◆2 目覚めたら記憶にある天井だった。
「どういうことだ……」
……目覚めた場所は……アパートだった。
ちょっとまて、この場合は普通「知らない天井だ」で病室一択じゃないのかよ⁉
記憶を整理してみよう。
昨日は年末のくそ忙しい時期に後輩が美人の嫁さんをゲットして晴れの挙式だったはずだろ? そこの二次会で花婿と花嫁を暴走トラックから庇ったんだよな。それは覚えている。ここは病院じゃないの⁉
それになんでこんなあったかいの?
エアコンもついてないのに春みたい?
オレは天井に吊らされている電気を見つめる。なんとなく記憶にあるこの部屋。
今、住んでいるアパートじゃない。
オレが六歳の頃に飲んだくれの親父に三下半を突き付けた母親と、中学時代に暮らしていた下町のアパートの一室。
しかも季節は春……。
がばっと上半身を起き上がらせてみると、身体の軽さに自分でビックリした。
腹筋に力を入れた瞬間、その反動の瞬発力。
毎朝、何故会社に行かねばならないのだろう、好きな時に寝て好きな時に起きて、漫画とアニメと動画と音楽とゲームで一日費やせないものかとヲタな思考に苛まれながら、うるさいスマホのアラームで起きだして、身支度して通勤ラッシュに揉まれる日々を送っていたいつもの朝の動きとは違う。
駅前のコンビニで栄養ドリンク飲んだって、ここまでの効果はねえぞ。
自分の顔に手を当てるが視界に映る皮膚感が、これまでと違う……。
オレは起き上がって襖を開けると、すでにキレイめなお洒落スーツに身を包んだオカンがいた。
ちょ、オカン若くね⁉
「あらあ、起こそうと思ったけど、起きてたの?」
「オカン……?」
「何?」
「ねえ、なんで若いの? ちなみにオレはサラリーマンで昨日後輩の結婚式に出席して二次会が終了して店から出たところで暴走してきた軽トラに轢かれたはずなんですけど」
息継ぎなしで一気に語ると、オレの顔をまじまじと見てから気まずそうにオカンは尋ねた。
「……幸星……あんた……やっぱり真崎さんとの再婚は反対なわけ?」
いやいや、オレはすでに真崎姓を名乗って15年経ってるでしょ? ていうか……ここはオカンが再婚する前に住んでたアパートそっくりですけど!
「へ? オレ、真崎幸星のはずでしょ? 何言ってんの?」
オレがそう言うと、オカンは照れながら「いやまだ籍はいれてないからね、今日の食事会の後に二人で入れてくるから!」とか言い出した。
おいおいおい。まてまて、確認させろ!
くっそ、多分この当時、母子家庭だから新聞とってねーよ!
そうだ、確かキッチン棚の側面にカレンダーをかけていたんだ……。
オレはカレンダーに視線を走らせた。
なんだよ……まじかよ……、なんで今年の元号と西暦!? だとしたら30のはずだろ? どういうこと⁉
慌てて自分の状態を見ようと洗面台に駆け込んだ。そんなオレの背中へオカンが「一応、顔合わせだから、あんた、高校の制服ねー」なんて声をかける。
その言葉を背に洗面所の鏡を見ると……見ると……オレがいた。
確かにオレの顔なんだけど……。
「子供かっ⁉」
なんじゃこりゃああああああ! 自分の顔に手を当てる。
15年前のオレだよ‼
でも待て、どこか違うところがある。
この顔、確かに俺の顔だったんだけど整形しました?
なんかパーツが……そうだ、目のパーツがオカン譲りになっているよ。
前はクソ親父似の三白眼だったのに。
オレの叫びが単純に奇声に聞こえたらしいオカンが「何どうした?」と洗面所に駆け込んでくる。
「いや、その、なんでもない……なんとなく……その気合い? みたいな?」
「やっぱりアンタ、この再婚に反対とか……」
いやいや、そうじゃないよ、顔が変わってるんだよ、なんで気が付かないの?
そんなことを言ったら「やっぱりこの再婚は反対なのかな」なんてオカンがしょげちゃうだろ?
「再婚に反対はしない大丈夫」
オレが顔の変化の動揺をどうにか抑えてそう伝える。
だって、オレがここで反対とか叫んでいたら、どうなるんだ?
未来は変わるだろうか?
変わるとしたら……多分、離婚したにもかかわらず、いまだ付きまとう酔っ払いの親父の暴力と金の無心におびえる日々がこのまま続くのは確定だ。
15年後の、トラックに轢かれる前の生活よりも、さらに目も当てられない生活しか想像できない。
「オカンまだ若いし」
15年前のオカン、やっぱ若いわ。うん。
再婚いいんじゃね? ここでやめろとかいう選択はなしだな。
「幸星、お前熱でもあるの?」
「……春休みボケなんだよ」
オレはそうごまかした。
再婚を止めるのはなしだな。
だって再婚してから、実父の付きまといはピタリと止まった記憶があるし……。
オレの実父に比べると、真崎さんはしっかりした大人の男だったし……。
そう……しっかりした大人の……男……。
イケメンだし働きぶりも悪くないし、親父のように酔っ払うこともないし、暴力も振るわない実にスマートな紳士だった。
当時のオレはなんでこんなかっこいいナイスミドルがオレのオカンと再婚を? とか思っていたものだが、今のオレの視点から見るとオカン意外と大丈夫だったわ、まだ若い。苦労が顔にでないタイプで老け込んでないもん。当時15の子供がいる母親にしては、そして実年齢より10は若く見える。
オレは気を取り直して顔を洗って身支度を整える。
入学するはずの高校の制服を入学式よりも前に着た記憶……。
当時詰襟の制服だったのに、ブレザーだよ。
そして、制服のジャケットに袖を通して更に記憶が思い出される。
そのナイスミドルなオカンの再婚相手、真崎氏には、オレと同い年の子供がいたことを。
真崎氏のDNAばっちり受け継いでるね! と思わせる、イケメンでスポーツ万能、そして有名進学校に通うオレの三か月上の義理の兄の存在がっ!
そうだよ、これが奴とのファーストエンカウントだったよ。
そんな完璧超人エリート様と、小中そして高校でも、スクールカースト最底辺のオレが一緒に生活なんて難解クエストすぎんだろおおおお! って当時も思っていた。
真崎氏とオカンが結婚して、新居に引っ越してから、自宅にピンポンしてくる女子の多かったこと。うっかりドアを開けて出てみたら、優哉と同じ中学だった女子がいて、オレを見るなり、「何このヲタ」的な視線がめっちゃ痛かった記憶がある。
ちなみに当時「念のために聞くけど、アレ全部お前の彼女?」と聞いてみたら、そんなわけないだろうと一蹴されたような気がする。よく覚えてないけど。
とにかく、そんな完璧超人と比較されたくなくて、新居に移ると学校以外は自分の部屋に引きこもっていた……。
ほんとマジ、新しい家族が同じ男で兄とかじゃなく、妹がいたらと、15年前、こうしてオカンと食事会に指定された店に向かう時も思ったもんだ。
15年前も今回も、再婚に反対するという選択肢はとらないけど、ただ……もう一度あの生活をするのか……うーんこれってどうなの?
まあなるようにしかならないわな。
オカンと一緒に食事会の店に向かう道中、視界にはいる外は、オレがトラックの前に飛び出した世界と何ら変わらなかった。
なんだこのタイムスリップ。
トラックに轢かれたら異世界転生しちゃうかもーなんて小指の爪ぐらいは思ってたよ?
いい年したヲタだが、いや、いい年したヲタだからこそ、そんな妄想、毎朝通勤ラッシュに揉まれながら考えてました。
だからあの時、幸せいっぱいの二人を庇うように突き飛ばして軽トラの前に出てしまったのかもしれない。
だって、オレの人生とあの二人の人生比べたら、絶対あの二人の人生のほうが幸せっぽいじゃん。
オレには一生縁がなさそうだけどさ、そういうの間近で見てたら、羨ましい妬ましいのもあるけど、だからって不幸になってしまえ、までは思わないわけ。
後輩はこんなオレに懐いてくれてた。そいつの結婚式だよ? 多分オレはあのまま生きていても結婚どころか彼女もできなかっただろうし。
だからあの時、二人を庇ってトラックに轢かれて異世界転生してきます! って、勢いあっただろ⁉ あったわ‼ どんだけ酔っ払ってたんだよ! あの時のオレ!
そんで気が付いたら高校生、でも、時代は現代ってありえねえ。
なんだよ、この世界。
タイムトリップならオレの学生の頃って、ここまで進化してなかっただろ。
それこそ学生の頃、クラスの連中が与太話で、もしこのまんまの状態で小学生に戻れたらなんて、ドラ〇もんの話みたいなことを語ってたやつがいたけど、アラサーのオレが高校時代に逆再生ってまさにコレだろ。
今着ている制服のポケットに入れたスマホを握る。
……そう、当時はスマホじゃなかった。携帯だったな。
「珍しくキョドってないわね」
オカンがオレにそう話しかけた。
ああ……そういえばそうかも。15年前なら、外出するだけでビビってたもんな……。
実父にばったり会うんじゃないか? とか、クラスの連中にからかわれるんじゃないか? とか、今みたいにオカンと一緒だと特にそう思ってたよな。
そんでクラスの女子の集団にばったりあったとしたら、「田村君(オカン再婚前の旧姓でオレも中学時代はこの姓でした)お母さんと一緒~やだ~マザコン~?」なんてからかわれるんじゃないかって、無駄に小さいことばっかり気にしていたと思う。
今はそうでもない。なんでだろう。
やっぱトラックに撥ねられて、そういう肝の小さい部分、よく言えば繊細な部分が抜けてしまったのだろうか?
当時は漠然とした不安しかなかったけど。
今は不安は感じない。無駄に年はとっていなかったというか、青くて繊細な部分がもう完全に擦れて破れて耐性があるというか。一度プレイしたゲームをリプレイするみたいな感覚というか……。あ、うん、この感覚が近い。
緊張と不安であの時は無言だったけど、なんだか気持ちに余裕があるのか今度はオレからオカンに話しかけた。
「えーと真崎さんとこの子ってオレと三か月違いだったっけ?」
「そうよー成峰高校に入学したって」
「悪いね、そんな公立の中でも偏差値ハイクラスな高校じゃなくて」
「何言ってんの、公立一発で二次募集もしないで入ったんだもん、文英高校だってアンタの中学周辺にあった公立高校より偏差値高めだったし、アンタも頑張ったでしょ?」
ふうん……オカンはそんな風に思ってたんか……気づかなかったな……。
単純に他の連中が行きそうにない公立高校を狙ったんですけどね!
なんとなく感慨深い気持ちになったが、それは一瞬だった。
よく考えてみよう。
高校生活をもう一度なら、中間とか期末とか実力テストとかあるんだろっ⁉ あるよな? 中学高校の勉強なんざ、記憶の遥か彼方なのに、そして当時もたいしてできなかったのに! ていうか優哉と比べられて嫌がっていた15年前のオレのほうがまだマシなレベルじゃね?
コレって最初のテストで白紙提出して親呼び出しの未来しか見えないんですが!
くっそー、どうせタイムスリップすんならもっと低年齢にしてくれよ!
いやまて、オレの物心ついた低年齢時期なんか、例の実父の件もあって家庭環境最悪なんだよ……。それを考えるとこれが妥当なところなのか?
「何?」
「いや……真崎さんところの息子さんとオレとではやっぱり、頭の中身が……違うだろうなと……」
「何言ってんのよ! 頭の中身がかなわないのはDNAだからしょうがないわよ! あたしの子だもの!」
「……いや……オカン頼む、オレの成績が悪くても、そこは諦めてくれ」
「……」
「努力はするさ、するけど、結果は多分すごいダメダメだと思う」
努力はするよ、せっかくの人生リプレイだからな。
あのままトラックに撥ねられなかったら普通に社会人で仕事してたんだ。学生は勉強が仕事なんだろうし……。
うわーでもそこだけはやっぱ自信ねええええ。
「そこだけは許してくれれば、オレ、いろいろ頑張るから」
うん、いろいろ頑張るから。オレはもう一度、高校生活を送る。これから新しい家族と一緒に。ナイスミドルの新しい父親に、エリート優等生の兄……。
15年前とは違う気持ちで、よろしくお願いしますと一言ぐらいはいえるさ、元アラサーだからな! と、この時までは思ってました。
「これからよろしくお願いするよ、幸星君」
15年前の食事会の席には、そのナイスミドルのニューパパンとエリートなニューブラザーしかいなかったはずだ……。
食事会の席に今このオレの視界にはいる存在はなかったはずだ。
「息子の優哉」
エリートニューブラザーは軽く頭を下げる。
オレも会釈をするが、顔を上げた瞬間目に入るのは、ニューパパンのスーツの端を握る、15年前には存在していなかった……小さな女の子。
「娘の莉奈」
え? なに、どゆこと? 妹ってこと?
えええええええっ⁉
いなかったよ⁉ 15年前も15年後もオレに妹はいなかったよっ⁉
欲しかったけどな!
これってさ……。オレとオレに関わる人間の逆再生……。でも西暦は今年……。
そして記憶にない人物……。
この不可解なタイムスリップはただのタイムスリップじゃなく……。
――別世界線⁉
ブクマ0だったらどうしよう>< とか思ってたけど0じゃなかったヾ(*´∀`*)ノありがとうございます。