が決まることってままあるじゃん?
優哉はそこでめちゃアドバンテージ持ってるけど、そこで引き寄せられた女子って中身までは見てくれなさそう。
食いしん坊なところとか面倒見がいいところとか、誰にでも愛想はいい感じに見えるけど、自分のパーソナルスペースに踏み込ませるとかあまりしない。そういうのガン無視で近づいてきた女子には結構冷たい。
以前はただ「モテモテだなリア充め」とか思って妬みと羨望だけだったけど、箱根合宿とかこの間の試合とか優哉を見る限りなんとなくそれはわかっていた。
「幸星にとって自信を持つとか難しいかもしれないけれど、ゆっくりでいいから、彼女の事はちゃんと考えてやったら? いい子だろ」
お前はすごく女子に対して厳しいヤツなんだなと理解できたけど……、その合格ラインを突破してる水島さんをそういう対象にはみないのか。
「優哉はいい子の水島さんに行くってことはないのか?」
「中身を見て外見も知ってお前がいいと思ってる子に行ってどーすんだよ、即行でごめんなさいだろうが」
中身かあ……オレはあんまり中身も褒められたもんじゃないはずなんだけど……いやいや、卑屈はいかん。また水島さんに泣かれてしまう。
「ほんとお前はガツガツしてないからなあ」
「はい?」
「オレの周りなんかもっとガツガツしてるぞ女に関しては」
うん、キクタンとか同じクラスの男子連中見てるとすごい勢いだもんな~。
若いからな~。
「そこんとこ幸星は老けてるのか幼いのか、わからない感じだよな」
……まあ、うん、それはアラサーからやり直したっていうのもあるんだろうけど、元々から女子って本当にわからなくて、端から見ててもなんか本当に別のイキモノって感じだったから。
だってほら、遠目に見る分には、あんなに可愛いのに、なんか偶然傍にいただけでもキモイとか言われた小学生時代とかも女子って言葉には簡単に毒を乗せたり、視線に殺気がこもってたり、あまり近づきたくない感じではあったんだよね。
女子だけじゃないけれど……同じクラスの男子もだったけど。
中にはなんとなくオレに引かない子もいて、なんとかかんとかアラサーまで生きたけどさ。
やり直して天使な莉奈ちゃんがいてくれて、なんとなく慣れてきた感じで、このやり直し高校生活では以前よりも引いてないんだけど。
「優哉はすごく気になる子とかいないの?」
「幸星のように純真なタイプには耳を汚すことになるからあんまり言いたくないけど」
「?」
「14で中学の教育実習にきていた女子大生に食われたんで、なんていうか女子ってみんなそうなのかと……」
息が止まった。
お前、さらっと言ったけど、それ、トラウマレベルで被害者じゃんよ!
優哉が男だから、女子じゃないからいいじゃんじゃねーぞ!
コイツの見た目がいいからって、情報過多な世の中だからって、わずかな好奇心と興味に付け込んで、毟り取るみたいなことだろそれ。
「最初がそうだから精神的なレベルでの話ならないなーってだけ、だから俺は幸星とか水島さん見てて癒される部分あるかなー夢見ちゃうね……て……なんでお前泣いてんだ?」
泣くだろう!
お前はさらっと言っただけだろうけど、それは傷ついて当たり前のことなんだぞ!?
優哉はタオルをオレの顔に押し付ける。
その手は莉奈ちゃんの顔の汗をとってあげた時の仕草と同じだった。
「過ぎたことだし、もういいんだけどね。単純に気持ちいいか悪いかだったらそれなりに気持ちいいの部類だし。俺のオトウトは泣き虫だなあ、莉奈に見つかったら俺がイジメたみたいに言われそうだから泣くなよ」
タオルで顔を押し付ける。
「優しいオトウトでオニイチャンは嬉しいね。こんなの周りに言ったら「自慢かよ」で終わっちまうのにな」
「14の優哉が、それで傷つかなかったはずない……」
知らなかったよ。そんなこと。
別世界線の優哉もそうだったのかな……。
オレは自分ばっかり守って守って、切り離してアラサーまで生きたけど。
優哉は何もかも持っていて、ただただ羨ましいって感じだったけど。
何もかも持ってれば、それを差し出せと、傍に置きたいと、自分勝手にそう思うヤツって一定数いて、優哉はオレの家族になった義兄はそういう対象でもあったわけだ。
「お前がちゃんと前向きに恋愛できたら、俺もなんとかなるかなって思えるから、頑張ってほしいわけよ」
「うん」
「じゃ、そのタオル洗濯機に放り込んでおいて。洗濯に出し忘れたやつだから」
オレはまじまじとタオルと優哉を見比べる。
「……オニイチャン……」
「あとさーお前の文化祭終わったら、俺の誕生日だから、なんか旨いもの作って」
作るよ! あたりまえだろ!
「何か食いたいものないのかよ」
「美味しいの」
「漠然とし過ぎだよ、前みたいに餃子とか具体的に言えよ、優哉好き嫌いしないで食べるから一番困るよ」
「ケーキは作って、誕生日っぽいヤツ。ていうか。親父の父の日の抹茶シフォンとか、アレも親父のイメージだったし。俺が好きそうな俺っぽいな~ってケーキ作って」
「わかった……」
作りますとも。
優哉に、オレの兄貴に、オレの家族に。
誕生日おめでとうのケーキ。
甘いのはそんなに好きじゃないはずなのに、優哉はケーキをリクエストした。
ああ、優哉はもしかしたら、オレがこのあと水島さんに連絡とりやすいように、ケーキなんてリクエストしたのかなと思った。




