◆3 どうやら別世界線に逆行再生してるようです。
もしかしてオレは、若返って、別世界線にスリップしたのかもしれない。
もしくは、実は別世界線スリップなんかしてない。
あの時トラックに撥ねられた状態で、オレの身体は病室にいて、コレはオレの見ている夢か? 触れてる感覚も嗅覚も味覚も鮮明すぎるけれど。
どっち⁉ どっちだよ⁉
パニックで奇声を上げたいのを堪える。夢だとしても、だ。ここで叫んで引かれたくない。
耐えろオレ。まだ耐えられるハズだ。
「莉奈は身体が弱くて、祖父母のところに預けていたんだけど、祖父母も高齢でね、莉奈の身体も丈夫になったので、こっちに呼び戻したんだよ」
「よろしくね、莉奈ちゃん」
……オカン……すっげえ嬉しそうだな。うん。オレの記憶する15年前はもっと普通な感じで優哉に挨拶してたけど、真っ先に莉奈ちゃんに挨拶してるよ、この人。
ていうか、叫びださなくて正解。
「昨日の電話でいきなりで悪いんだけどって言われたときは、ドキドキしたんだけど可愛いわああ」
いや、妹欲しかったよ? けどさ、もう少しなんていうか、男としては夢があってもいいんじゃないかって思うわけですよ。年が近すぎて新しい兄になじまないツンデレな妹、お風呂場でドッキリ的な妄想とかもあるじゃないですかー。でも二次元に限るか。リアルであったらまず社会的に死んで、その後ガチで死ぬ。多分。
オカンが一生懸命話しかけている子に視線を落とす。
何歳ぐらいよ、この子。小学生だよね? 小学一年か二年かそこらぐらいか?
家族が増えた状況に放り込まれるんだ。不安しかねーだろ、しかも実兄は一分の隙もないイケメンで、子供にも優しいならいいけど、この子の態度から見るに、こっちきて一か月でそんなに慣れていないだろ。
オレだってこの当時、この真崎さんがメッチャ怖かったもんよ。ていうか幼児期のトラウマで大人の男全般が怖かったわ。
えーやだー女子みたいーとか思われそうだけど、実父に振るわれた過去の暴力とか怒声が15のオレを支配してたんだよ! くっそ、思い出してもブルっちゃうぜ、今回は中身がアラサーなんで落ち着いていますけれどね!
「今週末には新居に引っ越しだから。荷物を整理しないとな」
「そうね、入学式もあるし」
「入学式オレはいいよ、優哉君と莉奈ちゃんの方に行ったほうがいい」
「幸星⁉」
真崎さんとオカンが顔を見合わせる。
「莉奈ちゃんって、今年入学式の新一年生ですか?」
質問の言葉は真崎さんに向けたものだ。
「よくわかったね」
真崎さんが答える。
「それなら、環境変わって心細いだろうし、オカンも職業柄忙しいだろうけど、最初の保護者会ぐらい出てやらなくちゃ。オカンの有給を調節するならオレの行事系は極力省いたほうがいいだろ。こっちは高校なんだし、莉奈ちゃん小学一年生なんだからそっちの方が行事は段違いにあるぜ」
言うだけ言って、オレはコース料理に手をつけた。
「……」
「……」
「……」
「……」
もくもくとスープを掬っていたけど視線を感じて手を止める。
何? なんで皆さんオレに注目してんの?
「幸星君、しっかりしてるね」
真崎さんがしみじみとした口調でそんなことを言う。
そしてオカンは全く別のことを指摘した。
「あんた、こんなコース料理食べたことないのに、スプーンとか迷わなかったわね」
会社関係の結婚式には出まくってたからな!
だけど、15の時のオレはこんなコース料理を目の前にしたら、キョドって戸惑いしかなかったはずだ。
オレは優哉を見た。こいつはデキル男だから知ってて当然だよな。
ん? でも、こういうコース料理って……一番最初に食べたのは……。
「……あの、中学の最後に移動教室とか社会科見学とかのついでにこういうマナー教室的なやつやらなかったっけ?」
オレが優哉にそう話しかけると優哉はうなずく。
「うん、やった」
そしてオレは莉奈ちゃんに視線を落とす。莉奈ちゃんはお子様ランチを目にしたままだ。
「……」
「莉奈ちゃん、こっちのサラダ食べてみる?」
「……」
莉奈ちゃんはこっくりとうなずく。
……一人だけお子様ランチは疎外感だよな。一緒に生活しようっていうなら特にさ。
オレはウェイターさんを呼ぶ。
まさか高校生に呼ばれると思わなかったのかな。プロらしく表情にはでないけれど。
「すみません、この子用にとりわけてあげたいので、ハーフポーション用の取り皿ください」
いいよね? この店、シェアぐらいはOKの店だよね? この小さい子も入店OKなんだから。
「……」
「……」
「……」
オレは取り分けて莉奈ちゃんに渡すと、オカンと真崎さんと優哉の視線を受けていた。
え? 何? え?
小さい子だから親切にしたつもりでも、他所目線から見たら不審者だった⁉
「咲子さん、口数少なくて、内弁慶でとか幸星君のこと言ってたけど、全然違うじゃないか、年齢の割にはしっかりしてるよ」
え、まって、違うから、オレは口数少なくて内弁慶ですよ! ナニ感心したような眼差しを送ってくるの?
ヤメテ、その期待のこもった眼差しヤメテ、貴方の実の息子さんのスペックよりも遥かに下なんです!
「あんたの口からハーフポーションとかいう単語が出てくるとは思わなかったわ」
ああ確かに!
そうだよウェイター呼んで取り皿頂戴なんて言う子供じゃなかったよオレは!
一瞬しまったと思ったが咄嗟に叫ぶ。
「漫画で読んだ! ゴメンね! オタクで!」
どうせすぐにオタクだとバレていたんだ15年前はな。
もういいや、ここでカミングアウトしちゃえ!
そういうと優哉はプっと噴出した。
「幸星君、漫画好きなんだ! 俺も時々読むよ」
「え、マジかよ!」
絶対お前参考書しか開いてないイメージだったわ!
ていうか、こいつと一番最初会話したのって……15年前はどうだったっけ?
覚えてないけど、マンガ読むなんて言葉はこいつから聞いたことはなかったのは確かだ。
優哉は爽やかに笑う。イケメンの爽やかな笑顔は、絵になるなあ……羨ましい。
「俺のことは優哉でいいよ。優哉お兄ちゃんって呼ばれるのは莉奈だけでいいからさ、だから俺も幸星君じゃなくて幸星でいい?」
返事をどう返したらいいかわからず、首を縦にコクコクと振る。
「コーセー……おにいちゃん?」
オレは莉奈ちゃんの方を見る。
ちょっとまって、今、オレ、莉奈ちゃんになんて呼ばれました?
「コーセーお兄ちゃんは莉奈のお兄ちゃんになるの?」
「ハイ、ソウナリマス」
「何故、そこで莉奈に敬語? そして片言?」
優哉の突っ込みが入る。
「うん、あのね、オレもね、妹が欲しかったの。オカン、頑張ってもう一人産んで?」
「ちょ! アンタ何言ってんの?」
「この可愛いのがもう一人追加、どんなドリーム? オレ喜んで子守り要員になる!」
「ガチで言ってるようですよ、咲子さん」
優哉がオカンにそういうとオカンと真崎さんが笑う。
莉奈ちゃんは一生懸命フォークを使ってサラダを食べてる。
そのしぐさの可愛さといったらっ……マジ天使!
オレのオタク属性は主に二次元。漫画、ラノベ系。そしてたまにアニメ、ゲームな感じなわけよ。
三次元、および2.5次元はちょっとジャンル違いなわけですが、リアル三次元妹の至近距離から「お兄ちゃん」呼びの破壊力。
そしてちいさな口をもぐもぐ動かしている仕草。
……ヤバイ。
今まで触れていなかった新しい世界の扉を開きそうだぜ。三次元推しという扉を。
「り、莉奈ちゃん、オードブルも食べる? 好き嫌いないかなー」
そう尋ねると、莉奈ちゃんはこっくり頷く。
オレはいそいそと運ばれてきたオードブルも取り分ける。
「あ、真崎さん、莉奈ちゃんアレルギーとか持ってますか?」
「いや、多分ないと思うが……」
「オカンも気を付けたほうがいいぜ、小学校給食とかアレルギー除去食とかも作ってくれるけど前もって申請だと思う」
「そ、そうね!」
「パパ、いつ引っ越し? 莉奈、コーセーお兄ちゃんと一緒に遊ぶ!」
餌付け成功⁉
莉奈ちゃん! お菓子あげるからって言われても、知らない人にホイホイついて行っちゃダメ! 絶対!
ったく、どこのどいつだよ! 年の近いツンデレの妹希望とか抜かした奴は! オレだよ! ごめんなさい!!
ちっさくて素直でかわいい妹、万歳……マジ天使。
「あ、オカン! 莉奈ちゃん小学一年生なら入学してしばらくは早めに帰宅するんじゃなかったっけ? 日中誰もいなくなるじゃん!」
「そこはしばらく夜勤シフトにしてもらってる。日中はいるわよ」
オレはほっと胸をなでおろす。
「でも夕方はねえ」
「オレが早めに帰宅するよ! だって、優哉部活あるだろ?」
「あるけど……いいのか?」
「いいよ、オレ適当な部活入ってしばらく幽霊部員するから!」
二度目の15の春……。
新しい家族との生活がこの日から始まった。




