◆35 三人で博物館見学したものの……。
外は炎天下なのに、この建物の中は涼しい。
もっと人が少ないと趣きがあるのかも。
昭和初期に建造されたと言われてるこの科学博物館の日本館は、外観も内装もレトロな雰囲気だ。やっぱり来てよかった。
白いドーム型の天井に、ステンドグラス。外の光を受けて反射している。莉奈ちゃんも天井を見上げて「わーきれいねー」と呟いた。
土日じゃないから来館客も少ないかなっと思ったけど、さすが夏休みだ。
迷子にならないように莉奈ちゃんはちゃんと手を握っている。
ちなみに莉奈ちゃんのもう一つの手は水島さんの手を握ってる。
なんか発見された宇宙人の写真みたいな立ち位置になっちゃってるけど、いくらなんでもあそこまで莉奈ちゃんは小さくないですよ。
でも端から見たら、なんか変な組み合わせだよなあ。兄妹とクラスメイトの女子の組み合わせって一体何なのかと。けど、水島さんと二人で行った花火大会よりは緊張はしてません。これはいいことかも。莉奈ちゃんがいるからね、莉奈ちゃん本当にありがとう!
オレがアラサーのままだったら、娘二人を連れた父親に見てもらえるかも……不審者とかに見られたら泣く。絶対。
莉奈ちゃんは小学一年生らしく、隕石とかに興味はないみたい。動物のはく製や模型、特に大きな恐竜の骨格模型を前にしたら「わあー大きいねー。すごーい、きょうりゅうのがいこつー」なんて呟いてる。特別展はいま恐竜博だから、もっと興奮するかなと思いながら、今日は手始めに本館を堪能している。
オレはフーコーの振り子とか隕石とかそっちの方をよく見たかったけど、莉奈ちゃんに見せても、隕石にロマンは感じないし退屈だよね。まだ小学一年生だし。
でかい骨格標本とか、絵にしやすそうな感じのものをスマホで撮影していると、莉奈ちゃんがオレのシャツの裾を引っ張った。
「莉奈と、はるかおねえちゃんもいっしょのところお写真とって~」
「はいはい。じゃ、恐竜さんの近くに行ってね」
「はあーい」
莉奈ちゃんは水島さんを引っ張って、ピースサインを送ってる。
三次元推しを遠慮なくスマホに収められるとは……なんのご褒美か。
キクタンを始め、彼女いない男子に水島さんや莉奈ちゃんのゆかたとか本日のお出かけ仕様ワンピース姿とか見せちゃったら、絶対に欲しがるだろコレ。
すげえ騒ぎになるから見せませんけど。
二人とも、めっちゃ可愛いなあ~。
莉奈ちゃん笑顔がキラキラしてるぞ。
一緒にお出かけが嬉しいんだよな。莉奈ちゃん大人しい性格だとは思うけど、結構テンション高いよ、今日は。
繋いでる水島さんの手を振ったり、鼻歌歌ってたり。あーオレの妹ちょー可愛い。
そんでもって、二人が今日お召しになってるワンピースはどことなくお揃い感があるし、莉奈ちゃんが薄いブルーで水島さんが薄いグリーンのワンピースです。オレの妹じゃなくて、仲良し姉妹に見えるよ?
二人を撮影したあと、再び恐竜の骨格標本とかをスマホの画像に収める。
うん、こういう迫力のある画像を撮ってあとで莉奈ちゃんの宿題の時に役立つかな?
莉奈ちゃん絵日記の宿題だけだもんね。
あーでも、こうして博物館来たのは正解だな、子供の頃に来ただけで、記憶が薄いから、改めて来館すると発見があるし、視点も違うし。来てよかった。
博物館の中をいろいろ見て回ったころに、莉奈ちゃんが一言。
「コーセーお兄ちゃん、おなかすいた」
はいはい。本日はお弁当持参ですよ、お嬢様。
一旦、常設展を出て、木陰のベンチを探す。
高校生以下は入場無料だからね~ちょっと外にでてお弁当食べるっていうのもアリだろと思って作ってきたんだよ。
これがオレにもう少しお金があったら、アメ横あたりまで二人を連れて蕎麦屋なんかにいくところだけど。聚楽でもいいけど、暑すぎて食欲ないから、スルっとのど越し通る蕎麦なら最高だろ。
なんせ今は学生なんで先立つものがないのですよ。
冷凍のペットボトルを買ってきておいたんだけど、どうだろ。溶けてるかな。
「お兄ちゃん、早く早く~」
「はいはい」
可愛いカッコしてるのに食いしん坊ばんざいだな、莉奈ちゃん。
「はい、水島さん」
オレが冷凍ペットボトルを渡すと水島さんは驚いた顔をしていた。
「え、わたしの分も!?」
「みんなの分持ってきたよ。莉奈ちゃんはこれね」
「わーつめたーい!」
すべすべほっぺに冷え冷えのペットボトルを押し当てる。
キャップ開けておくと溶けやすいけど、水島さんにそれは渡せない。溶かし目的とはいえ、キャップ開けたペットボトルとか渡せない。なので三つとも冷え冷え冷凍カチコチンのペットボトル。お弁当も傷まないように保冷を兼ねてたんだ。
「うーん。やっぱりあんまり溶けてないな。ちょっと自販機探してくる」
「わたしが行きますよ?」
ベンチから立ち上がろうとする水島さんを手で制する。
水島さんを一人とかにさせると、ナンパ系の変なヤツがよってきそうだけど、莉奈ちゃんと一緒だと二人で防衛できそうだもんね。頼みますよ、莉奈ちゃん。
莉奈ちゃんは「莉奈も一緒に行く」とは言わなかったから、多分オレの意図を読んでくれていると思う……思いたい……視線はサンドイッチが入ってるランチボックス一直線だけどそう思いたい。
「いいよ、食べながら待ってて、サンドイッチだから食べやすいとは思うけど……ただ、我が家の弁当組は男子なんで、サンドイッチでもボリューミーかもね」
タッパーを開けると茹でブロッコリーとプチトマト、あとサンドイッチ。
水島さんはすごーいとオレの持参したお弁当をのぞき込む。
くるくるロールしてあげると女子受けしそうだけどサンドしてる具材がボリュームあるから。くるくるロールしてなくてすみません。
ちなみに隆哉さんと優哉の分も作って持たせました。優哉も一緒に行く? って誘ったんだけど、なんか部活だって残念そうにしていた。試合が近々あるらしい。
次回は予定を合わせて誘ってやろう。
優哉もこういうの嫌いじゃないだろ、普通に映画よりは楽しむんじゃないかな。
自販機探して、ミルクティー二つにカフェオレ一つ抱えて戻ると、二人は食べずに待っててくれた。
「食べてくれてよかったのに」
「いただきますは、みんな一緒なの」
莉奈ちゃんが言う。
はーこの子いい子やー……莉奈ちゃんは祖父母のところに預けられていたことがあるみたいだけど、祖父母の方々、ちゃんと可愛い可愛いだけじゃなくていろいろそういうところを教えていたんだね。
「優哉お兄ちゃんのクラブとか、コーセーお兄ちゃんのアルバイトとか、パパのおしごとみたいに遅くなる時以外は、みんな一緒なんだよ」
「莉奈ちゃん偉かったですよ、ちゃんとお兄ちゃん待ちますって」
「はい、じゃいただきます」
オレは水島さんにミルクティーを渡してそう言うと、莉奈ちゃんは卵サンドから手を伸ばした。
キュウリのみじん切りが入ってます。
「たまごおいしー! キュウリがぷちぷちシャリシャリする!」
「ほんと食感が違いますね、おいしいですよ、幸星君」
「ほんと? よかった」
レタスハムサンドにオレは手を伸ばす。
三人で木陰でランチ。
いいな、こういうのも、オレは通りの人々を視界に映しながら、カフェオレを一口飲む。
やっぱり親子連れとかカップル多いな。
就活してる大学生とかも時折通り過ぎる。
そして何気なく視線を周囲に向けていたら、独りの中年がオレと視線があった。
「お兄ちゃんどーしたの?」
莉奈ちゃんの声ではっとする。
金縛りにあったみたいに動かなかったオレは莉奈ちゃんを見る。
「顔色悪いよ」
「熱中症になりましたか?」
声をかけてくれる水島さんにも視線を移す。
どうしよう……目が合ったあの男は近づいてくる? 通り過ぎる?
どうしよう……オレ一人ならこの場からすぐに逃げられるけど、この二人がいる。
わかる、視線が向けられてるのがわかる。視界の端から近づいてくるのがわかる。
やばい。まずい。やばい。来るな。
水島さんは食事を止めて、タッパーを片付けてランチボックスに収め莉奈ちゃんを促す。
「莉奈ちゃん、幸星君、具合悪いと思うから、ちょっとさっきの博物館にもどりましょう。少し涼んでから帰ろうか」
「う、うん。お兄ちゃんだいじょうぶ? しっかりしてね」
水島さん、ありがとうナイス判断。
オレは二人に手を引かれて博物館に戻った。
大人は有料だからこの中まで追ってこないはずだ。
そうだよな、あれから10年近く経ってるし、オレだってわかってないと思いたい。
似てるかもしれないからって、この炎天下の中ずっと外でオレが出てくるのを張ってるわけじゃないだろう。そう願いたい。
建物の中に入って、一番近くのトイレに駆け込んだ。
大して食べてなかったけど、サンドイッチとカフェオレを全部リバース。
口の中も顔も洗って男子トイレから出ると、莉奈ちゃんと水島さん二人が外で待っててくれた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
ダイジョブじゃない。ごめん、ヤバイ。そしてオレ、なんて弱メンタル。
座れるところを探して、手近なベンチに座って両手で顔を覆う。
背中の汗がシャツに張り付いて気持ち悪い。
両手で顔を覆って、ため息をつく。
「ごめんね、二人とも」
顔を覆ったままそう言う。
楽しかったのにごめん。ほんと台無しにした。
「今日は暑いから、お外じゃない方がよかったのかな?」
「そうですね」
違う。天候のせいとかじゃないよ、熱中症でもない。
「カフェオレじゃなくて、さっきのお茶はまだ溶けてないし……経口補水液は無理でもポカリならあるかもしれないので買ってきます」
「いい、大丈夫だから」
オレは水島さんを引き留める。
「メンタルから……キてる具合の悪さだと思うから……大丈夫」
莉奈ちゃんはオレのジーンズの後ろポケットに収めているスマホを取り出して、ピコピコと弄ってる。
「優哉お兄ちゃんが今こっちに来てくれるって!」
莉奈ちゃん……優哉に連絡いれたのか……。
「幸星君、上半身だけでも横になってください、辛いでしょ?」
水島さんが自分の膝の上にハンドタオルを布いて頭ここにと言う。
普段なら絶対固辞するけど、素直に水島さんの好意に甘えてしまった。
「ごめん……水島さん……莉奈ちゃん……せっかく楽しい見学だったのに……莉奈ちゃん、サンドイッチ食べて……」
「お兄ちゃん」
「水島さんもハンドタオルだけ借りる……。二人で食べて、少しでも荷物軽くして……お願いだから……」
そう言ったのに、水島さんは膝枕を外そうとしなくて、オレの額に軽く掌を添えててくれた。
ああでも、万が一、アイツがこの博物館にまで入ってきたら、すぐに逃げられるようにしないと……。
頭がガンガンする。
気持ち悪い。動けない。こんなんじゃ逃げられない。
――こんなところで、あのクソ実父に出くわすなんて最悪だ。
情けない……動けオレ。
寝てる場合じゃない、起きて、この二人を守らないと。
あのクソはオレだけじゃなくて、オレに連れがいるってわかったら、この二人に何するかわかったもんじゃない。
殴られっぱなしだったガキの頃とは違うし、ましてや、オレはアラサーまで生きただろ。
この見た目どおりの子供ってわけじゃないんだから、なんとかなるだろ。
頭痛い、痛いけど、我慢。
「あ、優哉お兄ちゃん!」
オレが起き上がろうとしたところで莉奈ちゃんが声を上げる。
「幸星、大丈夫か?」
速いな優哉どうやってきたお前、走ってきたとかならさすがチートイケメン様だぞ。
ぐらぐらするけど上半身を起こす。
「優哉……」
「お前、貧血起こしてるんじゃね?」
「……クソな男にばったり会った」
オレがそう呟くと、優哉は何が起きたのかわかったみたいだ。
「莉奈、水島さん、帰るぞ、タクシー使う」
オレは優哉と水島さんに支えてもらいながらなんとか歩いて外に出た。
外に出る時は足がすくんだ。
優哉は莉奈ちゃんに迷わないようにと水島さんと手を繋いでと注意する。迷うことなくJR公園口まで出てタクシーを捕まえる。
子供だけで乗り込んできて、タクシーの運ちゃんはビックリだろう。
水島さんは助手席に、莉奈ちゃんとオレと優哉が後部座席。
「咲子さんの病院行くか?」
「いや……オカン今日は日勤だから、今頃は夜勤の人と交代のブリーフィングだろ……」
オレがそう言うと、優哉は免許持ってないのに、都内の主要道路マップが頭の中に入ってんの? ぐらいテキパキと自宅までの最短ルート指定をするとタクシーは走り出したのだった。




