◆18 お弁当につけるフルーツにさくらんぼは禁止です!
「最近のブドウって、種なしで皮ごと食べられるんだねえ」
隆哉さんはプリンセスシードレスを一粒口にする。
真崎家、メインをほぼほぼ片付け終わって、フルーツを食べ始めていた。
他のおうちでは、早いところはもう食べ終わって児童がふらふら遊び始めている。
「種無しブドウなんてデラウェアぐらいだったわよね」
「小さくて皮むかなくちゃいけないのが面倒なんだけど甘くてよかったんだよねえ、子供にはさあ」
隆哉さんとオカンの言葉にオレは心の中でうんうんと頷く。
「あとちょっとするとさくらんぼの時期は終わっちゃうから買っちゃった」
優哉はさくらんぼを口にする。
「莉奈ちゃんもさくらんぼ好き? ブドウは?」
「莉奈フルーツすきだよ。コーセーお兄ちゃんのサラダにはリンゴ入ってておいしかったの」
「ほんと?」
「また作って、莉奈もお手伝いする。コーセーお兄ちゃんも食べて、あーんするの」
莉奈ちゃんはさくらんぼをオレの口に入れようとする。
オレ、トラウマ克服できるかもしれない……。
莉奈ちゃん可愛すぎるから!
こんな可愛い子供ができるなら虐待とか絶対にできないだろ。
ただなあ、この子が真崎家のDNAをまるっと受け継いでるからそう思っちゃうのかも。
オレのDNAだと多分、目も当てられないだろうし、またクソ親父そっくりな息子とか生まれたら可愛がれないだろうし。
「あー優哉お兄ちゃん、くきまで食べちゃうの?」
茎まで食べるのかよ……。
優哉は口をもぐもぐしてたけど、茎を取り出す。
「幸星、できる?」
オニイチャン! 何それ‼ サクランボの茎で堅結びとか!?
「えー、優哉お兄ちゃんすごーい!」
「コレができるといろいろいいコトが……」
できるといろいろいいコトって、お前、言うなよ? 言うなよ⁉
保護者ああぁ! このオニイチャンを叱って!
もごもごと真似する莉奈ちゃん。
いや真似しなくていいから! 食べ物で遊んじゃダメ絶対!
「莉奈できない、咲子ママできる?」
「できないなー」
「パパは?」
「んー……」
隆哉さんアンタできそうだよ! なんでさくらんぼを口に入れるの? ヤメテ! 実践しなくていいですから!
隆哉さん……食べ物で遊んじゃ……。
「こんな感じ?」
口から堅結びできた茎を取り出す。
なんとなく出来るのはわかっていたから、実践しないで欲しかったよおおぉ。
「何それ、できるもんなの? これができるといいコトって何?」
オカン、知らないの!? 無邪気に何を尋ねてんの!?
そうだよね、若い時に看護師目指して勉強して、そういった世間のアレコレなネタを知らないままあのクズ親父に引っかかっちゃったから知らないのか!?
「口の中を動かすから、ほうれい線予防とか唾液が出やすくなって口臭予防とか、実よりもタンニンとポリフェノールが含まれているらしいとか……」
「ほうれい線予防!?」
オカンが食いついた。まあ女性だからね。そこは気になるよね。
ああよかった……隆哉さんがまともで、そして大人で……。
「他にもあるけど、よかったらあとで教えるよ、咲子さん」
前言撤回。
隆哉さんはにっこりと爽やかに笑うけど……オレは騙されないよ!
自分の親だからあまり考えたくはなかったが、この二人、再婚同士とはいえ新婚だったよ! リア充爆発しろ!
運動会のお弁当につけるフルーツにさくらんぼは禁止です! オレが独断で今決めました。
来年はもっと食べやすく、コストもよく、彩りもよく、その基準で選ぶぞ。
「PTA競技に参加する人はーお昼が終わったら入場門に集合してくださーい」
PTAの役員さんらしき人がプラカード持って、呼びかけながら校庭内を歩いていく。
「優哉、PTA競技に出なさい」
オレが厳かに言うと、優哉はオレを見る。
「可愛い妹の為だけに、参加しろ」
純真無垢な莉奈ちゃんがいる前で、おふざけすぎるだろ。
そこは体張って競技に参加してその煩悩取り払ってこいや。
「なんで俺なの」
「オレは弁当作りました。この後も弁当箱を洗ったり、夕飯の買い出しに出ます。優哉はちゃんと父兄競技に参加してきなさい。オニイチャンのお仕事です」
真崎家のDNA見せてこいや。
「オカン、優哉のPTA競技が終わったら、運動会の競技は莉奈ちゃんの出番もないから、オレ荷物持って先に帰る。晩飯何にするか考えておいて、夕飯の買い出し行ってくる」
「いいの? ありがとう幸星」
「莉奈はコーセーお兄ちゃんも参加してるのみたい」
は?
り、莉奈さん、今、何を仰いました?
オレは真崎家の身体能力の高さは全然ないですから無理ですよ!
優哉はオレの肩を叩く。
「可愛い妹の為に参加しようぜ」
お前への罰ゲームの提案が何故そうなるんじゃ!
結局、優哉に引きずられて参加することになってしまった……。
オレはそんなに足は速くねーぞ。
保護者の参加競技はスウェーデンリレーだ。
しかもオレのチームハンデがついたよ。
オレと優哉が一緒だからか、前に走る人が結構な年齢だったり、足が遅い感じがみてとれるような体格の方を集められた。
他のチームは若いお母様やお父様で編成されてるし! アンカーは新任でこの春教師になりました~的な若い先生だし!
このチーム編成じゃ、オレが最初に100メートル走って優哉をアンカーにしとけばオレは目立たないとか思ってたのに。オレ第三走者になっちまったよ。
「大丈夫、幸星、俺がぶっちぎるから」
そりゃーお前の身体能力は多分チート級だろうよ、もう見なくてもわかるよ。でもオレが文字通りお前の足を引っ張るっていうの! 鈍足もいいところなんだぞ。
PTAの若いお父様やお母様が、「頼んだぞー高校生―」なんて声をかけてくる。
いや。中身は皆さんと同じなんです!
高校生の皮をかぶったおっさんですから!
逆再生前のアラサーのオレがノンストップ300メートル走ったらまず足がもつれて転びまくるよ!
時間進行の為なのか、単純にオレの心の準備が整わないのか、サクサクとチーム編成されてあっという間に、第一走者が走り出した。
ちょっと、早いよ! 競技進行! そんでもってアラサーであろう保護者の方々も足速いじゃん! アラサーとはいえ親となった人々は、別の何かが備わってるのか!? 子供の目の前で頑張っちゃう親補正というヤツっすか!?
だけど……50メートルすぎたぐらいで順位がばらけて確定してく。
自信ありまくりだろ、なんて思ってたんだけど足の遅かった人も走り終えてニコニコしてる。PTAの役員の人か……。
オレの目の前にいる保護者の人もPTAの人ぽい。腕章をしているし、腕章をしている人って同じTシャツを着用してる。白地にバックプリントで文章が書いてあった。
「今日一日は祐樹の笑顔の為に全力でがんばる親父」
相田み〇をっぽいフォントで書かれたそのTシャツは、人によって名前の部分が「純也」だったり「真希」だったり変わってて……。
ああ……自分のお子さんのお名前なんだ。
自信とかじゃないんだな、ニコニコ笑って手を振ってるのは、自分の子供の為なんだ。
「コーセーお兄ちゃーん! 優哉お兄ちゃーん! がんばってー!」
莉奈ちゃんが無邪気に児童席で応援してくれてる。
ニコニコ笑って、手を振ってくれてる。
もしかして……この参加者の中にも運動が苦手だけど子供の為に参加してる人も……いるのかな……。
だとしたら、苦手だけど、オレもやるかあ……。
「だいじょーぶ、幸星なら楽勝だろー」
優哉はそんな声をかけるが、元はキミへの罰ゲームだったんですけどね!
「言っておくが、オレはスポーツ得意じゃねーんだ、お前、さっき言ったように、オレがビリでもお前が全部まくれ」
そう言って、オレは第二走者を待つ為トラックに入る。
うん。
やっぱりオレと優哉のチーム、絶対ハンデ入れすぎだ。
予想通り、最下位じゃねーか。
200メートルぐらいなら差は開かないが300メートルになると顕著だよな、いま首位のチームが入れ替わった。
トップで優哉にバトンは無理だが、最下位から浮上できるように頑張ろう。
最下位でバトンを渡しても優哉ならぶっちぎりかもしれない……とか考えるとリラックスもできて、バトンを受け取って走り出した。
――逆再生して……身体が軽いとは思っていたけど……。
逆再生して起きた最初の朝、腹筋の力だけで起き上がった時の身体の軽さ。
走ってみると、それが顕著だ。最初のコーナーをまがりきったところで、最下位から二番目のチームの背中が見えた。
――もしかして目の前にいる人は……抜けるんじゃね?
だってオレの目の前に走ってる人のスピードはあまりない。
距離を詰めて直線上でまず一人抜いた。
もちろんスピードを落とさないでそのまま走り続ける。100メートル通過したところでまた前方に走る背中との距離が近い。
アラサーの身体じゃ100メートルも過ぎたら絶対へばってるよ。
えー身体能力も微妙に補正が効いてるの!?
逆再生の時、やっぱりオレ神様と会った? なんかもらった?
それともこれは単純に身体が若返ったから?
自分の身体なんだけど、15年違うとこうも違うの!?
なんでもいいや、オレ走るの苦手だし、運動会ではいつもビリだったし、華々しいリレーの選手なんて当然なったこともない。
それがこの状況ですよ。これはもう、調子にのっちゃってもいいんじゃね?
「いいぞ! 幸星そのままこっちよこせ!」
バトンタッチまであと20メートルのところで団子状態になった。
オレは優哉にバトンを渡すと、優哉は走り出す。
優哉、ガチで走ってるとマジすげえ! 速いよ!
団子状態のバトン受け渡しの後、走者が一斉に走り出す。頭一つ抜けたと思ったら、あいつの周りだけもうなんか空気の流れが違う。
小学校の運動会で足が速いクラスの男子なんてヒーローだろ。
優哉、今、まさにそれだから!
これはモテるわ、呪術的なチョコを渡されるの納得だわ。
「ぶっちぎりじゃねーか」
200メートル地点で三位に食い込んだ。ここまできたら一位狙えるだろ、お前なら!
「優哉―!! 負けたらお前の晩飯の品数減らすぞー!」
オレが叫んだらそれが聞こえたのか、昔アニメの再放送でみた加速装置持ってるサイボーグ戦士かよ? な走りっぷりだ。
ゴール前80メートルほどで二位についた。もう捕らえたも同然だろ。直線コースでゴールラインを見据えて優哉は宣言通り前に走ってる走者をぶっちぎった。
黄色い歓声が校庭中に広がったこともここにお知らせしておきます。