第四話 : ココドコ?
「うんあっ?」
目が覚めて、寝起きのあのふわふわした気持ちいい感覚が俺を包んだ。うん、いいや、二度寝しようと思った瞬間、突如口に広がる土味の不快感。全然気持ち良くなかった。
じゃりじゃりする。
でももしかしたら、土じゃないかも。砂糖菓子かもしれない。今度は自分からじゃりじゃりした。うん一般的な砂利。ペッ。
口の中で迷走してたら根本的な疑問が思い浮かんだ。
あれ、俺何してんだろう?
当たり前ですね。砂利食ってるからね。自ら進んでね。
じゃあ、なんで砂利が口の中入ってるんだろうと、周囲を見回すと、草の緑が目に映った。
生命力にあふれたみずみずしい色。
上を向けば、雲一つ無い蒼天が世界を包んでいた。
状況から察するに俺草原に寝転んでるらしい。
さっきまで、学校にいたはずなのにな。
太郎に言われて保健室に向った途中に2-2の教室の前通ったっけ。
あの時、黒い霧に覆われて俺は意識を失ったのか?
新手のテレビ局のドッキリかな。
はい、嘘。故意に意識失わせて連れ去るなんて普通に拉致か誘拐になるし。
本人の許可無しなんてもってのほか。
だから過激なドッキリなんてほぼやらせ。違う?
俺が最近のドッキリについてくだらない考察をしていたら、頭の上から声がかかった。
「おめでとうございます!あなた方はこの世界の勇者に選ばれました!!」
少し高めのハスキーボイス。寝たままで顔は見えない。
なんだこれ。
てかあなた方ってことは俺以外に複数人いるってこと?
いつまでも、空の青さに心振るわせておく訳にもいかないので腹筋に力を込めて起き上がる。
そこは、宮殿だった。豪華絢爛という言葉が特に似合う。
白いなめらかな大理石に似た石材をふんだんに使っていて、高そう。
ベルサイユとでも言っておこうか。
無知な俺にも分かるぐらい、そこは権威があり格式だった場所なのだろう。
で、俺が寝転んでいるのは中庭に当たる場所だ。噴水や花壇が少し離れた場所にあった。
世界遺産的な建物に圧倒されていると、先の声の主が説明をいそいそと続けていた。
申し訳ないことに全く聞いてない。もういっか、どーせ夢だし聞かなくて。
すまないさんの気持ちで一杯になって目を向けると女の子だった。
中世のメイドのような服装をしていて、胸があったから分かった。別にメイドに詳しい訳じゃないし何となくだけど。
可愛いかどうかは人による。
『可愛い』は主観で、『美しい』は客観。
客観の方が価値がある。と思う。
価値とは、他人が認めて初めて生まれる。
また客観とは自分以外の立場から見ること、つまり、他者からの視点だと言い換えることができる。
なので、客観とは他人が認めていことになり、ある種の『価値』ないしは『意味』があると言えるのではないか?
なんてことを考えながら、周りをよくみたら、同じクラスの奴らがいた。多分全員。
関わってないから知らないやつらが大半なんだけどね。
委員長の名前なんだっけ田中とかだっけ、学級委員長の名前知らないレベルで関わって無い。サッカー部でエース張ってるってのは太郎から聞いたけど。同級生の情報が担任から得る、よくよく考えればやばいよな。なんか泣きそう。
あぁそーいや田中は太郎の名字だったな。
委員長のスポーツマンらしい逞しく育った胸元に眼をやると『青空』とかかれた名札があった。
清々しい爽やかな名字。不覚にも俺は似合ってるなと思ってしまった。
性格もさぞ良いんだろう。イケメンだし。
モテるんだろうな、なんて少しだけやっかむ気持ちが生まれてしまった。
その下に付いてる名前が、正反対の、晴天を打ち消すような『八雲』だということを俺はまだ知らない。
どうにも、夢にしてはリアルすぎる。
俺はそう思った。
そうか。そうか。なるほどつまり俺は異世界転移したようだな。
うん、言ってみたかっただけだ。気にするな。
客観視するってかっこいいじゃないですか。意識高く見えるじゃないですか。ただしイケメンに限るんですけど……。俺の中でエーミールは眼鏡イケメン。字面が似てるからルソー著のエミール読んで泣きそうになったことがある。あれ難しすぎだろ。エーミール主人公の同人本かと思ってた俺の純情を返して。
閑話休題。で、俺が夢じゃないなと思った根拠をあげる。
まず、土がちゃんと土の味がした。あと臭いも。
一つの物事に対して五感が三つ以上機能するってよっぽどだと思うんだよ。過半数超えてるから。国民投票も可決されるから。法律的なソースだけで科学的なソースはない!
まぁ、どちらにせよ夢でも現実でも、どうにもならないんで何にもしないんですけどね。
異世界でも元いた世界でもどっちでも良い。
大いなる意志には流されておくべきだ。
暇だから、意味のないことを考えてるだけです。
あ、でも、一番大きな理由は同級生の名前がちゃんとあるってことかな。時雨以外知らんし。夢ならば俺のネーミングセンスが問われるところだった。
そういえば同じクラスだったなぁと時雨を何となく探した。
他のクラスメイト達はメイドさんの講義に聴き入っている。
意外とすぐに見つかった。隣にいたからだ。結構近い。
時雨は俯いていて、長い黒髪が顔を隠している。
声掛けた方が良いのだろうか?
でも俺の今の状況って、告白してないのに振られて、嫌われている最中。はい謎。全部太郎のせい。
別に嫌われていてもいいし、暇つぶしの延長線で喋りかけることにした。
「……なあ、今の状況についてどう思う?」
ボッチによる会話講座Lesson1。手頃な話題を提供する。
「」
む、無視されたら終わりま~す。当たり前だ。割と心にキマスね。
会話講座は終わる。講師としての責任を取って辞任します。
時雨は微動だにしない。ちらりともしない。
根気良くもう一度。次無視したらもう喋りかけん。根気とは(哲学)
「あのー、時雨さん?聞こえてます?」
「」
ハイーーー!!無視のおかわりいただきました!!
予告通り一切関わらないで、俺もみんな(笑)と一緒にメイドさんの話聞く。
え?何々?この世界にはレベリングシステムがあってぇ……?
「……あら、ごめんなさい、煩わしい虫の羽音かと思ってしまったわ」
「リアクションするなら最初からしとけ!」
「急にうるさいわね……。気持ち悪い」
えらくばっさりだな。てかこいつ暴言のボキャブラリー少なくね?
気持ち悪いしか言われてないことに気付き、俺は煽るように言葉を繋いだ。
「何?どしたの、機嫌悪いの?」
「うるさい。鬱陶しい。黙って」
これまたばっさり。
時雨は体を俺から背けて逆方向を向いた。
完全無視の姿勢。
考え事でもしてるのかななんて思ってたら隣から茶色いカードが送られてきた。
もちろん時雨がいる方の隣じゃない。気弱そうな男子。名前は知らん。
微笑みとは遠く離れたニヤケ面で軽く会釈して、その怪しげなカードを見る。
どう考えてもただの薄汚れたカード。ばっちいなあ。
捨てる方法を考えていたら、メイドさんが甘ったるい声で
「ちゅうもーーく!いまぁ私が渡したカードぉは、この世界ではとぉってもだ・い・じ……」
きっ、聞きづれぇ……。思わずしかめ面になってしまった。へばりつくような言い方は聞くに堪えない。
おめでとうございます、選ばれた勇者です的なことはちゃんと言えてたのに。
「そのぉ、カードの名前はぁ『ギフトカぁード』っていって」
あっだめだ生理的に無理。ひらがなとカタカナを混同する使用法はあまりに前衛的すぎる。俺は理解する事を放棄してドサッと地面に寝転ぶ。
背中に硬いモノが触れた。
ごそごそと触れたところをまさぐったら、アジダスの袋が出てきた。太郎が職員室で渡してきたものだ。
中身は六花ちゃん人形だっけ。渡されたときにも思ったけど、何か人形以外も入ってそうな感じがする。明らかに人形の重さだけじゃない。
確認するのは後回しにして、空を見上げると蒼天の端に少しだけ雲が出来ていて、目をつぶった。
何だか嫌な胸騒ぎがするが、……まぁ気のせいだろう。