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第三話 : いつも一瞬が人生を変える

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 あと五分で授業が始まる。

 職員室にいる先生の数は各自の持ち場に行くのでだんだん少なくなっていく。

 一時の喧噪。


 多分、太郎も次授業があるのだろう、乱雑に置かれたプリントを整理し初めて、

  

「おっそろそろ、教室戻れ……」

 

 その瞬間、太郎の顔つきが一瞬険しくなった。

 太郎は言葉を一旦止めて、しばし逡巡した後、

 

「なぁ、五時間目だけ、授業サボらねえか」


「アンタ教師だろ……。もうこれに関しては突っ込めねえ」


 本気で意味わからんのだが。疲れて膝から崩れ落ちそうになる。


「いや、真面目に言ってんだ」


「それはこっちの台詞。真面目に意味分からないです」

 

「失恋の心傷とか言って休めって。取り返し付かなくなるぞ」


「はっ?言いたいこと色々あるんだけど。……あの……取り返し付かなるって、何ですか?」


 太郎は不意を突かれたような表情になって、頭を振った。

 そして、何かを押し殺した必死さが混じった声で


「ーーーしゃべり過ぎた。すまん。忘れろ」


「へっ?」

 

 顔が怖い怖い。何で唇噛み締めてるんですか……。


「俺はさっきのメタクソに断られた告白による心傷を慮っただけだ、気にすんな」


 明らかな嘘。嘘の理由はどう考えても俺には分からない。

 どうにもならないことは、深く考えないのが俺のポリシー。

 黙って従うことにする。


「はいはい、保健室行きますよ。普通に気まずいですし。あと先生公認でサボれますし」


「―――すまん。俺の勝手に付き合わせてしまって」


 そういった彼の顔は苦渋に満ちていた。

 まさしく苦虫を噛み潰した顔。

 掛ける言葉を探していると、太郎はおもむろに引き出しを開けて、よくわからない袋を取り出し、


「一応、これをやる」


 と言って差し出してきた。中くらいのスポーツメーカーの大手アジダスの袋。中身は皆目見当も付かない。

 手に持ってみると結構重かった。

 俺のよくわかってない心を察したのか、説明し始める。


「詳細は省くが、その中には六花(りっか)ちゃん人形が入っている」


「はぁ!?」


 六花ちゃん人形というのは番台(バンダイ)から発売されている、着せ替え人形のことだ。

 さげすんだような視線が一部の大きなお友達に大人気らしい。


「クール系で売られている六花ちゃんだ。ほら、京香と共通するところがあるだろ?だから代わりにしてもらおうと思ってな。教え子にストーカーになられても困るし」


「……ですから、俺は時雨のことなんて何とも思ってないですって」


 また、太郎は嘘を付いている。

 大切なことを冗談めかした嘘で隠してる。

 急に六花ちゃん人形を渡してくるなんてどう考えてもおかしい。

 その理由が、生徒がストーカーしそうだからなんてもっとおかしい。

 けど、考えるだけ野暮だ。だって太郎はいつもおかしいから。

 本当の理由はもっと別のこと。

 

 他人の心なんて読めない。だからどうにもならない。


「はぁ……。とりあえず頭痛ってことで休みます。それと六花ちゃんは一応渡されたんで、一応持っていきます」

 

「ん。本当にすまん」


「気にしないでください、いつものことですし。……あぁそれと、課題作文どうすれば良いですか?書き直します?」


「う~ん、それじゃ、保健室で書いとけ。1200文字ぐらいすぐ書けるだろ」


 宗はプリントとプリントの隙間から、新しい原稿用紙を取り出して手渡してきた。

 俺はそれを受け取り、雑にアジダスの袋に突っ込んで、


「じゃあまた、今日の放課後教室でモン狩りしましょう」


「ん。()()()


 太郎の声が何故か湿っぽく聞こえた。


 俺は職員室を出て、太郎の言いつけ通り保健室に向う。


 職員室から保健室に行くには俺の教室の前を通るルートが一番近い。

 クラスのウェイ系にばれなきゃいいんだけど。

 俺は小走りで、教室の前を通過する。


 その時、本鈴が鳴った。

 

 ◇

 あの時、一瞬でも遅れていれば。

 教室の前を通らなければ。

 今になって何度後悔したか分からない。


 たった一瞬のことで、俺のこれからの人生は一変した。


 太郎が言っていた『取り返しのつかない』の意味が今なら分かる。

 ◇


 突如教室から漏れだした黒い霧に包まれ、俺は意識を失った。

 


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