◆32 花火大会デートです。
「そんなさ~、花火大会に行くだけで甚平着るとかねーだろ」
花火大会当日、莉奈ちゃんが甚平を着たオレを見て満足気にうんうんとうなずく。莉奈ちゃんオレの話を聞いてるの?
「混雑会場を歩くなら普段着がいいと思うんですけどね?」
オレがそう言ったら、莉奈ちゃんはほっぺをぷうっと膨らませた。
何コレ可愛い。オレはほっぺを指先でつつく。
「お姉ちゃんは、きっとおしゃれしてきてくれるの! コーセーお兄ちゃんもおしゃれにするの!」
お洒落……、オレ自身からほど遠いワードがこのぷくぷくほっぺ莉奈ちゃんから飛び出してきましたよ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんが浴衣着てたらスマホでさつえいして送ってね」
「?」
「かわいいの、莉奈もみたいの」
……いや、うんでも、ほら、混雑会場を予測して普段着でくるかもだし、そうなるとコレ(甚平)じゃない方がいい気もしてきたぞ。
普段着に着替えたら、莉奈ちゃんのほっぺがまたぷくって膨れちゃう?
「いいじゃん、もう行ってこい。莉奈がうるさい」
優哉がスマホを弄りながら言う。
「行ってらっしゃーい、莉奈におみやげ買ってきてね~!」
二人に玄関先で見送られて、結局このまま外に出た。
思い起こせば、逆再生前に、女子と二人でおでかけなんてイベント……ありませんでした!
緊張しすぎてやっぱりやめますとか、逆再生前なら絶対に言ってた気がする。
花火大会は夜だけど、お昼過ぎに会場に向かって、観覧ポイントとか見つけようって、ここ数日連絡とりあってました……。
でも、やっぱり早すぎかな~。今住んでる場所は、前に住んでた場所と反対側、山手線を縦に半分にすると西側にいるから、移動の時間もあるし……って思ったんだけど。
水島さんのマンションの前に着いたので、スマホで知らせてみると、返事が返ってきた。
ほどなくして、オートロックの扉が開いて、水島さんが現れた。
――可愛い!
やっぱりこの人お洒落さんだよ! めっちゃくちゃ可愛い! 白地に大きな薄い青い花の柄、これ百合の花だよね。帯はちょっと色の濃い青で、夏の浴衣って感じだ。無地の青い巾着持ってる。
いいの!? こんな可愛い子とおでかけしていいの!? オレ死んじゃうんじゃないの!?
なんか幸運全部使いきった!?
この先、クライ、ダサイ、キモイとののしられて誰にも見向きもされない人生再びスタートしちゃうの!?
「あ、あの、おかしい……ですか?」
おかしくなんかないよ! おかしいのはオレの頭の中身か、顔ですよ!
浴衣いいっ! すごくいいっ!! 水島さんには似合うよ!
「ぜ、ぜ、全然、す、すごく、か、可愛い……」
どもったああああ!
でも、これどもるよね?
ていうか、よく言えたと自分で自分を褒めたいぐらいだっつーの!
「あ、あの、写真撮ってもいい?」
「花火じゃなくて?」
「莉奈ちゃんが、写真撮ってきてって……水島さんが可愛い浴衣着てるの見たいんだって」
ああ、なんか言い訳がましい怪しい人っぽい! でも莉奈ちゃんからのお達しは本当なんですよ~!
水島さんはちょっと迷ってたみたいだけど、うんと頷いてくれたので、スマホで撮りまくりました。
コスプレイヤーを撮影するカメコのごとくね!
お前、それ、莉奈ちゃんに見せるだけじゃないだろぐらいにね!
これ、スマホの待ち受け画面にしてもいいかな!?
一通り撮影したら、とにかく気持ちは落ち着いて、水島さんと目的地に向かうことにした。
水島さんが歩くと、下駄の音が鳴った。
なるべく歩調を合わせてゆっくり歩く。
オレなんかはビーサン履いてるから楽でいいんだけど、下駄って慣れないと歩きにくいよね。
本当はね、本当はね、いろいろ考えてたんだ。
「やっぱり……へんですか?」
「え?」
「こ、幸星君……そ、その、黙ってるから……」
言葉なんか出るかあああ! ここで普段通りに会話できる男って、どんだけスペック高いんだよ! どんだけ女慣れしてんだよ! オレは元アラサーだけど、こういうの全然経験ないんだよ! ごめんね! 中身情けないおっさんで! 水島さん可愛すぎて緊張してんだよ!
「違うよ。えっと大丈夫かなって……」
「?」
「下駄、歩きにくいかなって」
「だ、大丈夫、もっと早く歩きます」
「わー! 違うから!」
オレは手を振って否定してたけど、その手を片方水島さんに差し出す。
「こ、転んじゃうと大変だから」
わー! 何で自分からハードル上げてんのオレ!
いやー、何どさくさに紛れて手をつなごうとしてんの? とか引かれちゃう!?
オレの緊張と不安は、水島さんが手を繋いでくれたことで、なくなった。
「うん、ありがとう、幸星君」
あの、あのですね、聞いてもらってもいいですか? 莉奈ちゃんと手を繋いだことはあるよ? ていうかいつもつないで登校してますよ?
けど、女子高生と手は繋いだことないんですよ!
距離は近いし、いいにおいするし、髪とかつやつやだし、顔可愛いし。
しばらく二人で黙っちゃったけど、間がもたない。
何か会話、会話……。
「水島さんの足がつらくなかったら、いろいろ寄り道したかったんだよね」
「寄り道ですか?」
「方面的には、少し距離あるけど、かっぱ橋とか、調理道具の問屋街って有名だから、どんなもんかなって、水島さん料理好きだし、そういうのにも興味あればなって」
オレがそういうと、水島さんの瞳がキラキラしてる。
「あとは、実はオレまだ一回も行ったことないんで、スカイツリーとかだけど、押上から両国方面は墨田川上にかかる首都高6号と向島線で遮られそうなんだよな……でもそこからあのビール会社のオブジェを見ながら、第一会場の桜橋方面へ進もうかと」
「幸星君……すごいかも」
「え?」
「あ、あの、わたしね、自分で花火大会に誘ったのに、実は会場近辺のところは、よくわかっていなくて……」
「あーうん、ほら、オレ、高校前はどっちかっていうとそっち方面にいたから、土地勘はあるっていうか……それに……」
「それに?」
「お、女の子に誘ってもらっておいて、それだけっていうのも、なんかカッコ悪い気がしたし……」
そもそも、普通は男の方からデートに誘うもんだろ!? チキンハートすぎで申し訳ない。
でも、行くって決めたら、やっぱりいろいろ調べてしまいますよ……ええ。
「えっと、それじゃ、今日のスケジュールは幸星君にお願いします」
「オレの希望でいいの?」
「はい」
そう言われたので、電車を乗り換えてスカイツリーまで足を延ばした。
逆再生前ではできなかった、ベタなデートコースだ。
可愛い女の子と一緒に、ちゃんとしたデート、やってみたかったから。
すみだ水族館ものぞいたり、展望台に行ったり、規制の道路に入ったら、ちょっとだけお茶したり……やっぱり花火大会当日だけあって、スカイツリー周辺も混雑してたけど、それでも、わくわくしたし嬉しかった。
いろんな話もした。
両親がこの夏に日本に戻ってくるので嬉しいって水島さんは喜んでいた。
いいことだ。
「両国の江戸博物館もいいなあ……」
「はい?」
「高校生って学割効くから、いろんな都内の博物館とか資料館にできるだけ観に行きたいって思ってるんだ。バイトを始めたのもそれが理由。手始めに莉奈ちゃん連れて、上野の科学博物館とかにも行きたいなって」
あと少しで規制がはじまる国道6号線を横切りながらそんな言葉出てた。
「わたしも一緒に行っていいの?」
「うん、水島さんさえよかったら、一緒に行きませんか?」
「……はい」
水島さんが答えると、第一会場から最初の花火が打ち上がる。
「莉奈ちゃんの為にもいい場所でちょっとでも動画とりましょう!」
水島さんが花火に負けないくらいのキラキラの笑顔でそう言ってくれた。




