◆42 その告白は失敗してしまった(遥香視点)
「約束して「オレなんか」って言わないでね。私の自慢の……友達なんです」
やっぱり土壇場で勇気が出なかった。ああ、告白できなかった。失敗しちゃった。
今年の春に両親は海外に行ってしまった。
わたしは高校受験に合格したばかりで、おまけに住まいのマンションは購入して半年ぐらいだったので、独り日本に残ることに。
最初は不安もあったけど、スカイプで両親とは会話できるので、あとは家事と勉強の両立を頑張るだけ。
幸い同じ中学だった汐里ちゃんも高校は一緒だったし不安はない……はずだった。
入学式の翌日、最寄り駅の駅ビルでナンパされるまでは。
過去にナンパされたことはあるけど、いつも汐里ちゃんが追い払ってくれた。だけどその時汐里ちゃんはいなかった。その場で逃げ出したくて逃走経路を確保しようと見まわしてると同じ学校の制服を着た男子と視線があった。
それが真崎幸星君との最初の出会いでした。
「えー助けてもらったって、誰よ?」
「真崎君だよ」
汐里はキョロキョロと教室内を見まわして首を傾げる。
うん、汐里、三次元に興味ないから仕方ないよね。しかも、BL好きだもんね。
「いま委員長と菊田君とお話してる子だよ」
その時の幸星君はクラブを決めかねているみたいで、委員長の富原君と菊田君に相談している様子だった。
汐里のメガネの奥の目が見開いたのは気のせいかな……?
「……モブに紛れて受けがおる……」
ちょっと待って、真崎君は女子に対してガツガツした印象はないけれど、だからって汐里のいうところの『受け』ではないと思うの。
妹の莉奈ちゃんの為に、活動時間の緩い部活を探していた幸星君に、スイーツ部を薦めてみた。実は私も入部したいなって思っていたクラブで、幸星君は見学したら即決していた。
家族思いのいい子だなと思ったし、新しい兄弟に囲まれているっていう状況は大変そうだけど、幸星君はとても楽しそうだった。
そんなある日、幸星君の妹である莉奈ちゃんに会う機会がありました。莉奈ちゃんはすごく可愛い小学生の女の子だった。
最初は人見知りかなっと思ってたけど、すぐに私にも懐いてくれて、幸星君が目に入れても痛くないぐらいに可愛がってる様子がうかがえて、一人っ子のわたしはちょっぴり羨ましくなった。
そして何故か幸星君のおうちでお料理することに、幸星君はお兄さんの優哉君のリクエストを受けて餃子を作ると言ってスーパーで買ったキャベツやニラなんかをみじん切りにしてた。男の子が料理するのなんて初めて見てすごいなと思った。
「優哉はがっつり肉~っていうのがいいから餃子なんだろうけど、オレは小籠包にも挑戦したいなあ」
「難しそうですね」
「そうなんだよ、だから水島さんにも手伝ってもらう形で! いつか挑戦させて!」
「お兄ちゃん、ショウロンポウ―ってなあに?」
「餃子とかシュウマイみたいに、包むんだけど中にスープが入ってるんだよ」
「え……それってどうやって中にスープいれるの? ちょこちょこ入れるの?」
莉奈ちゃんは小首をかしげて尋ねる。それを聞いてくるところがすごいなと思った。
確かに不思議だものね。
「待って、あとで調べる。えっとゼラチン状にするんだっけ? 蒸すとあったまってスープだよね?」
幸星君はせっせと餃子を包みながら答えていた。
「ぜらちんってなあに?」
「ぷるぷるゼリーみたいなの、あったまるとスープになるからぷるぷるじゃないよ」
「えーゼリー食べたいの」
「ゼリーはゼリーで作るからね」
「お姉ちゃんはゼリー作る?」
「作ってみたいな」
「莉奈も! みんなでつくろー! おー!」
幸星君に誘われて餃子を作った日から、おうちにお邪魔することが多くなった。
いつも莉奈ちゃんと優哉君がいて、みんなで勉強したり、お料理したり、海外にいる両親に報告することがいつもそのことで、優哉君なんかは時々幸星君と私が料理しているところを動画に撮っていて、それを私にくれた。
でも、それは幸星君が頼んでいたらしい。
「海外にいるご両親に送ってあげるといいよ、水島さんが一人でも頑張ってるよってわかるじゃん? 今はスマホでこういうのも撮影できるからいいよねえ、ひと昔前じゃそうはいかないだろうけどさあ」
なんて言っていた。自分の動画を両親に送るのはちょっと照れ臭かったけど、でも嬉しかった。
体育祭の時は幸星君は実行委員でクラスを纏めていた。
汐里から午前中の部の借り物競争は避難してた方がいいと言われてたけど、保健委員の仕事もあるし、頑張ってる幸星君を見てたかったし、クラス席にいた。
借り物競争で何度も呼び出されて走らされて、クラクラしてたら幸星君が汐里と一緒に保健室に連れて行ってくれた。
「遥香さあ、もう告っちゃえば?」
エアコンの効いた保健室で汐里に言われた。
「な、なにをいきなり!」
「真崎いいヤツじゃん、オカン気質だけど見た目も受けだよ!」
見た目も受けって……どういう意味かは聞かない方がいいのかもしれない。
「ぼやぼやしてると他の子に攫われちゃうよ!」
本人は全然気にしてないと言うか気が付いてないけど、幸星君は一部の女子には結構人気がある様子なので、汐里の言葉にはドキドキする。
「あたし的にはそれが男子だったらめっちゃ滾るけど!」
……三次元でその思考はどうなんだろう……。
でもその後、幸星君は借り物競争で二年の男子に引っ張られていった時は、汐里の念が通じてしまったのかもと本気で焦ってしまったけど……恋の告白とかじゃなくて本当に安心した。
夏休みが近づいてきて、二学期まで幸星君とは会えないかな、家が近所だから会えるかな? また一緒にお料理できるかな? できたらいいなとは思っていた。
「えーまあちゃん、小杉と一緒に海に行くの!?」
クラス内で仲良くしている女の子たちとお弁当食べている時のことだ。
「ちょっと、水着買いに行かないと!」
「はー小杉の鼻の下が伸びる様子が想像できるわー」
まあちゃんとは尾上愛菜ちゃん。同じクラスの男の子、小杉君と付き合ってる。
夏休みにデート。すごいなあ。
「遥ちゃんは真崎とどこか行くの?」
まあちゃんがそんなことを私に尋ねた。
「ええ!?」
「付き合ってるわけじゃないから、遥香と真崎」
「なんだって……」
「付き合ってるわけじゃないのに名前呼び」
そ、それはいろいろわけがあって、だって名前で呼んだ方がいいから、お兄さんもいるから。
けどこのことを話してないから一から説明するのもなんとなくできない……。
幸星君は兄弟を大切にしてるから、箱根のセミナーで一緒になった「成峰のイケメン」がお兄さんだってバレたら、幸星君がまた女の子達からわいわい言われそうだし。
「遥香は真崎のこと好きなんでしょーなんで告らないの?」
「告らないのって……」
なんでみんなそんなに簡単に告白できるの?
そんなできないよ、好きだけど、告白した場合「ゴメンね」なんて言われたら、立ち直れないよ。お互い気まずくなって、会話もできなくなりそう。
「もうじれったいな! 夏休みに告白しちゃえよ!」
「そうよ、夏休み明けには文化祭だよ! 他校も来るから、うちは生徒数多いけど、真崎はオカンだけどいい物件だし、言い寄ってくる子も出てくるかもしれないよ! そうでなくても体育祭で注目集めてるから!」
そうなんだよね……、注目集めてるんだよね、なんとなく他のクラスの子がいいなと言ってたとか聞こえてくるけど……。
「遥ちゃん、今時の男子は女子がぐいぐい行かないとダメだよ! 全般的に草食系なんだから、肉食系とか俺様とかロールキャベツ男子とかは二次元だからね!」
まあちゃんも握りこぶし作って力説。
「でも、海はちょっと……幸星君プール見学の人だし……」
「あ~」
「じゃあ花火大会とかはどうよ?」
「浴衣! 浴衣! 今時は簡単着付けで行けるよ!」
「水着だろーが浴衣だろーが、そこは食いつく、男子なら!」
「だよね!」
「よっしゃ、まあちゃんの水着と、遥ちゃんの浴衣を見に行くぞー」
「いつ行く~? 今日は部活あるから~」
「手持ちないもんね」
その日の夜、両親にスカイプで花火を見に行くので浴衣買いたい旨を伝えるとOKをもらえたので、後日、女の子のお友達と浴衣を見に行ってしまいました。
でも、浴衣なんて買っちゃって、これ着る機会がなかったらどうしよう。
断られたらどうしよう。
そう思って夏休み直前、一緒に幸星君と下校していたら、幸星君はバイトが決まったみたい。
ああ、やっぱりあの浴衣はタンスのこやしになっちゃうのかな……。
でも、できればせっかくだから着たかった。
夏休み……ちょっとでも一緒にいたいな……。
みんなに「ちゃんと誘うんだよ」って言ってもらったのにな。
駅についたら、すぐに家についてしまうし、ダメもとで!
「あの……あのね……その。よかったら……その……来週の土曜日にアルバイトなければ……花火大会に行きませんか?」
幸星君は驚いたのか一瞬黙ってた。
「えっと、他に行くメンバーとかは……」
幸星君はみんなと一緒に行きたいのかな……。
幸星君自身は賑やかな人ではないけど、菊田君みたいに明るくて陽気な人達に囲まれてるのが好きなのかな。
「まだ誰も誘ってません……」
だって幸星君と観に行きたいから、誰も誘ってない。
私とだけじゃ……ダメかな……。
「えっと、じゃあ……その、他の人は誘わないで」
え、嘘、二人で行っていいの?
「で、できれば、二人で行きたい」
嬉しい! デートっぽい、デートでいいのよね?
「わ、私も、できれば……二人で行きたいです」
花火大会までずっとずっと考えていた。ちょっとでも可愛く見えるといいな、どんな髪型がいいかな? あんまり行ったことない場所だけど大丈夫かな?
会場のマップとか検索してみたけど、地図上だとぴんとこない。
言い出したのは私だから、いろいろ提案した方がいいんだよね?
デートなんて初めてだからわからないよ……どうしよう……。
二人でおでかけするのが嬉しいのと当日の進行の心配で、心臓はドキドキだし、頭はクラクラするし、これならコミュ英の期末テストの方が緊張しないと思った。
そんな当日、幸星君は甚平さんできてくれた。萌黄色で縞の甚平さん。幸星君に似合う!
えー、服には無頓着だからって言ってたから、きっと莉奈ちゃんとお母さんが用意してくれたんだね。甚平さん似合うな、浴衣よりも幸星君っぽい。
幸星君は浴衣を褒めてくれた、スマホでこれでもかっていうぐらい撮影してくれた。
私も幸星君の甚平さん姿撮りたい……。カワイイんだもの。
幸星君は下駄を履いてる私に気を遣ってくれて歩調を合わせてくれて、それだけじゃなくて、中学までは23区の東側に住んでいたこともあったからって、いろいろ、デートコースまで考えてくれていた!
幸星君すごい、私も幸星君もデートっぽいのは初めてなのに、会場のマップも考えてスカイツリー方面から行こうって、案内してくれた。
この時ね、二人でいる写真が撮りたくて、どう言いだそうかと思ってた。
幸星君が目の前で転んだ二歳ぐらいの男の子を立たせて、「泣かないで偉いね、すごい! でもママと手を繋いでると転ばないし、人がいっぱいだからボクが迷子になったら今度はママがたくさん泣いちゃうよ」って言い聞かせてると、男の子の親御さんがお礼を言って男の子を抱き上げていた。
幸星君、子供好きなんだな……莉奈ちゃんをいつもすごく可愛がってるし。
その親御さんに「彼女と一緒のところを撮ってもらっていいですか?」とか言ってて、私も自分のスマホを渡してお願いしてもらった。
嬉しい、夏休みの思い出だ。
そのご家族にお礼を言って、私は嬉しくて、その画像を見てた。
幸星君も同じように画像を見てた。
同じように思ってくれてるといいな。
もちろんこの後、お留守番の莉奈ちゃんの為に、メインの花火をたくさん画像に収めるのも忘れなかった。
夏休み前半は、補講があるので、幸星君との接点も多くて、夏休み前に「夏休みは会えなくなるかな」なんてことはなかった。
それだけじゃない、幸星君は一緒に上野の科学博物館に誘ってくれた。
莉奈ちゃんと一緒に。
幸星君はお弁当も作って持ってきてくれてて、みんなで食べようとした時、急に具合を悪くした。
最初は暑気あたりかとも思ったけど、なんだか違うみたい。
急いで博物館の空調の効いてるベンチに移動する。
「ごめん……水島さん……莉奈ちゃん……せっかく楽しい見学だったのに……莉奈ちゃん、サンドイッチ食べて……」
「お兄ちゃん」
「水島さんもハンドタオルだけ借りる……。二人で食べて、少しでも荷物軽くして……お願いだから……」
幸星君は恐縮してたけど、そんなことより真っ青で冷や汗もかいてる。
膝枕ぐらいしかしてあげられない。
なんか暑気あたりと違うかもしれない……。
莉奈ちゃんが、幸星君のジーンズのポケットからスマホをとりだして、ちょっとだけ離れてラ〇ンの音声入力をしたみたい。「お兄ちゃんがたおれた、どうしよう、いま上野のはくぶつかんにいるの!」莉奈ちゃんの声は幸星君には聞こえてないみたい。苦しそうだった。
スマホにそう叫ぶと、すぐさま優哉君から返信がきた。
30分ぐらいで優哉君が到着。部活の為に外にいたから移動も速かったそうで、一安心。
優哉君は体格がいいから、幸星君を立ち上がらせて肩を貸してた。
わたしも反対側から支えて、タクシーで帰宅した。
後日、幸星君は、「もう元気、夏バテでごめんね」ってラ〇ンで知らせてくれた。
「無理しちゃダメですよ」って返信したら、了解のスタンプが送られてきた。
家族旅行に行くから、体調整えるって。元気になって旅行を楽しんできてね。
一安心したころに、両親の帰国の知らせを受けた。
いいコトって重なるなって思った。
両親はいつもお世話になってるから幸星君を夕飯に呼びたいとか帰国してすぐに言い出した。
確かに私はたくさんお世話になってて感謝だけど、付き合ってないクラスメイトの女子とその両親に呼ばれて夕飯とか、幸星君引いちゃうかも……。
でも幸星君はちゃんと私の両親にも付き合ってくれた。
だから、悲しかったの。
「むしろ、自慢の娘さんが連れてきたお友達がオレでごめんなさいだけど」
その言葉が、悲しかったの。
私の大事な人なんだよ。どうして「オレでごめんね」なの?
「なんで、幸星君はそう言うの?」
「はい?」
「いつも『オレでごめんね』って。私は、幸星君すごいなって思ってるよ」
「あ、え、ちょ、泣かないで」
「泣いてないですよ」
「ごめん」
「ごめんじゃないです、謝らないで」
「うん……えと、あの、ほんと、泣かないで、今日は楽しかったから、オレ、友達の家でご飯なんて初めてだったし、ね?」
「ほんと?」
「うん。嬉しかった、生きててよかったなって思った」
「それは大げさな……気がする……」
「大げさじゃないよ、オレ、水島さんのご両親に会えて嬉しかったよ、緊張したけど、楽しかったよ、いつもしっかりしてる水島さんがちゃんと子供になってて可愛かった。そういうの見ただけでも、よかったなあって思うから、泣かないで」
「じゃあ、幸星君は「オレでごめんね」って言わないでね」
「うん、気を付ける」
幸星君……幸星君……わたし、幸星君のこと好きだよ、大好きなの。
「約束して「オレなんか」って言わないでね。私の自慢の……友達なんです」
ずるいのは私だってわかってる。
告白して気まずくなって、声なんかけられなくなって、幸星君が引いちゃって、そしてまた幸星君から告白を受け取れなくて「ごめんね」なんて聞きたくないの。
だから、だから、友達って言っちゃったの。
やっぱり土壇場で勇気が出なかった。ああ、告白できなかった。失敗しちゃった。
友達ならまだずっと一緒にいられるよね?
今のままなら傍にいてもいいよね?
今までと変わらないよね?
お願い、神様。
私、大事な人で大好きな幸星君の傍に……少しでも長く傍にいたいんです……。




