狙われた王女 1
少し遅れました、すみません。
遥か遠い宙から降り注ぐ陽光は大地に敷き詰められた砂の絨毯に反射する。
その地に存在する者全てを照らし、焼き尽くそうとするかの如く。
風が吹く事はなく砂塵は舞い上がらない。
生き物息遣い等一つとして聞こえない静止した場所。
そんな地獄とも言える灼熱の砂漠に、熱せられた大気息苦しさを感じながらもそれらに負けじと声を張り上げながら満身創痍の体躯を右往左往させる集団があった。
魔物の革で作られた揃いの兵装は本来の白さを失ってはいたが、彼らの特異さを物語っていた。
多くの兵士が着用する金物や鉱物を加工して作られる重工な鎧とは違い、魔術の術式が組み込まれた制服は持ち主達の動きを一切妨げる事は無い。
彼らの胸には銀色に鋭く輝く剣を竜が守る意匠が施された旗章が飾られている。
それが示すのは彼らがこの砂漠を含めた大陸南西一帯を統べる国、ルーン王国に仕える騎士の一団だということだった。
彼らの部隊は今から約二年程前に新設された精鋭部隊であった。
だが、炎天下の中で強靭な魔物との戦いが続き体力精神共に限界が近づいていた。
足取りは鈍くなり酷く覚束ない、それでも彼らは己の身体に鞭を打ち歩みを進める。
一団の目の前のは毒々しい赤紫色の爬虫類に似た姿をした魔物が鎮座しており、向けられる殺気は刻々と膨らんでいた。
初めにこの魔物がブラットバジリスクが彼らの前に現れた時は、黄土色の目の前に侮蔑と嘲りの色が浮かび捕食対象としか認識されていなかった。
しかし、戦闘を開始してすぐに目の色を変えた。
喘ぎながらも砂を踏み締め、震える剣を握り己に向かって殺気をぶつけてくる者達の中に一際その存在を感じさせる者がいた。
濃密な死の気配を感じさせる者が。
『誰一人として殺させない』
確固たる意志を持ち己に向かって来るとその存在に、ブラッドバジリスクは戦慄した。
逃げなければならない、勝ち目は無い。
本能が警鐘を鳴らしているが、巨躯は言う事を聞かず黒々とした大きな爪を振り翳す。
乱暴に振り下ろされた爪は目掛けた的に当たらず砂を掻いた。
黄金色の砂と血しぶきが舞う。
辺りにブラットバジリスクの絶叫が響き渡る。
少しばかりの理性は吹き飛び恐慌状態に陥り爪を振るい、暴れ出す。
焦点が定まらずに振り回される爪を回避し軽い足取りで敵の懐へ潜り込もうとする者がいた。
腰元まで伸ばされた銀髪に鋭く細められた黄緑色の瞳の端整な顔立ちをした少年だ。
彼こそがこの現状を作った張本人であった。
「マノレードっ!!一人で突っ走ろうとするんじゃあねえって!!」
黒い髪を後ろで縛った中年の男が赤錆色の瞳に怒気を滲ませながら、単身で突っ込んでいく自身の養い子に怒鳴る。
マノレードと呼ばれた少年は男の声に耳を貸さず、真上から来た攻撃を去なし勢いをそのままに石柱の門を潜る様に足元を難無く通り抜けて懐に到達した。
鱗に被われていない柔らかい部分に剣の切っ先を当て、魔術を詠唱する。
「・・・駆け巡れ旋風・我が障害を穿て!破戒の紋・ストームランスっ」
詠唱の終わりと共に切っ先に黄緑色の光を帯びる魔法陣が浮かび上がりブラッドバジリスクの無防備な腹部へと風の刃が突抜けた。
マノレードが放った旋風は持て余した力を逃がす様に上空へと立ち上り、黄緑色の螺旋を描き霧散した。
赤紫色の巨躯が力を無くして砂の上に倒れ込み、ドドーンッという轟音共に砂塵が舞い上がる。
「・・・おいっあれ・・・下敷きになったんじゃ・・・・・」
朦々と立ち上がる砂塵を見つめ、騎士の一人が呟いた。
仲間の一言を聞き、疲労によって青白くなっていた顔がよけいに青ざめていく。
地に膝を付けていた者や座り込んだ者も皆一斉に砂塵の方へと重い足を動かしていく。
「た・・・隊長っ!どこですかっ!返事をして下さいっ」
「・・・ウソだろう、隊長がそんなヘマする訳無いだろ・・・・・」
「隊長ーっ!・・・皆手伝えっ。隊長を助けるんだぁっ!!」
口々に言い合いながら未だ立ち上り晴れる事の無い砂塵の中へ騎士達が足を踏み入れようとした。
「・・・下がれっ!!!」
自分達の隊長の切迫した声と共に凄まじい風が吹き抜け、近くにいた者達が耐え切れずに吹き飛んだ。
叫び声を上げてゴロゴロと転がって来た仲間に駆け寄り安否を確かめると前方に注視した。
ブラッドバジリスクの背の上で睨み合う両者は瞬き一つせずじっと相手の様子を窺っている。
マノレードは右肩から多量の血を流しており、乱れた呼吸からも彼が危険な状態である事は一目瞭然だ。
そんな彼の様子を興味深そうに眺めてる魔物は、左翼を捥がれ羽が抜け落ちに顕なった裂傷が見えた。
どちらもいつ倒れてもおかしくない状況でありながら、互いに相手をどうやって倒すかを考えているようだった。
沈黙したまま何もせず睨み合いを続けている両者の姿は何かを待っているようにも見えたが、痺れを切らしたのかマノレードが口を開いた。
「お前はいつまでそうしているつもりだ?言っておくがお前の仲間は来ないぞ?」
マノレードの言葉を聞いた怪鳥が意味を理解するよりも速く、上空からたくさんの空が落ちてきた。
同時にマノレードが背中から倒れていく。
地上にいた者達の視線が上へと向けられると、皆一斉に目を剥いた。
上空では黄緑色を纏った風が吹き荒れずっとこちらを狙っていたのだろうスカイバードの群れが乱気流に呑み込まれ切り裂かれていた。
絶命したスカイバードは次から次へと落下し、青と白の空によく似た羽を辺りに撒き散らす。
砂にまみれ横たわる仲間の姿にやっと理解したのだろう片翼のスカイバードが奇声をあげ倒れたマノレードに突進していく。
今度こそはこの嘴で一突きだと言わぬばかりに思い切って嘴で貫こうとしたその時、嘴が剣によって弾かれた。
「・・・悪いなぁ、でもお互い様だよなぁ」
いつのまにか接近していた中年の男、アルボ・マカがスカイバードの攻撃を受け流したのだ。
そのまま剣の軌道を変え、スカイバードの喉元に突き刺し裂いた。
鮮血を散らしたスカイバードは力尽きブラッドバジリスクの背から落ちていった。
上空に展開されていた風の魔術が消失し、マノレードの気配が一層薄くなりアルボは慌ててスカイバードから視線をはずしマノレードの横に座り込んだ。
手早く傷口を確かめると、隊服のポケットから魔法薬を取り出しマノレードに飲ませる。
嚥下している間に傷口に布を当てるが、見る間に真っ赤に染まっていく布に焦りを覚え声をかける。
「おいっマノレード・・・お前まさか魔力が底をついたのかっ」
返事をかえす事なくアルボの顔を見つめるマノレードの瞳は徐々に輝きを失っていく。
「つっ・・・マノレードっ!!!」
アルボはマノレードを身体を抱きしめた。
そして背中に担ぎ立ち上がると、自分達の周りに集まって来ていた部下達に命令を降す。
「総員王都カルヴァーンへ帰還する。負傷した者達の治療の為一時的に南東の岩場で休息をとる、のちに二手に別れて一方は王都へ増援要請を頼む」
厳かに命令を降す副隊長の姿に騎士達は動揺を隠せないでいた。
(・・・嫌だっ・・・こんなっこんなの違うっ!!! これは夢? 夢・・・・・なら・・・早くっ・・・)