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ある日の太郎と宗

 何日か前の放課後。

 まだ夕暮れ時ではなく、時計は四時半を指していた。


 大半の生徒が、部活に行くころ、二人の男は小さな画面に向かってぶつぶつ言っていた。

 そんな普通に怖い場面。


「……当たれ当たれ当たれ当たれ……」

 

 イケメンの部類に属すると思われる男性教師、田中太郎が、引きつった表情で手を握っている。

 眼鏡が曇っていた。

 手汗が止まらないらしく、スマホの横には愛Tunesカードが山のように積まれている。


「……爆死爆死爆死爆死爆死爆死……」

 

 この怨嗟の声を漏らしているのは、平凡な顔つきをし、ヨレヨレの学生服をきた男子生徒、東雲宗。

 頬はストレスで痩けたのだろうか?

 元々死んでる瞳がもっと光を失っていた。


 太郎の指が、画面に触れた。


「来い、来い、来い……おうわぁぁ!!ヒイィィィイイ!虹回転ッ、金や、ゴールド来た来たあ!!!」


 太郎がこの世の者とは思えない奇声を上げた。

 愛Tunesカードが宙を舞った。

 それは競馬場でよく見かける光景に酷似していた。

 異様な光景。

 教師が自分のクラスを競馬場に変えた瞬間だった。


「グガァ!クソがッ!ハゼろ!」

 

 愛Tunesカードが体に当たるのも厭わずに、宗は机を叩き悔しがる。

 馬券とは違い、厚紙で出来ているためそれなりに痛いはずだ。

 しかし彼にとって大事なのは、同じ『当たる』でもソシャゲの当たりの方だ。

 

 宗は少し前120連爆死したところで、この世全てが憎く見えている。

 他人の不幸は蜜の味なら、逆説的に他人の幸福は毒の味がするのだろう。

 顔は苦渋に満ちていた。

 

 しかし宗は、食費を削って金を作る太郎みたいな課金勢とは反対に、生粋の無課金勢だ。

 詫び石や喚符を消費しただけ。実害は何にも無い。

 それでも水着キャラのために半年ガチャ禁した、その努力が無駄に終わったのは思った以上に精神にクるらしい。


 太郎は血走った目で、金色の画面を見つめている。


「新キャラ来い、来いぃ、エッ……。ドウワァァァ!!ダブったんだけど!!ねぇ、ダブったんだけど!!!」

 

 太郎の目が死んだ。充血が引いた。

 代わりに宗の目の色が輝いた。


「はぁいっ!ザマァ!はぁいっ!乙!」


 今度は宗が奇声を上げた。

 机じゃなく手を叩いて喜びを表現する。


「いやいやお疲れ様ぁ!総課金額7万円!その果てに見たのは、スキルレベルが上がっただけ!数字しか手に入れてないってマジで哀れだわぁ!無課金サイコー!」


 二人がはまっているソシャゲは同キャラを一つのパーティーに入れることができないタイプのものだ。もしダブってしまったら、そのキャラを素材にして武器のレベルを限界突破できる。

 なので、別に悪くはないのだが、太郎は新キャラが欲しかったようだ。


「わぁぁぁぁ!聞こえない聞こえない!」


 太郎は耳を塞いで頭を振って、見たくない現実から逃げる。グラウンドから野球部だろうか、野太い雄叫びが生ぬるい風と共に教室に流れ込ん来て、元々高い彼らの体温を更に上げた。


 

 数分後、我に還った二人は賢者タイムに入り、今起こったことを振り返った。

 机に突っ伏している太郎は顔を少し上げ、枯れた声で

 

「あぁ、俺達何してたんだろう……」


「本当にそうですよ……。ソシャゲなんて、ただの電子データでしょうに」


「なんだとゴラァ!宗、この裏切り者が!俺達はもうとっくの昔にその理論は越えてきたじゃねえか!0と1の羅列には確かに命が宿ってる、そう納得しただろ!!」


「違うんです!なんか不意に冷静になっちゃたんですよー」


「くッ……俺は反省こそすれ、後悔はしてない、絶対……。課金は御礼……」


 血涙を流しそうなほど、彼の顔は壮絶なものだった。

 

 今の太郎の姿をネットに流したら、共感する人は多いだろう。


 太郎はガチャ結果のまま止まっていたスマホを操作し、強化画面に移動する。

 素材に七万円が入っていることに思わずため息がこぼれ、同時に涙もこぼれそうになった。


 何気なしに宗は太郎にしゃべりかける。


「そういや、ずっと思ってたんですけど、限凸ってグロくないですか?」


「何故?」


「いや、自分自身を食わせるとか、普通に考えてやばいでしょ。その上、パヅ銅鑼とかだったら、スキルが同じだけで、素材に出来るし」


「―――そうだな。よくよく考えれば気持ち悪いシステムだな。本当に」


「ですよね~」


「……七万の素材かぁ。預金下ろしてこようか。残金はまだあるし」


 その太郎の言葉が、宗の背筋を凍らせる。


「止めとけ!それだけは止めとけ!」


 宗の必死の説得、具体的には100万課金したyoutuberの末路、それでもアイツらはその爆死動画で稼いでいることなどを懇々と話し、復刻に期待することで落ち着いた。


 それから彼らは夏アニメや、1番クジの結果報告などして、ダラダラ放課後を過ごした。その中に、二次元において最強の能力とは何?といった話題が上がった。


「絶対、命を操る能力だって!」

 

 と、宗が言ったら、


「い~や、時間系能力だ」

 

 と太郎が言う。両者一歩も引かない。


 彼らは二次元における最強の能力について考察している。2ちゃんねるみたいなことをリアルでやっているなんてよっぽど暇なのだろう。


「時間を操れるなら、命を失う前まで戻れるだろ」

 

「え、先生大丈夫ですか?操る前に死んでるでしょ普通」


「いや、死に戻りとかあるから」


「あれはどちらかと言えば不死に近くないですか?不死と時間逆行のハイブリッド。だから、ノーカンですね」


「クッソ。──それでも、自分に起こる未来を見通せるならそれでよくないか?例えどうしようもない未来だとしても」


「?」


「心の準備ができるのは大きいと思うんだよ。ホントにな」


「それもそうですね。けど、ここでは話しているのは最強の能力ですから」


「ちっ、……トイレ行ってくる」


 太郎は椅子から立ち上がって教室を出ていった。

 また数分後。さっぱりした太郎が帰ってきて、議題の変更を宗に提案した。


「決着が着かなさそうなので、議題を変えて、『人間を一番殺しやすい能力』について考えよう」


 負けず嫌いが過ぎると、宗は思った。


「うん。まぁ、それで先生の気が済めばいいんだけど」


「俺からいくぞ。1、ガン細胞を増殖させる能力」


「うわ~ドン引きです」

 

 ひきつった笑みで、宗はドヤ顔の太郎を見つめた。

 人間の誰もが持っているガン因子を成長させる、そんなことを言っているのだろう。

 太郎は性格が悪い。


「対象を殺しても病気として処理される。あっでも、即殺できないか」


「あくまで、即殺メインなんですね~。より引きます」

 

 宗は感情の全く入ってない声で、リアクションする


「じゃあ、これだ。『沸騰』」


「ぇ?沸騰って、あの水のやつ?100℃で気化するやつですか?」


「そうそう。生物の体ってさ大部分が水でできてるじゃん。(つるぎ)とかじゃなくて」


「まぁそうですね。あとFa○eに謝れ」


「まあまあ。それでさ、人間は体温が42℃を越えたら死ぬ訳よ」


 体温計が42℃までしか計れないのはその為だ。


「俺の言いたいこと、分かる?」


 太郎が挑戦的な眼で宗を見つめた。

 宗は目をつぶって言葉を選ぶ。


「……つまり、生物を構成してる水分を沸騰、あるいは温度を上げて、体温を42℃以上にする。そして、殺……ってことですか?」


「ご名答!さすが宗だな。でも殺し方は体温を上げるだけじゃない。血液を気化させて血管を内側から破裂させるって手もある」


 太郎がニンマリと微笑んだ。そのエガオはとても美しいものだった。


「うわ、何にも嬉しくない」


 宗はその歪さを無視した。もちろんワザとだ。

 太郎は話を続ける。


「ほら、ノートに名前を書いて人を殺す漫画より何倍も楽に殺せるだろ?制約も何も無い。ただ沸騰させるだけ。最悪で最強の能力。人を殺すしかできない能力」


 宗は少しだけ怖くなって太郎に問いかけた。


「もし。もし、先生がその『沸騰』の能力を手に入れたらどうするんですか?」


 太郎は即答して、


「殺すよ」


「えっ?」


「守りたいものを、傷付けるもの全て」


 そう言った太郎の顔は、今度は(わら)っていた。



 この後も二人は他愛もない話しをダラダラと続けた。

 カラスの鳴き声が、時間を教えてくれた。

 窓の外に見える夕日は燃えるように赤く色づき、校舎を照らしている。


 二人は床にまき散らされ、夕日に彩られた魔法のカードの残骸を見て、


「「取りあえず、カード片付けるか……」」



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